8話 nearly equal vs 王国最強
3巻発売日の10/10が迫ってきました……!
重版した1巻やコミカライズの発表があった2巻と共に、よろしくお願いいたします!
模擬戦闘までの時間は、あっという間に過ぎていった。
テーラが見守りカレンが昼寝をする中、俺は生徒代表と共にコツコツと練習を積み重ねていった。
それと時折顔を出すソラヒメが、火竜に向かって『私の相棒を誑かすなど……喧嘩の売り方が上手いですね?』などと好戦的になっていたり。
寝る時に、ソラヒメが結構強く抱きついてきて離さなかったり。
ソラヒメが……って、ソラヒメのことはまぁいい。
そんなこんなで今は……メルニウスが言っていた約束の三日目、その夕暮れ時だ。
夕焼け色に染まるアリーナの闘技場で、火竜と共にメルニウスを待ち受ける。
テーラの方は、もうカレンと一緒に観戦席へと移動していた。
「それにしても、夕暮れ時ってまたざっくりとした表し方だと思わねぇか?」
『そうですね。ちょっと大雑把な気がします』
火竜と軽口を叩くこと暫く……奴らは現れた。
重量感のある足音と共に、小山のようなシルエットが、正面の通路から現れる。
岩肌のようにゴツゴツとした体表に、捩くれた二本の角。
体を支える後脚は、竜姿のソラヒメの三倍は太いかもしれない。
大きさも、普通のワイバーンより大柄な火竜の更に二周りは大きいだろう。
『彼の相棒は……地の真竜ですか。
しかも……相当な手練れと見ました』
「そういうの、分かるもんなのか?」
『はい。
……同じ真竜として、一目見れば』
火竜の解説を聞きながら、地竜と共に歩んできた男を見据える。
白銀の甲冑に身を包み、腕に巨大な槍……俗にランスと呼ぶのだろうそれを携えながら悠々と現れたその男は、最早見間違えようもない。
メルニウスだ。
「……ふむ。逃げずに待ち構えていたことについては、褒めておこう」
「上から目線な野郎だな。
お前こそ、本当にテーラを諦める気がないらしいな。……テーラはあんなに嫌がってたのによ」
メルニウスは、口の端を小さく吊り上げた。
「……どうして笑ってやがる」
「君の言うことがどうにもおかしくてね。嫌がっているから……何なのかな?」
「……何だと?」
一瞬き気間違いではないかと、耳を疑う。
しかしメルニウスは、薄ら笑いのまま語りだす。
「嫌がっているから、何なのかと言ったのだよ。
彼女が嫌がっていたとしても、彼女のためになる行いをする。
そして僕を受け入れてもらえるよう、最大限の努力をする……それが、愛というものだろう?」
顔は笑っていても、その言葉には茶化したものは一切含まれちゃいなかった。
つまるところ、今の言葉があいつの考え……本心だ。
──成る程な。そりゃあこういうふうにしつこい訳だ。
「おう、そうかよ。
……よく分かったぜ」
──やっぱりお前は……自分本位な身勝手野郎だってことがな!
もう話しておくことなんか、一切ねぇ。
長々と話をしたところで、何の得にもならねぇし……どうにもならないことは見え透いている。
それなら……後は拳で語るだけだ。
「火竜……準備はいいか!」
『当然です!
テーラさんのため。
そして……シムルさんとこうして話をすることを許してくださっている竜王様のためにも、負けられません!!』
火竜は小さく唸るが……若干後半部分の言葉が震えてたな。
ソラヒメの脅しが余程怖かったらしい。
俺は火竜を軽く撫でてやった。
「ところでその火の真竜は……あちらの審判席にいるアルスから借り受けたともの見受けるが、どうなのかな?」
メルニウスは、少し離れたところにいる生徒代表に視線を送る。
生徒代表は静かに、それでもアリーナ全体に声が通るように答える。
「……見ての通りだ。
何か問題でも?」
「問題はないとも。
ただ……少し驚いてね。君があんな田舎者に竜を貸すなど、予想もしていなかったよ」
メルニウスが話している一瞬のうちに、生徒代表がアイコンタクトしてきた。
俺もメルニウスに見えないよう、右手を二回開いては握り、前もって決めてあった返事を返す。
「私が何をしようと、貴方には関係のない話だ。
そして、これは審判としての提案だが……ミスリスフィーアをそこの観戦席からこのアリーナ内の、来賓用の観戦席に移動させても構わないだろうか?
……前にシムルと手合わせをしたからこそ分かるが、そいつが本気になったらただの観戦席では半壊しかねない」
「……成る程、確かに彼は僕と同じくキマイラを倒した者にして……得体の知れぬ概念干渉使い。
観戦席に配置されている程度の結界魔石による防御では、流れた攻撃で貫通する恐れがある……か」
生徒代表は首肯した。
「いいだろう。
テーラを来賓用の観客席に移動させることに異存はない。
あそこなら、何があろうと問題はないだろう。
未来の花嫁が、概念干渉使いなどのせいで怪我をされても困る。
……テーラ。すぐにこの男を倒すから、少し待っていて欲しい」
テーラに向けてメルニウスがそう言うが、その時にはもうテーラはカレンと共に立ち上がっていた。
そして、アリーナを出る直前で……目でこう語りかけてきた。
──油断しないで。
俺もまた、視線でこう返す。
──任せろ。
大体いつも一緒にいる俺達だからこそできる芸当だ。
その後すぐに、テーラ達は俺達からは見えない、アリーナの壁の向こう側へと移動した。
「……さて。
とっとと始めようぜ」
予定通り、テーラは安全らしい場所に移動した。
後はこれで、俺はメルニウスを倒す、または何かおかしなことをされないように……この場に釘付けにすりゃあいい。
「ああ、始めよう。もっとも……既に勝敗は決しているがね」
メルニウスはフフッ、と肩を揺らす。
俺もまた、ニヤリと笑ってやる。
「おう、そうだな」
審判はいるが……俺にもメルニウスにも、合図はいらなかった。
「俺の」
「僕の」
同時にアリーナの端と端から駆け出し……互いに拳とランスを突き出す!
「「勝ちだ!」」
双方の宣言を以って、模擬戦闘開始の合図とする。
──さぁ……かかって来やがれ、ユグドラシル王国最強のドラゴンライダー!
***
「ラァッ!」
シムルは下から打ち上げた拳で、胸を狙って放たれた鈍い輝きの一刺しを弾く。
鈍い金属音が彼の右拳に響いた刹那、メルニウスの蹴り上げが顎を狙う軌道で迫る。
「当たるかよッ!」
シムルは上体を大きく反らして背後に跳ね飛び……飛来してきた火竜に飛び乗る。
火竜はシムルを乗せるや、空中へと舞い上がった。
「逃すか……! 地竜!」
メルニウスもまた駆け寄って来た地竜に飛び乗り、正面に魔法陣を展開する。
「破砕礫弾!!」
その魔法陣から飛び出したのは、黒く輝く結晶だった。
人の頭ほどもある数十もの結晶が、空中にいるシムル達に向けて散弾のように射出される。
「nearly equal!」
シムルは魔法陣を展開してメルニウス自身を解析し、その情報を読み取る。
【メルニウス・アセノフス】
要素:自然
属性:地
魔法:破砕礫弾
総合評価:ランクA
予想通り、メルニウスは高ランクの魔法の使い手であった。
だが、シムルの顔に焦りは見られない。
「数撃ちゃ当たる……なんて浅い考えしてんじゃねーよ!
火竜!」
『掴まっていてくださいね!』
火竜は真竜としての高い機動力を生かし、その散弾を回避する。
空中での急停止や急旋回といった小回りが利くあたり、流石は真竜であると言えるだろう。
……しかし、メルニウスはその程度で手が止まる男ではない。
「君こそ、それで躱したつもりとは浅はかを通り越して滑稽だ!」
メルニウスが右手を掲げ、その指を鳴らした……直後。
「チッ……!!」
シムル達の周囲に浮いていた結晶が、次々に爆砕し無数の破片となって襲いかかる!
これぞ、メルニウスの得意とする魔法の一つ、破砕礫弾だ。
この破砕礫弾を始めとした強襲魔法は、メルニウスの十八番である。
「ふむ……少々やり過ぎてしまったか」
空中で発生した爆発で、シムル達の姿が搔き消える。
だが……それと同時に!
「何…っ!」
爆炎の中から、火竜がブレスをメルニウスへと撃ち込む!
「よくやった、火竜!」
『練習の成果が出ましたね!』
メルニウスは地竜を操竜し、防御に出る。
「地竜!」
『グオオ!!』
地竜がその前脚を踏み鳴らした直後……その前方に、岩盤の壁が地から生じる!
火竜のブレスはその壁に阻まれ、メルニウスには届かない。
だが、火竜の奇襲を防ぎきったメルニウスの表情は固かった。
「……何故君は無事なんだ?
確かに破砕礫弾は、炸裂した筈……!」
自慢の一撃を完全に防がれたメルニウスは、思わず歯噛みをする。
そんなメルニウスとは対照的に、シムルはしてやったりといった笑みを浮かべる。
「へっ、一応対策してきたんだよ!」
──テーラと生徒代表がな!
シムルはあらかじめ、テーラやアルスからメルニウスが使う魔法について聞いていたのだ。
使いようによっては、千にも迫るハーリエルの大群の、その半数以上を単騎で駆逐するほどの威力を発揮する地属性魔法……破砕礫弾。
その超広範囲は、いくらシムルがnearly equalを使えるからといって、相殺しきれるものではない。
だからこそ……テーラとアルスは、シムルと火竜にある秘策を授けたのだ。
「もう一度受けるがいい!」
メルニウスはシムルの言う「対策」の正体を探るべく、破砕礫弾を再度放つ。
その刹那……火竜の全身を覆う魔力結晶が激しく発火する!
『その攻撃は……通しませんから!』
火竜は全身から吹き出した爆炎を、自身を覆うようにして球体状にしていく。
「成る程。
破砕礫弾程度の魔法攻撃では炎に焼かれて蒸発し、無効化される……か」
その結果……Aランク相当の魔法を完全に防ぎきる、炎のバリアを形成する!
また、シムルは初撃が炸裂する寸前に、nearly equalによって近似した火竜の身体能力を自身に付与したことで、炎への耐性を得ていた。
これによって、シムル本人が焼ける恐れはなくなっていたのだ。
「どうだ、お前の魔法は効かねぇぞ!」
「その程度で勝ったつもりか……概念干渉使い!」
メルニウスは魔力を解放し、地竜へと魔力を流していく。
地竜が薄緑色に輝き出し、何かを仕掛けて来るとシムルは悟る。
シムルはnearly equalの解析によって、メルニウスと|地竜
《コナラ》が解放しつつある魔力量を測り……驚愕の表情を浮かべた。
「……オイオイ!
ランクAどころの魔力量じゃねーぞ!?
もしかしなくてもあれって……!」
『……合体魔法です!』
火竜に念話を送られた直後、シムルは火竜の背からメルニウスに向かって跳ね飛ぶ。
『シムルさん!?』
「任せろ!!」
──いくら合体魔法でも……さっきの魔法みたいに、色んな方向から飛んで来るような攻撃じゃあなけりゃな!
シムルは空中で、殴り込むかのような姿勢を取る。
地竜の口腔で絶大な量の魔力が収束し、それをメルニウスが強化しているのを感じる。
そして……一瞬でも気を抜けばやられるのはこちらだと、シムルは勘で、肌で、およそ感じることの適う感覚で理解する。
「これが究極の一撃……合体魔法、地砕轟咆っ!!」
爆轟音を起こしながら地竜から放たれた絶対破壊の一撃を前に、シムルは改めてnearly equalの解析を行う。
瞬きをする間もないほどの刹那のうちに判定できたのは、そのランクのみ。
しかしながら、シムルが目を見開くにはそれで事足りた。
──ランク……Sだと!?
これと類似した威力の攻撃を、シムルはよく知っていた。
それは……常日頃から共にいる相棒、ソラヒメのブレスに他ならない!
「……ッ!!」
自身を飲み込まんとする破壊を前に、シムルは全力でそれを止めんと力を解放する。
──確かに王国最強ってのは、伊達じゃないらしいな……!
この威力の一撃であれば、確かにキマイラをも葬り去ることができるだろう。
──でもよ……俺だって、ここでやられてやる訳にはいかねぇんだよ!!
普段見る快活な幼馴染の姿の次に、模擬戦闘開始前の不安そうな表情が脳裏を掠めていく。
「あぁ……そうだな。
任せろって応えたからには……きっちり勝って、安心させてやらねーとな!」
シムルは魔法陣を左右両拳に展開し……更にそれぞれを、二重展開する。
いかに火竜の力や耐久力を体に組み込んでいるシムルといえど……この絶大な威力を誇る合体魔法を正面から相殺しようとすれば、その前に自分の腕と体が潰れてしまうかもしれないと感じていた。
──それでも……やるしかねぇ!
「nearly equal:超竜咆哮ッッッ!!」
シムルの魔法陣から放たれた魔力と、地砕轟咆が遂に衝突する。
「ぐっ……ウオォォォォォォォォ!!!」
骨が湾曲し、筋肉の筋が断線し、腕の各部から徐々に血が滲み出る。
それでも……負ける訳にはいかないと、シムルは腕が潰れんばかりに魔力を解放していく。
「吹っ飛べェェェェェェェェ!」
シムルの絶叫と共に、魔法陣の輝きが臨界点を超える。
両腕を押し込むようにして突き出し……それによって。
「グッ……!?」
桁外れの魔力の衝突によって、空間そのものが爆ぜたと錯覚するほどの破壊音と、視界を塗りつぶす白光がアリーナ内部を覆う。
それでも……シムルは止まらない。
光でぼんやりと霞む視界でありながらも、閃光に目を閉じるメルニウスの姿を辛うじて捉え……ただ只管に突き進む!
『グォォォォォ!』
地竜は迫り来るシムルを止めようと、シムルの前方や足元から土塊の槍を出現させる。
擦れば上空へと突き上げられ、直撃すれば足どころか胴まで串刺されるそれは、正に凶撃。
だがシムルは障害などないかのように、持ち前の並外れた脚力に加え、火竜から受け継いだ筋力を爆発させて駆け続ける。
また……それだけではない。
『シムルさん!』
火竜が地竜に向かって、特大の火球を連続して浴びせにかかる。
『ドァァァァァァァ!?』
業火の直撃を受け、地竜はシムルへの妨害を断念せざるを得ない。
シムルが合体魔法を迎え撃っている間、火竜は限界までブレスを溜め続けていたのだ。
だからこそ火竜は、今現在こうして地竜を引きつけた上、その背に乗っていたメルニウスを地に降ろすことにも成功していた。
『決めてください!』
「分かってらァァァァァァ!」
地竜の妨害を振り切ったシムルは竜の脚力によって、瞬時にメルニウスに詰め寄った。
常人からすれば、残像しか視界に捉えることが許されないほどの速度。
そのままシムルは、爆速の拳を正面からメルニウスに叩き込まんと拳を振り上げる。
例え血を垂れ流している、壊れかけた拳であったとしても。
竜の筋力が備わった正拳がもろに決まれば、鎧は砕け散り、暫く立ち上がることすら叶わないほどのダメージとなるだろう……!
「この程度でもらった……とでも、思っているのかい?」
「……ッ!!」
ふいに目を開いたメルニウスに、シムルは背筋を何かが駆け抜ける感覚を覚えていた。
表すならば……氷塊を背負ったかのような悪寒だ。
シムルの中の、野生の勘とも言える未来余地に迫る状況判断能力がフル駆動する。
視界の端にメルニウスのランスを捉えた途端……シムルの脳裏に、電流が走る。
──真横から振られて来たあのランス……今食らったらやべぇ!!
現状のシムルの力であれば、ランスを粉砕しながらメルニウスを吹き飛ばすことは可能だろう。
それが頭で分かっていても……それはダメだと、シムルは直感だけで理解する。
今そのランスに触れれば、何かが起こって手痛いカウンターをもらう、と。
──でも、突き出しかけた拳はもう引っ込まねぇ……!
それならば……取るべきはただ一つ。
「……ッ!」
シムルはそのまま倒れこむようにして……横薙ぎに振られたランスと地面の間に滑り込む!
***
「何!?」
必中の一撃を躱され、メルニウスは愕然とする。
わざと隙を見せ、直線的な攻撃を誘ったにも関わらず……シムルが唐突に回避へと動きを変えたからだ。
白兵戦においても百戦錬磨のメルニウスといえど、このシムルの動きだけは完全に予想外であり……否。
メルニウスは、大きな過ちを犯していたのだ。
この単調なバカは、文字通り攻撃も直線的であろうと……彼はそう勘違いをしていたのだ。
メルニウスは此の期に及んで、接近を許したこと自体が失策であったと気がつくが……それは最早、あまりにも遅過ぎたと言えるだろう。
***
驚愕を顔に貼り付けたメルニウスを見て、シムルは自身の行動が正解であったことを知る。
──その顔を見ても……やっぱり躱して正解か!
理性を超越した、勝利を目前にしての回避行動。
どんな状況からでも最適解を導き出せる勘と、それを瞬時に実行することができる圧倒的なまでの反射速度。
それらを兼ね備えてこそ……竜王を駆る実力を誇る、ドラゴンライダー!
「さぁ、そいつにはどんな秘密が隠されてやがる!」
シムルは大振りを躱され、隙が見えたメルニウスのランスを下から蹴り上げた。
その直後……アリーナ全体に響き渡るほどの、破砕音が生じた。
今日はもう一回投稿する予定です!




