11話 奪還
いよいよ明日、3巻発売です!
「うぉぉぉぉぉぉ!?
何がどうなってやがる!?」
突如としてアリーナの地面が抜け落ち、浮遊感に襲われる。
腕の中のテーラをちらりと見れば、衝撃で目を開けていられないのか、固く目を瞑っていた。
──ともかく、テーラだけでも無事に助けてやらねーと……!
とはいえ、俺だって人間だ。
羽が生えてる訳じゃないし、nearly equalもそこまで万能じゃない。
「クソッ、何かねぇか……!」
『シムル!』
岩塊が崩落していく闇の中から、聞き慣れた声と見慣れた青白い光が現れる。
「ソラヒメ!」
真下から飛んで来たソラヒメは、俺の服の襟を器用に加えて一気に飛翔した。
アリーナの天井の真ん中、穴が空いているところから空へと舞い上がる。
「オイオイ、こりゃあ……一体何があったっていうんだよ!?」
アリーナの地面は完全に抜け落ち、地下には岩と瓦礫の山が積み上がっている有様だった。
『シムル、貴方の予感は当たっていました。
地下に星竜が現れたのです。
それも……メルニウスの手の者でした。
この惨状は、主に彼女の仕業です』
「主に」というところを強調してきたところが気になったが……そんなことはどうでもよくなるようなことを、ソラヒメは言っていた。
「星竜だと!?
それじゃあさっきのは……それにメルニウスも、やっぱり何が何でもテーラが欲しかったって訳か……っと」
俺はテーラを抱えたまま、ソラヒメの背へと移動する。
そしてテーラを俺の正面に降ろして、デコピンでおでこを弾いた。
「あうっ……!」
テーラはおでこをさすりながら、涙目を開く。
「お前……何で出てきたんだよ。
あと少しで、死んじまうところだったじゃねーか」
自分で言うのもあれだが、多分今、俺の顔は……相当不機嫌そうに見えるだろう。
……流石にテーラのあんな無茶を笑って流すことはできないから、仕方がねぇけど。
「だ、だって……アンタもうボロボロじゃない!
火傷だってしているし、私のせいでもうあれ以上は……!」
「だとしても、あそこで出て来るんじゃねーよ。
……お前が死んじまったら、俺だって悲しいっての」
「……ごめんなさい」
テーラも反省したみたいだし、まぁ……これくらいにしといてやるか。
それよりも今は……だな。
「ソラヒメ、カレンや生徒代表は?」
『大丈夫そうです。
カレンは火竜に、アルスは控えさせていた翼竜にそれぞれ乗って、崩落直前に飛び立っていましたから。
……ただ、強いて言うなら地竜だけは埋まっているようですが』
夜に紛れてよく見えないが、恐らく火竜達はアリーナ内で滞空してるってことだろう。
──あ、よく見れば確かに地竜が埋まってやがる。メルニウスの奴、置いて行きやがったのか……というか。
「メルニウスの野郎は……逃げちまったのか。
……厄介だな」
この惨状はおおよそあいつが引き起こしたようなものだ。
このまま放置しておけば、またどんな手でテーラを狙って来るか分かりゃしねぇ。
『ともかく一旦降りましょう。
話はそれからです』
ソラヒメはアリーナの付近に降り立ち、火竜と翼竜もまたそれに続いてやって来た。
落盤の影響か、土煙で喉がいがっぽい。
テーラも同じなのか、軽く咳き込んでいた。
「シムルにミスリスフィーア、二人とも無事だったか」
翼竜を降りてから開口一番、生徒代表は俺達を心配してくれた。
少し前なら意外に思ってたところだな……なんて、未だに思う。
「おう、そっちも無事そうでよかったぜ。
カレンも……怪我はねぇな?」
「うん、大丈夫!
でも、あの赤と黒の雷って……」
カレンが不安そうに寄り添ってきたから、大丈夫だ、とその頭を軽く撫でてやる。
「確かに。
それに加えて赤黒い稲妻が走った後、何かが地下から現れて、メルニウスと共に飛び去るのが見えたがあれは一体……」
顎に手を当てて考え込む生徒代表に……説明をしようとしたその時。
「……へっ?」
呆けた声を出したテーラの方を向けば……テーラは黒い鱗で覆われた、前脚の中にいた。
「……ッ!」
テーラ自身が悲鳴を上げる間もなく、はたまた俺の手が届く間もなく……その姿が前脚と共に文字通り消えた。
テーラに伸ばした手は、すかっと空を掴む。
「テーラ、どこだ!?」
『ヴァルハリア!?
……成る程。自身の周囲の光を吸収して、完全に闇に紛れましたか。
しかし不意打ちとはなんと卑怯な……姿を現しなさい!』
ソラヒメがバチバチと口元に雷撃を溜めて威嚇するが、返ってきたのは軽い女のような声だった。
だが、その声の質で分かる……それはソラヒメと同じ、星竜のものだった。
『リスフィーア家のお嬢様はいただいて行くわ、お姉様。
アタシの……いえ、メルニウス様の狙いはもともとこの子。
この子が手に入った以上、もうここに用はないの。
惜しいけれど……お姉さまとの決着、預けるわ!!』
勝手に話を進めるヴァルハリアとかいう星竜に、声を荒らげずにはいられない。
「どこだ!
待ちやがれ!!」
『素直に答える訳がないでしょう?
やっぱり短慮ね……それでも本当に、絶大な力を誇る概念干渉使いにしてお姉さまの相棒なのかしら?』
ヴァルハリアの姿が見えないのが、本当にもどかしい。
──姿が見えていれば、すぐにでもぶん殴ってるところだってのによ!
「嫌、離して!!」
「テーラ! クソッ! 一体……どこだッ!!」
チッ……いくら目を凝らしても、何も見えやしねぇ。
気配はあるってのに……!
「シムル君。
あの模擬戦闘はなかったことにさせてもらう。
そして……さらばだ」
メルニウスに別れを告げられた途端、周囲を暴風が包む。
明らかに……飛び立たれたか!?
「シムルーーーー!」
「テーラッ!!」
夜の虚空に吸い込まれたテーラの叫びは、徐々に小さくなっていく。
「ソラヒメ、追えるか!?」
『ええ、行きますよ!!』
俺はソラヒメに飛び乗り、空へと舞い上がる。
『でも竜王様、見えない相手をどう追うんですか!?』
俺達に続いて飛び上がった火竜に、ソラヒメは力強く答える。
『ヴァルハリアは魔力を使った自身の能力で、私達の目を眩ませています。
しかし……彼女が飛び立った後には、彼女自身から発される魔力の残滓が残ります。
それを辿ればある程度は……!』
『さ、流石竜王様。そんなことまで……!』
『感心していないで、貴方も探しなさい!』
『は、はい!!』
ソラヒメにどやされ、火竜は首を左右上下に振ってヴァルハリアを探す。
「おにーちゃん!」
「私達も手伝おう。人手は多い方がいいだろう!」
横を向けば、そこには翼竜に乗ったカレンと生徒代表の姿があった。
「助かる!」
──待ってろテーラ、必ず連れ戻してやるからな……!!
***
ソラヒメが全力で飛び始めて数分。
メルニウスは山奥にでも隠れるつもりか、とか考えていたが……眼下に見えてるのは、明らかにそれとは真逆の光景だ。
「ここ……王都のど真ん中じゃねーか!?」
街を照らすのは、明るい魔力灯の光だ。
夜でも賑わいを見せる、王都の中心で間違いなかった。
『……完全に捉えました! やはりヴァルハリアは、まだまだ魔力の扱いや隠し方が雑ですね!!』
ソラヒメはある一点に向かって、一気に急降下する。
そこは……王都の端にある、昔の王宮の跡地……前に俺が捕まってた場所そのものだった。
『ハァッ!』
廃城の際めがけて、ソラヒメがブレスで直線を引く。
すると……空間が歪んだようになり、そこから黒い影が現れる。
四肢と一角を持つ黒竜……あれがヴァルハリアか。
そしてその背の上に、メルニウスに抱えられている……テーラの姿を見つけた!
「ソラヒメ、突っ込め!
すれ違いざまにテーラを取り戻す!」
『分かりました!』
ソラヒメは速度を上げ、メルニウスへと迫るが……空中で俺達に向かってくる影に、ソラヒメは急停止を余儀なくされた。
「うぐっ……!」
その背に乗っていた俺にも大きな負荷がかかって、肺から空気が絞り出される。
──何が突っ込んで来やがった!?
『キマイラが、何故こんなところに……!』
「何!?」
急いで目を開いて確認すれば……月明かりの下で、ワイバーン並みの巨躯を誇るモンスターがソラヒメと対峙していた。
獅子の顔に山羊の角が生えた、凶悪な面構え。
更に特徴的な巨大な黒い翼に、自立して動く蛇の尾。
見間違いようもない、キマイラだ。
『グァァァァ!!』
咆哮を上げたキマイラは、大きく羽ばたく。
闇夜でも分かるほどに筋肉を隆起させた前脚を振り上げたまま、こちらに飛来する!
「させるか!」
生徒代表が翼竜を駆って、キマイラの脇腹に襲いかかる。
『アルス様!』
また、火竜もその脚の魔力結晶を発火させ、キマイラを切り裂く。
『ギャォォォ!』
キマイラの耳障りな悲鳴の中、生徒代表は苦い顔をする。
「王都に、それもこのタイミングでキマイラか……!
……ということは、あの噂は本当だったのか!」
「……噂だと?」
生徒代表は迫り来るキマイラの尾に剣を突き立てながら、俺にもはっきりと聞き取れるよう声を張り上げる。
「メルニウスがバーリッシュと通じているという噂だ! 私の見立てでは、恐らく奴は……このままバーリッシュの進行が本格化する前に、ミスリスフィーアと共にバーリッシュへと飛ぶ算段だろう!」
生徒代表の言葉を聞いて、この前イオグレスが去り際に残したセリフを思い出す。
『この国は最早、こうして容易くキマイラの侵入を容易く許す程度には……内側から腐っています』
──内側から……あいつの言ってた内通者ってのは、メルニウスのことだったのかよ!?
「……何をぼんやりとしている、早く行け!」
確かにこの場でもたついてる暇はない。
とっととテーラを取り戻さなきゃならねえ。
「でも……お前らだけで大丈夫かよ!?」
「大丈夫!
私もいるよー!
|machine craft:鋼竜!!」
見れば、カレンはどこからか集めたらしい鉄から、いぶし銀の竜型を作り出していた。
竜型のブレスがキマイラに直撃し、その巨体を崩れかけの王宮跡へと叩き落とす!
『グォァ!?』
「おにーちゃん、行って!」
「……頼んだ!」
カレンと生徒代表の力を信じて、俺達はテーラの元へと向かう。
ヴァルハリアは飛翔しながらも再び夜の闇へと消えかけていたが、ソラヒメがその背に飛びかかる方が数瞬早い。
「テーラ!」
「シムル!」
テーラの無事を確認して安堵しかけたが、メルニウスが剣を引き抜いたのを確認して、それを心の奥に引っ込める。
──今は……あいつを叩きのめす方が先か!
「テーラは……返してもらうぜ!」
縺れ合うソラヒメとヴァルハリアの上で、俺はメルニウスに飛びかかる。
メルニウスも突き刺すようにしてこちらへと剣を繰り出すが、空中で体を捻ってそれを躱しにかかる。
頬が薄く切れ、血の流れる熱さを感じた時には……もうメルニウスの懐が目と鼻の先にあった。
「くっ……!」
メルニウスは狙いが外れた剣を、再び俺へと向けようとする。
──遅え!
「ラァッ!!」
力の限り繰り出したハイキックが、メルニウスの顎を捉える。
ガチン! とメルニウスの歯と歯が鳴る衝撃が伝わってくる。
「うっ……あぁ……っ!」
急所に入ったダメージで体の平衡を保てなくなったらしいメルニウスは、テーラと剣を手放し、大の字になってヴァルハリアの背から落ちていく。
「テーラ、無事だな!?」
「う、うん……!」
テーラの無事を確認すると、テーラの方もまたしがみついてきた。
その体は小さく震えていて、テーラがどれだけ不安だったかがありありと分かった。
『メルニウス様!』
「きゃっ!?」
ヴァルハリアの体が突如として傾き、俺達は空中へと放り出された。
「ソラヒメ!」
『分かっています!』
ソラヒメが俺達を背に乗せるように飛来する。
ヴァルハリアの方は、落下したメルニウスを前足で抱えていた。
『シムル、一旦引きましょう。
テーラを無事に取り戻すことができた以上、深追いは……!』
「回れソラヒメッ!」
ソラヒメが体を横に一回転させると、下から穿つようにして赤黒い雷撃が擦過する。
下手人は勿論……ヴァルハリア以外にはいない。
「テーラは……渡さない!!」
見れば、メルニウスは口の端から血を垂れ流しながらもヴァルハリアに跨っていた。
「しつこい野郎だな……!
撒くぞ!!」
『掴まっていてください!』
ソラヒメは急上昇し、雲の中へと入る。
──これ以上、テーラを危ない目に遭わせる訳にはいかねぇしな!
それに雲の中にいれば、あっちもテーラに当たるだろうって下手に攻撃は……。
『くっ……!』
ソラヒメの翼を掠めた雷撃に我が目を疑う。
「嘘だろお構い無しかよ……ッ!?」
『雲から出ます! こうなれば、あちらの姿が見えない方が危険です!』
雲の膜を突き破り、視界が開ける。
俺達は文字通り、雲海の上にいた。
月明かりが辺りを照らすが、そこにヴァルハリアの姿はない。
──姿を消された……いや、下か!?
「止まるなソラヒメ、下だ!」
俺の言葉に応え、ソラヒメが雲の上を滑るように飛行する。
──どこだ、一体どこにいやがる……!
「シムル、前!」
ハッとして正面に視線を戻すと、雲が弾け、そこから黒い巨体が現れていた。
『お姉様、逃がさないわ!!』
ヴァルハリアはその両翼に、赤黒い雷撃を纏わせていた。
『シムル!』
「任せろ!」
テーラを抱えていない左腕でソラヒメの正面に、盾のように巨大な魔法陣を展開する。
──回復しかけてた魔力の大半を食っちまうけど……やむなしか!
「nearly equal:星竜咆哮!!」
『堕ちて!』
白と黒の雷撃がぶつかり合い、聞いたこともないような衝撃音が耳だけじゃなく、体全体を通して伝わってきた。
──流石に星竜の一撃……正面から撃ち合うのはキツいな……!!
nearly equalを以ってしても相殺しきれない衝撃の余波で、左腕から血が噴き出す。
周囲の雲が搔き消え、雲海にぽっかりと穴が空く。
『離れなさい!』
俺が攻撃を受け止めている隙に、ソラヒメがヴァルハリアにブレスを叩き込む。
『きゃっ!?』
ブレスが直撃して雷光が弾け、ヴァルハリアの黒い体表の一部が灰色に焦げる。
だが……それだけだ。
──相手がワイバーンなら、今の一撃を叩き込めば終わるのにな……!
今相手にしているヴァルハリアが、ワイバーンに比べてどれだけ規格外かってことがよく分かる。
『うっ……!』
だが辛いものは辛いのか、ヴァルハリアは大きく傾いた。
「堪えろ、ヴァルハリア! ここで取り逃がす訳にはいかない!!」
大きくバランスを崩したヴァルハリアの頭を、あろうことかメルニウスは強引に外した剣の鞘で引っ叩いた。
鈍い音がこっちにまで伝わってきて、思わず顔をしかめる。
「……やっぱりあいつには、テーラは渡せねぇな。
ソラヒメ!」
『距離を取りましょう!』
ソラヒメは回れ右して加速していく。
だが、背後からは赤黒の雷撃が放たれ続ける。
「これでも……食らいやがれ!」
なけなしの魔力を使い、nearly equalを発動する。
そのままヴァルハリアの背にいるメルニウスに向け、ソラヒメのものと同質の雷撃を放つ!
──まともに当たれば、メルニウスごとヴァルハリアの背中を焦がせる威力はある! その隙に離脱できりゃあ……!
『所詮紛い物……お姉さまのものと比べれば!』
ヴァルハリアは薄く、全身に稲妻を纏う。
そして俺の放った雷撃は、ヴァルハリアに炸裂した途端……!
「……吸収しやがった……!?」
赤黒の稲妻に吸収され、ヴァルハリアはただ何事もなかったかのように迫り来るだけだ。
──流石に本物の星竜。この程度じゃ足止めにもならねぇか……!
そう考えている内に、ヴァルハリアはまた雲の中に潜った。
徐々に距離を詰められている気配に、焦燥感が募る。
「クソッ、あいつら本当にしつけぇ……!」
ソラヒメは俺達二人を乗せているせいで、いつもより動きが重たい。
しかもヴァルハリアは、あいつが放った雷撃やあの機動力からして……間違いなくソラヒメ並みの実力を持っているだろう。
今まで戦ってきたワイバーンやキマイラとは、比べ物にならないほどの難敵だ。
──これじゃあ、どうしようもねぇハンデを負ってるのはソラヒメの方だ。その上逃げてもさっきみたく、正面に回り込まれちまうとなれば……。
「……俺が直接、あいつらを叩きのめすしかねぇか……!」
「ダメよシムル!
危な過ぎるわ!
それにアンタ……そんな体で何ができるのよ!!」
立ち上がろうとしたら、雪山の時みたくテーラに抱きつかれて止められる。
「でも、他にやりようがねぇだろ!
このままみすみすお前が連れて行かれちまうよりは……多少危なくても、あいつをぶっ飛ばした方が良いってもんだ」
俺はできるだけ明るく振舞おうと努めながら、テーラの頭をポンポンと叩く。
「大丈夫だっての。
とっととぶっ飛ばして、すぐに戻って来てやるからよ!」
それでも、テーラは俺の胸元で顔を横に振った。
「……ダメ、絶対にダメ。
私のせいでこれ以上アンタが危ないことをするのは、見ていられないわ!」
「テーラ……」
こうはっきりと言われると、正直恥ずかしくなってくるというか……でもそこそこ嬉しいというか。
……まぁ、こいつはこういう奴だ。
我が強くてうるさいけど、それなりに優しくて。
それで……こんな時でさえ、俺のこともこうやって心配してくれる。
一番大変なのは、間違いなくこいつなのに。
──でもきっと、そういう奴だから……俺はお前のことが嫌いじゃねぇんだろうな。
そう思った時、何だか無性に……今まで以上にメルニウスに対して腹が立ってきた。
「……テーラ」
「……何?」
顔を上げたテーラの頬を伝う涙を、指で軽く拭う。
こんなこと俺らしくねぇな、と我ながら思うが……何故だか今はそういうことがすんなりとできた。
「……シムル?」
こちらを覗き込んで来るテーラを見て、目を閉じる。
……心は、もう決まっている。
「相棒、話は聞いてただろ。
……分かってるな?」
そうやってソラヒメに尋ねる俺の声は、自分でもびっくりするほど冷静だった。
するとテーラは、俺の胸の辺りに顔を埋めながらうんうん、と頷いた。
「分かってくれたのね。
……そうよね。
流石のシムルもこれ以上の無茶は……きゃっ!?」
突然加速したソラヒメに、テーラは俺へとしがみつく。
……さっきまで余裕がなくて気づかなかったけど、こいつ……小さくて細っこいようでも、意外と柔らかいな。
──セプト村に二人でいた時と比べれば、体とかは互いにもう大違いだ。まさか俺達が大きくなって、こんな日が来るとか……あの頃は思ってもみなかったな。
「……なぁ、テーラ」
雲の帳を引き裂き、赤黒い稲妻が正面を駆け抜ける。
その瞬間……俺はテーラを、ソラヒメの背にぐいっと押しやる。
「いつも通り……後でゆっくり怒られてやるからよ。
……さっきも言ったけど、すぐに戻る」
「まっ……!」
空中へと跳躍した俺に、テーラが手を伸ばす。
だが……ソラヒメは更に加速して、その場から遠ざかって行く。
『……シムル。私が戻るまで、持ちこたえてください』
「おう……お前ならそうしてくれると思ってたけど、悪いな」
『……全くです!』
半ば泣きそうな声をしているソラヒメとの念話を終え、俺は正面を見据える。
『お姉様、どこまで逃げても無……駄……!?』
「よお。
お前……何度見ても本当に真っ黒だな」
正面の雲を散らして現れたヴァルハリアは、赤い双眸を見開く。
そりゃあ……俺だけがぽつんと目と鼻の先に現れれば、驚くってもんだろうけどよ。
「油断しすぎだ、バーカ!」
残った魔力を文字通り全てつぎ込み、右腕に魔法陣を三重展開する。
かつてソラヒメをも地に伏せた正真正銘の切り札を解放して……目の前の黒竜を、夜の中天から叩き落とす!
「nearly equal:星竜ッ!!」
三つの魔法陣が連動して輝いて、周囲の星の光が掻き消えていく。
同時に、身体中から無理矢理に魔力を搾り尽くされる痛みに呻きかけた。
全身の血管を絞り上げられるかのような、生々しい感覚に襲われる。
自分の中の魔力がごっそりと持っていかれる喪失感に悶えかける。
それでも全部堪えろ、今はただ……!
──魔法に集中すること以外……忘れちまえ!!
一分のミスも許されない。
魔力を全てつぎ込んでいて後がないから、というものある。
しかし何より……ここで失敗したら、ヴァルハリアはソラヒメ達を追って行く!
──そんなこと……させるかよッ!!
「ハァァァァァッッッ!!!」
俺がこの魔法で近似して模倣するのは……文字通り、竜そのものだ。
俺を中心として、魔力で竜の骨格や肉体などを擬似的に構成していく。
魔力の肉体に神経が通い、体が拡張していくかのようなイメージを持つ。
五感も更に冴え、空気の流れすらも肌に刺さるほどに感じられる。
あるいはそれらは……竜の感覚を直に感じ取るという意味では、操竜術に近しい側面もあるのかもしれなかった。
魔法を発動してから、一秒にも満たないその後で。
半透明な白い雷撃を星竜の姿としたようなものの中に、俺は佇んでいた。
竜を魔力で構成するという、表現するだけでもバカげているとしか言えないそれは……俺の魔力を使い切ることで、無事成功した。
そして……これだけの力があれば!
「いい加減……墜ちろやッ!!」
前脚と後脚、更に長い首で組みついたまま加速すれば……十分にヴァルハリアを地に落とせる!
豪風を受けながら、俺達は真っ逆さまに降下していく。
『なっ……まさか、このまま落ちるつもり!?』
「当たり前だろ!
これが他にどう見えるんだ!!」
そもそもこの星竜の魔法は、そう長くは続かない。
俺の魔力が、もう底をついたって理由も勿論ある。
だが、最大の理由はそれじゃあない。
ただ単に……星竜そのものになりきるような大それた魔法を、人間が使い続けられる訳がないのだ。
前に使った時の結果は……ローナスに来たばかりの時に夢で見たように、草原を盛大に焼き払ってソラヒメと共倒れだった。
この魔法は、保って後数十秒。
でも……それだけの猶予があれば、地表に届く!
青白い星竜と化した俺は、魔力をその竜の身から解放し、更に加速していく。
『くそっ! 離れろ、偽物め!!』
ヴァルハリアはもがき続けるが……もう遅い。
いくら並外れた星竜の力や飛行能力でも、これだけ加速した後では逃れられない。
それに、何より。
「そうやってブレスを溜めて俺を焼き払おうにも、その前にテメェが墜ちるのが先だ!!」
『このアタシが……人間なんかに!!!』
ヴァルハリアが絶叫した直後、俺達は地表へと到達した。
砂煙を上げながら、周辺の古びた建物や木々が木っ端みたいに宙を舞う。
次いで感じるのは、体がバラバラになるかのような衝撃。
手足が吹き飛び、内臓がいかれたかと錯覚しそうになる。
そうして何度も回転しながら……遂に止まった。
「うっ……うおぉ……!」
俺はよろめきながらも、どうにか立ち上がる。
その直後、俺を包んでいた竜の姿が淡い燐光となって掻き消える。
俺が無事だったのは、ひとえにあの星竜の魔法が衝撃をいくらか和らげてくれたからだ。
だが、身の丈に合わない魔法を使った代償は大きかった。
「うっ……げほっ……!
……やっぱりこうなったか……」
足元に咲いた赤い花が、もう動くなと告げていた。
これ以上動けば本当に危ないと、命は保証されないと。
その上、魔法陣を三重にも展開していた右腕はロクに動きやしなかった。
──自爆覚悟で使った魔法だし……まぁこうなるか。
「……つってもなぁ」
辺りを見れば、俺は巨大なクレーターの中にいた。
どうやら巡り巡って、また王宮の跡地のあたりにやって来ていたらしかった。
見たところ巻き込まれた人はいないらしくて、そこは安心した。
また、ヴァルハリアは砕けた鱗や甲殻を周囲に撒き散らしながら、クレーターの中心で確かに倒れ伏している。
あんな高度から一直線に落とされれば、当然ながら無事じゃあいられねぇだろう。
……ただし、ヴァルハリアの背からゆっくりと歩んで来る奴がいる限り……俺は休めねぇ。
「……本当に、何度もやってくれるな。
予定では王都にキマイラを放った混乱に乗じて、今頃この国を出ている算段だったというのに……!」
メルニウスは鎧の各部を無残に凹ませ、額からは血を流し、折れたらしい左腕をぶらさげながらも……右腕で鎧の隙間に仕込んであったらしい短剣を引き抜いてきた。




