悪役令嬢、愉悦
前話を読んでからこちらを読んでいただくとより一層お楽しみいただけます。
14.5話
14話のリリス視点
馬車の外ばかり見ていたら、ふと気づいた。兄様は窓越しにわたくしを見ていることに。
「兄様、緊張していらっしゃるの?」
「緊張は、してるよ。少しだけね」
その緊張の理由を、今この瞬間だけは、聞かないでおいてあげるわ。でも、この絶好のチャンスを逃す気は、サラサラないのよ。
「もしかして、わたくしが聖女になることに反対で、わたくしに怒っているの?」
兄様は、わたくしの涙にそれは、それは、もう弱い。わたくしと2人きりで緊張して口がきけない、なんて状況、わたくしが許すと思ったのかしら。
「ああ、違うんだよ。リリス、ごめんね。僕は君が聖女になって遠い存在になるんじゃないかと不安なんだ」
「そんなことないわ。わたくし、兄様のことが大好きですもの」
どんなに美しいご令嬢に、何をされようと(ここでは具体的に何をされたか、については控えておきましょう)表情筋がピクリとも動かない兄様は、わたくしの言葉に頬を赤らめた。さらに、わたくしが抱きつけば、ビクリと体を強ばらせ、壊れ物を扱うように優しく包まれた。なんて、可愛らしい兄様。
「兄様とこうして2人でお話できるのは、久しぶりね。兄様もメリルも、バージル兄様ばかり構うんですもの」
「ごめんね。どうにもバージル王太子が仕事を押し付けてくるから。今度2人でどこか行こう」
「本当に?約束よ、兄様」
首元にギュッと、抱きつけば、兄様はハッと息を呑んだ。わたくしの、ろくでなしの誘惑に負けてしまえばいい。
「リリス、レディがそんなことしては、いけないよ」
「わたくしは、レディである前にアルフレッド兄様の妹よ。たまには、わたくしだけのものでいてほしいわ」
兄様の瞳に、薄暗い情欲がはっきりと浮かびあがった。あと、少し。
「お兄様.....アルフレッド」
瞬間、アルフレッドに組み敷かれる。欲情した獣のような表情で、それでも最愛の妹を傷つけまいという葛藤が垣間見える。あと、1歩。
「ダメだよ、リリス。男に、そんなことしたら、どんなことされたって、文句言えないよ?」
「兄様にしかしないわ」
「....僕で何がしたいんだい、僕の可愛い女神様は」
「兄様、最近元気がないようでいらっしゃったから、母様に相談しましたの。そうしたら、2人きりになって可愛く甘えれば、兄様が喜ぶと仰っていらしたのよ....失敗してしまったけれど」
彼は、冷静さを取り戻した。あらかじめ作っておいた言い訳に、花が綻んだようなキラキラした笑顔をみせる。勝った。彼の瞳から、薄暗い情欲が消えなかった。今まで、瞬間的にその情欲を瞳に宿すことはあれど、すぐになりをひそめ、兄としての仮面をつけ直していた。しかし、今回のことで、その仮面は壊れてしまった。否、わたくしにその仮面は、壊されてしまった。もう、わたくしのこと、片時も妹として、見れないでしょ?
「いや、とても元気が出たよ。ありがとう、可愛い女神様」
唇に落とされた、柔らかく、暖かな感触に、目を見開いて、固まった。わたくし、ファーストキスなんですけど....!?.............まぁ、『聖唄』メインストーリー対策も取れたことですし、今回は勘弁して差し上げますわ!




