9話 四竜咆哮
シムルとメルニウスが争う闘技場の真下、魔法石で強化された天井を挟んだアリーナの内部。
衝撃を吸収する役割を持つ壁どころか、大気までもが振動していることから、シムルとメルニウスが如何に超常的な戦闘を繰り広げているのかが、見ていなくても分かるというものだ。
──旦那様は……あの人は上手くやっているかしら?
魔力灯の光すらない、薄暗い通路をカツンカツンと軽い足音を立てて進む女は主人の身を一瞬だけ憂うが……あの人が負ける筈もなしかと、少々落胆にも似た思いを抱く。
自分の主人に土がつくところを見たくないのかと言われれば、興味本位ではあるが見てみたい、という気持ちがあったからだ。
とはいえ……現にこうして彼女がリスフィーア家のお嬢様の元へと向かっているのは、ある意味で保険のようなものだ。
彼女は主人から「あの田舎者は、負けても悪あがきでテーラを僕から遠ざける可能性がある。だから……念には念を、ね」と聞いていた。
しかし、万が一の敗北にも備えて自分に指示を下したのだろうということも、彼女は重々承知していた。
「……ここを曲がるのだったかしら?」
頭の中に叩き込んだ地図に従い、細い路地裏のような道から大通り並みの幅を持つそこへと女が足を踏み入れたところ……通路左右にある魔力灯が突如として点灯した。
「……」
光が女の姿を、闇の中から晒し出す。
メイド服と可愛らしいと言って差し支えのない童顔、そしてこの近辺では珍しい黒髪の女……いや、少女である。
だが、少女は動じた様子を一切見せず……通路の奥に佇んでいるその人影に、ただ目を細めるだけであった。
まるでその人物が待ち構えていたことを、を最初から読んでいたかのように。
魔力灯は少女から見て手前側から、徐々に奥の方へと灯っていく。
『アルスからメルニウスの手の者が現れるならば、この避難用の地下通路だと聞いていましたが……本当に現れましたか』
灯っていく光が徐々に、その姿を照らし出す。
その声は鈴の音のような美しさを持ちながらも……意思の強さを感じさせる含みも持ち合わせていた。
『それにしても、シムルの勘はよく当たりますね。
彼の側にいることができないのは残念です……しかし確かに、私をテーラの側において正解だったようです』
光が通路に完全に灯りきる。
通路の最奥にて待ち構えていたのは、当代の竜王。
本来このような雑務に付き合うような身分の者ではないが、友のためとなれば話は別。
テーラを攫いに来た少女の前に立ちはだかったのは……この世界最強の一角だ。
***
ソラヒメは暗闇の中から浮き上がった少女を見据える。
その姿は先日、メルニウスと共にローナスに現れ、その後にシムルと接触したというメイドに他ならない。
──見たところ、武装などはしていないようですが……。
『……正しい道筋ではなく、わざわざこのような地下通路を通って来たということは……もう言い逃れなど許しませんが、一応聞いておきます。
貴方の狙いは……テーラですね?』
ソラヒメの凜とした問いかけに、少女はふふっ……と小さく笑いをこぼす。
「ええ、その通りですお姉様。私の狙いはあのお嬢様ですが……それが何か?」
『……お姉様?』
そう聞き返した途端、少女の姿が闇に消える。
スカートの裾から瞬時に取り出したナイフ数本を投擲し、自身の周囲の魔力灯を纏めて叩き割ったのだ。
だが……その程度の撹乱など、ソラヒメからすれば児戯に等しい。
ソラヒメはその全身から青白い雷光を迸らせ、周囲を照らし出す。
既にその姿はソラヒメの正面から消えていたが……彼女は、少女を見失ってはいなかった。
『この程度で、私を出し抜けるとでも?』
ソラヒメは自分の背後へと進もうと、天井から向かおうとした少女に雷撃を放つ。
「くっ……!」
球状の雷撃が、燐光を散らしながら天井の一角を丸くくり抜き、爆散する。
天井を駆けていた少女は飛び退き、すんでのところでそれを回避していた。
小さな瓦礫片と共に、自身の正面へとストンと着地した少女に向けて、ソラヒメは雷撃を放つ構えを取る。
『降伏しなさい。さもなければ、今度こそ……当てます』
その柔らかな手の中で、解放間際の稲妻がバチバチと火花を散らす。
「お姉様こそ……もう勝ったつもりで?」
『……っ!?』
ソラヒメが気づいた時には、既にナイフが四方八方から自分へと迫っているところだった。
雷撃を回避しながら放たれたらしいナイフが、ソラヒメの首筋に迫るが……。
『ふっ!』
ソラヒメが目を大きく開いた途端、ソラヒメの首筋に当たらんとしていたそれらは空中でピタリと動きを止めた。
そして……一斉に弾き飛ぶ!
ソラヒメが薄く体に纏っていた、磁界にも似ている雷の結界がナイフを纏めて止め、弾き飛ばしたのだ。
全身を鱗や甲殻で覆っていない人間の姿だからこそ、ソラヒメはこうした防御手段を準備していた。
「ふふっ……流石はお姉様。現時点で最強の星竜と呼ばれるだけのことはあります。やはり……」
逆転の一手を覆されてもなお、少女には余裕があった。
それどころか……この状況を楽しんでいるかのようにも、見て取ることができた。
「倒すしか、ないようね」
少女の雰囲気が変わる。
血生臭さとも違うが、幾多もの強敵を屠ってきた自信にも似たオーラが、少女から漂う。
敏感にそれを感じ取ったソラヒメは、体に纏う青雷を一層強める。
『……私を倒す、ですか。
それに現時点でとは……どういう意味でしょうか?』
何か含んだ物言いをした少女に、ソラヒメは思わず聞き返す。
「つまり……いえ、もうこの口調はやめましょうか」
少女は八重歯を見せながら、ニヤリと笑みを浮かべる。
「……こういうことよ!」
少女の瞳が、黒から赫々に輝く。
それを見たソラヒメが目を細め、少女へと腕をかざした。
『……少々無駄話が過ぎたようですね!』
ソラヒメの腕から伸びた雷光は、彼女の腕と連動して動き……しなやかな鞭のようにして少女に襲いかかる!
肩から入り、脇腹へと抜ける軌道を見せるそれは、人間が受ければ即死は免れないほどの超高密度魔力の絶技だ。
だが、ソラヒメはそれを躊躇なく放った。
何せ相手は……同族であると悟ったからに、他ならない。
『アハハッ!』
少女は高笑いをしながら、体内から放電をした。
赤黒い血飛沫の如き稲妻が、少女を中心に空間を侵食するかのような光景が展開される。
薄暗い闇を上から塗りつぶすかのような赤黒色が、青白の雷光と反発しあい、小爆発を起こして爆ぜる。
『シムルから漂っていた匂いからまさかと思いましたが……やはり、貴方は』
バリバリと放電を続ける少女に、ソラヒメは身構えた。
『そうよ。お姉さまが察している通り、私も……ううん、アタシもまた星竜。
直系ではないとは言え、かの伝説の竜王ユグドラシルの力を受け継いだ……謂わば貴方の妹。
アタシはヴァルハリア。お姉様を超える……最強の星竜!!』
名乗りを上げた少女、ヴァルハリアは地下通路の魔力灯を、その赤黒い閃光で一斉に砕き去った。
空間が闇に閉ざされるが……ソラヒメには、ヴァルハリアの姿がはっきりと見て取れた。
ソラヒメは確かに夜目が効く。
だが……ヴァルハリアの姿が見える理由は、それだけではない。
闇を赤黒く塗り潰すヴァルハリアの姿は、暗闇でもはっきりと目視できるほどに強烈なのだ。
『赤と黒の稲妻ですか。
確かに貴方も雷撃を扱う星竜のようですが……だからと言って、テーラを狙う以上はここを通すわけにはいきません!』
ソラヒメは腕を突き出し、雷撃の槍を以ってヴァルハリアを突き刺そうとする。
星竜の魔力量は、他の竜種の数倍から数十倍。
だがしかし、星竜の中でも竜王であるソラヒメは、平均的な個体と比べて更に十倍近くの魔力量を誇る。
そんな規格外な彼女から放たれる一撃は、例え同族であろうとも……一瞬で屠り去るほどの威力があるだろう。
『……もっとも、それは並みの星竜がお姉さまの攻撃を受ければ、の話だけどね』
ヴァルハリアは稲妻を拡散し、自身の正面で球体状にして丸める。
そうしてソラヒメの槍を受け止め……吸収し、霧散させる!
『なっ……!?』
『だから言ったでしょ? お姉様を超えるって!』
ソラヒメの一撃をあっさりと防いだヴァルハリアは、さも愉快そうだった。
『アタシは光や魔力を吸収することに特化しているの! お姉様の雷撃くらい、いくらでも吸収できるわ!』
余裕げなヴァルハリアに、ソラヒメもまたふふっと笑いをこぼした。
『そうですか。……それでは、私もそろそろ少しだけ本気になりましょうか』
『……へっ?』
地下空間一帯を、白が埋め尽くした。
***
──空間が……割れた?
メルニウスのランスを蹴り上げた途端、自身の周囲に飛散したポリゴン状の破片を目にしたシムルは、そんな訳があるかと思い直す。
──いや、違ぇな。こいつは……!
「逃すか!」
メルニウスは足元のシムルを蹴り上げようとするが、シムルは全身のバネを使って跳ね起き、数度バク転をしながら後ろへと跳ねる。
そしてメルニウスから十分に距離をとった後、何度か両手を開閉し、彼はある結論へと達した。
「砕けたのは……俺の魔力か!」
nearly equal:竜骨格として纏っていた火竜の力が消失していることに気づいたシムルは、同時にメルニウスが手にしているランスの能力についても悟る。
──あのランスは……魔法を砕いちまうのか。危ねぇ危ねぇ……誘われてたって訳か。あのままあいつに殴りかかってたら、竜骨格が解けて逆にランスでぶっ飛ばされてたかもな。
九死に一生を得たと理解したシムルは、あのランスを攻略する方法を模索するべく思考を深めていく。
「考える隙など……与えるか! 破砕礫弾!」
「チッ……!」
メルニウスは間髪入れずに、ランスの間合いから離れたシムルを仕留めにかかった。
シムルに向かって再度放たれた結晶の散弾は、今の彼からすれば脅威以外の何者でもない。
いかにシムルと言え、ただの人間に戻っている現状で結晶の集団爆発を食らったが最後、立ち上がるのも困難な状況に陥る可能性がある。
『シムルさん!』
「頼む!」
急降下してきた火竜は両脚でシムルを掴み、一気に舞い上がる!
「タイミングがいいことだ……!」
メルニウスが結晶を爆ぜさせた時には、シムル達は安全圏へと離脱した後だった。
火竜は空中で器用にシムルを放り投げ、自分の背へと乗せる。
「悪いな火竜。
助かった」
『いえいえ。
それよりもあの誘い込みを避けるなんて、流石は竜王様の相棒です。
並みのドラゴンライダーなら、あの薙ぎ払いで終わっていましたから』
「それにしてもあんなランスを持ってるとか、聞いてねぇぞ……」
テーラやアルスからもランスの存在を知らされていなかったことから、あれはメルニウスの切り札だとシムルは推察する。
『魔法は無効化される上、私のブレスはあの地竜の力で正面からでは彼らには届かない。
……こんなにも厄介だとは、正直思ってもみませんでしたよ……』
「あぁ、そうだな。けど……それはあっちも同じだろうよ」
シムルは地竜に乗りこちらを見据えるメルニウスを、逆に観察する。
『……どういうことですか?』
「単純な話、あっちの攻撃だって俺達には届かねぇだろ。
それに……さっきあいつが俺を引きつけて不意打ち紛いの倒し方をしようとしたのも、多分こうやって模擬戦闘が泥沼化するのを嫌がったからだろうよ」
シムルが火竜に説明したことは、的を射ていると言って差し支えないだろう。
あの地竜の重たい動きでは、シムル達を追って攻撃することはまず不可能だ。
メルニウスが合体魔法を使うにしても、後二発が限度だとシムルは感じていた。
また、そもそもメルニウスの魔法でシムル達を落とせない以上……戦いは泥沼化するしかないのだ。
お互いがお互いを仕留めきれない。
両者はそれを感じ、睨み合いへと発展していた。
魔力を無闇に使おうものなら、魔力切れを狙われて敗北しかねない。
だからこそ……無駄な牽制すら許されないのだ。
──それなら……どうする。
あの鉄壁の守りを、崩す方法はある筈だ。
それでも、メルニウスはもうやすやすとシムルの接近を許さないだろう。
手の内が割れた以上は次にシムルに距離を詰められたが最後、ランスで無効化できる魔法攻撃ではなく、彼の得意とする近接格闘に持ち込まれることは目に見えているからだ。
全身を武装していると言え、シムルの連撃を食らえば危ないことを、メルニウスは重々理解している。
その証拠に、現在メルニウスはシムルを誘おうとする素振りを見せるどころか、ランスを手堅く構えていた。
「……ったく。またとんでもねぇことになったなこりゃ」
こんな戦いは初めてだと、シムルは深く息を吐いた。
『……シムルさん。
一か八か、一つ試してみませんか?』
「……あいつの守りを突破できるなら、試す価値はあるってもんだけどよ……何をする気だ?」
火竜は一拍おいてから、ゆっくりと告げた。
『……合体魔法です。
もしかしたら、メルニウス達の守りを崩して……そのまま倒せるかもしれません』
「いや待て。
……それは生徒代表が無理だって言ってただろ」
「たった三日でドラゴンライダーの奥義である合体魔法を使おうなど、甘いにもほどがある!」とはアルスの談だ。
シムルは操竜術の触りができるものの……所詮は初歩の初歩と言える程度の技能しか持たない。
合体魔法のような高度な技を駆使しようとすれば、失敗する可能性の方が高いのだ。
その上、アルスはこう付け足していた。
「下手をして失敗をすれば、火竜が自爆する可能性がある」と。
だからこそ……シムルは火竜の案に否定的なのだ。
それでも、火竜は食い下がる姿勢を見せる。
『私なら構いません。
竜王様の相棒を乗せているのに、勝てる可能性をみすみす逃すなどあり得ません。
それに……私を信じて戦うことを許してくれたアルス様のためにも、負けたくありません!』
貪欲に勝利を求める姿勢の火竜に、シムルは決心を固めた。
──危ないのはこいつの方なのに、俺が日和ってちゃいけねぇな。
「……分かった。
ただし……合体魔法を撃った後は、今から言う通りにしてくれ」
シムルは火竜に考えを伝えるが……説明を受けていくうちに、火竜は総身を強張らせる。
『……本気ですか?』
「当たり前だ。
俺だって負ける訳にはいかねぇし、お前だけ危ないってのも割に合わないだろ?」
『……承知しました。でも、無事でいてくださいよ……?』
シムルは任せろよ、と火竜の背中を軽く叩いた。
「俺が大怪我したりすると、ソラヒメがうるさいってのもあるしな。
安心しろって、そうならねーようにするからよ」
『それもありますが……成る程、竜王様も苦労なさっている訳ですね』
羽ばたきが若干弱まった火竜に声を掛けようとするが……シムルは火竜を操竜し、大きく反転する。
地上に陣取る地竜がブレスを繰り出したのだ。
「そんな重たい攻撃くらい……軽く避けられるっての!」
──けど……あっちも仕掛けてきたってことは、こっちを落とす算段がついたってことかよ!
このまま時間を食ってはいられないと、シムルは火竜に魔力を送り込む。
合体魔法で最も困難とされるのは、竜と呼吸を合わせること……即ち、魔力の同調だ。
しかしその点についてはもう「nearly equalで、シムルは自身と火竜の魔力の質を近似することができる」ということが判明しているので、大した問題ではない。
ただし次が問題であり、シムルからすれば最大の関門なのだ。
──火竜がブレスを放つその少し手前で、俺の魔力を一気に火竜のコロナに送り込めって……一体どのタイミングだよ……!!
火竜種は、コロナという器官でブレスを生成して放つ。
火竜の全身に魔力を巡らせながら、内臓の一部であるコロナにピンポイントかつタイミングよく魔力を流し込むなど……三日程度しか訓練していない者なら、確かに無茶があるだろう。
「つっても……やらなきゃ終わりだ!」
火竜は口の端から炎を迸らせつつ、地竜とメルニウスから放たれる弾幕の雨を回避しながらも肉薄していく。
「真竜とは言え、あの動きは本当に火竜のものなのか……!?」
メルニウス達を中心とした、円周軌道からの急停止、急降下からの回転……火竜は通常の翼竜をも上回る飛行能力を発揮し、メルニウスを驚愕させていた。
『このまま、もっと……!』
狙うは遠距離からではなく、中距離から放つ合体魔法。
この一撃で、勝敗が分かれると言っても過言ではない。
それを理解しているシムルは、文字通り手に汗を握る。
──まだだ。まだ火竜はブレスを溜めてる最中だ……!
シムルはnearly equalの解析能力で、火竜のコロナで溜め続けられているブレスについて、いくらか把握できていた。
「この調子だと……後三十秒とか……いや待て。何ではっきり分かる……?」
火竜がブレスを放出するまでのおおよその時間を理解できたことに、他ならぬシムル自身が驚愕していた。
……というのにも、訳がある。
シムルはこれまでに何度か、火竜の体を解析して、その身体能力を体に組み込んでいた。
それによって、シムルは知らず知らずのうちに火竜の体に詳しくなっていたのだ。
「まぁ、分かるに越したことはねぇな。……行くぜ!」
『グォォォォ!!』
火竜が嘶くのと同時に、シムルは火竜のコロナに限界まで魔力を送る。
『合体魔法!』
「紅蓮竜撃咆!」
即興の詠唱と共に、火竜の顎の前方に魔法陣が展開され……シムルの莫大な魔力も合わさって、ソラヒメのブレスにも匹敵するほどの魔力が放出される!
火の粉を撒き散らして進む紅の螺旋は、メルニウス達へと向かう。
「成る程、これが君達の切り札か……だが!」
『ゴァァァァァァ』
地竜が大地から魔力を吸い上げるようにして……先ほど以上に、地盤を何重にも隆起させる!
「見誤ったな概念干渉使い!
地竜が展開することのできる岩盤の盾は、一枚だけではない!!」
火竜から放たれた合体魔法を阻まんとするその岩盤は、正しく地の真竜の力に恥じぬ硬度を誇る。
ランクA相当の魔法を無力化し、魔力を砕くメルニウスのランスの力も合わされば……この守りは、絶対防御と化す。
『くっ……!』
火竜が悔しそうに呻いたその時、合体魔法が岩盤の壁へと炸裂した。
螺旋を描く爆炎は、一枚目と二枚目の岩盤を容易く崩壊させる。
三枚目に至った時、その勢いが弱まる。
四枚目を砕いたが最後、その起動が不規則になる。
そうして五枚目を辛うじて爆砕した直後、鈍重な地竜の上に仁王立ちをして待ち構えていたメルニウスへと到達し。
「はぁっ!」
そのランスの一突きで、合体魔法は崩壊し……爆ぜながらも散り消える!
メルニウスは、これで勝利は手にしたも同然と、不敵に微笑む。
あれ以上の攻撃は、もう放てまいと。
後はこちらのペースで倒すだけだと、そうほくそ笑んだところで……。
「隙だらけだぜッ!!」
その手の中にあったランスが、鈍い音を立てながら宙を舞っていた。
「バカな……!」
眼前には、服の端を焦がし、煤で全身を黒くしたシムルの姿があった。
メルニウスは呆然としながら、空中を舞うランスを目で追っていた。
「ブレスが消えた時の爆発に巻き込まれながら、迫って来たというのか……!!」
シムルは魔法による防御を一切せず、目論見通りに合体魔法の後を追いかけるようにして迫っていたのだ。
シムルの魔力は既に、紅蓮竜撃咆を使った影響で半分を切っている。
ブレスの爆発に巻き込まれる危険性を考慮しても、メルニウスを仕留めるための、残り少ない魔力を使って防御する訳にはいかなかったのだ。
そして現に……シムルは無傷とはいえなくとも、メルニウスまで到達している!
「お前も……降りろッ!」
シムルは無防備なメルニウスにタックルをするようにして、地竜の背から叩き落とす!
その誰もいなくなった背の上に……!
『上手くいきましたね!』
火竜が飛来し、炎を纏った魔力結晶の鉤爪で、地竜を押さえつける!
『ドォォォォォ!?』
マウントを取られた地竜はもがくが、真竜とはいえ鈍重な地竜。
火竜を振り落とすには、少々勢いが足りない。
「火竜、そっちは任せた!
……さて」
腰から予備の剣を抜き、ゆっくりと構えるメルにウスを前に、シムルも拳を構える。
既に日は落ちかかり、月や星も見えている。
そんな昼と夜の境目が曖昧になったかのような、空の下。
決して相入れることのない両者が相対する。
「自ら竜の背から降りるとは……実に荒々しく、田舎者らしい常識を知らない闘いぶりだ」
メルニウスの安い挑発を、シムルは軽く受け流す。
「逆にお前には柔軟さがねぇから、今こうなってるんだろうが。
それに……そんな硬い事ばっかり言ってるから、テーラにも嫌われたんだよ」
「……言ってくれるな、概念干渉使い風情が」
メルニウスの瞳が殺気で染まる。
確実にこちらを仕留めんとするその視線に、シムルは会話を切った。
──やっぱりこいつには……話は通じねぇな。
「僕は君を倒し……必ずテーラの元へと向かう!」
「勝手に言ってろ、この独善野郎!」
両者は同時に飛びかかり、その剣と拳が交錯する!




