EX ローナスの怪談 その2
前回に続いてその2です。
その3まで続きます。
6/23発売のコミカライズ2巻もよろしくお願いします!
それから何やかんやで昼間は授業で過ぎていき、気がつけば日が沈んでいた。
幽霊が出るとの噂は昼の間にさらに広まり、外を出歩く生徒は部屋の窓からは見られない。
今日は普段以上に静かな夜になりそうだ……そう思っていたのだが。
「……って、カレンに続いてお前もこっちにきてどうするよ!?」
「し、仕方がないじゃない!? だって幽霊よ幽霊! それも竜似の! 何されるか分かったもんじゃないわ!!」
テーラはどこから入手したのか寝袋まで持ち込んで、完全に俺の部屋で寝るつもりだった。
消灯後の異性寮への立ち入りは厳禁だが、それを破るほど怖いらしい。
カレンに至っては既に俺のベッドで横になっていて、つま先から頭まで毛布に包まっている。
……ソラヒメと一緒に。
「おいソラヒメ。何でお前までそうしてんだ」
『……カレンが心配なので』
「それっぽいこと言ってもダメだぞー。お前、珍しく昼間も女子寮近くに立ち寄らなかったって、マール先生から聞いてんだからな」
ちなみに、女子寮付近の一角はソラヒメの昼寝スポットだ。
日当たりが良く、竜舎のあたりにいない時は大抵ソラヒメはそこにいる。
『……』
「だーっ、仕方がねぇな……」
そう言いながら立ち上がって、部屋着の上から制服を羽織った。
相棒までこんな様子じゃ、こっちの調子まで狂ってくる。
「俺が様子を見に行ってくる」
「シムル、行ってくれるの……!?」
テーラが期待の眼差しっぽい何かを向けてきたので、「でもあんまし期待するなよ」と付け足した。
「今は消灯後だから、堂々と女子寮の中にも入れねぇ。あくまで外から見てみるだけだ。……ソラヒメ、一緒なら当然お前も行くよな? 昨日の話的によ?」
『……。…………』
ソラヒメは毛布からひょこりと顔を覗かせた。
しかも分かりやすく顔をしかめ、心底嫌そうだった。
もう絶対に布団から出たくない、そんな意思さえ感じられる。
でも、俺も一人で行くんじゃ面白くねぇと、無理矢理ソラヒメを布団から引っ張り出してやった。
それから二人で女子寮近くに移動して行ったが、特にこれと言って外観に変化はなかった。
しかしソラヒメはとっとと帰りたさそうだった……そんなに嫌かよお前。
「おいおい、一応お前は竜王さまだろ? だったら竜似の幽霊とか、見過ごせないんじゃないのか?」
『あくまで竜「似」です。竜と断定できなければ、竜王も何もありません』
ソラヒメは本ッ当に珍しく屁理屈をこねやがった。
いやはや、想像以上に幽霊とやらが苦手らしい。
テーラ同様に幽霊に関する嫌な話でも知ってのことかもしれないが。
そんなことを考えつつ女子寮の周囲を回ると、細い人影が見えた。
距離があって、闇夜の中だとぼんやりとしか見えない。
「誰だ? まさか例の幽霊か?」
『め、滅多なことは言うものではありませんよ!?』
「可能性はあるだろ」
……と、ガヤガヤ話していたら。
「ん、この声……シムルと相棒の星竜か?」
「げっ、お前は……」
近づいて来た人影の正体は、声からしてやはりと言うかで、生徒代表だった。
しかもこの時間帯でもかっちりと制服姿とは恐れ入る。
「貴様、この時間帯にここをうろつくとは不自然な……と言いたいところだが。最近は事情が事情だ、大方、噂の幽霊とやらに会いにきたのだろう?」
「話が早いな。俺もその幽霊には、できたらとっととご退場願いたい限りなんでな。ソラヒメもテーラも、幽霊を気にしすぎで困る」
『気にしていません』
きりっ! とした表情でそう言うソラヒメ。
いやいや、今更何言ってんだお前。
「まあ、そちらも幽霊かそれに類する悪ふざけで迷惑しているのは分かった。それに私もこの学園の生徒をまとめる者だ、恐れる生徒が増えつつあるとなれば、今回の一件は流石に看過できん……ん?」
『GRRRRRR!!!』
ふと、女子寮の中から大きな咆哮が轟いた。
それも空気を揺らすものと言うより、肌に纏わり付いてくるような。
奈落の底から湧いて出たような、嫌な雰囲気だった。
「へえ、こいつが噂の幽霊の声か。セプト村近くにいる魔物より不気味な唸り声だったし、確かに聞いてて良い気分にはならねぇが……で、どうする? 消灯時間後で、俺は女子寮には入れねーけど、お前だけで見てくるか?」
「ふん。それでも構わんが……お前も手隙で暇だろう。最悪、先生方には私が話を通す。一緒に来てもらおうか」
「おう、そうこなくっちゃな」
それから俺は、ソラヒメの手を引いて女子寮に入ろうとした……が。
『……』
「おいソラヒメ、何で止まる」
『私の足に聞いてください』
「この期に及んでまだアホなことを……」
仕方がないので、俺はソラヒメを押して行った。
どうせあのまま外に放っておいても、ソラヒメも心細く思うだろうし。
なら一緒に行ったほうがいい。
……それから、俺たちは例のトイレの前に来た。
女子寮の端にあるからか、周囲には全く人の気配がない。
しかし耳を澄ませると、中から何やらズルズルと這うような音が聞こえてくる。
生徒代表はゆっくりと中を窺うと、次の瞬間に目を見開いた。
「何だ、あれは……!?」
押し殺したような声に、俺とソラヒメも何事かと中を覗き込んだ。
すると見えたのは、カレンの言った通りに竜似の影だった。
輪郭は陽炎めいてぼやけていて、赤い瞳らしきものが輝いているが、それらは二つになったり四つになったりと不定形だった。
一応は四足歩行型らしきシルエットだが、腹を地につけて這いずっているような動き方だ。
体が崩れた竜の亡霊、とでも言えばいいのか。
『シ、シ、シ、シムル。あ、あれは本物では!?』
「……ああ、私もそう思うぞ。明らかに生物ではない、あんなものが出るとは世も末か……!」
常識離れの超現象を前にしてか、少し震えた声音の生徒代表とソラヒメ。
俺も嫌な汗が背筋を伝っているが、棒立ちしている訳にもいかないだろう。
「本物の幽霊でも何でも、とっととご退場願うだけだ。……オイコラお前! 昨日から真夜中に吠えやがって、迷惑だぞこの野郎!!」
昨晩間接的に安眠を妨害された件と、今晩も遅くまで起こされている件。
それらの苛立ちを怒声にして幽霊へ叫ぶと、竜似の影がこちらを向いた。
『シ、シムル。相手は幽霊ですよ! そんな無策で……!?』
「本物だからどうした、ここで正体を暴いてやるッ! nearly equal!!」
概念干渉nearly equalを起動し、幽霊とやらを解析。
テーラ曰く異常な魔力の塊って話だったが……。
「……何だ、これ?」
nearly equalの能力を通して知覚した幽霊に関する情報は、異常と言って余りある何かだった。
まず魔力と言うのは、自然界に流れるものであれ生き物の中にあるものであれ、風や水のように常に循環しているものだ。
その淀むことがない筈の魔力だが、あの幽霊の中にある魔力は一切動いていない。
強いて言うなら、魔力の輪郭そのものが動いているだけ。
幽霊の中にある魔力は動いていない……巨大な粘土細工がひとりでに動いているようで、気味が悪かった。
『GRRRRR!!』
解析を受けたのが気に食わなかったのか、幽霊は吠えながらこちらに迫ってきた。
ノソノソと鈍足で左右に揺れているようだが、その動きが不気味さに拍車をかけていた。
「……くっ、言わんこっちゃない!」
『シムル……!』
「問題ねぇ! あれがあくまで魔力の塊だって言うなら、やりようはある!」
幽霊の正体が、体から離れた魂だの精神だの、何なのか知覚できないものなら手の出しようはなかった。
でもあれは明確に魔力の塊だ、なら同じ魔力である魔法で干渉すれば……!
「nearly equal:星竜拳!」
魔力を解放し、自身の周囲に魔法陣を展開。
横にいるソラヒメの能力を解析し、体に星竜の筋力を付与。
そのまま拳に魔力をまとわせ、向かってきた幽霊に殴りかかった。
今の筋力なら、並みのワイバーンの突進すら真正面から受けられる。
威力は十分以上な筈だ……!
「……なっ!?」
だが、俺の目論見は外れた。
拳が炸裂しかかった途端、幽霊が俺の体をすり抜けた。
そんな馬鹿な、とっさに解析をかける。
「こいつ、俺が触れた部分だけすり抜けて……!?」
手応えがないと思ったら、幽霊は体の一部の魔力密度を極端に薄くして、俺の体に当たりそうになった部分を半透明化させていた。
こうなっちまえば、霧や空気を殴っているようなもんだ。
すり抜けた幽霊は、後ろへ下がって俺から距離を取った。
「ソラヒメ、今の見たか?」
『ええ。ひとまずアレは、莫大な魔力がひとりでに動く……自然現象に近いように思えてきました。とは言え体を変化させてシムルの攻撃をやり過ごした辺りから、アレには一応の意思や実体があるようですね。しっかり存在するものだと把握できれば、恐れることはありません。……そんなには』
ソラヒメは若干顔が青いながら、普段の冷静な声音を取り戻し、俺の隣に立った。
「ようやく普段の調子が出てきたな。ともかく、今はあいつを叩きのめす。正確な正体探しはその後だ」
「ならば今は、私も手を貸そう。魔力のこもった拳などを嫌うなら、私の超物質活性化の魔法も効果があるだろう」
生徒代表も前に出て、魔法陣を展開。
ランクAを誇る魔法によって、自身の身体能力を爆発的に増大させていた。
その辺の木どころか、ワイバーンの鱗程度なら、今の生徒代表なら容易に叩き破れるだろう。
「……よし、ソラヒメは雷撃であいつの全身を包んでくれ。逃げ場をなくして、俺と生徒代表が全力で叩く」
『分かりました。……仕掛けます!』
人間姿のソラヒメが腕から放った雷撃が、球体状となって幽霊を包み込んだ。
逃げ場のない絶対攻撃空間……だが。
「すり抜けた……!?」
今度、幽霊は特に魔力や体を変化させず、何事もなかったかのようにそのまま雷撃をすり抜けてきた。
さっきみたく、体の魔力密度を変化させて半透明化し、俺の拳をすり抜けた時とは訳が違う。
正真正銘、本当に効果がなかった。
「この……っ!」
身体能力を魔法で極限まで強化している生徒代表が動いた。
模擬戦闘の時みたく、目で追いきれないほどの超速で幽霊の周囲を動き回り、奴を撹乱する。
「ふっ!」
動きを追いきれない幽霊があらぬ方向を向いた瞬間、生徒代表が逆側に回り込んでハイキックを仕掛けた。
──あいつ、剣がなくてもあんな動きで戦えるのかよ!?
予想以上の動きに少し驚かされたが、しかし幽霊はその蹴り技すら何事もなかったかのようにすり抜けた。
次いで幽霊の体の一部がぶつかり、蹴りを無効化された生徒代表はいくらか後退させられた。
「おい、大丈夫か!?」
「構うな、この程度っ!」
生徒代表は強気だったが、側から見ていた俺としては意味が分からなかった。
ソラヒメと生徒代表攻撃は一切食らわないのに、幽霊からの攻撃だけ一方的に生徒代表に届いた。
完全なる矛盾、この世の法則なんぞ糞食らえと言わんばかりだ。
「……ん、この世の法則……?」
まさかと思い、拳に力を込める。
俺はそのまま、幽霊に向かって突っ込んだ。
『待ってくださいシムル! 無策では貴方まで……!』
悲鳴に近いソラヒメの声、だが恐らく……!
「問題ねぇ筈だ! なあ、幽霊さんよぉ!!」
『GUUUUUU!!!』
思い切り魔力を込めて拳を振るうと、幽霊はまた体の魔力密度を変化させ、俺に当たりそうになった部分のみ半透明化してすり抜けた。
思った通りか、だが逃すか!
拳を振った勢いのまま回転して飛び上がり、幽霊の頭に向かって回し蹴りを宙で叩き込む。
『GRRRRRRR!?』
「やっぱそうかよッ!!」
体の魔力密度を同時に変化させるのにも限界があったのか、幽霊の竜似の頭に、俺の蹴りがブチ当たった。
ドスン! と確かな感触、そのまま幽霊の頭が半分吹き飛び霧散していく。
『GRRRRRGRGRFRG!!!???』
のたうち回る幽霊を見て、ソラヒメが声を上ずらせた。
『なっ、何をしたのですかシムル!?』
「見ての通り、蹴っただけだ。ただし、俺の概念干渉の魔力をふんだんに込めた蹴りだ」
俺の魔法である概念干渉は、「この世の法則を捻じ曲げる」とまで言われる特殊な魔法だ。
特にnearly equalは対象の魔力や情報を得て、それを人間の限界を超えて自身に組み込める、この世のルールに縛られないと言っても過言ではない代物。
……この世から外れた力なら、この世ならざる存在にも十分有効ではないのか。
だからこそあの幽霊は半透明化して俺の拳をすり抜けたのだと、今ならはっきりと分かる。
「細かい原理はよく分からねぇが、有効だと分かりゃこっちのもんだ!! オラッ、とっとと成仏しやがれッ!!! テーラもカレンも迷惑してんだよッッ!!!」
『GRRRRRRROOOOOOO!!!』
頭を半分砕かれのたうち回っていた竜似の幽霊へ飛びかかり、蹴りや拳を叩き込む。
いくらか体の半透明化でやり過ごされたが、それでもやはり限界があるらしい。
何発か攻撃がモロに当たっては、その体を砕いて闇に還していく。
加えて幽霊が反撃しようと前脚や翼を振り回すが、緩慢な動きじゃ食らう訳もない。
奴が大振りの隙を見せた間に、五発は蹴りと拳を叩き込める。
「強制成仏だ!! 今すぐ黄泉の国に叩き返してやる!!!」
馬乗りになって殴り続けることしばらく、最後に放った拳が竜似の頭を完全に砕いた。
それから竜似の幽霊は、全身を霧散させて消えていった……が。
完全に消える手前、竜似の影が前足の部分で、窓の外のとある方向を指したように思えた。
そうして今度こそ、完全に消滅した。
『消えたのですか……?』
「そのようだが……。まさか拳で霊とやり合うとは、つくづく貴様と言う男は……」
なぜか呆れた様子で後ろから話しかけてきた二人。
俺は生徒代表に改めて聞いた。
「なあ、幽霊って未練があるから出ることもあるんだよな?」
「よくそう聞くが、どうかしたのか?」
「ちょいと気になって、な」
俺はトイレの窓からぴょいっと外に出て、竜似の影が示した方へ向かった。
そこには一本の木が立っていて、それ以外には何もない。
やはりあいつは、ここを指し示していたのだ。
『シムル、何か分かったのですか?』
「悪いソラヒメ、ちょっとこの木の下掘ってくれ。ブレスで穴を開けてもいい」
『分かりました』
追いついてきたソラヒメは、竜の姿になって雷撃のブレスを放った。
威力を加減したようで、いい具合に木の真下が抉れた。
……その直後。
「鱗に牙、それに骨か……?」
生徒代表の言ったように、ワイバーンの牙や鱗らしきものが木の下から出てきた。
月明かりの下で掘ってみれば、次々に出てくる。
これが何なのか、俺にもおおよその見当がついた。
「多分、さっきの奴のものだろうよ。量的にも、成体のワイバーン一体分くらいだろ」
『ええ、そうでしょうね。それは分かりますが……』
ソラヒメはジト目でこっちを見ていた。
「……何だよ?」
『先ほどの竜の霊、単に、誰かにこれを見つけて欲しかっただけなのではと思いまして。だから女子寮内で眠る生徒に危害を加えなかったものの、唸り声を上げて自身の存在を知らせたかったのではないかと』
「ふむ、その線もあり得るな。……確かにあの幽霊、シムルの声を聞いてノソノソと迫ってきたものの、当初はそこまで殺気を感じなかったような……」
『もしや、拳で除霊するほど悪いモノでもなかったのでは……?』
ソラヒメも生徒代表も、物言いたげにこっちを見ていた。
「お、お前ら!? あんなに腰抜かした雰囲気だったのに、解決してやったらそれか!?」
『しかし拳で除霊とは、少々可哀想だった気もします』
「俺に念仏でも唱えろってか? ……へっ、冗談じゃねーよ。寧ろちゃんとあの世に送り返してここに気がついてやっただけ、あの幽霊にも感謝して欲しいくらいだ」
「それは地縛霊モドキとなり続けるより、あの竜の霊魂もマシだったかもしれんが……。うぅむ、やはり貴様は度し難い…………」
……と、まあそんなこんなで話していたら次第に朝日が昇ってきて。
ひとまず竜似の幽霊事件は、一応の解決となったのだった。




