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10話 地下と地上の攻防の末に

 激しい戦闘によって壁や床、はたまた天井までもが抉れ……堅牢であった筈の地下通路の一部は微細な砂煙と化して、大気中に舞い上がっていた。


『やるわね、お姉様……!』


 傷ついた右腕を抑えながら、ヴァルハリアは浅い呼吸を繰り返す。

  自信に満ちていた先ほどまでの姿とは対照的なその有様に、彼女の実力を見込んで送り出したメルニウスがこの場にいたならば……唖然としたに違いない。


『我が父であるユグドラシルの力を受け継ぐ者、と聞いた時には一体どれほどの強敵かと思いましたが……まだまだ経験不足のようですね』


 砂煙を雷撃で裂いて現れたのは誰あろう、ソラヒメだ。

 ヴァルハリアとは対照的に、ソラヒメは傷一つ負っていなかった。


『経験不足……ですって……?』


『ええ。

 端的に言ってしまえば、貴方は魔力の扱いが下手です』


 ソラヒメが先刻、通路を光で満たすほどに雷撃を放った時、ヴァルハリアはそれを強引に正面から食らい尽くすようにして赤黒の稲妻を解放した。

 そして……ソラヒメは悟ったのだ。

 ──彼女は……残っている魔力量について、まるで考えていませんね。

 別段、ソラヒメの雷撃を吸収したところで、ヴァルハリアはそれを自分の魔力として使える訳ではない。

 そもそもあんな無理矢理な方法では、魔力の変換効率が悪すぎて、大気中に九割型が逃げてしまうのが関の山だろう。

 よって、それならば、とソラヒメが取った方法はただ一つ。

 適当に相手をして、相手(ヴァルハリア)の息切れを待っていたのだ。

 そしてその結果が……この現状だ。


『ハァッ!!!』


 ヴァルハリアは黒い雷撃を、赤い閃光と共にソラヒメに放つ。


『ふんっ!』


 しかしソラヒメは腕に雷撃を纏わせ、それを軽く弾き飛ばしてしまった。

 ソラヒメの背後に飛んで行った雷撃は、破壊音と共に柱の一つを倒壊させ、消失する。

 それを目の当たりにしたヴァルハリアは、小刻みに肩を震わせる。


『何が……何が下手よ。

 確かにアタシの雷撃は、竜の姿の時よりも威力が落ちているけど……寧ろどうしてお姉様は人間の姿で、そんなにも力を引き出せるのよ!?』


 納得いかないといったヴァルハリアに、ソラヒメは瞳を丸くするしかない。


『はて……どういうことですか?』


 これが普通だろうと、ソラヒメはヴァルハリアに返す。

 ソラヒメは人間の姿でも、はたまた竜の姿であっても、同じように雷撃を扱うことができる。

 だからこそ、こういう反応をしてしまうのは仕方がないことなのだが。

 ……それは、ヴァルハリアを本気にするには十分過ぎたらしい。


『ふふっ……アハハハハハ! 

 やっぱりお姉様は凄いわ! 

 そんなにも余裕そうなら……いいわ。

 アタシも本気になるから……!!』


『何を……まさか!?』


 ヴァルハリアの狙いに気づいたソラヒメは、最大限の放電を行おうとするが……既に遅い。

 瞳を赫々に滾らせたヴァルハリアは、黒と赤の稲妻を今までにないほどに撒き散らしながら……竜化した。

 血を練り混ぜたかのような、反り返った赤黒い一角。

 瞳と翼は爛々と赤く輝き、全身を余さず覆う鱗は漆黒に染まっている。

 四肢のあるその姿は、紛れもなく……星竜のものであった。


『グォォォォォォッ!』


 ヴァルハリアは嘶きながら、全身から漆黒の稲妻を撒き散らす。

 巨大な質量の動きと破壊をもたらす雷撃で、遂に天井が崩落を始める。


『何て無理矢理な……!』


 ソラヒメが怯んだその隙に……ヴァルハリアは彼女へと突っ込んだ。

 このままでは体格差で部が悪いと、ソラヒメは竜化しようとするが……。


『させないわ!』


 全力を解放したヴァルハリアが、ソラヒメに赤い稲妻を纏わせる。

 それによって……ソラヒメは魔力を奪われ、上手く竜化することができない。


『この程度……くっ!?』


 ソラヒメは稲妻の拘束を、体内放電で力任せに解除するが……その時には既に、ヴァルハリアの巨躯に吹き飛ばされて宙を舞っていた。

 そのまま壁に叩きつけられ、遂にソラヒメにもダメージが入る。


『ハハッ! 

 いい気味ね、お姉様!』


 それを確認したヴァルハリアは、大いに喜ぶ。

 ようやく一撃を入れることが叶ったと、この姿であれば、渡り合うことが可能だと自らを讃える。


『……確かに人間の姿では、貴方は本気を出せなかったようですね。

 ……ですが』


 ソラヒメは光を纏って周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら、本来の姿……純白の星竜へと姿を変える。


『貴方が本気になったからと言って、私は負けません』


『それは……やれば分かることよ!』


 対峙する白と黒。

 その姿は光と闇にも見え……それは奇しくも地上で相対する二人と同じく、交わることなく背反する存在だ。


『いくわよお姉様! 覚悟して!』


『貴方こそ……覚悟はいいですね?』


 地下の狭い空間で、二体の巨躯と人知を超えた絶大な魔力が……双方出し惜しみすることなく衝突する!


 ***


「ラァッ!」


 シムルの正拳突きを、メルニウスは剣で受け流す。

 その後に繰り出されたバックステップを踏みながらの刺突を、シムルは裏拳で軌道を逸らす。


「チッ、距離が詰まらねぇ……!」


「当たり前だろう。僕としても、これ以上君を懐に入れるのは避けたい」


 メルニウスの扱うその剣は、どちらかといえばリーチが長めのものである。

 つまり……拳がメルニウスへと届く前に、その剣はシムルへと到達するのだ。

 シムルが攻めあぐねるのも、仕方がないことであった。


「それなら……無理矢理懐に入ってやらァ! 

 nearly equal:鋼拳(メタルクラッシャー)!」


 シムルはもう此の期に及んで出し惜しみはしまいと、魔力を解放する。

 斜め上から振られたメルニウスの一閃を解析(スキャン)し……自らの拳に、鋼の硬度を付与する。


「おらよっ!」


「ぐっ!」


 シムルが剣を受け止めたことで生じた、鉄と鉄同士の甲高い衝突音。

 メルニウスの剣は、リーチという点ではシムルの拳に優っている。

 だが……力においては、シムルが数段上!


「ハァッ!」


 シムルは右腕で剣を押さえ込みながら、そのまま突っ込み……左腕をメルニウスの腹に叩き込む!


「うぐっ……!」


 鈍い衝突音と共に鎧の一部が陥没して、メルニウスの体躯が浮き上がる。

 そのコンマ数秒後、メルニウスの体は数メートルほど吹き飛ばされた。

 だが、メルニウスは倒れることなく堪える。


「くっ……!?」


 自慢の鎧のひしゃげた部分を忌々しく眺めながら、メルニウスは苦悶の表情を浮かべる。


「どうした、王国最強……何にもねぇならここで決めてやるぜ!!」


 シムルは駆け出し、メルニウスとの距離を詰めにかかる。


「させるか!」


 メルニウスは地面に手を当て、魔法陣を展開する。

 地面が紫色の光を発した途端、そこから黒い槍が出現する。


砂撃鉄槍(サンドバリスタ)!」


 砂鉄を凝縮した槍を手に、メルニウスはシムルの追撃を防ごうとする。

 上から振り下ろされた巨大なその槍を、シムルは受け止めざるを得ない。


「……うおっ!? 何だこりゃ!!」


 シムルが砂撃鉄槍(サンドバリスタ)を受け止めた途端、その手から火花が散る。


「砂鉄の粒子が超振動するこの一振り、普通ならその手が飛んでいるところだが……ふっ!」


 メルニウスはシムルを強引に押し飛ばし、大きく背後に飛びのきながら……その手に握っていた砂撃鉄槍(サンドバリスタ)を投擲する!


「効くかァ!」


 胴めがけて飛来する一撃を、シムルは正面から粉砕するべく振りかぶる。

 しかしその時、メルニウスが微笑するのを彼は見逃さなかった。


「これなら……どうかな!!」


 腕を上げて指を鳴らすその動作を確認したシムルは、両腕を交差させる。

 そして一秒にも満たないその後に、砂撃鉄槍(サンドバリスタ)が粉々に爆ぜた。

 魔法発動による防御すら許さないほどの早業。

 爆炎の中のシムルは、果たして……。


「……あっちい……!」


 体のあちこちから血を流しながらも、その姿は健在だった。

 砂撃鉄槍(サンドバリスタ)が炸裂するコンマ数秒手前、彼は自分の腕だけではなく、一瞬のみ全身にも鉄の硬度を付与していたのだ。

 ──発動してる魔法に関しては、瞬時に有効範囲を腕から全身に移せる……か。やろうと思えば意外とできるもんだな!


「……ハァッ!!」


 防御に成功したシムルは、今度こそメルニウスを仕留めんとする。

 地面を踏み砕きながら、弾丸のようにその身を射出した。


「僕の方こそ……これで決めさせてもらおう!」


 また、メルニウスの方は既に……シムルを狙った魔法陣を展開し終えていた。

 先ほどの投擲など、防がれることは分かっていた、と言わんばかりに。


「これで終わりだ……概念干渉(ノーネーム)使い!」


「なっ……二重展開!?」


 魔法の重ねがけ……魔法陣の二重展開。

 それがメルニウスの持つ奥の手である予感に、シムルは鋼拳(メタルクラッシャー)を維持する魔力をカットして、残った魔力を全てつぎ込む勢いで魔法陣を形成する。

 ──あっちの出す魔法が何であれ……こっちも本気でぶつかるしかねえ!


「nearly equalッ!!!」

 緊張感が増し、極限まで研ぎ澄まされた集中力によって、空気にすら重く感じるその須臾において。

 ……シムルの視界の端に、何かが映った。

 慌てて駆け寄ろうとするアルスに、闘技場の端で口元を抑えるカレン。

 そして、自分の手前に……!


「だ、ダメ……!」


「なっ……!!」


 泣きそうな顔で割り込んできた、テーラの姿が視界に入った。

 馬鹿野郎。どうしてこんなところに。泣くくらいなら割り込んで来るなよ……どれもこれも口にしたかったが、それらを言葉にする頃にはメルニウスの奥の手がテーラに炸裂するだろう。

 現に魔力が臨界点に達し、魔法の発動をもう止めることが叶わないらしいメルニウスもまた、呆けた表情を晒している。


「……ッ!」


 これ以降のシムルの行動には、最早躊躇いはなかった。

 nearly equalの発動を中途半端に解除し、テーラを抱えて勢いのままに背中からメルニウスへと突っ込む。

 ──あいつだってバカじゃなけりゃ、今からでもある程度狙いは外すだろ!

 これで少なくとも、テーラは助かる。

 それだけを悟って、シムルは迫り来る衝撃に目を瞑る……!


 ……しかしその後に彼を襲ってきたのは、その身を破壊する衝撃ではなく……轟音だった。


「なっ……!?」


 何事かと思い顔を上げれば……アリーナの地面の至るところから、赤黒い稲妻が噴出していた。

 バリバリと地面を砕き、徐々に陥没させていく。

 そして背後を見れば……メルニウスの魔法が、丁度赤黒色の雷光と衝突しており。

 それを確認した時……世界が無音となった。


「──!!」


 音が音と捉えられないほどの大激音。

 それと同時に本格的に崩落する闘技場と……地下から姿を現した黒い影が、メルニウスを攫って天へと飛翔する光景。

 シムルはそれらをうっすらと目を開けて確認してから、テーラ諸共……地面の崩落に巻き込まれた。


3巻公式発売日の10/10が迫ってきました……!

よろしくお願いいたします!

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