王都の町で初デート5
幕間の物語 王都の町で初デート編
今回でラストです
「さて、そろそろ帰りましょ。
その...手、繋がない?」
「あぁ、良いぜ」
そこそこ遊んだ俺たちは手を絡め合い、繋いで歩く。
これが俗に言う恋人繋ぎって奴か、そう思うと不思議な気分になる。
今日一日、一緒に居たテーラが恋人か。
それはそれで不思議な感覚がある。
当然悪い感覚じゃない。
ただ、横にいるこいつが俺の彼女になってくれたのか。
そう思うと胸がいっぱいになる。
「なぁ、テーラ」
「何、シムル?」
「その、何だ?
俺の事をいつから好きだったか、って聞いちゃダメか?」
その言葉が不思議と口から溢れた。
ただ、聞いておかなきゃいけない、そんな気がした。
「そうね。
シムルが話してくれたら教えてあげる」
「俺か?
俺はな、正直いつから好きだったかは分からねぇ。
ただ6年前、テーラがセプト村から出て行っちまった時は虚しくなったな。
その時思ったんだ。
あぁ、俺はテーラの事がこんなに好きだったのか、って」
「そう、良かった。
実は私もなの。
セプト村を出た時、これからシムルに会えなくなるって思うととっても心が寒かったわ。
私も、貴方の事がずっと前から好きだった」
「そっか」
「えぇ、そうよ」
それから暫く、俺達は無言だった。
何も言わない、言う必要がない。
俺達は言葉に表せない満足感に満たされていた。
不用意に何かを言えばこの満足感が消えてしまいそうで。
ただ手を繋いで歩くことが出来ている、その幸せだけをお互いに噛み締めていた。
ある程度歩いたところで、2人は同時に足を止めた。
場所は噴水公園。
ここは王都の中心の筈だが、今は夕暮れ時の人が居ない静けさに満ちている。
お互いにこの場所が良いと、言葉を交わさずとも分かっていた。
シムルがテーラの肩を抱き寄せ、テーラはシムルの胸に腕を預ける。
夕暮れ時の鮮やかなオレンジ色に沈む噴水公園で、2人の顔が近づくーーー
「空気振動波!」
その直後、シムルとテーラの真横から空気の塊が魔力を伴って発射された。
「ーーーnearly equal」
シムルが魔力を解放、右腕に魔法陣を展開。
ただその右腕を突き出しただけでその空気砲は相殺され、霧散した。
「なっ、俺の空気振動波が弾かれた!?」
「いやアニキ、相手は実質1人だ!」
「そうだぜアニキ、俺達がまとめて掛かれば楽勝楽勝!」
真ん中に風魔法を打ったらしい奴が1人、その両脇に斧と剣を持った奴が2人。
建物の陰からアホ共がゾロゾロと出てきた。
あぁ、全く本当にこいつらはアホ共だ。
「...オイ、お前ら。
今のは......高く付くぜ?」
アホ共が「ひっ」と声を上げる。
我ながら今の俺の声音は零点下まで冷え切っている。
それでいて、マグマの様に煮えたぎった怒りが込められていた。
俺がブチギレてる理由は言うまでもないだろう。
多分テーラも同じ気持ちだ。
テーラの前に立って現れた3人組を見据える。
「本当、昼間もそうだけど何で今日は変な連中に2度も絡まれるんだかな。
お前ら、覚悟は出来てやがるな?」
「昼間の奴だと...!?
や、やっぱりお前がアガタの奴を、グフッ!?」
何か言い始めた右端の剣持ちの腹を間髪入れずにぶん殴る。
腹を抱えて姿勢を下げた剣持ちの頭を持って膝蹴りを叩き込む。
「ガッ!?」
剣持ちの体が錐揉み回転しながら宙を舞う。
ありゃ鼻がいったかもな。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」
「こいつ、これだけの距離を一瞬で縮めやがった!?
よくもアンドリューまで!」
左端の斧持ちが斧を大きく振りかぶる。
「nearly equal:鋼手刀!」
振り上げられた斧を解析、左腕に魔法陣を展開してその強度を鋼鉄の近似値にまで跳ね上がる。
そのまま斧持ちに向かって間合いまで一瞬で踏み込み、斧を振り上げた右腕を手刀で粉砕する。
「グギャァァァァァァァァッ!?」
「お前もうるせーよ」
関節の増えた右腕を見て絶叫する斧持ちに向かって右足でハイキック。
斧持ちの喉仏を蹴り上げる。
一瞬白目を剥いた斧持ちは後ろに倒れた。
「さて、次はお前なんだが」
ゆらりと体を風魔法使いへと向ける。
「ローガン!?
ふ、ふざけんな!
お前本当にローナスの生徒か!?
ローナスの生徒はお坊ちゃんばっかじゃなかったのかよ!?」
「例外もあるって事だろ。
で?
お前はそうやって喚いて終わりかよ?
なら、俺から行くぜ」
姿勢を低くして右足をバネに。
風魔法使いに向かって突っ込んで間合いを詰めにかかる。
「馬鹿め、一直線に突っ込んできたな!
さっきは何で空気振動波が弾かれたか知らないが、次はそうもいかない!!
お前の周囲全体から体中の肉を削ぎ落としてやる!
食らえ、空気襲撃獣!!」
「nearly equal」
風魔法使いの魔法発動と共に体全体を包む様に魔法陣を展開、奴の魔法を解析する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【風魔法使い】
要素:自然
属性:風
魔法:空気襲撃獣
総合評価:ランクB-
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
解析完了。
得られたデータを元に、体中に空気の刃を纏うイメージを作り出す。
「風刃鎧!」
間近に迫っていた空気の犬どもの牙が俺に届くが、その牙は次から次へと俺の風刃の前にへし折れていく。
「い、一体何が!?」
「お前の風魔法より強い強度の風の鎧を体に纏っただけだ。
おらよっ!」
体全体に纏っている圧縮した空気の塊。
それを風魔法使いを殴ると同時に解放する。
風魔法使いの胸に向かって放った正拳突き。
それは空気解放の勢いで爆速の拳となり、風魔法使いの胸に叩き込まれる。
「グヘッ!!??」
風魔法使いはアバラをへし折りながら10メートル以上すっ飛んでいった。
「ま、こんなもんで許してやんよ。
これ以上やったらお前ら死にそうだしな」
「...待て...よ.....置い...てけ.....寄越...せ......」
幽鬼の様に立ち上がる風魔法使い。
「しつけーよお前、何なんだ?」
「宝石を...置いてけ......」
何だ、まさかとは思ったがやっぱ昼間の奴の仲間か。
「あぁ、星結晶か。
売っちまったぜ?」
「なっ!?
なら...その売って...手に入れた金を......寄越せ。
寄越せェェェェェェ!!!!!」
雄叫びを上げながら風魔法使いが再び魔法を放つ。
「さっきと比べたらおざなりも良いところだな。
nearly equal:風刃砲!」
右腕に魔法陣を展開し放たれた魔法を圧倒する。
風魔法使いの一撃は、俺のnearly equalの前にあっさりいなされた。
「グウッ!」
nearly equalの反射を食らった風魔法使いが地面の上でバウンドしながら再び吹き飛ばされていく。
「寄越せ、寄越せよ...」
「アニキ、もう辞めよう!」
「そうだぜアニキ、相手が悪すぎたんだ!!」
剣持ちと斧持ちが這いつくばりながら必死に風魔法使いを止める。
「...ダメだ。
ここで諦めたら、捕まったアガタが報われねぇだろ。
あいつの思いが...無駄になっちまうだろッ!
」
風魔法使いは息も絶え絶えに立ち上がった。
「俺は、お前らみたいな必ず貴族をぶっ飛ばす!
それで必ず!必ず!!!」
実力差は歴然としている。
それでも俺に挑み掛かる姿勢の風魔法使い。
「必ず金を奪ってやる!
その金でいつか必ず子供達に飯を好きなだけ食わせてやって、必ず大人にしてやるんだ!!!
俺が...いや、俺たちが!!!!」
「「あ、アニキ!」」
「おう、そうか。
ご苦労だな、正義の味方」
立ち上がった薄ら寒い正義の味方に問答無用でラリアットを食らわせる。
事情は分かったが、別にそれについて理解しただけだ。
「ゲハァッ!!!」
地面に転がって仰臥する風魔法使い。
「シムル!!!
今のは幾ら何でも...!」
「待てよテーラ。
言っただろ?
良い事は良い、悪い事は悪いってな。
こいつらがしようとする、誰かから力で物を奪う行動が良い事な訳ねーだろ」
「なら、お前ら貴族が力で金を独占する行為は正義なのか!?
それだけで飢えて死ぬガキが多く出るんだぞ!!
それはお前の正義なのか!?」
「は?
何言ってんだお前」
「答えろ、ローナスの生徒ッ!!!」
地面に転がりながらも、ギロリと俺を睨んで訴える風魔法使い。
「別に、俺は貴族じゃねーからそんな事知らねーよ。
そう言う文句は貴族に言ってくれ」
「なっ!?
う、嘘つけ、貴族じゃなきゃお前みたいなガキが宝石なんざ...」
ったく、そろそろこいつの身勝手理論に終止符を打ってやるか。
聞いてて耳障りも良いところだ。
「お前こそ、俺の立場なんざ何も分かっちゃいねぇだろ?
テメェの勝手な言い分と勘違いだけで、俺の事を決めつけんじゃねぇ。
挙句の果てに彼女との良いところまで邪魔しやがって。
テメェこそ何様なんだよ?
アァン!?」
本気の声量で威圧する。
このまま圧力で潰してやろうかこの野郎。
「俺は、俺はッ.....グッ...... !」
それは何に対する悔し泣きか、風魔法使いはその場にうずくまって泣き始めた。
「すまねぇお前ら、すまねぇ...すまねぇ....!俺の力が足りないばっかりに.....!」
「「アニキ...」」
勝手に仕掛けてきたくせに勝手に通夜みたいな雰囲気になってしょぼくれる3人組。
...こいつら、本当にアホだな。
「あのな、お前ら。
お前らはこの金が欲しいんだろ?」
そう言って懐から金が入った袋を取り出す。
「あぁそうだ。
俺は...俺たちは、その金が欲しいんだよ、クソッ!
馬鹿にしやがって...クソッ!クソッ!クソォッ!!!」
地面に転がったまま恨みを吐く風魔法使い。
まだ分からねえのかこいつら。
「...あのなぁ。
お前らさ、常識無しも大概にしろよ。
お前らは人の物を欲しがる時、何も言わずに取り上げるのか?」
「お前、何を言って...」
「いやだからさ、聞こえてるだろ?
お前ら、何で無言で人の物を取ろうとする訳?
まずは一言断りを入れるのが筋ってもんだろ」
「あ、ああぁぁ...」
俺の真意を理解して再びボロボロと泣き始める風魔法使い。
震えた両腕で起き上がり、土下座をする。
「すいません、貴方のお金が子供達に必要なんです。
その内の1割でも良いんです、お願いします。
どうか、俺達に譲って下さいッ!!!!」
震えた背中が語る、プライドを捨てた本物の、男の土下座。
よし、合格だな。
「おう、そうか。
なら1割と言わず全部くれてやる。
持ってけ!」
金の入った袋を投げ渡してやる。
「最初からガキの為に金が欲しいからくれって言えよ。
そしたら昼間の奴にも星結晶を...まぁ、デート代以外って話になるから今お前にくれてやってる2400万ユグ位、全部くれてやったのに」
「すいません、本当にすいません...!」
「「申し訳ありません!」」
悔し泣きの次は、自らの過ちを悔いて泣く風魔法使い。
その子分2人も俺に向かって土下座をして謝っている。
「事情が事情だ、今回だけは許してやんよ。
もう泥棒なんてするんじゃねーぞ。
それと、人が集まる前にとっとと逃げろよ?」
そう言って踵を返す。
「ま、待って欲しい!
せめて貴方の名前を聞かせて欲しい!!
俺はアントニオ、貴方は!?」
「おう、シムルだ。
じゃあなアントニオ、ガキ達によろしくな」
「分かり、ました。
ありがとうございます、シムルさん...!」
泣き止んだと思ったらまたまた泣きながら礼を述べるアントニオ。
何度も泣いて忙しい奴だな。
「さて、待たしちまったな。
今度こそ帰ろうぜ、テーラ!」
「うん!」
本日2回目の面倒を退けた俺とテーラは、再びローナスへと歩き出した。
「...と言うわけで、そんなこんなで俺達は帰りが遅くなりました、と」
『全く、貴方はどこに行ってもトラブルを起こしますね...』
「いやお前何聞いてたんだよ、今回の件は俺完全に巻き込まれた側じゃねーか」
『相手を殴ってる時点で同じことですし、貴方の不注意が招いた事ではありませんか』
呆れ返った、そう態度で示すソラヒメ。
結局、あのドンパチの所為で俺とテーラはローナスの閉門時間に間に合わなかった。
なのでソラヒメに正門前で尻尾を垂らして貰い、それをよじ登ることで何とかローナス内へと戻った。
そうして現在、ソラヒメに事実を説明していたと言うわけだ。
ちなみにソラヒメ的には残ったデート代、2400万ユグ以上の大金をあの3人組に渡した事については問題ないそうだ。
寧ろ、『人助けに使うお金は尊いものです。
貴方もそれが分かった様で何よりです』
そう言って俺を褒める始末だった。
「それにしてもシムル。
貴方、お金を渡す気なら最初から渡せばよかったのに」
「いんやダメだな。
おいそれとあんな大金渡しちゃ、俺があいつらにビビったみたいになるだろ。
それによ、お前だって彼氏がそんな腰抜けじゃ嫌だろ?」
「それはそうだけど...はぁ、何て言ったら良いのかしら。」
『テーラ、貴方も苦労していますね』
「ソラヒメ様程じゃありませんよ」
「『はぁ...』」
見つめ合って同時にため息をつくテーラとソラヒメ。
お前ら、俺をイジって楽しいか。
「そろそろ飯の時間だから俺は食堂に行くぜ。
ソラヒメもとっとと飯食って部屋に戻れよ」
話をぶった切って食堂に向かう。
『えぇ、そうですね。
それではテーラ、シムルをイジる会も今回はここで閉会としましょう』
「そうですね、ソラヒメ様」
「オイコラやっぱりお前ら確信犯じゃねーか!?」
「『?』」
「だからお前ら揃ってそう言う顔をするんじゃねぇ!」
流石にキレる。
俺だって疲れてるんだっつーの。
付き合いきれるかよ。
「あ、待ってシムル」
「何だよ、まだ何かあるのか?」
「ううん。ただね」
するとテーラは可愛らしくしなを作って。
「今日は一日守ってくれてありがと、シムル」
俺の頬にキスをした。
「ーーーー」
今のキスで色々とどうでも良くなった俺はまぁ随分と情けないとは思うが、まぁ可愛い彼女のキスなのだ。
仕方がないだろう。
このキスだけでまた暫く頑張れそうだ。
シムルはテーラと食堂に向かいながら、そう思うのだった。
《おまけ 後日談》
俺は学園長室に呼び出されていた。
「何すか学園長?
最近は特に面倒は起こしてない筈っすけど」
「ふむ、ならばシムル君。
これを見たまえ」
バサッと目の前に置かれる紙の束とか色々な物とか。
どれどれ、何て書いてあるんだか。
【シムルさん、先日は問題児の捕縛にご協力頂きありがとうございます!
こうして感謝状とお礼の自衛用閃光弾6つを送らせて頂きました!
そして申し訳ありません、貴方が捕まえたアガタと言う少女ですが、留置所から脱走してしまいました。
またもし宜しければご協力をお願いします!】
【シムル様、テーラ様との関係がますます向上する事をお祈りしまして、私からの餞別として魔法石を3つ送らせて頂きます。
今後も、テーラ様とお幸せにお過ごしくださいませ。】
【シムルさん。
貴方のお陰で今、子供達は美味しい食事にありつくことができています。
俺達は孤児園を設立してそこで暮らしています。
王都の地図を一緒にお送りするので、いつでもいらして下さい】
「...へぇ」
軽い声とは裏腹に、自分の顔が引きつっていくのを感じる。
「シムル君。
君のお陰でローナス学園の世間からの評価はうなぎ登りだ。
だが...君は一体、何をしたのかね?」
「いや、別に。
俺は、何も」
どもって言葉が切れ切れになる。
本当に全く、俺は彼女と王都の町中にデートしに行っただけなのだが。
どうして...こうなった!?
何でまたこんな無駄に目立つ様な事に。
「シムル君、もしかしてまた君は何か...?」
学園長の目の奥が光る。
やべぇ。
「違ぇよッ!
俺は、何もしてねェェェェェェッ!!!!!」
次の瞬間、俺は学園長室から逃走を図った。
その日、学園最強と名高いシムルが何かから逃げる様に走る姿が目撃され。
その事は、ローナス七不思議に加わったとか加わらなかったとか
次回から2章に入る予定です。




