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9話 EX 親父の背中

気がつけば日間総合3位、日間ハイファンタジー2位です!

本当に嬉しいです。

ありがとうございます!!

6年前、テーラがセプト村から出て行った後。

俺は遊び相手兼親父から教えられる勉強で溜まるストレスの発散相手が居なくなって、子供心なりにグレていた。

1人で朝から家を飛び出しては昼時に腹が減って帰る毎日だった。

それでも家に帰ると言うことは、親父に捕まる事と同義だったので帰りたくはなかったのだが。

毎日毎度のことながら、空腹には負けていた。


「さぁシムル。

今日もお昼を食べたら、勉強を始めようか!」


俺が家に帰ると開口一番、そう言うのは勿論親父に決まっていた。

長身で、それでいてヒョロくない引き締まった体をしていて。

ただ、顔の方は見るからにお人好しといった感じだ。

そんな親父を見て、俺もいつもと同じ様な事を言うのだった。


「……父ちゃん。

俺、もう数学やりたくないよ」


「どうしてだい?」


そう言うと親父は俺の視線の高さまでしゃがんで、俺の肩を優しく抱いた。

あの頃の親父は、俺が駄々をこねるとそうやってゆっくりと話を聞いてくれた。

そして最後にはこう言うのだ。


「そうかそうか。

でも、いつかはシムルの役に立つ日が来る。

だから父ちゃんと一緒に頑張ろう」


嫌だから、苦しいから、そう何度駄々をこねてもこうやって優しく諭してくれた。

あの頃は押し付けがましい言葉だと感じていたが、あれは俺の力をつける為にそうしてくれていたのだと今なら分かる。

毎日毎日、そうやって聞き分けのないガキの相手をいつまでもしてくれた。


こうして親父と一緒に机に向かう日々が続いた。

当時は親父がウザくて、ロクに集中もせず、ダラダラと時間だけが過ぎ去る怠惰な毎日だったのだが。


ーーーーこんな日が、いつまで続くんだろう。


そんな事を思ったからだろうか。

それから数日後、当時の俺が望んだ通りに全てが変わった。

変わっちまった。



「父ちゃん……?」


いつも通り、朝方に家を抜け出した俺は昼頃に腹が減って帰ってきた。

しかし、親父の姿はどこにもなかった。


「お腹すいたのに、父ちゃんどこ行ってんだよ……」


子供が料理を出来るはずもなく、腹を空かせたまま俺は家でじっと親父の帰りを待っていた。


待っても待っても親父は帰ってこなくて、太陽が大きく西に傾き始めた頃。


「父ちゃんを探しに行こう」


親父に何かあったのかもしれない。

そう思い至った俺は椅子をよじ登り、戸棚からパンを取り出して齧りながらセプト村の方へと下って行った。

俺の家は山際にあって、セプト村とは少し離れている。


暫く坂を下って行くと村が騒がしくなっているのが見えた。

煙が上がり、大声で大人たちが何かを叫んでいる。


普通のガキなら、あそこで足が竦むものなのかもしれない。

異常な事態に対しての耐性が無いガキなら、すぐに家に戻って布団にでも包まるだろう。

そう、俺もそうしていればーーーー良かったんだけどな。


俺は一目散に村へと駆け出した。

本格的に親父に何かがあったのかと思ったのか、それとも興味本位か。

今じゃ思い出せないが、兎に角走った。


肩を上下させながら村に着いて、最初に見たのは。


『『『グルルルルル……』』』


山の厄介者、パストレンスウルフだった。

群れたパストレンスウルフが村を襲っていた。

逃げ惑う人々を屠り去っては食い散らかし、赤い華を地面や家の壁にブチまける。


ーーーー今になっても、どうやって村にパストレンスウルフが入り込んだのかは分からない。

後で大人達が村の『獣除け』を調べてみたが、搔い潜った形跡は見当たらず、未だに奴らの侵入経路は不明のままだ。


あの時、俺は動けなくなった。

思考も止まった。

今の俺なら楽勝の相手でも、当時の俺はまだ小さなガキだ。

目の前の脅威に対してすくみあがっていた。


そんな棒立ちしている格好の獲物をパストレンスウルフ達が見逃すはずもなく、1匹が俺に向かって襲いかかって来た。


殺される。


俺に向かって飛び跳ねる黒い影に、呆然とする頭で俺は自分の『死』をはっきりと捉えた。

それでいて、心の方は「こんなことなら、父ちゃんの言うことをもっとちゃんと聞いていればよかった」と、そんな事を思っていた。


目を瞑って迫り来る死の衝撃に備える。


「ッ!

……?」


構えても待っても、結局俺にはパストレンスウルフの爪も牙も届かなかった。

何故なら。


「シムル、大丈夫か!?」


『キャウウウウン!!』


俺に飛びかかって来たパストレンスウルフを、いつの間にか目の前に居た親父が殴り飛ばしていたからだ。


ーーーー後から聞いた話によると、この時親父は昼飯の買い出しに村へと下っていたらしい。

その時に村の中でパストレンスウルフと遭遇し、村人達を逃している真っ最中だったそうだ。


仲間の悲鳴を聞きつけて、パストレンスウルフの群れ全体の視線が親父に釘付けになる。

俺と親父はすぐさまパストレンスウルフに囲まれた。


「シムル、伏せていなさい。

お前ら……私の息子に、手を出すなァ!!!」


『『『ウォォォォォォォォン!!!』』』


親父とパストレンスウルフが同時に吠え、戦闘の火蓋が切られる。


親父は何故か魔法が使えなかった。

本人曰く「お父ちゃんは体の中に魔力が殆ど無いんだよ」と言っていた。

でも、あの時の親父の強さは。


「ハァァァァァァァ!!!」


文字通り、化け物じみていた。


親父に向かってパストレンスウルフが4方向から跳躍。

風の如き速度で親父へと肉薄する。


「犬っころが、舐めるなよ!」


親父が正面の1匹に向かって突進し、そのパストレンスウルフの首根っこを掴む。


「フンッ!」


掴んだパストレンスウルフを残りの3匹に一振りでぶつけ、10メートル近く吹き飛ばした。


『『『キャウンッ!?』』』


その3匹は民家の壁に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。

親父に首を握られた1匹も動かない。

首が折れているらしかった。


「……スゲェ」


その後も親父は鬼の様な強さでパストレンスウルフ十数匹を狩り倒した。

潰し、引き裂き、パストレンスウルフが村人達をそうした様に親父もパストレンスウルフを赤い華に変えていった。


俺が唖然としているうちに、辺り一面のパストレンスウルフを片付けた親父が俺に駆け寄って来た。


「シムル、大丈夫か!?」


「うん、父ちゃん……」


泣きそうな声で、それだけの返事をした。

どんな言葉を言えばいいのか分からなかった。


「シムル、それは良かっ……ッ!!??」


「うわっ!?」


いきなり親父が俺を突き飛ばした。

なにするんだよ。

そう言おうとした時、親父は「バキン」と言うくぐもった音を体から発しながら宙を舞っていた。


「ガハッ……!」


そして俺の居た所には、大きな影があり。

血の色にギラつく双眸が俺を見据えていた。


「と、父ちゃん!」


『グォォォォォォォォ!!!』


耳をつんざく咆哮が村中に響き渡る。

親父を突き飛ばしたのは、アルクトスと呼ばれる熊型の大型モンスターで、山の主だった。

パストレンスウルフに続いて村に入り込んだらしい。

今の俺ならパストレンスウルフ同様に秒殺出来るが、当時はその乱杭歯から涎を垂らす(ツラ)にすくみ上がって、俺は再び動けなくなっていた。


アルクトスが腕を振り上げ、尻餅をついている俺に狙いを定める。


『グオァ!』


「シムルッ!」


吹き飛ばされた親父が俺の前に走り出て、ギロチンの速度で振り下ろされるアルクトスの腕を受け止める。

その後ろ姿はさっきの1撃による傷が痛々しく刻まれていて、赤黒く染まっていた事もあり、より凄惨に見えた。


ーーーーそれでも、その後ろ姿は。

俺が生涯忘れることのない、漢の後ろ姿だった。


「シムルに、触るなァァァァ!!!」


親父はそのまま熊の腕を跳ね上げ、右手刀で熊の左目を抉り抜いた。


『ギャォォォォォォ!!??』


アルクトスが大声で叫びを上げる。


「やった!?」


『グォォォォォォォォ!!!!』


決着が着いた、そう思った次の瞬間。

親父の胸をアルクトスの槍の様な爪が貫いた。


「グッ...ガハッ……!」


「と、父ちゃん……、父ちゃん!」


その光景は、ガキにすら分かりやすいほど残酷だった。

親父の体から溢れた命の量は親父がもう長くないことを示していて。

今の攻撃も、俺が居たから親父が躱せなかった事がよく分かった。


「シムル……ウ、ウォォォァァァァァ!!!!」


親父は喉が張り裂けんばかりの雄叫びを上げ、アルクトスの目から手刀を抜き。

その手刀を文字通り、火事場の馬鹿力でアルクトスの喉に突き刺した。


『ァァァァァァ!?』


片目だけでなく喉まで潰されたアルクトスは、鳴き声にすらならない悲鳴を上げた。

親父の体から自身の爪を引き抜き、自らの下に大量の赤を咲かせながら去って行った。


「グッ……」


アルクトスの爪が体から抜かれた事で、ばたりと親父が倒れる。

親父の下にも赤が咲いた。


「父ちゃん!

父ちゃん!!」


尻餅をついて居た俺はすぐに我に帰り、親父の元へと走り出した。


「父ちゃん、待ってて!

今お医者さん呼んでくるから……!」


「待ちなさい、シム……ル。

お前に、伝えなきゃいけない事がある」


息も絶え絶えに、親父が俺の腕を掴みながらそう言った。

俺は親父の迫力に生まれて初めて気圧されて、無言で首を縦に振った。

優しい親父のあんな顔を見たのはあれが初めてで、そして最後だった。


「これから何か……あれば。

村の人達に……助けて、貰いなさい。

家については、自分にできる範囲で、管理しなさい。

お前が、大きくなる頃には。

全部一人で、できるだろうけど……今は、無理だからね」


視界がグニャリと滲んで頰が熱くなる。

親父が何を言いたいのかが分かった。

あの時の心境は上手く言葉に表せない。

無理にでも表すなら、ただ死ぬ程悲しかった。


「今まで教えた勉強について……無理矢理やらせて、ゴメンな。

父ちゃん、シムルの気持ちを考えてやる暇が、なかったのかもな。

こんな事になって、今更気がついたよ……だから」


親父が俺の腕を握る力が強まった。


「お前は、自分の好きな様に、生きなさい……!

それでも決して後悔のない様に、悔いのない様に、この、こんな世界でも強く、強く……!」


親父は泣きながらそう言った。

その瞳は、今思えば後悔を映していたのかもしれなかった。


「シムル……ガハッ……!」


「父ちゃん、もう喋らないで!」


親父が赤黒い塊を吐き出した。

それもおびただしい量を。


「シムル、最後に……もし、お前が本当に困った時。

それか、大人になった時……!

父ちゃんの部屋の机の上にある、黒い箱を、開けなさい。

きっと、役に立つ……」


黒い箱、それは親父の机の上にある宝箱だった。

いつも大切そうにしていて、何が入ってるかを聞いても困った顔をして教えてくれなかった物だ。


「分かった、分かったよ父ちゃん!

だから……!」


この後俺は。

逝かないで。

1人にしないで。

また勉強を教えて。


この中のどれかを……いや、全部を言いたかった。


「シム……ル」


それを言う前に、親父は生き絶えた。

俺は、叫ばなかった。

ただ嗚咽を堪えていた。


そりゃそうだろう。

俺は親父から強く生きろと言われたのだ。

なのにどうして泣き叫べるのか。

せめて泣くか叫ぶか片方にしよう、そう思った。


それから暫くして村の人達による親父の弔いが済んだ後。

村の大人達は定期的に俺の家に来ては食い物や生活用品を置いて行ったり、様子を見に来てくれた。


小さなガキ1人で生活すると困る事が多かった。

今までどれだけ俺は生活面で親父に頼り、守られて来たのかがよく分かった。

それでも、俺はその程度でへこたれる訳にはいかなかった。

それに、辛いと認めてしまえば親父の宝箱を開けなきゃいけなくなる。

あんな所で開けたくはなかった。

辛い時は『強く生きろ』と、親父の言葉を念じて耐えた。


俺は親父に強く生きろと言われたその意味を、あの時から今までずっと考えている。

強い生き方って何なのか?

しかしながら、出る結論はいつも1つで。

それは親父の様に、大切なものを命を張って守れる強い男になる事だった。

今も昔も俺が目指すのは、あのズタボロでかっこいい背中しかない。

俺が親父の様になるにはどうすれば良いか?

ガキなりに考えた結果、頭を良くして体を鍛えれば親父の様になれると思った。

我ながら短絡的ではあると思うが、他の方法は思いつかなかった。


俺はその考えに至ってから、毎日朝早くから夜遅くまで親父の遺した参考書に噛り付き、体を鍛え、家事から狩猟、その他に至る生活術を身につけていった。

そんな生活を続けていると、俺は何故だかnearly equalの魔法を使える様になっていた。

その理由は丸で分からなかったが、もしかしたらあの世に逝った親父が俺に贈ってくれたのかもな、なんて風に納得して深くは考えなかった。

とある機会にその能力に気がつき、親父の参考書を粗方片付けた俺は山に篭って獣やモンスター達と渡り合い、我流の戦闘技術を極める事にした。

全ては親父の様に強くなる為に。


モンスターとの戦闘による大怪我で、もうダメかと思った事は1度や2度では無かった。

それでも、俺は終われなかった。


『まだ、誰も助けちゃいねぇ。

まだ、何も為しちゃいねぇ。

それなのに、親父から貰ったこの命をどうして捨てられるんだよ!』


俺はどんな時でも、弱音を噛み殺し、這い蹲ってでも生きて帰った。


そうして何年か山籠りをしている最中にソラヒメに出会い。

更にそこから暫くしてテーラと王都の役人が俺を連れに来て。

紆余曲折を経て今俺はここに居る。

本当に懐かしい話だ。



「……ル、シムル。

聞いてるの?」


「おう、悪いぼんやりしてたわ」


意識を目の前のテーラに戻す。


「もう。

そろそろ夕ご飯の時間だから食堂に行きましょって言ってるじゃない」


ため息をつきながらそう言うテーラ。

大分物思いにふけっちまったらしい。


「分かった分かった。

それなら行こうぜ」


俺は教科書を手早くしまい、女子寮を出る。



ーーーー親父、俺さ。


「シムル?

じーっと見て、どうしたの?

顔に何かついてる?」


ーーーーアンタが俺を守ってくれたみたいに、俺はこいつを守りたいよ。


「なんでもねーよ。

やっぱお前、可愛いな」


ボフン!と言う音が付きそうな具合に顔が赤くなるテーラ。


「もう、おだてても何も出ないわよ!」



俺はこの世界でテーラと、ソラヒメと一緒に生きていく。

そして俺の一生を賭けて、親父の背中を目指していくのだろう。


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