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錬金術師と新作クッキー

「こ、こんにちはー」


 それはロザリーとお出掛けした日からしばらく経った、とある昼下がり。

 ドアベルをチリンと鳴らしながら顔を覗かせたのは、青みがかった灰色の癖毛の女の子――いつかのお菓子屋さんの女の子だった。


 女の子は首だけ出してきょろきょろと雑貨屋の中を見渡し、私の姿を見つけるとパッと花を咲かせるように顔を輝かせてお店の中に入ってきた。


「えっと、あなたは確か――」

「あっ、ボクはエマって言います!」

「エマさんですね、お久しぶりです。私はレティシア・ライエです。気軽にレティって呼んで下さい」

「分かりました、レティさん!」


 スクロールの手入れを止めて立ち上がると、近くに寄ってきた女の子、エマさんと名乗り合う。

 エマさんは再度お店の中を物珍しそうに見回し、最後に私へ視線を戻した。


「あのう……。それで、ここって『妖精の贈り物』って名前の雑貨屋さん、なんですよね?」

「そうですね。店主のロザリーは今採取に行ってますが」

「じゃ、じゃあ、レティさんがあの噂の錬金術師さんなんですね!」


 ……()()()()()()

 一瞬頭が真っ白になった後、心の中でゆっくりとエマさんの言葉を三度ほど反芻する。

 徐々に引きつっていく頬を懸命に抑えて笑顔を作りながら、目の前のイスに手を向ける。


「エマさん。立ち話も何ですからとりあえず座って下さい」

「――ひゃっ、ひゃい!」


 エマさんがおっかなびっくり座ったのを確認して私も再び腰掛ける。

 テーブルの上に広げていたスクロールを丸めて脇に置くと、「はあ」と息を吐いた。


「まあ、噂の出所は予想付きますから、それは良いです」


 先ほどまでのエマさんの表情を見る限り、変な噂でないのは確かだろう。

 となると、どうせヴァネッサさんや技師さんたちだろうと苦笑交じりに漏らす。


 多少……いや、かなり驚きはしたが、別に怒ったり呆れたりするつもりはない。

 錬金術師として噂になるということは、それだけ周りから錬金術の腕を認められていることと同義だからだ。

 実際、先生ことオレール・ライエの名前は故郷サントス……いや、この国でかなり有名である。

 もちろん恥ずかしさはあるので、消化できるまではしばらく悶々としそうだが。


 深呼吸を一つして噂のことはいったん頭の片隅に追いやり、私はエマさんに向き直った。


「それで、エマさんは何か探してるんですか?」

「ええっと、探し物ではなく。その、レティさんたちにお願いがあって……」

「私たちに?」


 私が首を傾げると、エマさんは遠慮がちにやや顔を俯かせ、胸元でもじもじと指を弄りながら、


「し、新作のお菓子作りを、手伝って欲しいんです」


 と、自然に上目遣いになりながらお願いしてきた。


 ◇◇


「ロザリーと!」

「え、言うの? ……レ、レティの!」

「ドキドキクッキング! いえーい、パチパチー!」

「ええっと……?」


 エマさんの視線が痛い。

 私は気恥ずかしさを誤魔化すようにこほんと咳払いをすると、ジトッとした視線をロザリーに向ける。


「というか、ロザリーはほとんど料理できないでしょ?」

「まあね!」


 どこからその自信が湧いてくるのか、得意満面に胸を張るロザリー。

 そんなロザリーはさておき、私は隣に立つエマさんへ顔を向けた。

 エマさんはフリル付きの可愛らしいエプロンを身に付けており、癖毛をカチューシャで留めている。

 どうやらいつものお菓子作りのスタイルらしい。


 ここはエマさんのお店『菓子店ローラン』、その裏にあるキッチン。

 雑貨屋へ来たエマさんにお願いを受け、新作のお菓子作りを手伝うため足を運んだのだ。


「改めて言いますけど、私、別にお菓子作りが得意という訳じゃないですよ? ロザリーなんて料理自体できないですし」

「それは大丈夫です! お二人にはお菓子そのものより、アイデアを頂きたいんです!」

「ああ、なるほど」


 本職のエマさんに勝るアイデアなんて出せるのか、と一瞬思ったものの、素人の突拍子もない意見がきっかけになることは往々にしてある。

 実際、先生にもよく錬金術関連でアイデアを求められたものだ。

 私の意見が何かひらめきのきっかけになるのであれば頑張ってみようと思う。


「はいっ! えっと、この前お渡ししたお菓子って食べました?」

「もちろんです。美味しかったですよ」

「アタシも美味しかったよー!」

「ありがとうございます! その中のクッキーなんですが、もっといろんな味とか食感とかを出せないかと考えているんです」


 クッキーと言えば、バターや砂糖、卵、麦粉などを混ぜ合わせた生地を型抜きして焼いた、ポピュラーなお菓子である。

 私もサントスの街にいた頃、一度だけ作った覚えがある。

 ……失敗して黒焦げになったのだが。


 そんないろいろな意味で苦い思い出はともかくとして。

 クッキーは材料を混ぜ合わせるだけなので、そこに別の味や食感を出そうとするとなると……。


「うーん。やっぱり、生地に何かを混ぜ込む、とかでしょうか。例えば、ナッツとか」

「あ、アタシ、チョコレートがいい!」


 とりあえず思い付く物を挙げてみると、テーブルの上からふわりと飛んで来たロザリーが主張するように声を上げた。

 チョコレートは細かくして生地に混ぜると焼く時に溶けて焦げそうだが、上手くいけば確かに甘さと苦さが良いアクセントになりそうである。

 ただ、エマさんは「うーん……」と悩ましげな表情を浮かべている。


「実は、その辺りは一度試したんですよね。あっ、確か昨日作ったのがまだあるので、持ってきますね」


 キッチンから一度姿を消したエマさんは、すぐに木のカゴを手にして戻ってきた。

 掛けてあった布を取ると、私の挙げたナッツやロザリーの言ったチョコレート――大きな塊のまま入っていた――の他にも、乾燥させた果物が入っているクッキーが何種類も並んでいた。

 さらに、見た目は普通だが、ほのかに紅茶の香りがするクッキーなんてものもある。


「わあっ! どれも美味しそうじゃないですか!」

「食べてもいーい?」

「はい、ぜひどうぞ!」


 エマさんから許可を貰い、さっそくナッツ入りのクッキーを一口。

 サクサクとしたクッキーの中に混ざったナッツのほどよい硬さが、食感に緩急をもたらしている。

 また、ナッツが焼かれたことにより香ばしさも増しているようだ。

 他のクッキーも食べてみると、どれも普通のクッキーとは異なる味わいがあって美味しい。


 ちらりとテーブルの上に目を落とすと、ロザリーがチョコレートの入ったクッキー両手で持ち、美味しそうに齧っていた。

 ロザリーの小さな口ではチョコレートの塊が大きすぎるのか、口の周りにチョコレートが付いてしまっている。

 後で拭いてあげようと苦笑しつつ、エマさんへ向き直った。


「うん、どれもとっても美味しいですよ。これじゃ駄目なんですか?」

「これだと他にも作っているお店はあるんですよ。だから、もうひと押し何かが欲しくて」

「あー、それは確かに……」


 私がポンと思い付いたアイデア程度、エマさんも他のお店の人も既に試しているだろう。

 他には何かないかと二人揃って唸っていると、チョコレート入りのクッキーを食べ終えカゴを覗き込んでいたロザリーが、不意に尋ねてくる。


「ねえねえ、ジャムの入ったクッキーはないの?」

「ジャムですか。あれは生地に混ぜすぎるとベトベトになるんですよ。でも少ないと風味が出ないので、乾燥した果物を混ぜた方が結局美味しかったです」


 既に一度試したらしく、遠い目をしながら答えるエマさん。

 だが、そんなエマさんの返答を聞いて、ロザリーはきょとんとした顔で首を傾げた。


「んー……? 別に混ぜなくてもいいんじゃない?」

「いえ、混ぜないとこの厚さにはならな……い……? ああっ、そうですよ! 別にこの形じゃなくても……となると……」


 エマさんは突然大声を上げると、続いて考えるように額に手を当てて何やら独り言を呟き出す。

 もしかして何か閃いたのだろうかと見守ること数分。

 やがて顔を上げた時には、その目に自信の色が宿っていた。


「うん、これならいけます! 一度作ってみますね!」


 エマさんは両袖を軽く捲ると、さっそくクッキー作りの準備を始めた。

 ふわふわと隣に飛んで来たロザリーと一緒に、生地を練り始めたエマさんの後ろ姿を見つめる。

 ちらりと見えた横顔は、普段の無邪気な表情とは違い真剣そのもので、けれどどこか生き生きとしているようだ。


「ホントにお菓子作りが好きなんだねー」

「そうだね。見ているだけで楽しさが伝わってくるよ」

「……レティは錬金術好き?」

「うん、もちろん」


 ロザリーの問い掛けに微笑んで返す。

 先生に教えて貰ったというのももちろんあるが、何より錬金術を通してたくさんの人の役に立てることが一番嬉しい。

 しばらくロザリーと雑談したり、焼きに入って戻ってきたエマさんとお茶したりして過ごしていると、やがてバターの焼ける香りが漂ってきた。


「焼けたみたいですね!」


 エマさんが勢い良く立ち上がり、早足でオーブンに向かう。

 私とロザリーも後を追い掛けると、薄く茶色に焼けたクッキーがオーブンから取り出されたところだった。

 それは今までの薄く丸いクッキーとは異なり、まるで巻物(スクロール)のように丸められた形。

 ロザリーはふわりと飛んでクッキーに近づくと、鼻をすんすんと鳴らす。


「んーっ! いい匂いー!」

「さっそく食べてみましょう!」


 焼きたてでまだ熱いクッキーを一個貰い、やけどに気を付けながら齧ってみる。

 途端に口の中に広がるバターの味と麦粉の香りと、その後に丸められた生地の中からトロリと甘いジャムが出てきた。

 クッキーとジャムの食感や味が絶妙にマッチしている。


「うん、美味しいですね!」

「はいっ! ただ、思っていたよりも柔らかいですね。これならもう少し焼き時間を長くしても大丈夫そうかも――」


 齧ったクッキーの断面を見つつ何やら考察を始めたエマさん。

 テーブルの上ではロザリーが溢れ出るジャムと格闘しながらクッキーを齧っている。

 美味しそうに食べるその姿に、私も思わず頬をほころばせた。


「レティさんにロザリーさん! もう一回配分を変えて作ってみますので、ちょっと待っていて下さい!」

「ふふっ、分かりました」


 やる気に満ち溢れたようにさっそく次のクッキーの仕込みを始めるエマさん。

 そんな彼女の後ろ姿を見つめつつ、私は二個目のクッキーに手を伸ばすのだった。


 ◇◇


 その後、エマさんと作った新作のクッキーを『菓子店ローラン』で売り出したところ人気に火が付き、今では街の女性の間でブームとなっているらしい。

 また、手伝ったお礼として、少しだけ雑貨屋にも置かせて貰っている。

 ポーラさんやアリエルちゃん、後は意外にもジュストさんがたまに買って行ってくれる。

 とはいえ、雑貨屋に来るお客さんはそこまで多くないため、大半がロザリーのおやつとして消化されているのだが……。


「そういえば……」

「ん? どうしたの、レティ?」


 ふと思い出したことがあって呟くと、テーブルの上でクッキーを食べていたロザリーが不思議そうな視線を向けてきた。

 エマさんやクッキーのことに気を取られていたが、ロザリーとお出掛けした当初の目的――すなわち、新しいお菓子のことをすっかり忘れていたのを、今さらながら思い出したのだ。


「んー……」


 とはいえ、ロザリーは最近クッキーに夢中だし、これ以上新しいお菓子を作っても余るだけだろう。


「ううん、気のせい。なんでもないよ」

「そっか」


 私が首を横に振ると、再度幸せそうにクッキーを齧り始めたロザリー。

 彼女がお菓子のことを思い出すのは、もう少し先になりそうだ。

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