8話 勉強会が始まったんだが
気がつけば日間総合ランキング100位以内に入っていました!
ありがとうございます!
ありがとうございます!!!
放課後。
朝っぱらから馬鹿のお陰で面倒を起こされた挙句、今日も真夏日のクソ暑い中で授業を受けた俺は完全に茹で上がっていた。
「何で王都には避暑用の洞窟がねぇんだよ......」
机の上でチーズの様に溶ける俺の前に。
「さ、試験勉強を始めるわよ!」
可愛く笑う悪魔が軽い足取りで現れた。
「あー、へいへい」
遂にこの時間が来ちまったか......。
「何よ、シムルが勉強を見て欲しいって言ったから来たんじゃない。
シャキッとしてよ、シャキッと」
「それを言ったのはソラヒメだっての。
ま、シャキッとしなきゃだらしねーのは事実だな。
それで、どこで勉強会やるんだよ?」
「んー、そうね。
私の部屋なんてどうかしら?」
テーラの部屋か。
そう言えばまだ1度も行ったことが無かったな。
この機会に行くとするか。
「よし、そうしようぜ」
俺は引き出しから教科書類を引っ張り出して、すぐ様テーラの部屋へと向かうのだった。
「女子寮って、やっぱ小さいな」
入った感想を素直に口にする。
入ってみると外からの見た目以上に小さく感じる。
「それは当然よ。
だってクラスの大半が男子じゃない?
ドラゴンライダーは戦闘職だし、目指す女の子は少ないのよ」
「そりゃ確かに言えてるな。
なら、テーラは何でドラゴンライダーを目指す事にしたんだ?」
「その...お父さんの意向でね。
お姉ちゃんが先生をしてるし、ネームバリューも良いローナスに入れば将来は安泰だって」
「ほーん。
テーラって貴族だから何もしなくても将来安泰だと思ってたんだけどよ、そうでもないのか?」
するとテーラは困った様な顔をした。
「ううん、確かに私は貴族だから何もしなくても将来は安泰よ。
でも、私の家って元々平民から実力で貴族になった家じゃない?
だからお父さんがいつも言うのよ。
『立場上の力以外にも自分自身の力も付けろ』って」
「そりゃ殊勝なこった」
口では軽く言うが、テーラの親父さんの言う事は間違ってねぇと俺は思う。
本当に困った時に最後に頼れるのは自分の力だけだ。
あのド田舎から王都の貴族にまで成り上がったテーラの親父さんの事だ、きっとその辺は分かっているんだろうな。
「着いたわ。
ここが私の部屋よ」
女子寮の1階を暫く進んだ所でテーラが立ち止まった。
テーラが鍵を取り出して部屋を開ける。
「シムル。
さ、どうぞ」
「おう、邪魔するわ」
遠慮する事もないので普通に入る。
壁沿いの本棚には大量の本や参考書がズラリと並んでいる。
テーラが成績優秀たる所以はたゆまぬ努力、か。
そんなガラにもない事を思いながら部屋を更に見回す。
「...お、こいつは」
テーラのベッドの上にリスのぬいぐるみを見つけた。
「テーラ、お前まだリスが好きなのか?」
「えぇ、大好きよ」
テーラが少しだけはにかみながらそう答える。
リスか、テーラがまだセプト村にいた頃の事を思い出すな。
テーラはリスが大好きで、何時も俺と一緒にリスを追いかけてたっけか。
頑張って捕まえて、テーラにリスを投げてやったらテーラが引っ掻かれて大泣きしたのも今となっては良い思い出だ。
「さ、私の部屋の物色はもう良いでしょ?
勉強を始めるわよ」
そう言ってテーラは部屋の真ん中に置いてある椅子に腰掛け、机の上に参考書を広げた。
「俺としちゃあもうちょい物色してても良いんだけどよ...悪かった、そう睨むなって」
無駄に真面目なんだからよ、全く。
観念した俺はテーラの横の椅子に腰掛ける。
「まずは今回の試験範囲を確認するわよ」
テーラがそう言いながら鞄から試験範囲が書いてある紙を引っ張り出す。
・操竜術概論 筆記
・竜生態学概論 筆記
・魔法概論 筆記 (実技追加)
・基礎数学 筆記
「なぁ、今回の試験って4教科だけなのか?
それと基礎数学って何だよこれ。
教科書はあるけど、授業は1回もやってないよな?」
「うん、今回の試験は4つだけよ。
基礎数学についてだけど、ローナスって王立の学園じゃない?
だから《操竜術や魔法学以外の一般分野もある程度こなせるべきだ》って学園の方針があって、自主的に勉強をさせて体面上の試験をするのよ」
つまり、基礎数学はローナスの見栄えを良くする為のモノって事か。
建前の為だけに受けさせられる試験とか迷惑以外の何物でもねぇな。
「基礎数学については分かった。
でもよ、普段の授業ってこの倍位の科目があったと思うんだが、そこはどうなんだ?」
するとテーラはあぁ、と納得した素振りを見せた。
「そうね。
今回試験をやらない科目の試験は大体学年末に総合試験って形でやる事になるわ。
シムルは編入して来たから、年初めにあった説明を受けてなかったのね」
「まぁな。
それで、この4教科の中から俺はまずどれを勉強すれば良いんだ?」
視線をテーラから教科書に移す。
正直、どれも分厚くてやる気になれねぇけどな。
「どれでも良いんだけど...それなら、シムルの好きそうな竜生態学からやりましょ」
「おう、そうするか」
竜生態学か、ハゲことリチャード先生の熱弁で他の教科よりは頭に入ってるしやりやすいかもな。
そうして意気揚々と参考書を広げてみたものの。
「どっからやりゃ良いんだこれ...」
まるで分からねぇ。
小難しい話ばっかり書いてあるけど、これを全部覚えなきゃいけねぇのかよ...!?
と言うか、暗記ってどうやるんだ??
あの学園長め、こんなのを4つとか俺にどうしろと。
「大丈夫よシムル。
全部覚える必要は無いわ」
内心毒づいていると、テーラから救いの手が差し伸べられた。
「そうなのか?」
「ええ。
試験に出るのは要点だけだもの。
要点だけをかいつまんで説明していくから、ノートに書き写していってね」
テーラは自分のノートを取り出して、俺の教科書を指差しながらスラスラと解説していく。
解説している時のテーラの喋り方には知的な印象を感じさせる。
例えると...そうだ、ソラヒメの話を聞いている様な感覚だ。
言葉の適材適所を使いこなして、小難しい理論を分かりやすく噛み砕いてくれている。
「ここに書いてあるワイバーンの飛行能力の発達についてなんだけどね。
教科にはこう書いてあるけど、私のノートに書いてあるこの図の方が分かりやすいわ。
実際ソラヒメ様に乗ってるシムルもそう思わない?」
「おう、確かにそうだな。
ならこっちの話はどうなんだ?」
「それは次のページを...」
と、こんな形で勉強会はスラスラと進んでいった。
テーラの落ち着きつつも、どことなく自信ありげな声が俺の疑問を即座に解決していく。
案外テーラの言っていることをノートに写しているだけでも頭に入る事を感じて我ながら内心驚いている所だ。
「...ふぅ、大体竜生態学はこんな所ね」
勉強開始から約3時間。
テーラの解説による、竜生態学の試験対策ノートの作成は特に大きな問題もなく終わった。
「おぉ...何かこう、アッサリ終わったな」
「それは良かったわ。
集中してると、案外時間が過ぎるのって早いでしょ?」
「本当だな。
あっという間だったぜ」
窓から外を見ると日が暮れかかっている。
もうじき夕飯か。
それまでテーラの部屋でゆっくり休んで......
「さてシムル。
次はどの教科をやるの?」
ちょっ。
「おい待て、もう直ぐ夕飯なんだけどよ。
それにたった今、竜生態学が一息着いた所なんだが......」
「そうね。
一息着いたわね」
キョトンとした顔で首を傾げるテーラ。
...態度はわざとじゃないらしい。
「...休憩時間って言葉、知ってるか?」
「シムルこそ、後10日もしないうちに試験当日だって事は知ってるわよね?」
悪魔がにっこりしながら俺を見る。
何でそんなに要らねー迫力があるんだよ。
「それにシムルは昨日の夜、私に着いてこれるって言ったわよね?
まさか、今更着いてこれないだなんて言わないわよね??」
「ぐっ......!」
おかしい。
俺がテーラに気圧される...だと......!?
いや諦めんな。
まだ、反論の余地は......!
「言 わ な い わ よ ね」
「はい、言わねぇです」
皆無だった。
俺は即座に机の上の竜生態学の教科書を仕舞い、しぶしぶ鞄の中から手につく参考書を引っ張り出した。
「お、基礎数学か」
これは案外当たりかもしれねぇな。
「そう言えばシムル」
「ん?
何だよ?」
「シムルの使うnearly equalって、コレよね?」
そう言ってテーラはノートに《≒》の記号を書いた。
「あぁ、そうだな。
その記号のまんま近似値を叩き出す魔法だ」
「...シムルって、数学できるの?」
訝しむ様に俺を見るテーラ。
まぁ、普通はこう言う反応だよな。
「基礎的なモンならな。
取り敢えず教科書の問題が解けるかどうか見てみるか。
テーラ、今回の範囲は何ページから何ページだ?」
「えーっと、15ページから58ページの問題よ」
「はいよ」
軽く返事をしてページを捲る。
ーーーペラ
「.....何だこりゃ」
「どうしたの、シムル?」
ーーーペラペラ
「いや、何つーかな」
「難しい?
大丈夫よ、全部教えてあげるから」
ーーーペラペラペラ
「いや、そういう事じゃ無くてだな」
「シムル、もうそのページは試験範囲じゃないわよ?」
ーーーペラペラペラペラ......パタン。
参考書を閉じる。
「ーーーうん。
基礎数学、勉強するのやめようぜ」
萎えた。
こんな内容の勉強に時間割く意味あんのかよ。
しかし、俺の意思とは裏腹にテーラが食ってかかってきた。
「駄目よ!
この教科は授業で取り扱わないのに、難しい事で有名なんだから!
対策無しで試験を受ければ簡単に落第しちゃうわ!」
「は?」
今なんて言ったコイツ。
「オイオイ。
それは流石に......冗談だろ?」
「えっ......どういう事?」
どういう事?
じゃねぇ!
そんな面食らう顔をする理由が分からねえよ、そのまんまだよ!!
「ここに書いてあんの、基礎数学ってより算数レベルの問題ばっかじゃねーか!
これで落第とか舐めてんのか!?」
「えぇぇぇぇぇぇ!!??」
謎の悲鳴を上げるテーラ。
いやいや、悲鳴を上げたいのは俺だっての!
この程度で落第、落第だと!?
冗談にしても俺を舐めすぎだろ!
「寧ろこれで落第する奴が居るならな!
俺が親父から押し付けられた微分積分やら三角関数やらの公式は一体何なんだよ!?
このままだと俺が超が付くほど天才になっちまうぞオイ!!」
自分で言ってて笑えてくる。
全くもって意味不明もいい所だ。
こんなのが真面目な話だったなら、王都の学園の数学力は一体どうなっちまうんだか。
「ねぇ、シムル」
「なんだよ」
俺をからかうのを辞めたのかテーラが真顔で話しかけてくる。
全くよ、お前らしくないつまらねー事言ってないで、やるなら最初からそうやって真面目にだな...。
「そのビブンセキブンとかサンカクほにゃららって......何?」
「.......は?」
予想を遥かに超えるテーラの質問に、脳が止まった。
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