6話 星降る夜とテーラの魔法2
『それでは始めます。
シムル、テーラ、準備は良いですか?』
「「いつでもいけるぜ」大丈夫です」
俺は魔力を最大まで溜めながら、テーラは足を肩幅に開いて大きく深呼吸をして答えた。
俺達の返事を聞くと竜の姿に戻ったソラヒメが大きく翼を開く。
『フィァァァァァァ!!!』
ソラヒメが透き通る様な声を上げながら満天の夜空へ向けて咆哮する。
それに伴い辺り一面の闇が深くなるかの様な錯覚を覚える。
「えっ...!?」
テーラは辺りを見回しながら驚いている。
真夜中にイキナリ周りがもっと暗くなればそりゃ誰でも驚くだろう。
しかし、空を泳いでいたその視線は直ぐ様ソラヒメへと戻された。
「...綺麗」
テーラがそう呟く。
俺も目の前の光景について綺麗以外の感想を持てない。
何度見ても見とれちまうだけの魅力があった。
俺達の視線の先にいるのは、光粒子を両翼に集め、身体中に光を着込んでいるかの様なソラヒメの姿だった。
ソラヒメが集めているのは魔力と言うより、正しい意味での辺り一面に降り注ぐ星の光だ。
周囲空間の光度を奪い去り、自らに集中させていく。
今この場において、星竜こそが闇の中で輝く恒星。
他の空間は等しく闇に沈む宇宙だ。
建国神話の時代、初代建国王と共に千に上る竜の群れを単騎で下したとされる伝説の力の一端がここに解放される。
その姿を一目見れば高貴なる者であると千人が悟り、その姿を脳裏に焼き付ければ万人が後の世に語り継がんとする。
人を天より見守る星々が、人の手では成し得ない奇跡をもたらす為に天から遣わせたともされるソラからの御使ーーー星竜。
テーラは無意識の内に、星竜に対する敬意を改めて感じるのだった。
次第に辺り一面が闇に呑まれ、遂にソラヒメ以外の光源が見当たらなくなる。
『シムル!
テーラに魔力を注入します。
テーラ、いきますよ!』
「おうよ!」
「はい、お願いします!」
『ハァッ!』
星の光を集め終えたソラヒメが、テーラに激しい光と共に魔力を放つ。
それと同時に体内の魔力を魔法陣へと直結、魔法陣を顕現させてテーラの体の精密解析を開始。
「ハァァァァァ!!!」
テーラが自身の魔力を解放、自らの魔法陣へと魔力を流す。
ーーー魔力容量を解明、テーラの全力の魔力量プラス150%の余裕を確認。
ーーー魔法陣を認識、現状の魔力量は魔法陣展開可能値の5%だと判明。
オイオイ何だよこりゃ。
nearly equalの魔法陣から送られてくる情報を見てると馬鹿げてやがるとしか言い様がねぇ。
現にテーラが今だって《死ぬ気》になってるのに魔法陣が起動しない訳だ。
シムルがテーラの魔法陣について悟ったのは、ソラヒメがテーラに光を放ってからコンマ数秒間の刹那。
その後に来たコンマ数秒が秒に移った瞬間、テーラの体内の魔力容量が星の魔力により埋め尽くされた事を計測。
「ーーーnearly equal!」
ーーー詠唱よりも早く、テーラの体内の魔力をnearly equalで近似する。
テーラの魔力容量、星の魔力の密度、テーラの魔力と合わさった混合結果、その他の要素も含めて限りなく本物に近い近似値をテーラの体内に生み出す。
ソラヒメの星の魔力と俺のnearly equalで精製された魔力がテーラの体内で入れ替わった事を確認。
nearly equalにより魔力値を再精密解析。
nearly equalにより生み出された魔力は全魔力容量の248%、修正開始、プラス0.4%毎の増加。
ーーー248.4
ーーー248.8
ーーー249.3、行き過ぎた。
微調整を開始。
249.4、249.6、249.7、249.9≒250%、微調整を停止。
テーラの魔法陣展開可能値まで後63%。
「ぐうっ...!」
「ーー!
テーラ!?」
テーラの声で我に帰る。
そうだ、俺だって模擬戦の前にイキナリ魔力を解放してぶっ倒れたじゃねーか。
大きな魔力は体に大きな負担をかける。
それで今のテーラが辛くない訳がねぇ。
「...大丈夫。
まだ、やれる!
だから...!!」
テーラと目が合う。
今にも泣きそうな程顔が歪んでるくせに、その目はソラヒメに負けないくらい強い光を灯していた。
「...あぁ、そうだな。
負けんじゃねーぞ、テーラ!」
テーラが髪が乱れるのも構わずに大きく頷く。
俺もテーラも、折れんなへこたれんな気合い入れろ!
ここが正念場だ!!
ーーーnearly equalの精密解析結果、魔法陣展開可能値まで残り22%
「ァァァァァッッッーーーー!」
テーラの喉から声にならない悲鳴が漏れる。
魔力容量限界まで体に流れる魔力が神経を圧迫している事がnearly equalを通して伝わる。
それでも続ける。
それがテーラの願いだ。
この魔法陣は体内の魔力を臨界点にまで到達させないと起動しない。
ここで辞めたら全てが水の泡だ。
それでも。
ーーー魔法陣展開可能値まで16%
彼女が悲鳴を上げている所を。
ーーー魔法陣展開可能値まで9%
見てるしかないなんざ悔しすぎるっての!
ーーー魔法陣展開可能値まで6%
「テェェェェェラァァァァァ!!!」
堪えきれなくなって叫ぶ。
ーーー魔法陣展開可能値まで2%
「シムルゥゥゥゥゥ!!!!」
テーラも応えるように夜空に向かって叫ぶ。
ーーー魔法陣展開可能値まで0.8%
そして2人の叫びが夜空にこだまして混ざり合った時。
夜空を埋め尽くさんばかりの巨大な青い魔法陣が、2人と1頭の上に出現した。
ーーー魔法陣展開可能値まで0%
「いっけぇぇぇぇ!!!」
テーラが叫ぶと同時に水の魔力が解放され、魔法陣より空へと流れる巨大な滝が出現する。
その奔流は空中で散り散りになり、夜空に煌めく星の光を反射して光となって俺達の上に降り注いだ。
「...や、やった!
遂に...私にも魔法が使えたわ!!!」
「おう、やったなテーラ!」
泣き笑いしながら飛びついてくるテーラ。
泣いたり笑ったり、本当に元気だな。
ま、元気なのはテーラらしいから良いけどな。
「やった、やったわよ!!!
ソラヒメ様、ありがとうございます!!!」
『いえいえ、私はほんの少し貴方の後押しをしただけです。
痛みに耐えて魔法陣展開を成し遂げたのは他ならぬ貴方自身です。
よく頑張りましたね』
「ありがとうシムル、ありがとうございますソラヒメ様...!」
「オイオイ、何言ってんだよ。
俺がお前を助けるのは当然だろ?
それに」
『私はシムルの相棒だからテーラを助けるのも当然、ですか?』
「まぁ、そんな所だ」
そして何がおかしいのか分からなかったが、俺たちは2人と1頭は揃って小さく吹き出した。
「でも本当にシムルには助けて貰ってばかりだわ。
何かお返ししなきゃね」
「だから、俺は何時もお前から笑顔を」
言いかけた言葉をテーラの人差し指に止められる。
「そんなのダメよ。
私だってシムルの笑顔から元気を貰ってるもの。
それに何か返さなきゃ私の気が済まないわ。
やって欲しい事無い?
何でも良いわよ?」
「ほぉ、何でもって言ったな?」
良いことを聞いて少しニヤケちまった。
「ええ、何でも...って、えっちなのはだめよ!
まだ早いわ!!!」
「ちぇっ、そりゃ残念だ。
ならそれは後々に取っとくとして...何をして貰うか」
割と悩む所だ。
ぶっちゃけ何でも良いんだが、適当な事を言ってもテーラが怒りそうだ。
『シムル、そこまで悩むなら勉強を教えて貰ってはどうでしょうか?』
ソラヒメが横槍を入れてくる。
「はぁ?
そんな事頼んだって何にも...なるわ」
ソラヒメ、お前嫌な事思い出させやがって。
『そうです。
王都選抜特待生になって学園長から試験について言われた、そう言っていたではありませんか。
テーラに勉強を見てもらうのが良いと思いますよ』
それだそれ。
確かに妙案...なんだけどな。
...勉強か、ダルいな....。
「シムル、アンタ実はそんなに優秀だったの!?」
あ、そうだ。
まだテーラに言ってないんだったか。
この際という事もあり、テーラに全て説明する。
「...うん、そういう事なら任せて!
シムルを今回の試験でトップクラスの成績にしてあげるわ、大船に乗ったつもりでいなさい!!!」
困った、テーラは完全に乗り気だ。
勉強はダルいけどこのテンションのテーラの誘いを断るのも考え物だな...ハァ。
「分かった、ならよろしく頼むわ」
「ただし、私は厳しいわよ!
ついてこれるわね!?」
「へいへい、お手柔らかにな」
「なら明日から始めるわよ!
これから毎日頑張りましょ!!」
今、テーラの目の奥が光った気がした。
間違いなくロクな事にならねぇと俺の勘が告げている。
...それでもまぁ、テーラの溜飲を下げるって事で付き合ってやるか。
目の前で心底嬉しそうにして居るテーラを見てると、勉強会も悪くは無いかと思えてくるのだった。




