夕方に出会う
進一と名付けられて25年、僕は幸せな人生を送っている。
根拠は、大学まで通わせてもらった事、コンビニでくじを引くと大体当たること―――。
父は僕に「なにか一つでもいいから才能に恵まれて人生を歩んでほしい」という思いでこの名をつけたと聞く。実に良い父親である。幸せだ。
母は何も言わずに笑顔で頷いて僕の方を見ると「しんいち」とゆっくり呟いた。
父から聞いた話で、もちろん記憶などないが容易に想像がつく。まるで記憶があるみたいに。
平凡だがこれ以上ない幸せな人生を送ってきた僕だが、いままでなにかに熱中したことが一度もない。こんないい名をもらっておいて何かやれよ、と思うが、父は「気にするな」と相変わらず僕には甘い。幸せだ。
部活もせず、だらけた高校時代。彼女に甘えてばかりだった大学時代。ぼーっとパソコンを眺める社会人2年目。
「何かしたい――」
たまに感じる強烈な焦燥感が僕を襲う。
いつもと違う、もっと強烈で、ジェットコースターに乗っているときのような内臓が浮いている感覚。
その日僕は初めて会社を早退した。
理由など言えるはずがない。「焦燥感」を理由に早退など聞いたことがない。
下手くそな演技で下腹をさすりながら腹痛を訴えた。
心配してくれるな、と後ろめたくもそそくさと退社した15時。近くの公園でスマホを取り出し、検索した。
「仕事 やりがい」
「彼女 作る」
「結婚 男 何歳まで」
「副業 バレない」
僕はびっくりした。漠然と感じていた不安は一つではなかったのだ。不安は大きくなった。
いやいや、全部を解決しようとするからいけないのだ。要は人生を楽しめば不安なんて吹っ飛ぶ。
趣味、そうだ趣味を始めよう。
「料理 始める」
「将棋 入門」
「スカイダイビング 九州」
どれもしっくりこない。スカイダイビングってなんだ。
でもスポーツがいい。そんなに激しくなくて楽しめる・・・
ゴルフがあるじゃないか。上司に何度か連れて行ってもらったことがある。
初心者にしてはそこそこ上手くて褒められた。
ゴルフなら楽しかったし、話ながらのびのびと体を動かせる。
だけどゴルフセットって高いんだよな・・・。前に聞いた話だと10万は下らない。安月給には辛い。
気づけば僕は歩き出していた。
周りはオレンジ色に染まり、カラスが鳴いている。
なんとなく懐かしい雰囲気で、気候も涼しく気持ちがいい。
「気分転換に河原でも行くか」
なんとなくの思いつきで訪れた河原には、アルト・サックスが響いていた。
男性、年齢は40代……同じくらいにも見える。
とにかく、年齢不詳の男がそれは美しい音色を奏でていた。
僕の焦燥感はその時ピークだった。
年齢不詳の男の演奏に感動していた。
お腹が空いていた。
見たいテレビ番組の時間が迫っていた。
右足の靴ずれが酷い。
親友のたけちゃんの誕生日が近かった。
ガス代を払っていないことを思い出した。
たくさんの事をほんの僅かな時間で考えていた僕の脳はショートして、体を伝わり、足にぶつかると、一目散に走り出した。




