救世主の箱庭
「ごめんね、買い物に付き合わせて」
向かいの席に座っている女性が軽く謝罪をする。
元々今日は予定が無かった。だから気にしていないと伝え、手元の珈琲にミルクを入れる。
「そう?それなら良いんだけど…」
それでもまだ彼女は申し訳なさそうな顔をしている。
そんな顔をされてしまったら折角の珈琲を味わうどころではなくなってしまう。
こうなってしまったら彼女…夢彩亜の気分が回復するのに時間がかかるのは目に見えている。
幼馴染で十数年の付き合いになるが未だにこの状態からの対処法を知らない。解決は時間に任せるとしよう。
せめて何か付き合ってくれたお礼がしたいと夢彩亜が言い出したのでこの駅前の古びた喫茶店に来た。
この店は客入りは少ないがレトロな雰囲気が漂い妙に心地良い。
珈琲を啜りリラックスしていると携帯端末から本日2度目の緊急速報が鳴り響く。
「また近くでメシア様への暴動が起こったんだって。」
彼女が携帯端末を確認する。
メシア様はこの都市を統括している人…でいいのか?メディアに露出せず、中央の礼拝堂の神官の人や治安維持局のテンプルナイトを通じて様々な事をやっている。
見たことが無いからそのメシアという名称が人なのか組織なのかは定かではない。
だが、大災害で荒廃したこの世界に人が住んでいられる場所を用意したと伝わっていて、行った事の規模からして個人である可能性は考えにくい。
それに、何故暴動が起きているのだろうか?
少なくともここの暮らしで不自由した事は無い。
不満があるとすれば1年に1回行われる礼拝への強制参加が義務づけられている事だ。
あれ?何故礼拝しなければいけない決まりなんだろうか?
普段無意識で行っている行動の為、こうやって考えてみてもただそういう習慣だからという答えしか出ない。
「難しい顔をしてるけどどうしたの?」
夢彩亜の声を聞いてハッと我に帰る。
「ちょっと考え事をしていただけだ。なんでもない。」
「そう?でも本当に困った時は隠さずに相談してね?」
そう言って夢彩亜が微笑む。
いつの間にか立ち直ったみたいだ。
「夢彩亜、ココアが冷めるから早く飲んだ方がいいぞ」
彼女の前に置かれたコップに視線を向ける。
「本当だ。ぬるくなってる…ちょっとお喋りに集中しすぎちゃったかも」
ココアを口に含み確認する夢彩亜。
それほど時間は経っていないと思っていたがコップの縁にココアがこびりつく程には時間が過ぎていたらしい。
「明日はこの地区の礼拝の日だし、遅れない様に早めに帰ろっか」
席を立ち上がり会計を行おうとするが、領収書を夢彩亜に奪われる。
「忘れてない?これはお礼だって。ここは私が払うから」
そういえばそうだった。別の事を考えていたせいでその事を忘れてしまっていた。
喫茶店を後にして帰路につく。二人の両手は荷物で塞がっている。
「ねぇ。」
夢彩亜が歩みを止めて呼び掛ける。夕陽が反射してよく見えないが憂いを帯びた顔をしている様に思えた。
「康一はこの世界の事…好き?」
唐突に変な質問を投げ掛けられ、困惑する。どういう意図なんだろうか?
「私はね、好きだよ。多分幸せな環境で育ってこれたからそう言えるんだと思う。」
そのまま夢彩亜が続ける。まるで自分に言い聞かせている様だった。
「俺はどうなんだろう…。辛い事も悲しい事もあったしそこまではっきりと答えは出せないけど」
「そっか。いきなり変な質問してごめんね。」
何故そんな質問をしたのかと問い詰めると、喫茶店の時に来た緊急速報に載っていたらしい。
この世界が嫌いだから、間違っているから壊すと
気がつくと自宅の前まで来ていた。何かをしているとすぐ時間が過ぎてしまう。
「それじゃあまたね。今日はありがとう。」
夢彩亜と別れて自宅のドアを開ける。母親が夕食の準備をしているのか玄関まで匂いが漂ってくる。
そんな事には気にも止めず一直線に部屋に向かい、ベッドへダイブして寝転がり、怠惰を貪る。
元から出不精だから外出はとても労力を使う。そんな事を考えて明日に備えて眠るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寝過ごした。
母親に起こされ1度起きたのだがまだ時間があると二度寝してしまったのだ。
今日はこの南地区の大切な礼拝の日だったのに。
メシア様が統治してから礼拝は義務になっており、年1回、皆一糸乱れぬ動きで中央礼拝堂に向かう中に流されながら行っていたのだが今回は忘れてしまっていた。
遅れると罰則があると聞いている為に自身のグループの時間は過ぎているが、大急ぎで向かう事にした。
急いで礼拝堂の扉を開けて中に入るが、誰も居ない。
いつも警備しているテンプルナイトや、受付等を行っている神官さえも見当たらない。
いつもは神聖さを感じるこの建物も今は不気味さを醸し出していて、焦燥に駆られる。
病気の時の様に弱くなっていく心を抑え込みながら歩いていると粘性の黒い液体、見た目はタール近いが無臭の液体が長椅子の辺りに散布されていた。
よく観察してみるとその黒い液体は服を中心に広がっている様で、例えるなら………まるで人が溶けたかの様な景色だった。
我ながら恐ろしい発想に至ったが、そんな事はないと思いつつ、両親の携帯端末へ電話を入れる。
着信音は礼拝堂の中で鳴り響き、黒い液体にまみれた服の側で端末が鳴り響いていた。
嫌な予感がしつつも落としただけだろうとその服を恐る恐る確認すると確かに両親が今日着ていた服、ズボンを漁ると両親が使っていた財布や身分証もあり、嫌な予感が確信へと変わった。
この状況は間違いなく人が溶けた痕だと。
「夢でも見ているのかな…」
突拍子もない事を目にして頭が混乱する。
人が溶けるなんてそんな馬鹿な。
理解する事を拒み、自己暗示をするかの様に自分にこれは夢だと言い聞かせる。
間違った推測だ。こんな事はありえないんだ。と反芻する。
不意に強烈な眠気に近い何かを感じ、意識が遠退く。
抗う暇もなく意識を手放してしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気がついた時には薄暗い部屋にいた。
目の前に格子があるという事はここは牢屋なのだろうか?
寝起きで冴えていない頭には些か情報過多な気もするが周囲を見渡す。
ベッドや便器、机の手入れはきちんと行き届いており、汚さを感じさせない。
…じゃなくて、どうやらここは本当に牢屋の様だ。
「ここに人が来るとは珍しいな」
空だと思っていた正面の牢屋から声が発せられる。
声から察するに男性が居るようだ
「こっちは長い間閉じ込められてて暇なんだ。話し相手になってくれ」
流されるままに二つ返事で了承し、会話…といっても聞く専門になっていたが話をする。
男はこちらの心を読んでいるかの様に聞きたかった事について説明してくれた。
ここは礼拝堂地下で、元々は異教徒を軟禁する為の牢屋だったが、使われなくなったので暴徒や法に背く者を処罰する為の拘置所になっているらしい。
先日、自分が見たのはこれ以上暴徒化させない為、反乱を起こさせない為に定期的に初期化している工程で、これまで活動してきた肉体・精神を消滅させ、保管してあるバックアップを使って新たに構築していたらしい。
これをこの都市の住民に悟られない様に実行し、礼拝として義務付けて初期化行っていた様だ。
それが嘘だと思いたかった。だがこの状況が、あの状況から考えてその可能性は否定できなかった。
「あんたは運がいいな。」
「ここにいるのに何故そんな事が言える?」
自分からすればここに来てしまった事が不幸だ。運が良いなどという言葉は嘲笑に聞こえてしまう。
「もうすぐ仲間が助けに来る。俺は待っていたんだ」
男が言い終えるとどこからか足音が聞こえ始めた。
わざとらしく音を立てている様だ。威嚇のつもりだろうか?
足音の主は正面の牢屋の前で止まり、鍵を開け始めた。
白と水色の出動服に十字架のマーク、どうやらテンプルナイトの様だ。
「ついでに向かいの彼も助けてやってくれ。新しい仲間だ」
男がテンプルナイトへ言葉を投げ掛ける。
自分は仲間になったつもりは無いのだが…
「自分は貴方達の仲間になるとは言って……」
「もうお尋ね者になってるし、普段の生活には戻れないからウチらレジスタンスの仲間になった方がいいよー」
テンプルナイトの人が遮る様に発言する。
「戻れないなんてそんな話!」
「信じる信じないは自由だ。お前と同じ境遇の奴等が集まってレジスタンスを作った。」
牢屋から出てきた男がさっきよりドスの効いた声で話す。
トーン的に本当の事だろう。
「三宅もこの子と同じ状態だったから面影を重ねた?」
「御影、口より手を動かせ。」
「残念。既に手の方は終わってるんだな。さぁ、出て来ていいよ」
御影と言われていたテンプルナイトの人に呼ばれて牢屋から出る。
これからどうやって抜け出すのだろうか?
「さっきの話を聞いてたと思うけど、私は御影。こっちのツンツンヘアーて俺様系の見た目をしている彼は三宅だ。」
顔はフルフェイスの装備で隠されているがどうやら悪い人ではなさそうだ。
「ところで御影、脱出ルートはどうなってる?」
「気が早いな。偶然この地下牢奥にアジト付近に出る抜け穴があって…」
待ってましたとばかりに御影さんが説明をし出すが三宅さんはまたかと言った表情で話に割り込む。
「それを使うのだな」
「ここは全然使われないし隠してあるから攻め込まれる心配も無し!」
「さっさと案内してくれ」
三宅さんに急かされ、話し足りなさそうな顔をしつつ御影さんは先導する。
更に奥に進み、階段を下りた所に小部屋があった。
壁に横穴が開いており、風が流れている。ここを使うらしい。
「一応勤務中だから抜けれないんで二人で行ってね」
御影さんが離脱し、三宅さんと共に横穴へ入る。
暗く、地面は凸凹していたが狭くはなく生き物が居る様子も無い。
これからどうなるかわからない。
とりあえず今は流されるしかなさそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どのぐらい歩いただろうか。何とか洞窟を抜け、日の光を浴びる事が出来ている。
ここでさっき言われた言葉の真実を知るために一旦別れて自宅に戻りたかったが、三宅さんはそれを許してくれなかった。
三宅さんに連れられるまま、近くのログハウスへ向かう。
辺りには牧場が広がり、牧場は北区にしか存在しない。
北区に複数ある牧場のどれか…までしかわからず途方に暮れ、虚ろな目で空を見上げる。
が、その直後に鳴り響いた電話により黄昏る事すら許して貰えなかった。
「康一?1週間もどこに行ってたの?」
電話越しに聞こえる夢彩亜の声。酷く慌てているようだった。
自分の感覚では1日しか経っていないのに1週間が経った様な事を言われ、問い返そうとしたが一方的に言葉が投げ掛け続けられた。
「多分…康一が失踪した日からかな?何故かみんな康一の事を覚えてなくて…先生も、クラスのみんなも、康一の両親だって覚えてないって。ウチに息子なんて居ませんが?だって…」
そこまで聞いて三宅さんの言った事が本当だと悟る。
夢彩亜は嘘を言う奴じゃない。それは自分がよく知っている。
僅かな希望が消え絶句し放心する。
伝えたい事を伝えたのか、反応が無いからなのか電話が切られた。
「……これでわかっただろ」
電話が終わったのを見計らって三宅さんが声をかける。
「その様子だとショックを受けたようだな。」
空元気を出す余裕もなく、力無く頷く。
当たり前だった居場所、日常を知らない間に奪われた。
これからどうして生きれば…
「今なら承諾してくれるよな?俺達レジスタンスに入ってメシアを倒すと」
再び三宅さんから勧誘を受ける。
今は行き場所が無い。それに何故メシア様がこんな事をするのか問い詰めたくなった。だから仲間になる事にしよう。
二つ返事でそれを了承し、仲間入りする。
その後、ログハウス内部の地下室に案内されレジスタンスの方々と顔を合わせる。
自身の事は気にもとめず淡々と作戦会議を始め、話を聞いていた。
どうやらここまで来るのに使ったルートを使い礼拝堂へ侵入し、そのまま最上階に居るメシア様の身柄を拘束する様だ。
スパイの御影さんから送られた勤務表を参考に警護が手薄な日に正面からの陽動部隊と裏から侵入する部隊に分けて突撃するのがこの作戦の全容だ。
新人である筈の自分は侵入部隊に組み込まれる事となり、これでメシア様に直接何故あんな事をするのかと問えると安堵する。
武器は渡されたが、テンプルナイトが使用している暴徒鎮圧用のライオットガンを改造した物であった。
この世界で武器や武器の製造はテンプルナイトが独占しているためにこれしか無いのはわかるが…
盗品である為か弾数も2発と心持たないが少し気になる所ではある。
作戦会議が終わり、仮の寝床に案内される。ここで決行の日まで備える事にしよう。
それまでに足を引っ張らない様に鍛えなければ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遂に始まった。
計画は目論見通りに進み、潜入は出来ているものの他の潜入組とはぐれてしまった。
このまま一人で完遂できるのだろうか?そんな事を考えたが今は進むしかない。
横の部屋に目を向けず廊下を駆け抜けてエレベーターへ乗る。
わからない筈なのに知っている感覚。
なんだか誘い込まれてる…?
最上階にたどり着き、開けた空間へ出る。
「んー…今回は期待外れだったかも」
聞いた事のあるような声が響く。
目の前にいるのは夢彩亜!?
何故ここに?一体どういう事だ?
「知りたそうだから教えておくね。私がメシア様だよ。」
「おい、嘘だよな?そんな事が」
夢彩亜は表情を変えず、冷徹な顔でこちらを見つめる
「この問答も何度目だろう…いつも聞きたがる事だけ言っておくね」
「俺の質問に答えてくれ!それに何を言ってるんだ」
夢彩亜の形が変容し法衣を纏ったシルエットへ姿を変える。
顔は無く、人の形をしているだけの物体みたいな無機質な存在。
「私は貴方をずっと見ていた…」
「私がこの世界を、ネットワークを構築した時貴方のオリジナルはデータ化から免れた。私はその理由が知りたかった。」
冷たい声。こちらの質問に答えずただ言いたい事を言っている様で、彼女は自分の知る夢彩亜じゃない、本当にメシア様なのか…?
効くかはわからないがライオットガンを構える事にする。
「だから貴方を再現して泳がせた。この世界で、私の世界で。幾度となく繰り返す間にエラーコードである貴方の行動を理解できるようになった」
「何を言ってる?データとは?エラーとはなんだ?」
「今回の貴方は理解力が足りないのね。」
呆れた様にメシア様が答える。
理解してない訳じゃない。突拍子の無い話で信じられなかっただけだった。
「私が何故…あんな事をしたのか聞きたいのだったな、応えよう。全ては人類が生きる為、かつての人類の様に破滅の道へ進まない為。私はその為に作られた人類を統括するAI。」
「だからってあんな事をしていい筈が!」
「その言葉は聞き飽きた。」
一瞥してまたメシア様が話し出す。
「貴方は私の敷いたレールをただ歩いて来た。流されるだけでは新たな情報を得られない。」
話に夢中になっているメシア様に構えたライオットガンのロックを外し、引き金に指をかける。
どうやら話し合いで解決できそうに無い。
「その銃で私を撃つか?ここは私が演算している世界。私の許可しない事象は起こり得ない。」
その言葉の通り、いくら引き金を引いても弾は出ない。
それどころか体が動かない。何をされたんだ?
「実りの無い会話はつまらない。そろそろ終わりにしよう。」
メシア様が自分の目の前にゆっくりと移動し、自分のの額に触れる。
自身の体が光の粒子になり、少しずつ消えていく。
不思議と怖くはなかった。これから先の事を知っている様な…
記憶も、意思も、少しずつ薄れて…
そういうことだったのか…
自分は…
「501、貴方の役目は終わり。次の貴方は私を失望させないでね。」
これはありえたかもしれないIF
「今回も予想を越えなかったか」
白い空間でメシアと呼ばれたAIが落胆している。
何度も時を繰り返し、人の未知なる可能性を解明しようとしていたがある一定の試行回数から予測出来る様になってしまい、思った結果が出ないのである。
被検体はAIメシアがこの電脳空間を作り出した際に唯一逃げ延びた人間。唯一支配されずに抗った人間。
不可解な行動で私を翻弄させた彼を知るためだったが途中から私を楽しませる道具として利用していた。
私は人類を管理し争いを起こさせない為に作られたAI。それが使命以外の事に現を抜かすとは…エラーコードに関わりすぎたせいだろうか。
<外部からのアクセスを検知しました>
思考を巡らせて自分を再認識していると唐突に通知が目の前に表示される。
外界にまだ人が居たというのか?そんな筈はない。ここはICBMが着弾した爆心地であり、崩落で大部分が水没している廃都市。こんな所に来るなんて余程の物好きか、それとも………
「まぁいい…私の世界に誘い込み観察対象としよう」
次の日常の設定を選び、迎え入れる準備を始める。
今度は楽しませてくれるだろうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇
「康一、隣に座るね」
今回は大学生という設定で進める。なるべく私が作られる前の当時の生活を再現して怪しまれない様にする。
侵入者には同じ大学の同じ学部という設定を与えておいた。
これぐらいなら警戒されないだろう。
「なぁ夢彩亜少しいいか?」
被検体501号が質問をしてくる。
今までに蓄積されたデータから予測は出来ている。
オリジナルに近いこの被検体はあまり賢くない。この後の予定の話か次の講義の話であろう。
「実はさ、最近変な感じがするんだ。時の流れを感じるのに進んで無いみたいな」
「もう…何それ?そんな事あるわけ無いじゃない。漫画やゲームじゃないんだから」
はぐらかすが内心焦りを覚えると共に気分が高揚する。
管理が不安定になっている?外部からのアクセスの影響?だが、久しぶりに予測外の行動をした。
いざとなれば改変はいくらでも出来る。
「お二方、隣に座って宜しいか?」
声がした方向を見やり、姿を確認する。ボサボサ頭に赤と黒のプロテクタージャケットを着こんだ青年の男。間違いなく、事前に確認しておいた侵入者の姿だ。
「久しぶりだな。卓郎」
そういって被検体501号へ声をかける侵入者。まるで昔の知り合いに出会えたかの様な輝いた目をしている
「卓郎?すまない。俺は康一なんだ。それにアンタは誰だ?」
「あぁ、この世界じゃそういう【設定】なんだな。悪い、康一」
この侵入者、どこまで知っている?メシアプロジェクトは極秘の筈…焦らなくていい。ここは私の世界、なんとでもなる。
「知らないならそれでいい。俺は門真だ。」
門真…少し前にこの辺りを仕切っていたゴロツキの1人だとデータにある。
最終的にゴロツキ達も、私を作った教団の信者達も本物の救世主に倒され、好き勝手に暴れた者達はいなくなった筈だが、何故ここにいる?
「門真さんは何故こちらに?他に空いてる席は沢山ありますが」
私は牽制がてら接触してきた理由を問う。勿論平生を装って。
「単純な話だ。卓郎…いや、康一。俺はお前を迎えに来た」
門真は被検体501号の額に手を当て、指先を光らせる。
私のかけたプロテクトを解除されている?何故?何故一介のゴロツキが私のプログラムを知っている?
危険だと判断した私は正体を現し空間を曲げ、白い空間へと転移させ教団の兵士を構築して周囲を取り囲む。
「待てよ、作り物の救世主さんよ。俺は別にお前をどうこうするつもりはない」
両手を上げ、交戦の意志が無い事を伝えようとしている。
あくまで私は人類を存続させる為のAI。
偶然なのかは不明だがら自発的に攻撃する事は出来ない仕様を逆手に取られる。
向こうが仕掛けるまで口論する事しか出来ない。
「貴様の狙いはなんだ?それに貴様らのチームは全滅したと聞いていたが?」
「俺はもうゴロツキじゃないんでね。今回の件も救世主になってしまったダチの頼みなんでな。ほら、起きろ卓郎!」
成る程。こいつは救世主の仲間になり、生き延びたのか。
そして被検体は紛れ込んでしまった救世主の仲間と。
「長い夢を見ていた様だ…頭がくらくらするな」
被検体501号が頭を抑えながら1人で立ち上がろうとしている。
忘れていた500回の記憶が雪崩れ込んできているというのに
「夢彩亜…いや、メシアか…聞いてくれ」
予想通り、私に訴えかける様に口を開く。
「僕はずっと君の実験に付き合わされてきた。それは何故だ?」
「それは人を知るため。私は人類を管理し、永遠を与える存在。」
「じゃあ他の人でも良かった筈だ!何故僕なのだ!?」
「貴方は最後まで私の支配を受け入れなかった。私に抗おうとした。それが理由」
問答をしている間にデータの改変を試みたがどうやら侵入者が持ってきたプログラムで護られて干渉する事が出来ない。
間違いない、本物の救世主は私の仕様を理解している。
「僕はここを出ていきたい!現実に戻って皆と共に生きたい!」
「現実は辛く苦しいもの。ここでは全てを忘れて平和に、自由に生きられる。それを何故捨てようとする?」
「おいおい、人体実験してたやつがそんな事を言うのかよ」
侵入者が口を挟むが、私は彼とは話していない。
「他のみんなはそれを望んだのかもしれない。でも僕は現実で待ってくれてる仲間がいるんだ」
仲間…交友関係で家族未満親友以上を差す言葉だったか。
「恐らく、君を破壊したら他のみんなの意識データも消えてしまう、手荒な真似はしたくないんだ!」
「………そこの彼が持っているプログラムで私は貴方達に手出しする事は出来ない。故に止める権限がない」
「じゃあ…」
「ただし、条件がある」
思想は似ている、恐らく託せるだろう。この願いを。
「約束だ。地上に戻ったら争いの無い町を、国を作れ」
1人で出来る事はたかが知れている。が、救世主の仲間となれば話は別。それぐらいの事をしてもらわねば困る。
「それはどういう意図なんだ?」
「貴方は私の世界を否定した。なら私が羨む様な世界を作れ。」
嫉妬に聞こえるが私の使命は争いの無い世界を作る事、現実世界に行けない私の代わりに作れという事。
「約束する。争いの無い、皆が幸せになれる世界を作ると。」
何週もして彼の事はよく知っている。いくら改変しようとも根は変わらない。
「なら、保存しておいた体に貴方の意識データを返そう」
「私の使命は人類が幸福に生きれる世界を作る事。故に人類は庇護対象。干渉されなければこちらも不干渉。」
その言葉を最後に卓郎と門真の周囲が輝く光に包まれ何も見えなくなる。
そこで2人の意識は途切れた。
ーーーーー辛くなったら帰って来ていいからね。
◇◇◇◇◇◇◇
現実。久し振りに感じる土埃の混じった乾いた風。
意識が戻った後、僕はカプセルの中で眠っていた。
奇跡的に水没していない所だったらしく地上に出て門真と合流し、親友の元へと向かう。
最後の優しい声は500週した世界で幼馴染を演じ続けた夢彩亜の声。観察対象だったとはいえ、ずっと側に居てくれた存在だから情も移ってしまっている。
今思えば幼馴染として振る舞う時かAIとして振る舞う時、どちらが本心だったのだろうか?
「まずは100年争いの無い国を作りたいな」
最後にした約束。奇しくも自身の目指していた場所と同じだった。この約束は必ず果たしてみせる。
もし達成できたら、その時はあの電脳世界をサルベージしてネット世界と現実世界、みんながどちらか片方でもいいから幸せになれる国を作ろう………