5話 意外な協力者がいたもんだ
調整によってこの話の書籍版とWEB版の差は小さくなった筈……!
それではどうぞ!
「俺が乗るワイバーン……か」
操竜術は多分、三日もあればある程度使えるようにはなるんじゃないかとは思う。
何せ、魔法もロクに使えなかった頃のクラスの連中でさえ使えたくらいだし、それに俺だって一応触りくらいは分かる。
そうなれば……やっぱりどうやっても問題になるのは、ワイバーンの方だ。
「できれば、力のあるワイバーンと組みたいもんだな……お前とかどうだ?」
『グォォォ……』
昼寝をしている翼竜にそう聞いてみる。
当たり前だが、熟睡している翼竜からは全く反応がない。
他にも周りで昼寝をしていたり、池で水浴びをしているワイバーンを遠巻きに眺めてみるが……なんだかパッとしねぇな。
鱗に艶がないというか、平和ボケしてるというか。
その辺に転がる地竜に関しては、腹を上にして寝ていて、中々にやる気のなさそうな性格をしてそうだった。
王国最強を相手にするには、この辺のワイバーンだと明らかに役者不足だろう。
「他を当たるか……てか、今更だけどメルニウスってどんな魔法を使って戦うんだ」
その辺も後でテーラに聞いておかなきゃなーとか思いながら、俺は散策を再開した。
「……ローナスってやっぱり広いんだなぁ。結構長い間いた気がしたのに、まだまだ俺の知らない場所があったのか」
三十分くらい思いついたところを回っただろうか。
俺はローナス校舎の裏側……と言えそうな、倉庫らしき建物が左右に立ち並ぶ場所にやって来ていた。
倉庫と倉庫の間隔は結構広くて、ワイバーンの二、三体くらいなら余裕で入れそうだった。
それならこの辺りにもワイバーンがいるかもしれないと、俺は左右を見回しながら進んでいく。
そして倉庫が切れたあたりで、進行方向の左側に……いつも見る竜舎によく似た建物が現れた。
ちなみに、校舎は右側の倉庫の更に奥側だ。
「……一応竜の匂いはするな。
もしかして、この中にいるのか?」
近寄ってみれば漂って来る、ワイバーン特有の……獣臭さとは違う不思議な匂い。
──ワイバーンは意外と綺麗好きだからあまり臭くないって、確か前にテーラが言ってたな。
竜が通るためにあるんだろう正面の巨大な扉を、ゆっくりと開く……すると。
『『グルルルルル……』』
中にいたワイバーン二体と、目があった。
だが、二体ともただのワイバーンじゃなかった。
二体とも、いつも見るワイバーンとは比べものにならないくらい巨大だ。
それでいて、飛膜や翼爪など、至る部位が発達して強烈な見てくれをしている。
その姿は……まさしく。
「真竜……!!」
かつて生徒代表と一緒に相手をした、そして数日前にも雪山で見たその二体で間違いなかった。
しかも、その上……!
「お前ら、えらく広々とした竜舎に住んでるんだな……!」
やけに開放感がある竜舎だと思ったら、竜舎の中は柵も壁も一切見受けられない。
いつも見る竜舎と比べれば、風通しの良さは圧倒的だろう。
それは……つまるところ。
──どうして放し飼い状態なんだよッ!!
早くも絶体絶命の匂いがする。
まさか竜舎に入っただけで危機に陥るとか、誰も考えやしないだろう。
俺はバックステップ一つで、とっとと竜舎の外へと退避しようかと考える。
だが、よく見れば二体は……俺のことをただ見つめているだけで、別に何をしてくる訳でもなかった。
寧ろ俺のことを不思議そうに見つめているというか……その瞳は、ソラヒメみたいに知的な印象があるというか。
「お前らさ……もしかして、俺の話が分かるか?」
『『グオォ』』
二体は低く唸って答えた。
「おぉ……ちゃんと返事するのかよ」
その後、俺は二体に話しかけ……真竜側は鳴き声や尻尾の動きで答えていく、という不思議なことをしていた。
二体とも、普通に会話が通じるから普通にびっくりしたのはここだけの話だ。
そんなふうだからか「あっちも話しかけてくれりゃあ、もっと面白いかもなぁ」とかも思った。
また……話しているうちに、どうやら二体とも「生徒代表に戦えと言われない限りは基本的に戦わない」ということが判明した。
前に模擬戦闘で叩きのめしちまったことについては、どうも今となってはあまり関心がないらしかった。
「それにしても、お前らも中々とんでもない主人に当たったと俺は思うんだけどよ……いつも厳しくされてねーか?」
『『グウ』』
鳴き声のトーンからして「そんなことはない」らしい。
「そっか、そりゃあよかったな。
……あいつ、俺には妙に突っかかってくる傾向があってな。
この前だって、クラスの連中に魔法を教えただけで詰め寄って来てよぉ。
本当に、どうにかならねぇかなぁ」
『『……グルゥ』』
少し間が開いたものの、二体はゆっくりと尻尾を横に振った。
……どうにもならないらしかった。
「はぁ……やっぱりそうか。
でもお前らの主人は、顔は良いのにいまいち頭が硬くて男が言い寄って来ないって、もっぱらの噂だぜ?」
主にマックスからもたらされた情報だけどな。
「お前らだって、もう少し頭を柔らかくして欲しいとは思わねーか?」
『『グルゥ!
グルゥ!!』』
二体とも「そうだそうだ!」と言いそうな勢いだった。
「だよなぁ。
あいつ、もうちょっと頭を柔らかくした方がいいよなぁ」
ハハハハハ、と笑ってたら、ふいに二体の後ろ側にあったドアがギィ、と開いた。
……それと同時に、竜舎全体に軽い圧力がかかった気がした。
「ほう。誰が……何だと?」
「『『!?』』」
俺と二体は揃って固まった。
……ついでに、二体の方は気持ち震えていた。
そしてドアの向こうから……頬を引きつらせて笑う生徒代表が現れた!
「オロス山以来だな、シムル。
元気そうで何よりだ……」
「お……おう……! お前も元気そうだな!!」
夏休み中だというのに、生徒代表は相変わらず堅苦しい制服姿だった。
しかもその手はワナワナと震えていて……明らかに怒っていやがる!?
「……確かに今の私には、男はいない。
頭も……貴様からしたら、硬いかもしれない。
……しかし。
それが悪いか、シムルッ!!」
「わ、悪くねぇ、悪くねぇっての!!」
睨みながらこちらに走って来た生徒代表に、俺は思わず駆け出した。
「待て!
貴様、今度という今度は許さん!!」
「す、すまねぇ!
男についてはただの噂だと思ったんだーッ!!」
「ええい!
私の頭が硬いということについては一切否定をしないのか!!」
「だって事実じゃねーか!?」
そうして、呆れたように丸まった真竜二体の周囲を、揃ってぐるぐると回ること暫く。
「はぁ……はぁ……逃げ足だけは中々早いな……!」
俺達はそこそこ暑い竜舎の中、汗だくになって座り込んでいた。
まさかこんなに体力を持っていかれるとはな……。
「お前こそ、なんでそんなに足が早えんだ……」
生徒代表はふん、と鼻を鳴らした。
「超物質活性化の魔法を舐めないでもらおうか」
「魔法使ってたのかよ!?
あんな追いかけっこに!!」
俺の言ったことに思うところがあったのか、生徒代表は「う、うるさい」と腕を組んでそっぽを向く。
「それより、どうして貴様がここにいる。
私のようにこの二体の様子見という訳でもないだろう。
何か用でもあったのか?」
バッと振り返って来た生徒代表のその一言で、俺は本来の目的を思い出す。
「……まぁ、そうだな。用事があったといえば、あったんだ」
でも生徒代表には関係のない話だし、あまり詳しく言う必要もないだろう。
──それよりも、とっととここを出ていいワイバーンを探さねーと……。
そう思考を巡らせていたら、生徒代表から予想外の一言が飛び出した。
「貴様、その用事で油を売っている暇があるのか?
今、ミスリスフィーアがメルニウスという男に迫られて大変なことを、まさか知らないのか」
「なっ!? ……何でお前がそれを知ってんだよ?」
まさかテーラが言った訳でも……ないだろうしな。
「やはり貴様も知っていたか。
……私とて、テルドロッテ家の娘だ。
そういう有名な貴族同士の婚姻の話は、嫌でも耳に入ってくる」
テーラの家って有名なのか……いや、今はそれよりもだ。
……事情を知ってるなら、この際もう言った方がいいかもな。
「実はその件についてなんだが……模擬戦闘でケリをつけることになった」
「……何? どういうことだ?」
俺はことの顛末を、生徒代表に話した。
……その結果。
「そういう話になったのか。
そうだな、もしよければ審判は私がやってやろう」
拍子抜けするほど、生徒代表は俺がメルニウスと模擬戦闘をすることに対して前向きだった。
「……どういうつもりだよ?
てっきりお前なら、下手すりゃ止めてくると思ってたんだけどよ……」
「寧ろ逆だ。望まない婚姻など、ミスリスフィーアが可哀想ではないか。
……よし。それにワイバーンを探しているのなら、私の火竜ならどうだ?
貴様の得意とする力押しの手助けにもなるだろう」
『グォォ』
生徒代表に撫でられ、火竜はその鼻面を生徒代表の胸元に近づける。
それと同時に火竜本人も、尾を縦に振って「構わない」という反応を見せてくれた。
この 火竜の強さは、実際に戦った俺もよく分かっている。
だからこそ、生徒代表の申し出はありがたいというのを通り越して理想的ではあった。
「でも……いいのかよ?」
こいつとはソリが合わなくて、前に一度模擬戦闘にまで発展したから、正直ここまで協力的なことには違和感を覚えて仕方がない。
生徒代表は俺の考えを読み取ったのか「勘違いするな」と言った。
「私は、お前のために力を貸す訳ではない。
ミスリスフィーアのためを思ってやっているだけだ。
それに生徒を守ることは、私の役割でもある。
こうして学園の敷地内で発生した問題ならば、尚更だ。
……さて、それでは火竜との連携の練習を始めるとしよう。
メルニウスとの模擬戦闘までたったの三日後しかないとなれば、早いほうが良い」
生徒代表は立ち上がり、火竜が通れるように正面の扉を全開にしようとする。
俺もまた、生徒代表につられて立ち上がった。
「オイオイ、お前もやるのかよ?」
「当たり前だろう。
ならば、上手く連携が取れないうちから放り出してどうすると言うのだ。
それに大方貴様のことだから、操竜術もまともに使えないのだろう?
それが原因で私の火竜が要らぬ怪我をしても困る」
「うぐっ……!」
痛いところを突かれ、思わず押し黙る。
そりゃあそうだけどよ……やっぱり生徒代表がここまで協力的なのは、違和感しかねぇな。
「私だって貴様に……いや、お前に曲がりなりにも協力するのは違和感だらけだ」
お、何か呼び方変わったな……ってか。
「お前もソラヒメも、よくもまぁ人の心を読むよなぁ」
読心術って魔法、あったっけとか思うレベルだ。
「それはただ単に、お前は顔に気持ちや考えが出やすいだけだ」
「……そんなにかよ?」
生徒代表が真顔で頷いたあたり、本当らしかった。
俺と生徒代表は火竜を連れ、真竜の竜舎や倉庫から少し離れた、開けた場所に移動した。
「まずは操竜術の基礎だが……いや、お前に説明してもあまり意味はなさそうだな。
実践から始めるとしよう」
さらりと小馬鹿にされてカチンときたが、これから色々と教えてもらうということもあってグッと堪える。
この程度で逐一反応してたら何も進まねぇ。
「シムル、こっちに来て火竜の首のあたりに触れ」
生徒代表の言うままに、俺は火竜の首筋に触れる。
暖かくて力強い血潮の感覚が、掌に伝わる。
それと同時に……火竜の中を廻る魔力を、はっきりと感じ取れた。
ソラヒメもそうだが、竜は血液と一緒に魔力を身体中に廻らせているらしい。。
リチャード先生の授業でも「竜は血中の魔力濃度が、他の生き物に比べてずば抜けている」って話を聞いたことがある。
「どうだ、火竜の魔力を感じるだろう。
自身と火竜との魔力の相性について、どう思う?」
はたまたアリス先生の授業曰く、操竜術は大抵のワイバーンは乗りこなせる技術らしいが、そもそも乗り手とワイバーンの魔力的な相性というものも存在するらしい。
例えば水竜に火竜の乗り手が乗るのは、かなりよくないとか。
それに極端に相性が悪いと、竜が暴走する可能性が高くなるとか、ならないとか。
生徒代表はまず、そのあたりが気になっているらしかった。
……でもだな。
「そこは大丈夫だ。
見てろよ……nearly equal!」
魔力を解放し、火竜の体内にある魔力を解析する。
炎のように「紅く輝き透き通っている」と感じられる火竜魔力の、言うなればその高い「質」を参考に。
俺自身の魔力を、限りなくそれと等しいものへと組み替えていく。
魔力の変化そのものは、一瞬で終了した。
「……ふぅ、どうだ?」
今の俺と火竜の魔力的な相性は、ばっちりな筈だ。
操竜術を使う時に火竜に俺の魔力を流したとしても、拒否反応なんかは起こらないだろう。
これで生徒代表も心配が減っただろうと思って見れば、本人は目を丸くしていた。
「ああ……問題はない。
これなら火竜を上手く操竜できるだろう。
……しかし、お前の概念干渉の力は何でもありなのか?
攻撃を相殺する以外にも、こんな使い方があるとは……」
「まぁ、こういう魔法なんだ。それよりも、次はどうしたらいい?」
生徒代表は小さく咳払いをして、火竜に乗るように言ってきた。
ワイバーンの背はソラヒメの背よりも平坦で、いくらか乗りやすかった。
生徒代表は火竜の首を撫でながら俺に告げる。
「これから私が合図をしたら、火竜に魔力を流してくれ。
今から一時的に、お前と火竜を仮契約させる。
その方が魔力の伝達効率が良いのと……何より私闘とはいえ模擬戦闘をする以上、騎乗する竜とは仮にでも契約をした方がいいだろう」
すると生徒代表は、長袖を脱ぎ始めた。
「……暑くなったのか?」
そもそも今は夏だし、逆によくも今まで長袖でいれたものだと思った。
俺の方は今朝からずっと半袖だ。
「そんな訳があるか。この程度で暑いなど、未熟者が口にする言葉だ。
ただ……私の契約のルーンを、火竜と直に触れさせる必要があっただけだ」
生徒代表もまた半袖となり、夏らしい軽く涼しそうな格好になった。
薄着だから体の輪郭はっきりと分かって、なんかこう……おう、これはこれでいいかもな!
──てか、普段見かける格好が、制服を固く着てる感じだから今の姿の方は中々新鮮だな……っと、あれか。
よく見れば、生徒代表の左の二の腕の方に、二体の竜が絡み合ったような紋章が刻まれていた。
あれが生徒代表の持つ契約のルーンらしい。
「では……始めるぞ」
生徒代表はルーンに魔力を送り込み、淡い燐光を二の腕から発する。
それをぺたりと火竜にくっつけるのと同時に、俺もまた魔力を火竜に送り込む。
『グォォォ……』
火竜は気持ちよさそうに、低く唸る。
生徒代表の魔力と俺の魔力が混ざり合い、火竜の体を流れていくような感覚。
それと一緒に、火竜の血行とかもよくなってるんだろうか。
「うん……? 何か左手が熱いな」
ちらりと見れば、生徒代表の二の腕にあったルーンが半分になったようなものが、左手の甲に小さく現れ始めていた。
それが完全に刻まれた頃、生徒代表は魔力の解放を停止した。
俺もそれに習い、火竜に魔力を送り込むのをやめる。
「どうだ、この感覚だと仮契約のルーンはもう現れた筈だが」
「おう、ばっちりな」
左手を生徒代表にかざして見せる。
「うむ、思ったよりだいぶ早く現れたが……問題はないようだな」
「みてぇだな。
上手くいってよかったぜ」
それと操竜術は竜を自在に操れるって話だったから、てっきり道具みたいにしちまうのかと思ったんだが……実際には竜と心を合わせるためのものだって、そのルーンを通して感じた。
「ちなみに、そのルーンは一週間もすれば完全に消える。
私の火竜を仮とはいえ、ずっとお前と契約状態にしておくのは気が引けるからな」
生徒代表は相変わらずな物言いだ。
「俺だって、三日間も助けてもらえりゃあ十分だっての。
……それじゃまぁ、三日間頼むぜ。火竜!」
と、声をかけてみたところ。
『こちらこそです!』
「……うん?」
今、何か微かに聞こえた気がした。
後4、5万字くらいあるので3巻発売日(10/10)までにはどうにか投稿したいです……!




