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4章のプロローグ テーラが結婚するって……は?

 この日、俺は昼頃まで眠っていた。

 というか夏休み中ということもあってか、ソラヒメは最近俺を朝早くに起こさない。

 そんな訳で、俺と人間の姿になったソラヒメが、二人揃ってベットの上でぐーすかと惰眠を貪ることは、ままある話だった。

 ……だからこそ、とか言うべきだろうか。


「おにーちゃん、大変!!」


「うおっ! 

 どうした!?」


 カレンが部屋のドアを蹴破らんばかりに、大きな音と共に転がり込んで来た時は、思わず跳ね起きちまった。

 ……ちなみに、ソラヒメはその後に『カレン、どうかしたのですか?』とゆっくりと起き上がった。

 相当な安眠だったらしい。


「おにーちゃん、今すぐに来て! テーラおねーちゃんが大変なの!!」


 肩で息をするカレンが、こちらに駆け寄って来てがばっと張り付く。

 その表情は、明らかに尋常なものではなかった。


「……一体何があった」


 俺は深呼吸を一つして無理矢理に眠気を吹き飛ばし、カレンと向かい合う。

 カレンは、一字一句を切るようにゆっくりと言った。


「……テーラおねーちゃんが、結婚……しちゃうかも」


「『……は?』」


 ソラヒメと共に、喉の奥から上ずった声を出す。


 ──えーと、ちょっと待て。思考が追い付かねぇ。今カレンは何て言った。


 けっこん、ケッコン……結婚。

 カレンの言ったことをしっかりと理解するのに、俺は十秒ほど時間を要した。

 別に、寝ぼけていたとかそういうことじゃない。

 ただ単に……俺の思っていた「テーラが大変」というのは、ワイバーンに追われている、とかそういうことだと思ってた訳で。

 要するに、俺の予想を超越した「大変」だったというか……つまりそういうことだ。

 ……まぁ、取り敢えずだな。


「えっ……いや、どういうことだよ?」


 こうやって聞かないことには、話が進まないよな。


 ***


「ふーん……成る程な。

 男がテーラに向かって結婚してくれ、みたいなことを言った、と」


 カレン曰く、テーラは竜舎近くの池のほとりで見たことのない男と話をしていたのだと言う。

 テーラを見つけたカレンは、その側に行こうとしたらしいのだが……そこで男がテーラに求婚(らしきこと?)したとか言ったとか。

 そんなこんなでどうしたらいいのか分からなくなって、カレンは俺のところに来たというのがことの顛末であるらしい。


「……よっこらせっと」


 ベッドから立ち上がり、手早く着替える。


『シムル、テーラのところに行くのですか?』


「あぁ。カレンが言う見たことのない男って、多分ローナスの外から来た奴だろうしな。

 ……ほら、何か気になるだろ?」


 テーラに結婚してくれとか言う物好きの顔も、ちょっと見てみたいしな。

 ……別に話を聞くうちに妙にテーラが心配になって来たとか、そんなことはねぇ。

 本当の本当にな。


『本当にそれだけですか?』


「……おう、それだけだ」


 ソラヒメは意味ありげな視線を送ってくる。


「ただちょっと気になる、他に何もねーよ」


『……そうですか。

 それではそういうことにしておきましょう』


 ソラヒメは何やら俺を面白そうに見ていて……妙にムズムズした。


 ***


 カレンに着いて来た俺達は、竜舎のすぐそばまで移動していた。


「おにーちゃんあそこ!」


「……確かにいやがるな」


 カレンの指差すほうには、確かにテーラと……俺よりも少し歳上くらいの若い男がいて、そいつはテーラに迫っていた。

 すらりとした長身に長い金髪、それでいてそこそこきっちりとした身なりをしている。

 前に王宮に行った時に見かけた貴族みたいだな。

 ……いやでも、それにしちゃあ何だかこう……どこか騎士っぽい感じもするような。

 まぁどちらにせよ、只者じゃないことは明白か……というか。


「あいつ……もしかしてこの前も雪山の時に、イオグレスを追いかけて行った奴じゃねーか?」


 あの時は遠く離れてよく見えなかったこともあって、その顔は曖昧な感じにしか思い出せないが……多分そうだろうと、確信めいた感覚があった。


『ここは一度、様子を伺った方が良いかと』


 ソラヒメの提案に、俺とカレンは即座に頷く。

 竜舎の脇から、茂みの中、更に付近に生えている木々の裏へと移動する。

 こうして草木の中にいると、セプト村近くでモンスターに不意打ちを仕掛ける前のことを思い出すな。

 こうやって潜むのも久方ぶりだ。

 それから俺はじーっとテーラ達を見つめて……みたんだけどよ。


「……ちょっと離れてて、話を上手く聞き取れねぇな」


 その上テーラ達は身振り手振りなんかも少なくて、状況が分かり辛い。

 その時、ソラヒメがジェスチャーで自分の耳を指差した。


 ──それだ。


 俺はテーラ達に悟られない程度に微弱な魔力で、nearly equalの魔法を発動し、ソラヒメの体の一部、耳を中心に解析(スキャン)する。

 それによって……俺は竜の聴覚に限りなく近いものを自分の耳に組み込む。

 さて、これでよーく聞こえるようになるだろう……。

 近いものでは、ソラヒメやカレンの呼吸音。

 少し離れれば、竜舎の中にいるであろう、子竜の息遣いまで聞こえてきそうだった。

 強力な聴覚をテーラ達に集中させ、一字一句聞き逃すものかと耳を澄ませる。


 ──さぁ、一体どんな話なのか、聞かせてもらおうか。


 盗み聞きをすることに若干の罪悪感はあったが……まぁ、今はそれよりも事態の把握が最優先だな、うん。

 そして、最初に聞こえたのは。


「ごめんなさい。

 何度言われたとしても、結婚の話は受けられません」


「何故だテーラ! 

 どうか思い直して欲しい。僕の地位や家柄に、君も文句はない筈だ。

 ……まさか君は……粗暴で礼儀知らずな田舎者の方が好みだとでも言うのかい!?」


「ち、違います! 

 そんな田舎者なんて……わ、私、あんまり好きじゃないですからっ!!」


 ──一体何の話をしてるんだお前ら!?


 思わず喉奥から言葉が飛び出しかけた。

 ……オイコラソラヒメ!

 何無言かつ悲しそうな顔で俺の肩を叩いてんだ!

 ……別にテーラもあの男も、田舎者とか言ってるだけで、俺のことを言っているかなんて分からなくてだな……。


「……それを聞いて安心したよ。

 彼は国王様の前で無礼を働いた痴れ者として、王宮内では有名でね。

 そんな男が好きだなんて君が言ったら、どうしようかと……」


「そ、そんな訳がないじゃないですか! 

 フ、フフフフ……!」


 ……。

 い、いやいや!

 王様の前で無礼を働いた男なんて、いくらでもいそうじゃねーか!!

 それに、テーラが陰で俺の悪口を言う訳が……。


『シムル、諦めも肝心ですよ』


 ソラヒメこいつ……念話で直接心に語りかけてきやがった!!


「いや、まだ俺と決まった訳じゃねぇぞ! 

 それと、人の心を読んでるんじゃねぇよッ!!」


『貴方の場合は分かり易過ぎます』


「何だとお前!?」


 俺達が声なき念話(ことば)でやり取りをしている間に、話はどんどん進んでいき。


「よかった。

 それならあのシムルとかいう星竜使いを、君は好いてはいないと」


「あ、当たり前じゃないですか……! 

 彼のことは好きではないですし、何とも思っていませんよ!!」


 ……遂に、決定的な言葉を聞いてしまった。

 幼馴染であるテーラに「好きではない」……つまり、嫌いだと思われていたことが発覚した。

 ……発覚……しちまったよ……。


『シムル、まだ大丈夫です。

 シムルという同じ名前の他人の話かもしれません』


「お前は俺を突き落としたいのか慰めたいのかはっきりしろよ!? 

 てか、同じ名前で星竜に乗る男なんて存在する訳がねぇだろ!!!」


 そもそもの話、テーラが結婚するかもってことで来たのに、何が悲しくてテーラは俺が嫌いってことをわざわざ聞かなきゃいけないんだよ!?

 盗み聞きのバチが当たったのか!? と思わず頭を抱えた。

 ──それに俺はこれからテーラに会う時、どんな顔をすりゃあいいんだ……!! ……というか、何で俺はこんなに凹んでるんだ……。


『今までの冗談はさておき、貴方は今まで通りに接していればいいと思います』


「だーかーら、心を読むなっての! 

 それに冗談って何だよ冗談って!

 全部丸々、本当の話じゃねーか!?」


 ソラヒメの言葉に血涙を流していたら、男の強い声が耳に飛び込んで来た。


「それならばテーラ、一体どうしてだ!?

 何故君はこうも僕を拒み続ける!」


 男はテーラへと更に詰め寄る。

 テーラは後ずさりしながら、目を伏せた。


「……前にも言ったように、私、ちゃんとドラゴンライダーになりたいんです。

 確かに前は、お父さんの意向でドラゴンライダーを目指すってところもあって、宙ぶらりんな気持ちもどこかにあったかもしれません。

 でも今は、自分の意思でドラゴンライダーを目指していきたいって、そう思えるようになったんです。

 だから……ローナスに在籍している間は、結婚は考えられません」


 すると男は……俯いているテーラは気づかなかったかもしれないが、どこか困ったような顔になった。

 しかしその表情はすぐに引っ込み、柔和そうな表情になった男は諭すように言った。


「うむ……こういう言い方は、あまりしたくはないのだけどね。

 ……君は、本当に自分がドラゴンライダーとしてやっていけると、そう思っているのかい?」


 そう言われた瞬間、テーラが小さく息を飲んだ音が聞こえた。

 男は気づいていないらしく、そのまま喋り続ける。


「聡い君なら、もう分かっているのだろう?

 ドラゴンライダーになったところで、君の実力では結果は出せないだろうと。

 魔力量は少なく体も小柄。何よりいざという時、その細い両腕では竜の背にしがみ付くことだって難しいだろう。

 ……言ってしまえば、君は生まれながらにしてドラゴンライダーには向いていない」


 テーラの体が小さく揺れた。

 ……それは震えを堪えているかのような、そんなふうにも見えた。


「それに……僕だってドラゴンライダーの端くれ、現場の厳しさは身に染みて分かっている。

 だからこそ、あえて言わせて貰おう。

 ……君では恐らく、ドラゴンライダーになったところですぐに命を落とす」


 テーラは何も言わない。

 だが、俺はその組まれた小さな両手が強く握られたのを、見逃さなかった。


「君は現実を理解できる、強い心を持っている筈だ。

 ……今からでも遅くはない。

 ドラゴンライダーになるなんて愚かな理想は捨て、僕と共に来た方がよっぽど君のためだと、僕は言っている。

 それにそもそも……どうして君は、ドラゴンライダーになりたいんだい?」


「それは……私の周りにいる人や、私達の住むこの国を守りたいから……」


 自身の問いかけに対するテーラの答えに、男は首を横に振った。


「それならば……この僕の妻となり、僕を支えることでも達成することが叶うのではないのかい? 

 その方が君は死なないし、君の周囲やこの国を守ることにも繋がる。

 ……君の目標は、僕の妻となることでも達成されるんだよ。それについて、君はどう思うのかな?」


「そ、それは……」


 テーラが何かを言おうとして、言い淀んだ。

 きっと頭のいいテーラには、俺には見えていない何かが見えていたんだと思う。

 また、男の方もテーラが納得したとでも思ったのか、その笑みが深くなった気がした。

 そしてテーラの手を、男が取ろうとしたその時……。


「オイコラ。

 テメェ、ふざけたこと言ってんじゃねーよ」


 俺は隠れていた木々の裏から跳躍して飛び出す。

 ソラヒメとカレンの方へ目を向ければ、二人は無言で「行ってこい」と告げてくれていた。


「シ……シムル!? いつの間に!?」


 テーラは目を見開いているが、構うものかと男とテーラの間に割って入る。


「……そうか。

 やはりあの雪山の時、テーラと一緒にいた君が概念干渉(ノーネーム)使い、シムルか」


「お前こそ、やっぱりあの時先頭を飛んでたドラゴンライダーだよな」


「覚えてくれていて光栄だよ。ただし……粗暴な上に出歯亀主義とは、度し難い男だ。それに今は彼女と僕が話をしている。余計な横槍を入れるのはよして欲しいものだね」


 飄々とした態度の男は明らかに俺を見下しているが、今はそんなことはどうでもいい。


「うるせぇ、知るかよ。

 お前の方こそ、その自己中な物言いをどうにかしたらどうなんだ?」


 男は眉をひそめた。


「……はて、どういうことかな?」


 意味が分からないと告げる男に、俺は皮肉を込めながら返してやる。


「オイオイ、とぼけんなよ? 

 お前の物言いはどう言い繕っても『テーラはこうした方がいい』ってよりも『自分のためにテーラにはこうなって欲しい』って言い方に聞こえるんだよな。

 ……テーラ自身の『こういうことがしたい』って意思を曲げさせて、自分に都合のいい方向に持って行こうとするその言い振り……全く気に食わねぇ」


 目を細め、男はこちらをじろりと睨む。

 その瞳に宿る眼光は、鋭利な刃物の輝きを思わせた。

 肌で感じたある種の殺気にも似た何かに、俺もまた負けじと睨み返す。

 舐められる隙を見せるなと、俺の勘が告げていた。


「……旦那様、失礼致します」


 気が付けば、男の横にはメイドが立っていた。


 黒を基調としたメイド服は前に王宮でも見たことはあったけど、それよりも目を惹かれたのは黒い髪と瞳だ。

 黒髪に黒い瞳とか、見たこともねぇ。

 顔立ちは人形みたいに整っていて、身長はテーラと似たか寄ったか。


 しかし……気配もなく、まるで最初からそこにいたかのように現れたその女に……俺の中の何かが絶対に気を抜くな、と警鐘を鳴らす。

 こいつは只者ではないと、直感で悟る。

 それはまるで、前に────と初めて出会った時のようだった。


 ──こいつら二人纏めて……中々やばそうだな。


 俺の内心を知ってか知らずか、こちらの姿を一瞥したメイドは、小さく微笑んだ後。


「旦那様、お時間です。

 そろそろ王宮へ戻らなければ、例の会議に遅れてしまいます」


 男は自身の懐から懐中時計を取り出し、ふむ、と頷く。


「……すまないテーラ、今日のところはこれで失礼するよ。

 けれど……近いうちに、また会いに来る。そして……」


 男は表情を一転させ、テーラに微笑みかけてから……冷たい瞳でこちらを見据える。


「君ともまた、会うことになるだろう。

 ……名乗るのが遅れたが、僕はメルニウスと言う。……それでは」


 メルニウスが踵を返すと、メイドもまたぺこりとお辞儀をしてから男について行く。


「おう、あばよ」


 去りゆくその背中を、俺もまた見据える。


 ──あんたとはきっと、このままじゃ終わらねぇだろうな。


 それは多分、あっちも思っているんじゃないだろうかと、何となく感じた。


「……それにしてもまぁ、テーラもとんでもない奴と結婚の話になったな。

 びっくりしたぜ」


 メルニウスの背中が見えなくなった後、テーラにそう切り出してみる。

 するとテーラは、小さな声を返してきた。


「うん、そうね。

 それと……庇ってくれて、ありがとう。少し驚いたけど……嬉しかったわ」


 ぽすんと背中に感じる、ちょっとした重み。

 それがテーラのおでこだと気づくには、あまり時間は掛からなかった。

 ……ふとこんなことを思った。


 ──ソラヒメがテーラとは今まで通りに接していればいいって言った意味……何となく分かった気がするな。

3巻の流れということで(ほんの少し)書籍向けの部分はあるかと思いますが、WEB版読者の皆様にも楽しんでいただけると思いますのでよろしくお願いいたします!

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