21話 melt down
本作【王都の学園に強制連行された最強のドラゴンライダーは超が付くほど田舎者】の2巻が3/10に発売されます!
よろしくお願い致します!!
「うおっとっと……ふぅ、やっと降りれたか」
爆風で吹き飛ばされたシムルは、何度かバク転の要領で回転して勢いを殺した後に、ストンと地面に着地した。
――氷竜の相手をしたり爆発に巻き込まれたりで、体中ボロボロになっちまったな……それに、竜骨格も使いっぱなしで魔力もそこそこ食っちまった。
……また氷竜が出て来ねぇとも限らねーし、注意しねーと……ん?
辺り周辺に氷竜がいないかを警戒するうちに……いつの間にか、シムルは二の腕を鼻に当てて顔をしかめていた。
「……匂いそうなくらいってのは、やっぱおかしいな」
自然界において、大気中に含まれる魔力はごくわずかだが……この場所の魔力は、鼻で嗅げるのではとシムルが錯覚するほどに濃密だった。
最早、先ほど氷竜四体を相手にしていた場所の比ではない。
「てか……雰囲気的に、この奥に何かあるな」
シムルは半ば直感的に、「それ」を感じていた。
――多分……無視しちゃぁいけねーことが、この奥にある。
シムルはセプト村付近の山で狩りをしていた時、自らの勘を信じて山中を進むことが多かった。
野生の勘とも形容できるそれは……時と場合によっては、一種の未来予知にすら差し迫るものだ。
「……行くか」
シムルは自分の勘を頼りに、他にも徘徊している可能性のある氷竜の気配に気を付けながら、洞窟内を彷徨うのであった。
***
約二時間後。
その後も氷竜数体と出くわすもなんとか魔法の連続使用で難を逃れたシムルの目の前には、洞窟の出口が現れていた。
「……光か」
洞窟内の坂を登っていたシムルは、眼前に漏れ出す光に目を細める。
それと同時に、辿ってきた魔力の濃さが、最高潮に達しているのを感じた。
――この坂を登り切って、洞窟を出た先に……ある!
半ば確信めいた思いと共に、シムルは一気に坂を駆け抜けた。
暗い洞窟を抜けた直後にシムルが感じたのは、一時的に視界を奪う光だけでなく……純粋な熱だ。
膨大な熱気が、洞窟を出たシムルの総身を包み込む。
「あっつ!?
なんだこれ!!」
シムルは防寒着を脱ぎ捨て、光に慣れた目で辺り一帯を確認する。
するとそこには、常識外れの光景が広がっていた。
「……何で雪山の中に火口があるんだ?」
煮えたぎる溶岩の溜まる巨大な池が、シムルの眼下に広がっていた。
「……ほう。
やはり、君が現れましたか。
数の概念干渉使い、シムル君ですね?」
一瞬自分は別の山にでも出てしまったのかと考えるシムルだが、自分を呼ぶ声で我に返る。
「誰だ!?」
突如として響いたハスキーボイスに、シムルは声を荒げて辺りを警戒する。
異常な事態、異常な光景の次に……自分を概念干渉使いと呼ぶ声に、シムルの警戒は最大限に達していた。
「そう身構えないでください。
今姿を見せますから」
声の主は、ゆっくりと物陰から現れた。
紅い色の髪に、シムルと同じくらいの歳と背の優男。
姿を見せた青年は、シムルに向かってこう名乗る。
「初めまして、シムル君。
僕はイオグレス。
バーリッシュ帝国軍所属、イオグレス・エクスです。
どうぞお見知りおきを」
丁寧にも自らの素性を明かした青年……イオグレスに、シムルは半ば呆れたような声を上げた。
「はぁ!?
まーたバーリッシュかよ!
それにこんな山の上で会うとか、お前山登りでもしてたのか?
お前らバーリッシュも相当暇みてーだな」
カレンの時のように、突如として現れたバーリッシュの人間に、シムルは軽口を叩きながらも油断なく身構える。
「おっと、待ってください。
僕がこの国に来た目的の一つは、君の説得なのですから。
未来のないこの国から、君を連れ出そうと……ね」
「……未来がない、だと?」
思わず聞き返したシムルに、イオグレスは意気揚々と答える。
「そうとも、このユグドラシル王国に未来なんてありはしない。
平たく言えば……もうすぐこの国は滅びるからですよ。
僕らバーリッシュの手によって、ね」
「……へぇ、そうかよ」
興味なさげに答えたシムルに、出鼻をくじかれたと言わんばかりにイオグレスは首をかしげた。
「……おかしいな。
普通、住んでいる国が滅びるって聞いたら、もっと驚くと思ったのですが……」
「いや、いきなりそんな訳のわからねーこと言われても、普通反応に困るだけだろ」
シムルの反応を見たイオグレスは「それもそうですね」と真顔になり、少し考えこんでから再び口を開いた。
「なら、アプローチを変えましょう。
……シムル君、君はその圧倒的な力故に、周囲からの疎外感に苦しんだことはないですか?
概念干渉使いはこの国では忌諱される立ち位置にある。
下手をすれば、幽霊や化け物扱いだ……そうですね?」
「……まぁ、煙たがられてるってところはあるかもしれねーな」
イオグレスの言い方に若干の行き過ぎを感じながらも、シムルはぶっきらぼうに言い放つ。
「今君が通う学園でも、君の力をよく思わなかった人間だっていた筈です。
もしかしたら、君もその力を理由に責められたこともあったかもしれません。
そんな輩を見て、君は思いませんでしたか?
俺には、お前らを簡単にねじ伏せて黙らせることのできる力があるんだぞ! ……ってね」
「……」
シムルは答えない。
イオグレスを見据えたまま、じっとしているだけだ。
それを好機と見たのか、イオグレスは言葉を重ねる。
「そう、そんな君の思いは人として至極当然だ。
嫌なものは嫌だ、それでいい。
そんな理不尽を覆す力が、君にはあるのだから!」
イオグレスは両手を広げ、シムルを迎えるかのような仕草をとる。
「シムル君、僕と共にバーリッシュに来て下さい。
君だって、この王国には辟易しているでしょう。
バーリッシュはこれから、僕や君のような実力者を中心にした世界を形成する。
力こそが正義である世界はその性格上、間違いなく君も望むところである筈。
こんな王国で飼い殺しにされるよりも、君は僕と共に来るべきなのです!」
そしてイオグレスは天に向かって指さし、声を上げた。
「理想実現の為、僕らバーリッシュはまずは敵対する最大勢力であるこの国を潰す!
……空に浮かぶ雲のようなあれは、実は僕が魔法によって生み出したものでしてね。
端的に言えば、地上や大気から少しずつ熱量や魔力を吸収する物質です。
一時何者かの手で全滅しかけましたが……また増殖を始めています、問題はありません。
この雲は、ゆくゆくはユグドラシル王国全土を覆い尽す予定です。
そして集めた魔力や熱を僕の魔法に変換して……このユグドラシルで最も天に近いこの山を活性化させ、大噴火を起こす!
見ての通り、この火口には溶岩が溜まり始めています!
このままいけば付近の王都も、君を白い目で見ていた輩もひとたまりも……」
イオグレスが身振り手振りを交え、自らの計画について演劇のような語り方をするその最中。
「キャンキャンうるせぇ、黙れ」
シムルは圧倒的な圧力と共にその一言を放ち、意気揚々と一人語りをしていたイオグレスを強引に黙らせた。
「テメェ、さっきから何をほざいていやがるんだ。
それに俺のことを分かった風に語ってるんじゃねーぞ、この的外れ野郎が」
シムルはイオグレスを睨みながら、問を投げかける。
「なぁ、さっきの話なんだけどよ。
あの雲、本当にお前が作ったのか?」
「先ほども言った通り、その通りですよ」
笑みを浮かべて答えるイオグレスの姿に、シムルの眦が一層吊り上がる。
「……なら次だ。
この山、かなり吹雪いてて氷竜も結構集まってるんだけどよ……どういうこった?」
イオグレスは「おぉ」と何かを思い出したかのような様子を見せながら、指をパチンと弾いて答える。
「あぁ、それはですね。
あの氷竜達とこの山の現在の気候は、とても相性がいいようです。
僕がこの山を中心に、猛暑に襲われていたユグドラシル王国を冷やしたことで、また魔力をこの辺り一帯に溜め込んでいることで、ユグドラシル王国中の深い渓谷や高い山々に散っていた彼らは、本能的に惹かれていっぺんにこの場所へと集まって来た。
それに加えて、この山には彼らの食料となる獲物は非常に少ない。
お陰で飢えた彼らは山に入った侵入者を食料として勝手に排除してくれて、僕としては大助かりです」
「……そうか。
なら今回の討伐戦の元凶はテメェか」
「……ん?
何ですか?」
シムルの呟きに、イオグレスが反応をするが……それと同時に、シムルの怒号が轟く。
「好き勝手なことばっかり言ってるんじゃねーぞテメェ!
意味の分からねぇ御託ばっかり並べやがって!!
俺はそもそもテメェのお陰でこんな雪山に駆り出されて辟易させられてんだよ。
……いや、俺だけじゃねぇ。
他の奴らも大分危ねぇ目に遭わされてんだ。
その辺分かってゴタゴタ言ってんのかテメェは!!
それに、俺がテメェらの仲間になるかどうかだ?
疎外感だの何だの、知るかってんだよ!!」
イオグレスは不思議そうな表情を浮かべ、シムルに問いを投げ返す。
「では……君は、周囲からの疎外感に苦しんだことはないと?
君の価値を正しく理解できないこの王国で、君は生きようと言うのかい?
バーリッシュは、この国以上に概念干渉の研究が進んでいる国だ。
概念干渉使いはこの国では敬遠される傾向にありますが、バーリッシュではその真逆、正しく羨望の対象です。
バーリッシュに来ればきっと、君ほどの実力者なら思うがままの生活を送れる筈。
君だって、今よりもより良い生活を……」
くどくどと語り続けるイオグレスに、シムルは間髪を入れずに反論を叩き込む。
「だからテメェ、分かったような口をきいてんじゃねぇよ!!
疎外感もクソも、俺にはいつだって頼れる相棒がいてくれたぜ!
その上今は頭の良い幼馴染や可愛い妹分、それになんだかんだで仲良くなってきたクラスの連中も一緒だ!
不満なんかねーっての!」
不敵に語り返すシムルの言葉を聞くイオグレスの顔は、段々と不機嫌色に染まっていく。
「そりゃまぁ、ローナスに来たばっかりの時は上手くいかねーこともあったさ。
模擬戦闘とかいうやつを吹っ掛けられたりして、ギクシャクしたりしたもんだ」
「でもよ」とシムルは言葉を続ける。
そしていつも通りに彼は彼なりの道を、言葉を真っ直ぐに貫き通す。
「俺はいつだって一人じゃなかったし……いつも助けてくれる誰かと一緒だったぜ!!
テメェの言う疎外感もクソもそうあったもんじゃねぇ!!
分かったか!!」
シムルの絶対的な拒絶に、イオグレスは失望色に顔を歪める。
「……そうですか。
非常に残念です。
つまり君は……僕と共に来る気はない、と?」
「当たり前だろ、何言ってやがる!」
どうあってもシムルとは分かり合えないと察したのか、イオグレスは肩を落とした。
「あぁ全く、非常に残念ですよ。
もう少し頭の良い概念干渉使いであれば、その境遇から今のユグドラシル王国を捨て、新しい生活を手に入れようという提案を受け入れる者が大半なのですが……仕方がないですね。
君にそう答えられてしまうと……僕は君と戦わなくてはならなくなる。
……非常に残念です」
「……まぁ、このままさよならって訳にもいかねーよなぁ」
シムルは再度構えを取り、イオグレスを警戒する。
「ですが最後に、もう一度確認を取ります。
……シムル君、僕と共に来てください。
バーリッシュに来れば、強力な概念干渉使いの君は今以上の地位、生活を手に入れることができる。
この国にいれば、君は概念干渉使いとして敬遠され続けるでしょう。
それでも君は……いいんですね?」
シムルはヘッ、と笑いながら即答する。
「知るかボケ」
「そうですか……それはまた、賢くない選択肢を選びましたね!
それでは、永遠に僕の、僕らの前から消えて頂きます!
melt down!!」
シムルの答えを聞くや否や、イオグレスは目を見開き、絶叫と共に火口付近で魔法陣を展開。
自身の体内の魔力と、火口付近の空間に集まった魔力を支配下に置き……自身の魔法陣に莫大な魔力を流し込む!
「nearly equal!!」
イオグレスの魔法陣を見たシムルは、瞬時にnearly equalの魔法を発動し、イオグレスの魔法陣を解析する。
【イオグレス・イクス】
要素:解析不能
属性:解析不能
魔法:概念干渉
総合評価:解析不能
――前に解析したあのへんてこな雲から、まさかとは思ったけどよ……やっぱりそういうことかよ!
「……成る程な。
テメェも概念干渉使いか!」
「その通り!
僕らは同じく選ばれた存在だ!
しかしながら……君にはこの場で倒れ伏してもらいます!!
こちら側に来ないのであれば、君は……単なる危険人物にすぎない!!」
「勝手に言ってろ!」
「溶撃!!」
イオグレスの魔法陣を通して、火口から躍り出た溶岩が蛇のようにシムルへと襲い掛かる。
魔力を帯び、数千度で迫りくるその蛇は人体を容易に溶かし尽す死の化身だ。
だが、シムルはそれを打ち砕かんと魔力を解放する。
そんなシムルを見て、イオグレスは口の端に笑みを浮かべる。
「無駄だ!
見たところ、君の体や魔力は既に氷竜に攻撃され激しく消耗している!
如何にカレンを破った君の力であっても、この逆境は越えられまい!!」
確かに、イオグレスの言う通りシムルの体は氷竜との戦闘によるダメージでボロボロだ。
更に長時間使用している竜骨格の影響で、魔力の残量も心もとない。
だが、シムルは不敵に笑っていた。
「あぁ全く、テメェの言う通りだぜ。
……けどな!」
シムルはnearly equalを発動させ、イオグレスの放った溶岩の魔力、熱量、速度などを解析。
その直後に殴り込むような姿勢からシムルも溶岩の蛇を右腕に展開した魔法陣から出現させ、イオグレスのものと拮抗させる!
「俺がこの程度でやられる訳ねーだろうがァ!
舐めてんじゃ……ねぇぇぇぇぇぇ!!!」
「なっ……!?」
動揺するイオグレスに、シムルは更に魔法陣を二重展開して溶岩の蛇を巨大化させる。
「そんな、こんなことが……っ!
この僕が、こうも容易く押されている……だと……!」
「テメェのお陰でソラヒメやテーラ、それにカレンやクラスの連中がえらく迷惑してんだ!
だからよ……その落とし前は、ここできっちりつけさせてもらうぜッ!!」
シムルが腕を振りきるのと同時に、彼が生み出した特大の炎蛇が一回り小さい炎蛇を食い破り……爆炎と共にイオグレスへと突っ込んだ。
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