5話 星降る夜とテーラの魔法
「...テーラ、もういいか?」
「うん、ありがと」
赤い目を擦りながらそう呟くテーラ。
泣いて心の澱を流したテーラの顔は幾ばくか晴れて見えた。
「私、シムルに助けて貰ってばかりね...」
「いんや、俺だってそうさ。
お前からいつも元気を貰ってるんだぜ?」
知り合いの丸で居ない王都の学園で今までやってこれたのはテーラが居たからだ。
それに寧ろ、テーラがセプト村に迎えに来なければ俺はローナスへ入学するどころか、王都に連れて来られる前に逃げていただろう。
「テーラが居なきゃ俺は今頃ここに居ねーよ。
俺もお前に感謝しなきゃな」
「そう。
それは良かった」
フフッと笑うテーラ。
良し、何時ものテーラが少し戻って来たな。
「...なぁ、ソラヒメ。
テーラの魔法陣について、どうにかできないか?」
俺は後ろのソラヒメに声をかける。
今の今まで、何も言わずに黙って俺達をただ見守ってくれていた優しい相棒に。
『そうですね...正直難しいでしょう。
ただ、どうにか出来る可能性はあります。
一度調べてみましょう』
するとソラヒメは光を纏いながら人間の姿になった。
俺達の前まで歩いて来て、テーラの胸に手を当てる。
『テーラ、少し失礼しますよ』
「はい、ソラヒメ様。
でも何を...」
『少し貴方の体を調べるだけです。
問題ありませんから、力を抜いて下さい』
ソラヒメはそう言うとテーラの胸に手を当てる。
そしてテーラの胸が青く透き通る様に輝きだした。
これはアレだ、前に俺もやって貰ったソラヒメの占いか。
『おお、コレはコレは...』
目を瞑りながらソラヒメが何やら言い出した。
ただ、その声のトーンが低く無いことが何かしらの希望があった事を表している。
『テーラ、それにシムル。
テーラの魔法陣ですが、どうにかなるかもしれません』
「オイ、本当かよ!?」
驚きでテーラを抱えたままソラヒメの方へとズイッと身を寄せる。
テーラ自身は衝撃で言葉が出ないらしく、口をパクパクさせていたがその内ゆっくりと喋りだした。
「そ、ソラヒメ様...。
それは...本当、ですか?」
『えぇ、本当です。
貴方の星座を占った所、大別は夏月で分岐先はフェニックス座です。
丁度今の時期に合致していますね。
つまり、テーラの魔力量やその容量などのパラメータはこの時期が凡そ最大の状態になっています。
シムルも居ますし、この状態を利用した措置を取れば、貴方の魔法陣を展開する事が可能かもしれません』
「ーーーー!」
テーラが涙目になって口を抑える。
感動してるのはテーラだけじゃねぇ、俺もだ。
「そりゃ良かった!
よしソラヒメ、その措置を教えてくれ!
俺はどうしたら良い!?」
テーラに代わってソラヒメに食いつく様に聞く。
どうやら文脈的には俺の力も必要らしい。
幾らでも力になってやる!
『落ち着いて下さい、順を追って説明します。
私達がやらなければならない事、それはテーラの魔法陣を1度でも開く事です。
テーラの体を調べて分かりましたが、彼女の体は魔法陣を最初に開くために求められる魔力が異常に高いのです。
なので彼女自身のみの魔力では、その最初の1回を開けない状態なのですよ。
ですが逆に魔法陣を開いた後の運用そのものには何も問題がなさそうなので、一度でも魔法陣を開く事ができればその後は普通に魔法を使う事ができます』
「...簡単に言うけどよ、後々の方は本当に大丈夫なのかよ?」
イマイチ要領を得られない。
『えぇ、問題ありません。
今のテーラの状態を例えるならば...丁度、産道に卵がつっかえてる状態です。
母体がいきむだけでは産道が開ききらずに卵が出てこないので、外部から力を加えて産道を広げようと言う話なのですよ。
また、1度産道が開けば後から出てくる卵はスムーズに出てこれる、と言うわけです』
おぉ、理解理解。
竜だか鳥だかの産卵の話をどうもだソラヒメ。
産道がテーラの魔力、魔法陣が卵って解釈すると中々分かりやすい説明だった。
「ならソラヒメ。
俺は今の説明から、具体的に何をすれば良いんだよ?」
『貴方にはnearly equalを使ってテーラに高密度かつ一定の魔力を暫く供給して欲しいのです』
「よし、任せろ!
...けどよ、俺のnearly equalの元はどうするんだよ?
どこの近似を取るんだ?」
そう、俺のnearly equalは近似する元が無ければどうにもならない。
ソラヒメは一体どこの近似値を俺に取らせるつもりなのか。
『そうですね...今日はよく晴れた満天の夜空ですから、星々からの光がよく地上に降ってきています。
特に、先程言ったテーラに相性の良いフェニックス座からの光が強めです。
まずはその光に乗った魔力を私が辺り一帯から集めて、テーラの最大近くにまで拡張された魔力容量いっぱいにまで一瞬だけ流し込みます。
貴方はnearly equalで、テーラの魔力量いっぱいに流し込んだ魔力の値を近似し、私が良いと言うまでテーラに与え続けて下さい』
成る程な。
nearly equalの近似元をテーラに相性の良い星座の光の魔力にすれば確かに良さげには感じるが。
「あぁ、分かった。
...けどよ、それって」
テーラの魔力容量が最大値近くになってるとしてもかなり危険なんじゃねーか?
俺はそう言いかけるが、テーラの手によって口を塞がれる。
「良いの。
分かってるわシムル。
それでも、ここでやるしかないのよ。
...ソラヒメ様、お願いします」
オイ待てや!
テーラの手を掴んで下ろし、口から離す。
流石に黙っている訳にはいかねぇぞ。
「テーラ、マジで分かってんのか?
ソラヒメが辺り一帯から星の魔力を集めるって事は、冗談抜きでこの辺を吹っ飛ばせるだけの魔力が集まるって事だぞ!?
それを一部かもしれねーけど体の中に入れようだとか正気かお前!?」
そう、ソラヒメの星の光から膨大な量の魔力を吸収する星竜。
当然ながらソラヒメの魔力容量のスケールで辺り一帯の魔力を搔き集めるとなれば、それは生半可な量ではない。
「ううん、ここで失敗するなら私はここまでよ。
貴方こそ分かってるでしょ?
ここでやらなきゃ、私には未来がないのよ」
俺を射抜くような視線で見据え、諭すような口調のテーラ。
最強の殺し文句の前に俺は有無を言わさずに黙らされた。
覚悟なら、テーラの方が一枚上手だったらしい。
「それに、私が魔法陣を貼り続けようとしている間は魔力は私の体には溜まらずに魔法陣へと流れるから大丈夫だと思うわ。
...そうですよね、ソラヒメ様?」
『その通りです。
また、私もテーラに注ぎ込む魔力は調整するので、理論上は星の光の魔力を貴方に注いでも問題は無い筈です。
しかし、そうなると問題があると思われるのは...』
「一瞬しか流し込めない星の光の魔力を私に流し込んだ後で、シムルがnearly equalで継続的に私に流し込む魔力量、ですね。
それが少しでも多ければ私の体に魔力が溜まり続けて最後には内側から弾け、逆に少なすぎれば魔法陣は開かない、ですか」
テーラが座学の知識をフル活用して答える。
どんな危険があるかは俺以上に分かっていた様だ。
『えぇ、合っています。
一応シムル向けに補足説明をしておきますが、一度集めた星の魔力は有限であり繊細です。
一瞬とは言えテーラへと魔力を注げば、注ぎきれなかった分の魔力は霧散します。
そこでシムルのnearly equalでその後も同じ量の魔力をテーラへと供給し続け、魔法陣をこじ開けます。
ーーーここまでの話を即座に理解できるその物分かりの良さは貴方の美徳ですね、テーラ』
ソラヒメにおだてられてニッコリ笑うテーラ。
話に置いてきぼりにされた感が否めないが、ソラヒメの説明でやる事は分かった。
「...ま、何にせよ。
今回のプランが成功するかどうかは俺に掛かってる、と」
俺が失敗すればテーラは膨張した内側から弾ける、か。
『...シムル、自信がありませんか?』
ソラヒメが心配そうに声を掛けてくる。
「何言ってやがる。
彼女が命賭ける覚悟してるんだぜ?
どうして彼氏の俺が引き下がれるってんだよ、やってやろうじゃねーか!!!」
ニッと笑って言葉を返してやる。
そうだ、弱音は有り得ねぇ。
そもそも失敗しなけりゃ良いだけの話だ。
テーラが内側から弾けるだと?
起こりもしない事を何妄想してやがんだよ。
「テーラ!
命、預けろ!!」
「うん、それは勿論!
よろしくね!」
俺もテーラもこれが大きな博打だって事は分かってる。
それでも、互いの目を見て双方が理解する。
この博打は、互いが互いを信じれば必ず乗り越えられる!!!
「さぁ、始めようぜ。
尾段組最後の、魔法陣展開訓練をよ!」
「『おー!』」
こうして、夜空の星々が見守る中。
テーラの未来を切り拓く俺達の挑戦が始まった。




