25話 奴の残した言葉の意味
読者の皆様、お久しぶりです。
10/10に本作3巻の発売も決まりコミカライズも進んでおります、八茶橋です。
本作についてお話ししたいことがあり、今回は前書きが少々長くなっています。
まず、今まで更新しなかった理由についてなのですが……(少々新作に手をつけたりしていたものの)最大の理由は、3巻がほぼ書き下ろしになったことにあります。
書籍版シリーズはWEB版とそれなりの差がありますので、WEB版の続編はどう投稿してよいものかと悩んでおりました。
そして先日、担当編集様と相談した結果……書籍版3巻の流れの話を投稿しようということになりました!(話の前後の都合や書籍版との違いから、もちろん3巻をそのまま投稿という訳ではないのですが、1、2巻同様に3巻の流れはWEBでもちゃんと公開します)
そして、これにより次の4章のストックは結構ありますので、これから10/10の3巻発売に向けて投稿していこうと思います。
プロットも担当編集様と何度も練り直したものとなっていますので、乞うご期待です!
それでは3章と4章の繋ぎということと、事情により少々駆け足気味ではありますが、永らくお待たせいたしました本編をどうぞ!
「流石にもう終わり、だよな……うおっ」
イオグレスが倒れたのを見届けたシムルは、大きくよろめいた。
限界を超えた戦闘によって、彼の体力は今度こそ限界を越えようとしていた。
「シムル!
大丈夫!?」
ソラヒメの背から降りたテーラが、シムルを抱きとめた。
シムルの体は傷だらけであったが、内臓に達するような深い外傷がないことを確認するとテーラは安堵した。
「良かった……。
体中ボロボロだけど、深い傷はないわね……」
「まぁ、どうにかな。
お前らも無事そうでよかった」
テーラとシムルが互いの無事を喜ぶ一方、カレンはイオグレスの元へと向かう。
「カレンちゃん、あんまり近づかない方が……」
テーラに心配され、カレンがイオグレスの手前で止まる。
イオグレスは薄眼を開け、自嘲交じりに弱々しく笑った。
「ふっ……まさかこの僕が、こんな無様を晒すことになるとは……」
「イオグレス……」
かつての同僚に、カレンは何を思っているのか。
ただし少なくとも、その表情は……憐憫を帯びていた。
「イオグレス……私達と、この国で暮そー?
確かにバーリッシュより、私達は嫌われているかもだけど……イオグレスが言っていたほど、悪くはないよ?」
カレンが差し伸べた手を、イオグレスは首をゆっくりと横に振って拒絶した。
「そんなことは、論外です。
今更この僕が、この国に戻るなど……反吐が出ますね。
それに……僕がこうして失敗したところで、この国が滅びるという結末は誰にも変えられはしない。
……間もなく、この国は内部から壊れていくでしょう。
カレン、君は味方をするべき国を……完全に誤っている。
……今からでも遅くはありません。バーリッシュに……戻りなさい」
カレンはイオグレスが先ほどそうしたように、首を横に振った。
「……それは嫌だよー。
私……この国でおにーちゃん達と、ずっと過ごしていたいから」
「カレン……」
静かに、迷いのない確かな意志を、カレンはイオグレスに伝える。
イオグレスはどこか諦めたかのような、達観した表情で虚空を見つめる。
「そうかい……それなら、君は君の道を進みなさい。
もう、止めはしない」
『グォォォォォォ!!!』
突如として轟いた咆哮と共に、カレンに覆い被さるかのようにして影が生まれる。
──やべぇ!
直感に従い、シムルは飛び出しカレンを抱えて跳躍する。
直後に感じる圧倒的な風圧の中、何度か転がってから顔を上げれば、そこには。
『グルルル……!』
見覚えのある異形が出現していた。
獅子の頭に、蛇の尾。
体毛の下に隠れる隆起した筋肉の凶暴性は、ワイバーンを優に上回るだろうと簡単に分かる。
何より目を引くのは……大きな黒い翼。
「き、キマイラだと!?」
「嘘!
ここ、王都の近くなのよ……!?」
テーラの言う通り、ここオロス山はローナスからでもはっきりと大きく見える程度には王都に近い。
──そんな場所に、バーリッシュの誇る生体兵器がいるとか……どんな冗談だよ!?
「シムル君、そしてカレン……精々絶望したまえ。
この国は最早、こうして容易くキマイラの侵入を容易く許す程度には……内側から腐っています。
……それを、よく覚えておくといい」
イオグレスはキマイラの背にしがみつき、シムル達を見下ろす。
「待ちやがれ、逃すか!
それにさっきから内部とか内側とか……説明しやがれ!!」
カレンを下ろしてイオグレスを追おうとすれば、シムルは後ろから抱きつかれる感触に包まれる。
そんなことをこの場でするのは……テーラ以外にはいない。
「テーラ離せ!
あいつをこのまま野放しにできるか!!」
「ダメよ!
絶対に離さないわ……!
それにアンタ、もう魔力だって底をついている筈よ!」
半泣きになって言うテーラに、シムルは思わず押し黙った。
その隙に、キマイラが翼を広げ……!
「さらばです。
もう二度とは……会わないかもしれませんが」
イオグレス共々、空へと舞い上がる!
「なっ……!
ソラヒメ!!」
シムルはソラヒメに声をかけるが、イオグレスが飛び去ったことを確認すると、ソラヒメは口に溜め込んでいたブレスを消失させた。
『……シムル、テーラの言う通りです。
彼らを追撃するにはあまりにも貴方は消耗し過ぎています。
それに私も貴方達を乗せて、これからこの氷竜の巣窟と化しているオロス山を脱出しなければなりません。
私も貴方も、これ以上無駄に消耗する訳にはいかないことは……重々承知しているでしょう』
「……悪い、熱くなり過ぎてた」
一度深呼吸をして、体の中から熱を逃がすイメージと共に息を吐き出す。
そうして、シムルは心を落ち着ける。
『それに、彼らの追撃は……彼らに任せれば問題ないでしょう』
「……何だと?」
ソラヒメが顔を上げた方向を見れば、数騎のドラゴンライダーがこちらへと飛来していた。
上空を飛んでいてよくは見えないが、その先頭は翼竜を駆る、いぶし銀の鎧を着込んだ金髪の男だった。
「ヒュグは彼らの救助を、残る者は僕に続け! 奴を逃がすな!!」
「「「はっ!」」」
そうして先頭を切って飛び去る男は、一瞬だけこちらを見てきた。
まず……男はテーラに微笑みかけた。
その男は間違いなくテーラに視線を合わせてきたと、シムルははっきりと読み取ることができた。
次に、男はじっとシムルを見据える。
「……?」
その出来事は一瞬で、次に瞬いた時には、上空にはヒュグが残るだけだった。
──あいつ……テーラの知り合いっぽかったな。
それと俺の方を見てきたのは……たまたまか。
「よかった、助けが来てくれたわ!
これで無事に脱出できそうね……」
テーラは男に見られたことに気がついていないのか、特にあの男については何も言わなかった。
だからこそ、シムルはこの時はあの男については……何もテーラに聞かなかった。
──この時は……まだな。
こうしてシムル一行は、迎えに来たヒュグの力も借りて、この後どうにかローナスに帰還することができた。
ただし……この後暫くは、事情聴取で食事もろくに取る時間がなかったシムルは、少しだけ不貞腐れていたとだけ言っておく。
***
イオグレスの奴は雪山での去り際に、こう言い残していた。
『この国は最早、こうして容易くキマイラの侵入を容易く許す程度には……内側から腐っています』
俺は事情徴収を受けていたここ数日の間、ずっとその言葉の意味が気になっていた。
ただし「小難しいこと考えてもしょうがねぇか」といったふうに、事情徴収が終わってからは考えることをやめちまった。
だが、事件はまだ……言っちまえば、一つ目が終わったところでしかなかった。
イオグレスの言い放ったあの言葉の意味が、まさかこの次の日から巻き起こるとんでもない騒動の中で明らかになっていくとか……この時は思ってもみなかったんだよな。
後に、この国の根幹を揺るがすほどの事件として名を残す一連の騒動の存在を、俺達はまだ何も知らなかった。




