悪役令嬢様、契約
4話 リリス視点
「君が、リリス・ノーブル?噂以上の美貌だね」
気付いたら部屋に何かいたわ。
精霊たちが、精霊王と呼んで跪くあたり怪しいものじゃないようね。
「あなたが、わたくしを‘名もなき魔導書’と引き合わせた犯人ね」
ふわりと甘やかな笑みを消し、ずいぶんと美しい顔の男は、ギロりとわたくしを見た。
「無礼者。この部屋に無断で入室したことを咎めていないのよ。それ以上の慈悲はないわ」
「....失礼いたしました。貴方様になら、あの魔導書の主に相応しいと思いまして」
この世の者とは思えない、儚さを携えた男は、わたくしの前に跪いた。精霊王が、わたくし、リリス・ノーブルに跪いたのだ。まわりの精霊たちは、揺らいでいる。
この男は、おそらく‘名もなき魔導書’を作り上げた者の1人。そして、もう1人がこの男の主か友人であったのだろう。友人と引き換えに出来上がった形見を託すのに相応しい人間を探していた。
「赦すわ。お前の過ちを...その悉くを赦すわ」
「やはり、気づいておいででしたか」
わたくしの実力をこの男は試したのだ。あの時、前世を視なければ、わたくしの精神は恐らく壊れていた。
「そうね。でもタダで、なんて一言も言ってないわ」
「何がお望みで」
「お前がほしいわ。わたくしのものになりなさい」
随分と無茶なことはわかっている。どうせ無理なのだから、このあと要求をさげて精霊王の権能の1部をいただく予定だ。
「御意に」
ま じ で?
「貴方様は、リリス様は私の過去を、この魔導書を作り出すとともに、友を見殺しにした私すらも許してくださったのですから」
....................こういうことも人生あると思う。ちょっと冷や汗が止まらないわ。確かに、魔導書との契約時に、この魔導書の製造過程は全て視た。別に何とも思っていなかった。
「え、えぇ。過去を忘れろ、なんて言わないわ。過去は、貴方だけの大切な思い出だもの」
「なんと、美しき姫!僕、誠心誠意お仕えするよっ」
皆様、キャラ崩壊って知ってるかしら。
「『我、八百万の神々の理に従い、美しき月の女神、リリス・ノーブルを生涯、主とする』」
この世界は、「万物に神は宿る。そのため万物に感謝して生きよ。」という考えが一般的であり、この世界の真理だ。つまり、『八百万の神々の理に従う』ということは、この世界に存在するすべての神々を証人とした裏切ることのできない誓い。つまり、かの精霊王が口にした言葉は、わたくしへの隷属の意を示すもの。
隷属とは、もはや自身の名すら己のものでなくなり、新たな主人に、新たな名をつけられることが通例である。彼は、過去に苛まれた。しかし、それは唯一の友との大切な思い出。美しき彼の新たな名は、
「『我、八百万の神々の理に従い、精霊王エーデルワイスを生涯、隷とする』」
妖精と謳われる白き可憐な花の名こそ、相応しい。
神々は承認なさった。わたくしが、精霊王エーデルワイスを隷属させ、さらに、月の女神となることを。
瞬間、わたくしたちを中心に光が溢れ、弾け飛んだ。