12話 俺の答え
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俺はふらつく足に力を込め、左拳を握りしめてメルニウスへ向け構える。
「へっ……聞いたぜ。
どうやらテーラを連れてバーリッシュに逃げ込む算段らしかったな。
……何でテーラまで連れて行こうとしたんだ、テメェ」
行くなら一人で行けばいいものを……どうしてこんな大太刀回りをしてまで。
メルニウスはこれまで「彼女のため」とか言って、テーラを自分のいいようにしたがっていた。
でもそれは建前で……結局ただ単にメルニウス自身が、テーラをバーリッシュに連れて行きたかっただけなのか。
「答えろ……メルニウス!」
奴の考えが分からなくなって、重ねて問い詰める。
ふいに、「雪山から逃げたイオグレスはメルニウスに追われたものの、まんまと逃げ果せた」と模擬戦闘の練習中に生徒代表から聞いた話が蘇る。
その時生徒代表は、どこか訝しそうに「あのメルニウスが手負いの概念干渉使いを取り逃がすなど……」なんて言っていたが。
……水面下でメルニウスがバーリッシュと繋がっていたってことなら、わざと取り逃がしたって方向で話の辻褄が合うってもんだぜ。
もっと言えば、あの時雪山にいたキマイラは……メルニウスの手引きで現れた可能性すらもあるだろうしよ。
「ふふっ……君は、何も分かっていないな」
メルニウスは眉間に皺を寄せ、憤怒に濁った瞳で俺を睨む。
その姿を見て……きっと余裕そうな表情の下で、いつも俺にはあんな顔をしたかったんだろうと、そう思った。
「無論……テーラのためだ!」
メルニウスが踏み込むのと同時に、こちらも地を蹴る。
十メートルはあった俺達の距離は、一秒もしないうちにゼロになった。
繰り出された刺突を止めるべく、俺は左腕で短剣の柄を抑え込む。
「言うに事欠いて、テーラのためだと?
今更何言ってやがる、ふざけんじゃねぇ!!」
「いいや、テーラのためだとも!
この国は……バーリッシュに敗れ、間もなく滅びるだろう!
その前に……彼女を安全圏へ連れ出して何が悪い!
僕はこの国からバーリッシュに引き抜かれた。彼女のことを想うのなら、この機会を……活かさない手はない!」
メルニウスが回し蹴りを放つのと同時に、俺もまた短剣の柄を払い、左拳を奴の腹に叩き込む。
「「……ッ!!」」
攻撃が同時にヒットし、揃ってたたらを踏む。
それでもふらつく足にどうにか力を入れて、倒れ込まないようにする。
──やべぇ、今のはもろに響いた……!
普段なら軽く流せる攻撃も、満足に動けない現状の俺からすれば……脅威以外の何物でもない。
だが、それはメルニウスも同じだろう。
中天から地上へとヴァルハリアごと叩き伏せた時点で、体が吹き飛んでいてもおかしくない。
奇跡的に生きているとしても……体が動かないのが道理だろう。
──それでもあんなに動けるのかよ……何つー執念だクソッタレ!
メルニウスは口元の血を籠手に擦り付けながら、再び短剣を構える。
「……君は、バーリッシュとこの国の物量差を知らないだろう。
キマイラの量産が更に進んでいる今……勝ち目はより一層薄くなっている事実も!
……それだけではない。こちらの主力であるワイバーンの数も、減少していく一方だ。
バーリッシュのキマイラは、寧ろ増え続けているというのに!!」
「うおっ……!?」
突き出された短剣を、紙一重で躱す。
疲労と魔力切れで体が重くて、重力が倍増しになったみたいに感じる。
「それに加えて、バーリッシュは概念干渉使いを集めた部隊の編成も進めている。
先日のヒラカでの一件、あのカレンという少女一人の前に、ヒラカは陥落寸前だったそうだが……!
たった一人の幼い概念干渉使いだけで、王都の警備隊の一角が全滅しかけるなど。
ましてや君や彼女のような……はたまたイオグレスのような、天変地異をも起こしかける力を持った化け物が十人単位で集まり、徒党を組んで攻めて来ると考えれば……!!!」
メルニウスはぺらぺらと語りながらも、こちらの首を狙って正確無比に短剣を振るう。
残光の尾を引く連撃を、俺もまた無理矢理に躱していく。
──目で追うな……体の動きから剣筋を予測しろ!
それにこんなに重たい体じゃあ、あっちの短剣を見た後だとこれ以上は躱しきれない。
一動作を行うたびに走る激痛を無視しながらも何度か回避を重ねた後、疲労からか隙の見えたメルニウスの腕を下から抑え込む。
「……それなら……交渉なり何なりすりゃあいいじゃねーかよ。
お前はそういうことができる立場なんじゃねぇのか!!」
詳しいことは分からないが、恐らくメルニウスはそれくらいの力を持っている筈だ。
何せ、俺よりも少し年上くらいなのに王国最強とか呼ばれている上に、エリートドラゴンライダー部隊の隊長までやっている。
更に、有名らしい貴族の家の出身ときた。
……これだけ揃っていりゃあ素人目からでも、王様やバーリッシュの連中とも、まともな話はいくらでもできそうな気がするんだけどな。
メルニウスは力任せに上から俺を潰そうとしながら、声を荒らげる。
「それができるならば、そうしている!
だが、それは不可能だ。
何故ならバーリッシュの狙いは和平などではなく、文字通りこの国を……国土を手にすることだからだ。
かつての交渉時、あちらがこの国に提示してきたのは無条件降伏に等しい内容だったと聞いている。
だからこそ、ユグドラシルはバーリッシュと戦わなければならない。
……負けるだろうと、分かっていても!!!」
「ぐっ……!」
──やべぇ、力が入らねぇ……!!
酷使しすぎた体は、もうとっくに限界を超えている。
膝が震えて、このままだと力負けしそうだ。
「そしてそもそも、バーリッシュは交渉など必要ないほどの戦力を既に溜め込んでいる!
……バーリッシュで数百から千にも迫るキマイラが製造されているのを見た時、僕は悟った。
勝ち目など、万に一つもないことを!
だからこそ、僕はテーラと早く結ばれたかった。
心優しい彼女が僕を選んでくれればきっと、こんな強引な方法を取らなくても、共にバーリッシュへと着いて来てくれただろう。
……それなのに!!!」
突如として、メルニウスが俺を蹴り飛ばすと同時に得物を投擲してきた。
「チッ……!」
受け身を取った直後、右の二の腕を掠め去る短剣に、注意を削がれる。
その隙に……奴は魔法で、地面から槍を生成してやがった!
「君達には公表されていないだけで、戦局は既に破綻しかけている!
実に数倍もの戦力差は、もうどうしたって埋まらない!
それは最前線に何度も出ている僕自身が、誰よりも痛感しているところだ!!
……さあ、話した通りだ。
君もテーラが本当に大切なら……僕に彼女を渡せ!!
さもなくば……なっ!?」
そこまで聞いたところで重い体に鞭を打ち、俺はメルニウスの懐に入り込む。
……流石にもう我慢の限界だった。
「いい加減にしやがれ!
結局言いてぇことはそれだけじゃねーか!!」
メルニウスが槍を捌くよりも先に、渾身のラリアットを叩き込む!
血を流しすぎたのか、感覚のなくなりつつある左腕を強引に振った一撃だったが……俺と同じく瀕死のメルニウスを吹き飛ばすには十分過ぎたらしい。
「ごふっ……!!」
メルニウスは槍を取り落とし、数度に渡って地面を転がり、ガシャリという音を鎧から立てて仰臥する。
銀色の輝きをしていた鎧は土埃で霞んでいる上、歪んだ見てくれが痛々しい。
煌びやかな雰囲気だったその顔は、今や血と乱れた髪で見る影もない。
その姿は……余裕のありげだった普段のそれとは対照的に感じて、どことなく哀れな気がしなくもなかった。
──これが、王国最強って言われてた野郎の末路だって思えば……な。
「……バカが、何でこんなことになってもまだ分からねぇ。
……この国が危ないとかあだこだ難しい御託を並べてみたところで、結局どこまで行ってもお前が最後に言うことは、お前の独りよがりでしかないんだよ!」
こういうものを、こういう状況を、正真正銘の下らないものって言うんだろう。
テーラ本人の意思とは関係なく、自分のやることこそがあいつのためだと信じて疑わず、周りを巻き込んで好き勝手に物事を押し進めようとするその傲慢さ。
どんなに地位が高くても、名声があっても、力を持っていても……人の心を大切にしないバカじゃどうしようもないと、よく分かるってもんだ。
「……それでも、そうだとしても!
僕は……彼女を!!」
よろよろと立ち上がったメルニウスは、槍を拾い上げて構えた。
その瞳に宿る闘志は、まだ衰えていない。
自分こそが正しいと、ここまで来たら何としてでも最後まで貫くと……その瞳が、一切の同情を拒んでいた。
「テーラは……何があっても死なせはしない。
あの子は昔から、僕にとって……文字通りの希望だった。
貴族の子として家督を継ぎ、家を守るためだけに生を受けた僕にとって、あの子と過ごす時間だけが僕の生き甲斐だった。
いつでも明るかったあの子の未来を……僕は守りたいだけだ、
その先で共に寄り添いたいだけだ。
この思いだけは……今も昔も、僕の中では絶対不変だ。
……行くぞ、キマイラ狩りのシムル。
君を倒して……僕はっ!」
メルニウスは血を吐くように言葉を続けて、こちらへと突っ込んで来た。
がむしゃらになっている目の前の奴を見て、俺は……やっぱりこんなふうに思わずにはいられなかった。
「そんなふうになってもまだテーラのためだ、なんて言い張れるなら……一体どうしてテメェはこんな道を選んじまったんだ」……ってな。
──だからこそ……もう終わらせてやる。テメェのやり口は、どんなに頑張ってみたところで……歪んでいるんだからよ!
「こっちこそ……テメェをぶっ飛ばして、今ここでケリをつけてやらァ!」
俺もまた決着をつけるべく、最後の力を振り絞ってメルニウスへと突き進む。
身体中軋んでいて、もう今にも倒れちまいそうだ。
今までにないくらいボロクソにされてこれ以上、下手に動く体力も残ってない。
正直殴ったところで、今の拳じゃあまともなダメージになるかすらも怪しい。
「それでも、負けられねぇんだよ!!」
──だからよ……力を貸してくれ、相棒!
俺はポケットに手を突っ込んで、あるものを取り出す。
それは……一枚の鱗だ。
前に引き抜いてからずっと持っていた、ソラヒメの力が詰まった超高密度魔力の結晶!
「ウオォォォォォ!!!」
咆哮を上げながら腕を振りかぶって、ソラヒメの鱗を握り込んだ途端……その鱗が手の中で淡い光となって、魔力を欲していた左腕に吸収される!
「最後に……聞かせろ。
君はこの戦争を、テーラをどうするつもりだ!
それを言ってみろ!!
この僕でさえバーリッシュに与するという結論しか出なかった、この絶望的な問題に対する解を……聞かせてみろ!!!」
メルニウスが全力で上げる叫びに、訴えに……俺は、俺の言葉を叩きつける。
「うるせえ!
この国が勝とうが負けようが……知るかっていうんだよ!
それにテーラが危ねぇっていうならな……この俺が、バーリッシュをぶっ潰してやらァァァァァ!!!」
光を纏った左拳に力を込めた途端……青白く帯電し、火花を散らす!
「ふざけるな! そんな短絡的な答えなどで……ぐぅっ!?」
血に塗れた雷の拳は、最後まで必死そうに俺の答えを拒んでいたメルニウスの鼻面の、そのど真ん中に入った。
これまでにないくらい、はっきりとした手応え。
また……奴から突き出された土気色の槍は、そのまま止まらず俺の懐へと向かう。
──構わねぇ。その穂先が届く前に……!
「ハァッッッ!」
──この拳であいつの意識を、刈り取ればいいだけの話だ!!
稲妻を纏った左腕を振り抜いて、数メートル先までメルニウスをぶっ飛ばす。
意識を手放した奴の手を離れた槍は、俺の胸に当たるすんでのところで……サラサラと元の砂に戻り、風に流れていった。
「……終わった、か」
メルニウスを殴った体制のまま、俺の方も前のめりに倒れる。
受け身も取らずに地面とぶつかって、結構痛かった。
それでも……頑張って、とりあえずは呼吸がしやすいように仰向けになる。
──それにしても……セプト村でも王都でも、この光景は変わらないんだな。
目の前に広がる星空は、きっと世界中どんな時、どんな場所……そしてこんな騒ぎの後でさえ、相変わらず綺麗に輝いてるんだな、とか何となく思った。
そして仮に、誰も夜空を見上げなくなったとしても……この先も、未来永劫この光景は不変なんだろう。
──この星空に比べたら、俺もちっぽけだよなぁ……幼馴染を守っただけでこのざまか。
なんていう感慨に浸るあたり……もしかしたら、今の俺は自分が思ってる以上に疲れ切っているのかもしれなかった。
それなら……ひとまず、今だけは何も考えずに眠りてぇな。
どこか安心した途端、闇が四方から迫って来て、意識が沈みかける。
重たい瞼をそのまま閉じようかと考えた時、ふいにとある思いが浮かんで来て……どうにか意識を留める。
「そうだった……そういえばテーラに、すぐに戻るとか言ったじゃねーかよ。
……でも、このざまじゃすぐに戻るのは……無理だよなぁ」
手足の感覚が本格的に曖昧になって来て、立ち上がろうとしても……ダメか。
それにじんわりと背中側に感じるのは……もしかして、流れ出た俺の血か。
はたまたすぐそこに転がってるメルニウスの血が、俺の方まで流れて来たのか。
……どちらにせよ、今の俺がロクでもない姿になっているのは、鏡を見なくてもよく分かった。
「あーぁ。
こんなところをテーラに見られでもしたら……また凄い剣幕で怒りそうだな」
あれだけ格好をつけておきながら約束一つ守れないとか、何ともみっともない話だ。
「……本当に、今ならいくらでも怒れそうよ……!」
「……は?」
──聞き間違いか?
あまりに疲れて、幻聴が聞こえたのかと思った。
それでも、今確かに……と、辛うじて首を動かす。
すると……少し離れたところにテーラがいて、さっき聞こえたその声が聞き間違いじゃなかったことを示していた。
「お前、何で……」
こんなところに、とまでは言えなかった。
「アンタこそ、どうしてこんなになるまで戦ったのよ!」
テーラがボロボロ泣きながら駆け寄って来て、俺の体を抱きかかえたからだ。
俺の方は完全に体力切れで、体を動かせないから本当にされるがままだ。
テーラの胸が頬に顔に当たって、意外とフニフニした感触が伝わって来るのと。
「お前……何かいい匂いがするんだな」
「……バカ。
何を言っているのよ」
テーラは顔を赤くして笑おうとするが、大きな瞳から流れる涙が痛々しく見えた。
赤い頬を伝って流れ落ちたそれが、俺の頬に当たってはまた流れていく。
「オイオイ……頼むから泣くなよ。
こう……お前を置いて行ったのは悪かったけど……何だ。
泣かせたかった訳じゃないというか……」
……こういう時、自分の口下手っぷりを呪いたくなる。
俺もソラヒメみたいに、気の利いた言い回しができりゃあよかったのにな。
「……そうだ、ソラヒメはどうした?
お前を置いて、どこに行っちまったんだ」
「テルドロッテ代表達の加勢よ。
……それと置いて行くようには、私が頼んだの。
やっぱりアンタだけ置いて逃げるなんて、できなかったから」
テーラはそう言いながら、どこかから取り出したハンカチで俺の顔を拭う。
「……それにしても本当に、アンタはどうして昔からこうなのかしら。
この前も似たようなことを話したけど、いつだって自由奔放で……気がついたらどこかに行っちゃうんだから」
「それを言ったら、セプト村から王都に引っ越したお前だって、急にいなくなっただろ。
……あの時は、少しばかり寂しかったぜ。
……ずっと一緒にいるもんだと、あの頃はそう思ってたからな」
……何だ。
こうやって話して、こうやってテーラに抱かれていると……妙に心臓がバクバクするな。
それに、熱が出てきたみたいで顔が熱い。
……疲れで回らない頭での推測になっちまうけど、魔力の使いすぎで本格的に体がヤバい……ってことか?
でもそれにしちゃあ、前倒れた時とは違って意外と意識がはっきりしてるっつーか……。
「ねえ、シムル。
私達、あの頃みたいに……またずっと一緒にいられるわよね?
……私、さっきアンタが一人で飛び降りた時、本当に怖くなっちゃって……」
テーラの縋るような声に、再び心臓が早鐘を打つ。
それが何でなのか、よくは分からないけど。
──でもまぁ……。
「……そうだな。
ずっと一緒にいられるように、またメルニウスみたいな野郎が出て来たら、俺が助けてやるよ」
「……うん、ありがとう。
でも……もうあんな無茶、したらダメよ?」
抱き寄せる力を強めたテーラに、俺は「へいへい」とゆっくり答える。
──これはこれで……頑張った甲斐があったってもんか。
テーラの柔らかい腕と胸の中で、そんなことを思ってから……眠たさがどうにも我慢できなくなってきて、するりと意識を手放した。
やっぱり心臓がバクバクしたのは……魔力の使いすぎから来る、気絶の前兆だったのかもな。
「……シムル。
私も……アンタみたいに強くなれるように、頑張るから」
これにて4章もひと段落です。
書籍版3巻にはオマケやWEB版にはない部分もございますので是非チェックしてみてください!




