悪役令嬢様、排除 前編
6話 前編
実は、もはや『聖唄』のアナザーストーリーからすらも大きく話はズレている。アナザーストーリーの『リリス・ノーブル』は頭脳明晰で狡猾であったが、特別な力は一切有していなかった。
精霊王の隷属もそうだが、まず、『リリス・ノーブル』は精霊を視ることができない。精霊を視ることができ、意思疎通も可能であり、さらに、その精霊たちから好かれるものを「天地に愛されしもの」と呼ばれ、国で保護されることが多い。精霊を意のままに動かせるために魔術を自由自在に使いこなすため、国に牙を向かせないために飼い殺される。
エーデルワイスが、この間お父様との密談で話していた内容は、これだ。わたくしが「天地に愛されしもの」であるということを、お父様に明かした。わたくしは、生まれたころから視えるせいで、凡人には視えない、ということをすっかり失念していた。
あのときのお父様も、お母様も取り乱して大変であった。可愛い可愛い娘を、王家に盗られてたまるか、と。お母様は、現王の妹であるため、バージル第一王子との婚約は、血筋が近いことから候補から外れていたが、わたくしが「天地に愛されしもの」であれば、血筋など関係なく問答無用で婚約者となることだろう。身分だけでの話であれば、わたくしが第一王子に1番相応しいため、わたくしを婚約者に、という話も持ち上がっているとエーデルワイスは言っていた。国母になるのも王妃になるのも悪くはないが、仕事が多すぎて遊べないのは退屈だ。だから、くれぐれもそのような事態にならぬように、とエーデルワイスに言いつけてある。
エーデルワイスもお父様も、わたくしの“幸せ”のために、この事実は隠すこととなった。エーデルワイスは、宮廷魔導師マーリンとして、お父様にどのようにわたくしを庇う言い訳をしたかはわからないが、悪いようにはならないだろう。
「話を聞いているの!?」
バチンッとわたくしの頬を叩かせてあげたというのに、まだ家庭教師の...家庭教師の女はヒステリックに叫んだ。
「きいていますわ、ミセス。わがりょうちにおける、じんこうぞうかにともなうもんだいてんとそれのかいけつさくでしたわね?....そうねぇ、まずじんこうぞうかのげんいんとねんれいそうをしらべましょう」
殴られても平然と笑っているわたくしを瞳を憎悪で濁らせている。
この間まで、わたくしはまったく何を言われているかわからず、必死に家庭教師の話についていこうとしていた。唐突に話に着いてこれるようになっ上に、生意気な態度でさらに気に入らないのだろう。
「天地に愛されしもの」を傷つけて何故、精霊たちが、エーデルワイスが黙っているか。わたくしが、黙るように言いつけているからよ。精霊達は、今にもこの女を殺してしまいそうだけれど。
ダメよ、お前たちが今ここで殺せばわたくしの罪になる可能性は高い。今は、我慢して頂戴。
「リリアン様の血をひくくせに、なんと低俗な!お前なんて、お前なんて....死んでしまえばいいのに」
彼女は、お母様がまだリリアン・アヴァロンだったときからの、家庭教師で、お母様に盲目なまでに忠誠を誓っている。とくに、わたくしが産まれてからは、お母様は家庭教師の女に構う時間が減った。当然である。その減った時間とは、家庭教師がわたくしに教鞭をとっていた時間なのだ。だから、彼女は、わたくしのことが大嫌いで憎くて仕方がないのだ。狂った忠誠は、毒よ。お母様にとっても、わたくしにとっても。
ほんの少しだけきっかけをあげただけで、彼女は、わたくしを言い訳にして、勝手に壊れてしまった。
「それは、もうお母様に会えなくていいということかしら?」
そっと、わたくしは囁いた。
「姫様に、会えない....?また、また、お前のせいか!」
手加減なしに掴まれる髪の毛は、思いのほか痛い。
「きゃあっいたいわ!はなして!」
わたくしは、隣の部屋にもよく聞こえるように叫んだ。