7話 竜との会話と……拗ねたソラヒメ
ローナスの敷地内に降り立った後、俺と生徒代表は今回の感想を言い合っていた。
……というか、生徒代表が俺にあれこれ聞いてきた。
「あの様に風を利用するにはどうしたらいい?
あんな手を受けたのは初めてだ」
「まぁ……竜と話して、突風が吹いてる空間を探してもらうところからだな」
とか、そんな感じのやり取りだったが。
そして色々話した後、生徒代表は肩を落とした。
「竜と話せるというのは、やはり絶大なアドバンテージがあるのだな……」
「……まぁ、確かにソラヒメも火竜も悪い奴じゃないからな。
話をしていて悪くねぇのは事実だな……ん?」
生徒代表は俺の鼻先に指を突きつけてきた。
「違う、そうではない。
人間と竜の視点で意見を交換できるのであれば……より的確で高度な戦略を組み立てることができると言っているのだ。
……先ほどのお前達のように、な」
「いや……小難しく表すようなことでもないだろ。
話したり相談しながら戦うとか、いつものことだしな」
そう言ってみれば、生徒代表は更に脱力したようになった。
「……はぁ。
お前は竜と会話ができることの本当の価値を、分かっていないようだな……。
操竜術はあくまで人間の視点から竜に指示を出すもので、それは必ずしも竜から見て正解とは限らない。
……先ほど私が、強風内に飛び込むように操竜してしまったように、な」
どこか疲れたような、はたまた呆れたような言い方をする生徒代表に、俺は「価値が分からなくて悪かったな」と返す。
「……だが、今回の一件で火竜は高い知性を有し、難しい指示も理解できることが判明した。
これで今後は……」
と、生徒代表が少し嬉しそうにしていたら。
『その……アルス様。
大変申し上げにくいのですが……』
火竜がどこか申し訳なさげにしていた。
「……シムル。
翻訳してくれ」
俺は火竜が言ったことを、一字一句そのまま話した。
「『私の知性は現在、竜王様のルーンで拡張されている状態なのです』」
「……それでは、つまり」
生徒代表は嫌なものを悟った、と言わんばかりに困惑した表情になった。
「『仮契約の切れた後には、元に戻り……きっと単純な指示しか分からなくなってしまいます』……だそうだ」
「……そうか……」
生徒代表は見たまんま、落胆していた。
火竜は『アルス様、元気を出してください。私は私のままです! 寧ろこうしてシムルさんと話せる方がイレギュラーです!! ……ほらシムルさん、早く翻訳してください!!』と、律儀に生徒代表を慰めていた。
***
「つーことで、俺が今回乗る竜は生徒代表の火竜になった……んだけどよ……」
その日の晩。
俺は自分の部屋に戻ってから、ソラヒメに今日あったことを話していた。
ソラヒメは最初の方こそ『あの真竜が力を貸してくれるのですか。それは良かったです』と上機嫌だったが、次第に……雰囲気が不穏なものに変わりつつあったというか……何というか。
「お前……怒ってるのか?」
『……不機嫌なだけです。
……その火の真竜とは、仲良くやっていたようですね?』
何かを怪しむかのような雰囲気のソラヒメに、俺は手振り身振りを交えておかしなことはないと表現する。
「別に、普通に仲良くなってただけだっての。
話してみたらえらく良い奴だったんでな」
『ほう。
それは私との契約のルーンの力を、ほんの一部とはいえその真竜に分け与えるくらいには、ということですか?』
ジト目なソラヒメに、俺はどう答えたらいいのか困っていた。
「……分け与える?
いやいや、俺は真竜に分けたりなんかしてねーぞ?
勝手にそうなっただけで」
ソラヒメは困ったように……というか、頭痛を堪えるように頭を片手で抑えた。
『いえ、そういう効果が現れたということは……貴方が無意識のうちにルーンの力を分け与えた、ということです。
そしてそれは少なからず相手に……竜に対して好意的である必要があります』
「そりゃあ……悪くは思ってなかったけどよ。
ばったり竜舎の中で会った時から、あっちも悪い反応じゃなかったし……」
『ほうほう。
そうですかそうですか……』
……何だ、どうも本格的に雲行きが怪しくなってきたぞ?
ソラヒメから珍しく黒いオーラが出てる気が……しなくもない。
「……何か、まずかったか?」
そう聞いてみれば、ソラヒメは『当たり前です!』と言った。
『そもそもの話ですが……私になんの断りもなく、仮とはいえ他の竜と契約など……全く酷い話です!』
ソラヒメはぷいっとそっぽを向いてしまった。
──そ、そういうことか!?
あの時は流れでやったが、今考えれば唯一無二の相棒に断りなく他の竜と契約など……確かにとんでもない話だったかもしれない。
……って、怒るのも当然じゃねーか!?
「す、すまんソラヒメ!
確かに考えなしだったッ!!」
あの時は火真竜に力を貸してもらえることになって、俺も少し舞い上がってたのかもしれねぇ。
……何でこんな簡単なことに気がつけなかったのか。
『そして同じことを繰り返すようですが、私のルーンの力を無意識とはいえ、その真竜に分け与えるなど……!
ましてやそれは、それほどまでにその真竜に心を許していたということに他なりません。
これは人間で言えば、浮気も同然ですよ!!』
……。
──そう言われると心にくるな!?
ちょっとどころかかなり最低なことをしちまったのか……と心の底から猛省するが、時すでに遅し。
ソラヒメはおかんむりだ。
『私は貴方以外の人間と契約したことはありませんし、するつもりもありません。
それなのに、貴方ときたら……』
「……はい」
俺は正座になった。
ソラヒメは未だに後ろを向いている。
……というか、明らかに拗ねていた。
『貴方はテーラのために必死に騎乗するワイバーンを探していた、というのは分かります。
けれど……そう思っても私は落ち着きません。
私を差し置いてワイバーンなどと……』
「…………はい」
もう珍しいくらい本格的にソラヒメは拗ねていた。
『とんだ浮気者です』
「悪かったぁっ!!!」
二回目の浮気者発言に、最早平謝りしかなかった。
……ふいにソラヒメが俺に振り向いた気配があって、それに伴い俺も顔を上げる。
すると……ソラヒメは『……仕方がないですね』とため息をついた。
『……貴方が私を大切に思ってくれていることは、よく分かっているつもりです。
今回の一件は、完全なる不注意による事故ということで、反省もしているようなので許しましょう。
……ですが』
ソラヒメは満面の笑みでこう言った。
『私の大切な相棒を誑かしたその真竜とは、少しだけ「話」をする必要がありそうですね』
──ちょっ!?
ソラヒメが明らかに暴君モードに入っているのを感じて、冷や汗が出てくる。
「待ったソラヒメ!?
ちょいと嫌な予感がするんだけどよ……!?」
『少しばかり話をするだけですから、安心してください。
大切な模擬戦闘前に、おかしなことはしませんので』
俺は心の中で突っ込んだ。
──お前それ逆に、模擬戦闘が終わったらどうする気だよ……!?
今のソラヒメに何か言おうものなら、火に油を注ぎかねないと感じて、それ以上下手なことは言わなかったものの。
……万が一の場合は、火竜が逃げる手助けをしてやろうと思ったのだった。




