1話 メルニウスって奴は何者なのか
「それで、あのメルニウスって野郎は何者なんだ?」
メルニウスが去った後、俺は隠れていたソラヒメとカレンを呼んでから、テーラと共に自分の部屋へと移動していた。
テーラとソラヒメは椅子に座り、カレンはソラヒメの上に乗っていた。
また、俺の方はベッドであぐらをかいている。
「彼の名前は、メルニウス・アセノフス。
代々優秀なドラゴンライダーを輩出する名家、アセノフス家の……シムルにも分かりやすく言えば、家督を継ぐ長男にあたる人よ。
それに加えて、ユグドラシル王国軍のドラゴンライダー部隊【ドラグーン】の隊長にして……王国最強のドラゴンライダーとも言われている人なの」
【ドラグーン】って……確か【サーヴァント】のドラゴンライダー版部隊だって、聞いたことがある気がするな。
クラスの連中が将来はそこに行きてぇとか、確か言ってたな。
それに加えて、ランクA相当の魔法を使える奴が揃った、めちゃくちゃな精鋭揃いだとか何とか……それにしても。
「王国最強……? またご大層な二つ名だなぁ」
茶化したように言ったものの、テーラは真面目な雰囲気のまま続ける。
「……シムル、少し前にあったサオラリア街事件とハーリエル事件って、知っている?」
「あぁ、一応な」
前に「お前も世の中の情報は、少しくらい耳に入れておけよな?」と言うマックスから聞いた話を思い出し、その内容を話していく。
「前者の方は確か、ユグドラシルとバーリッシュの国境付近にあるサオラリアっていう街にキマイラが二体も入り込んで、とんでもない被害が出たんだっけな。後者の方は……」
「巨大甲虫種モンスターのハーリエルの大群が、この国に侵入しかかったんだよねー?
繁殖力も強いから、大軍に侵入されたら作物を食べ尽くされちゃうんだっけ」
俺が答えようとしたことを、大体そのままカレンが話した。
『カレンは意外と、物知りなのですね』
ソラヒメは感心しながらカレンの頭を撫でる。
カレンは嬉しそうにしながら続けた。
「うん!
この国の文字を覚える練習で、暫く新聞を読んでいたの。
食堂に置いてあったからねー」
『カレンは勤勉ですね。
シムルにも見習って欲しいものです』
ソラヒメがもの言いたげにこっちを見てきて、思わず咳払いをした。
「おう、話が逸れてるぞ。
……それで、その事件がどうした?
確かどっちもドラゴンライダーの部隊が集結して、解決したんじゃなかったか?」
話の流れ的に、二つの事件にメルニウスが噛んでいるらしいことは明白だが……あいつが何をどうしたのかがイマイチ分からない。
テーラは「それがね……」と呆れ気味に言った。
「聞いた話なんだけど……その二つの事件とも、ほぼメルニウスさん一人で解決しちゃったらしいわ。ハーリエルは大群ごと吹き飛ばして、キマイラ二体も数十秒くらいで倒しちゃったらしいのよ」
「なっ……二体を数十秒だと!?」
──本当かよそれ!?
俺はベッドから身を乗り出して、テーラに聞き返す。
「その……私もあのキマイラ二体を数十秒っていうのは、とっても凄いと思うけど……実際にキマイラと戦ったことのあるシムルからしても、やっぱりとっても凄いの?」
「あぁ、とっても凄い」
テーラは目を丸くしたテーラに、説明を追加する。
「キマイラの強さは、正直ワイバーンの比じゃないと思う。
ドラゴンライダー数騎が束になってかかって、やっと一体倒せるって感じだろうよ。
……俺だって、前に出くわした時はソラヒメと連携して一体倒したけど、それを二体纏めて数十秒ってのは……一体どんな戦い方してたのかが逆に気になるくらいだ」
『……成る程、確かに王国最強の二つ名は伊達ではないようですね』
恐らくというか、メルニウスが乗っていたのは間違いなく星竜じゃなくてワイバーンだろう。
ワイバーンとキマイラの圧倒的な力量差を埋めるどころか、簡単に倒しきっちまうくらいに強力なドラゴンライダー……か。
「……テーラおねーちゃん、その話……本当?」
カレンは訝しむかのような、難しい顔をしていた。
元々バーリッシュにいたカレンからすれば、キマイラがあっさり倒されたと言うのは眉唾な話なのかもしれねぇな。
「確かな筋からの話だから、嘘じゃない筈よ。
……どうかしたの?」
「うーん……今のお話、あまり想像できないなぁって。
それに、キマイラだって概念干渉で生まれたものだから、ただのドラゴンライダー一人に二体も倒されるっていうのは……」
カレンを除く俺達三人は、揃って目を剥いた。
「はぁ!? キマイラが概念干渉の産物だって……本当かよそれ」
隣国の生体兵器の正体は概念干渉が絡んでた、か……いや、逆に概念干渉だからこそあり得る話か。
あんな生き物を創る魔法とか、概念干渉以外に考えられないし。
「うん、学園長先生にはちゃんとお話ししたんだけどね。
bio weapon……だったかなー。きっと今も、バーリッシュでキマイラを作っている筈だよー」
カレンはどこか懐かしそうにそう言った。
また、その瞳には……一瞬だけ、どこか寂し気なものが映った気がした。
「……まぁ、バーリッシュの話は今はいいとしてよ。
問題は……どうしてそんな王国最強とかいう大物が、こんなお淑やかさのかけらもない奴に求婚してきたか、なんだけどよ……」
実際、聞けば聞くほど不思議な話に聞こえてくる。
名字を持つ貴族な上に王国最強って肩書きがあるなら、女なんてよりどりみどりじゃねーかって思う。
それなのにわざわざ学園の生徒をしているテーラに求婚するとか……俺でさえ「そりゃあ少しおかしいんじゃねーの?」って違和感を覚える。
テーラは顔を赤くして「お淑やかさのかけらもなくて、悪かったわねっ!」とむくれた。
「……私がメルニウスさんと出会ったのは、私が王都に来たばかりの時だったの。
私の両親と彼の両親は仕事仲間で、私達は両親が話している間はずっと一緒に遊んでいたわ。
それから彼がドラゴンライダーになるまでは、よく会っていたの。
それで……一年前くらいかしら。
彼から結婚の話を持ちかけられたわ。
その時に聞いたら、出会った時から一目惚れしていました……って」
「そっか。
結構前からの知り合いだったのか。
でも、結婚の話は受けるつもりはないんだろ?」
「うん。
さっきも言ったけど、ちゃんとドラゴンライダーになるまでは誰とも……ね」
テーラの意思は、やっぱり固そうだった。
メルニウスの奴も、せめてテーラが卒業するまで待てば……って、待てよ?
『テーラ。
卒業したら……メルニウスと結婚するということは、考えているのですか?』
そう、それだそれ。
俺も聞きたかったところだ。
テーラは苦笑しつつ、手を左右に振りながら答える。
「それはきっとないですよ、ソラヒメ様。
……最近のメルニウスさん、何だか昔と大きく変わっちゃったんです。
シムルも言ってくれたように、最近の彼は私の意思はお構いなし、って感じで。
だから……彼とはあまり合わない気がします。
でも……私の両親は、メルニウスさんと一緒になった方がいいんじゃないかって言っていて。
流石に両親の方は、ローナスを卒業した後にしたらどうかって、そう言っていたけれど……」
テーラはため息をついた。
両親の意見も無下にはしにくい、とその仕草が語っている。
「でもよ。
お前が結婚したくないなら、親にもはっきり嫌だって言うしかないじゃねーかよ」
「シムルはそう簡単に言うけど……それができれば、苦労はしないわよ……」
もやもやとしている雰囲気のテーラに、柄でもない上にお節介気味だとは思ったが……ちょっと教えてやろう、と俺は思った。
……別に、大したことでもないんだけどな。
「なぁ、テーラ」
「何よ、シム……ル?
どうしたの、そんな真面目そうな顔になって。
アンタらしくないわね……」
「自分が思ってることは、きっちり家族には言った方がいいぜ?
当たり前だけどよ、それができるのは……口がきける時だけだからよ」
俺の親父の話をしたテーラにこういうことを言うのは、ちょいとばかり卑怯に思えた。
でも、こうやって言わなきゃいけねぇ気がしたんだ。
テーラもまた茶化すのをやめて、珍しく静かになった。
「言わずに後で後悔することって……ほら、やっぱり結構あるからな」
別に偉そうに説教できる立場でもないくせに、何でこんなにぺらぺらと上から語ってるんだか、と我ながら思う。
それでも……こうやって話すことがテーラの助けにもなればいいとも、少しは思ってる。
「……うん、分かったわ。
私、お父さんとお母さんに自分の考えを伝えてみるわ。
シムル、ありがとうね」
……微笑みながら面と向かって感謝されると、何だか気恥ずかしいな。
俺は何となく顔が熱くなって来て、目を逸らしながら後ろ頭を掻いた。
……適当に話を振って誤魔化すか。
「まぁ……あれだ。
お前が嫌いな田舎者の言うことだから、話半分程度に聞いとけ」
するとテーラはハッとした顔になった。
「……シムル、もしかしてメルニウスさんとの話、あの部分も聞いていたの……!?」
テーラは意外にも大きな衝撃を受けているようで、ぽかんとしていた。
そんな反応をされると、逆に俺も驚いちまう。
「お、おう。
……お前とメルニウスの話を聞き始めた時に、丁度な。
それにしても、俺は悲しくなったぜ。まさか幼馴染のお前が、俺のことを嫌いだったとかよ……」
がくりとうなだれてみれば、テーラは面白いくらいに慌てだした。
「ち、違うの! 私がああ言ったのは……その……!」
「……まぁ、俺が礼儀知らずなのは的を射てるかもしれねーしな」
いつものソラヒメの話を聞く限りだと、な。
「それに……テーラも貴族だしな。礼儀知らずは苦手だよな……はぁ」
自分で言っていて、どうしてだか分からないが力が抜けてきた。
……自分でこんなこと言って自爆するとか、世話がねぇよなぁ……。
「いや……えっと……」
もごもごとするテーラを、睨む訳でもないがじーっと見つめてやる。
きっと今の俺は、普段以上にやる気のない感じに仕上がってることだろう。
「でもな。
嫌いなら嫌いって、面と向かってはっきり言ってくれりゃあ良かったのによぉ……。
そうすれば俺も、流石に直そうとか思ったかもしれねーし……おうっ!?」
気がつけばテーラは立ち上がっていて、涙目で俺の両肩をガシッと掴んで揺らしだした。
「今まであんなに仲良くしてきて、本当にアンタのことが嫌いな訳ないじゃない!!?? あの時はメルニウスさんがいた手前、波風立たせたくなかっただけなの! 本当の本当だから信じなさいよっ!!!」
「やめろテーラ目が回るッ!!」
──こんな細っこい体のどこにこれだけの力があるんだよ!?
前にもこんなことあったなーとか思い出しながら、俺はテーラの両手を掴んで止める。
あのままだと、腹の中のものが逆流しちまう……って。
「そうだった。起きてから何も食ってなかったなぁ……思い出したら腹減ってきたぜ」
腹をさすると、普段よりも気持ち凹んでる感じがした。
時計を見れば、もう昼飯時を過ぎている。
「とりあえず、飯食いに行かねーか?」
そう聞くと、テーラもまた時計を見ながら「うん、そうね」と言った。
「私も何だかお腹減っちゃった。話の続きは、また後にしましょ」
「それがいいよー。
今日のお昼は何かなぁー」
カレンも相当に腹が減っていたらしく、目を瞑りながら腹をさすっていた。
『それでは、私も昼食にします。また後で会いましょう』
ソラヒメはそう言い、とっとと窓から外に出て行った。
そんなこんなで部屋に残された俺達三人は、そのまま食堂へと向かったのだった。
……ただ、その途中で。
「それとテーラ。
飯食ったら、また色々聞かせてくれよな。
その……何だ。
困った時は、お互い様ってやつだ」
幼馴染のピンチには力くらい貸したい。
そんな俺の気持ちが伝わったらしく、テーラは「うん、分かったわ」と返してくれた。
……その時の笑顔が何だか少しばかり可愛く見えたのは、気のせいか。




