4話 メルニウスが押しかけて来やがった
メルニウスがやって来てから、二日が経っていた。
テーラは両親とメルニウスに、結婚するつもりはないと改めて手紙を出したらしい。
その返事はまだ来てないとテーラは言っていたが、流石にテーラの両親も本人が嫌がることを無理強いはしないだろう。
これにて全て一件落着。
テーラ本人によれば、メルニウスの方には更に追加で両親から正式な断りの話がいくだろう、って手筈だったらしい……のだが。
「テーラ、考えを改めて欲しい。
僕は君のためを思って、共に歩んで欲しいと言っているんだ!
このままドラゴンライダーになっても、君ではどうしようもないだろう!!」
……本当にまた来やがったよ。
四人で俺の部屋でゆっくりしてたら、唐突に押しかけて来やがった。
「……メルニウスさん、手紙の通りです。
やっぱり貴方とは、一緒に行けません。
私は……私の道を行きます。
目指しているドラゴンライダーになった後、どんなに大変でも……私、頑張りたいんです!」
テーラはメルニウスの瞳を、まっすぐに見ながらそう言い切った。
あまりにはっきりとフラれてショックだったのか、メルニウスは目を見開いてほんの短い間ではあったものの、固まっていた。
──やっぱりこうやって、ガツンと言ってやるのが一番だよなぁ。
これであいつも諦めがつくってもんだろうし。
多分ソラヒメやカレンも同じような心境だったと思う。
だが……メルニウスがテーラの肩に掴みかかったことで、俺達は我に返った。
「きゃっ!?」
テーラが小さく悲鳴を上げたことにも構わず、メルニウスは腕に込める力を強める。
「テーラ、分かってくれ。
僕と来れば後悔はさせない!
絶対にだ!!
それどころか……僕とこなければ、君は必ず後悔することになる……!」
「い、嫌……痛い……!」
テーラの肩にメルニウスの指が食い込み、痛がった時には……体が自然と動いていた。
「離れろッ!」
力づくでメルニウスの両腕をテーラから振り払い、掌打でメルニウスの体を突き飛ばす
「ふっ……!」
メルニウスはすんでのところで俺の掌打を片手で受け、胴体への直撃を受け流していた。
……もろに入れば開きっぱなしのドアから、部屋の外に叩き出せるくらいの威力はあった筈なんだけどな。
「……オイ、テーラが痛がってたじゃねーかよ」
最大限ドスを効かせたつもりだったが……メルニウスは何事もなかったかのような、涼しい顔だった。
「君こそ、部外者が僕達の問題に立ち入るのはやめて欲しいものだ」
その言いようが少し面白く感じて、思わず鼻で笑っちまった。
これが俗に言う、滑稽ってやつなのかもな。
「……何か、おかしいかな?」
「あぁ、そりゃあおかしいだろうよ。
……こんな終わっちまった話に、部外者もクソもねーだろ?」
そもそもテーラが嫌だと言った時点で、立ち消えたに等しいだろこんな話。
「貴様……!」
最大限の皮肉を込めた一言は、相当効果的だったらしい。
メルニウスの形相が憤怒のそれと化した。
「……まだテーラを諦める気がねぇのか」
「当たり前だ!
僕はこれまでずっと彼女一筋だったし、今更テーラ以外の女性なんて考えられない。
それに彼女を僕以外の誰かに任せることになるなど……許しはしない!!」
メルニウスはテーラを諦めないと力強く宣言した。
この調子だと、こいつはまたテーラにちょっかいを出すんだろう。
それを思うと……どうにもムカついてきた。
その理由は、自分でも上手く言葉にはできねぇけど……確かに俺は、目の前のこいつに対して怒ってる。
「……模擬戦闘だ。
お前みたいな身勝手野郎と一緒にいたって、テーラは幸せになんかなれねーよ。
……俺が勝ったら、二度とテーラに近づくんじゃねぇ」
「ちょっとシムル!?」
テーラが声を上げるが、だからと言って口から出た言葉は今更取り消せやしない。
メルニウスは口の端を釣り上げ「いいだろう、望むところだ」と、模擬戦闘を受ける姿勢を見せた。
「ただし、僕からも条件があるが……構わないね?」
「あぁ、いいぜ」
どんな条件であれ、俺がこいつを負かせばそれでいいだけの話だ。
「条件は二つある。
……一つは、君はそこの竜王に騎乗しないことだ。
流石に乗る竜の大きな力量差は、不公平極まりないだろう……どうかな?」
『何を勝手なことを……!』
ソラヒメがメルニウスに突っかかろうとするが、俺はそれを手で制した。
「……構わねぇ」
『なっ、シムル!?』
メルニウスは「そうこなくては」と、条件の一つ目を俺に飲ませたことについて、満足そうにする。
「ただし、模擬戦闘に直接関係する要求はここまでだ。
……これ以上ハンデをくれてやる義理はねぇしな」
「ああ。
僕とて、王国最強と呼ばれる者だ。
ハンデだらけで勝利したとしても僕のプライドが許さないし、何よりテーラが納得しないだろう。
さて、次の条件だが……僕が勝てば、君は僕の部下となり【ドラグーン】に入る……というのはどうかな?
このままだと、君が負けた時のリスクがないからね。
これくらいは、覚悟してもらいたいものだが」
「そんなことか。いいぜ?」
これも勝ちゃあ問題のない話だしな。
「シムル、ダメよ!!」
テーラは心配そうに俺を見つめながら、言葉を続ける。
「【ドラグーン】に入るなら、アンタはローナスをやめなきゃいけないのよ!?
せっかく皆とも仲良くなってきたのに、そんなの……!」
「テーラ」
名前を呼ぶと、テーラは静かになった。
それはきっと……自分で言うのもなんだが、俺の声が落ち着いていたからだろう。
それも、場違いなくらいに。
「大丈夫だっての。
こんな身勝手な野郎に、負けたりしねぇからよ」
ニヤッと笑ってみせれば、テーラは「……うん」と不安そうにしながらも頷いてくれた。
「……全く、見せつけてくれるな。
君は」
メルニウスは不機嫌そうに目を細める。
「へっ、お前が勝手に見てるだけだろ」
そうして互いに睨み合い……どれくらい経った頃か。
「……三日後の夕暮れ時、この学園のアリーナで会おう。
せいぜい首を洗って待っていることだ。
……何度でも言うが、僕は絶対にテーラのことを諦めない。
彼女を賭けて……勝負だ。
概念干渉使い」
そんな捨て台詞を吐いて、メルニウスは部屋から出て行った。
『……シムル、どういうつもりですか?』
メルニウスが寮から出たのを窓から確認するとすぐに、機嫌が悪そうなソラヒメが迫って来た。
とはいえ、どうして不機嫌なのかは火を見るよりも明らかだ。
「……あいつとの模擬戦闘で、お前に乗らないって言ったことについてか?」
『当然です。貴方の相棒は私ではありませんか。
それに、私以外の竜となれば……。
下等なワイバーンなどに貴方を乗せる訳にはいきませんし、乗せたくもありません』
ソラヒメは大のワイバーン嫌いだし、俺がメルニウスにあぁ言った瞬間に、こうやって食ってかかってくることは分かってた。
……でもだな。
「悪いなソラヒメ。
今回模擬戦闘をふっかけたのは俺だし、売り言葉に買い言葉であいつの条件を呑むって言ったのも俺だ。
……でも、そいつはどっちかって言うと建前だ」
『……それでは、本音の方を聞きましょう』
ソラヒメは中途半端な物言いであれば許さないといった雰囲気だった。
「……ソラヒメには、俺が模擬戦闘中にメルニウスの相手をしている間、テーラの側にいてほしい。
……冗談抜きで、嫌な予感がしやがる」
メルニウスは俺との勝負に正々堂々と応じるだろう。
あいつはきっと、そういう手合いだ。
だけどあの真っ直ぐに見える目の奥に、この前も今日も……背筋が冷えるくらいに嫌なものを見た手応えがあった。
俺の勘が、メルニウスが近くにいる時はテーラを一人にするなって叫んでやがる。
これだけテーラに嫌と言われても食いついてくる執着心からしても、どこか危うい意味でズレた印象を受けるしな。
「あいつの何が何でもテーラをものにするって気迫を、お前も感じただろ?
俺なら大丈夫だからよ……頼むぜ」
『そう言われれば……そうですが……』
ソラヒメにも思うところがあったのか、納得したような……やはり納得できないような。
それでも不満そうに眉をひそめた後、小さく肩を落としたのだった。
『……分かりました。
貴方がワイバーンに乗ることを許します』
「……すまねぇな」
ソラヒメは胸の下で腕を組んで『本当に悪いです』と怒ったように言った。
『しかし、今回最優先で守るべきなのはテーラなので、仕方がないと言えるでしょう。
それでも……貴方にはこの模擬戦闘の後、滝に打たれてきっちり体を清めてもらいます。構いませんね?』
話の分かる相棒で良かったと思うその反面。
「あ、あぁ……お前、前に言ってたそのワイバーンに乗ったら滝に打たれろって、本気だったんだな……」
『当然です』
ソラヒメのピシャリとした言い方に、どうにもそこだけは譲ってもらえないらしいな、と悟った。
「そういえばシムル。
アンタ……どのワイバーンに乗って戦うの?
たった三日で連携を仕上げるのも難しいし。何より……操竜術って、上手く使えたっけ?」
「……あっ」
テーラにそう聞かれて、俺は即座に頭を抱えることとなった。
──しまったーッ! ソラヒメ以外の竜に乗ることなんてねぇだろ、とか高を括ってたからマトモに実践したこともなかったッ!!
思わぬ落とし穴に俺は「う、うぉぉぉぉぉぉ……ッ!」と唸ることしかできない。
「……はぁ。
アンタのことだから、きっとそうだと思ったわ。
もう、どうするのよ……これじゃあソラヒメ様がいないのは、ハンデどころの騒ぎじゃないわ」
テーラは半ば呆れたようになり、ソラヒメは至極真面目な顔でこう言った。
『シムル。
テーラのことも大いにありますが、私にこれほど譲歩させておきながら負けるなどということは……一切認めませんよ?』
「わ、分かってるっての!
……大丈夫だ。俺に任せろ……!」
「おにーちゃん、少し声が震えてない?」
──カレン、いらねーことを言うなッ!
「……さっきはきっと負けない、とか言っていたけど……不安になってきたわね……」
俺以外の三人が、揃ってこちらをじーっと見つめる。
それも、結構不安そうにしながら。
「うっ……いや、三日後までにワイバーンを決めて操竜術が使えるようになりゃあいいんだろ?
見てろよ、やってやるっての!!」
いたたまれない気持ちになった俺は、まずは乗るワイバーンを決めるべく……部屋の窓から飛び降りた。
その場にいづらくなったから窓から逃げ出したとか、決してそういうことじゃあねぇからな。
……おう。
***
シムルが部屋から去った後、ソラヒメは駆けて行くその背を、窓際で見つめながら呟いた。
『あの調子なら、きっと大丈夫でしょうね』
「そうですね。
きっとシムルなら……なんて思っちゃいますよね」
テーラは微笑みながら相づちを打つ。
テーラもソラヒメも、別にシムルのことを信じていない訳ではない。
寧ろ心の中では、彼ならばきっとどんな逆境からでもメルニウスを倒してくれるだろうと、信じているのだ。
……しかしながら。
『ただ……もう少し後先を考えてくれると良いのですが……』
それとこれとは、話が別であった。
「それは思いますね……」
ソラヒメとテーラが肩を落とす傍で、カレンは「?」と首を傾げた。
「でもあんなふうに勢いがあるから、おにーちゃんはおにーちゃんなんじゃないかなー?」
そんなカレンの一言を、テーラとソラヒメはそれぞれ首肯するのだった。




