王都の町で初デート1
予定通り幕間の物語に入ります。
どこからか吹いてきたそよ風がシムルの顔を心地よく撫でる。
「ん、朝か...」
ゆっくりベッドから体を起こして大きく伸びをする。
そして寝ぼけながら壁に掛けてあるこの部屋備え付けの時計に目をやる。
「今の時間はえーっと...は?」
時計の針は8時を示していた。
つまり、既に授業は始まっている。
「やっべ、遅刻じゃねーかよ。
ったく、ソラヒメも起こしてくれりゃいいのによ」
部屋の窓が空いている事から察するに、ソラヒメは既に竜舎の方に朝飯を貰いに行っているらしい。
道理で部屋の中に風が吹き込んできている訳だ。
「...ま、しょーがねーか」
今更ジタバタしても始まらない。
シムルは手早く準備をしてクラスへと向かうのだった。
「...ん?」
おかしい。
クラスに誰もいねぇ。
それどころか教師もいねぇ。
「...どう言うこった?」
「あ、居た居た!
シムル!!
こんな所で何やってるのよ!」
「おう、テーラ。
何かクラスに誰もいなくってな...ってアレ?」
駆けつけてくるテーラの服装はいつもの制服では無く私服だった。
「何言ってるのよシムル。
今日は7日に1度の休日よ?」
あっけらかんと答えるテーラ。
「...そうか」
それならそうと誰か昨日の内に教えてくれよ。
オイ、テーラも何かを察した様な笑い方するなよ。
休日に制服着てクラスに来てるとか普通に恥ずかしいわ。
何か?客観的に見れば今の俺はただの真面目君だ。
今日は幸先悪ぃーなこりゃ。
「ねぇシムル。
今日空いてる?」
ひとしきり笑った後、上目遣いで聞いてくるテーラ。
「おう、空いてるけどどうした?」
それを聞くとパァっとテーラの表情が明るくなる。
いや、だからどうした。
「シムル、王都に来てから日が経ってないから町のことあまり知らないでしょ?
案内してあげる。
遊びに行きましょ!」
「おう、行こうぜ!」
即答する。
前言撤回。
彼女の方から初デートに誘ってくれるなんざ今日は幸先良いや。
「つーわけでソラヒメ。
俺はテーラとちょっくら町に繰り出してくるわ」
『ふむ、毎日勉強と言うのも中々辛いでしょうしね。
良いでしょう、行ってらっしゃいシムル』
現在俺とテーラはソラヒメに遊びにいくことを伝えに竜舎近くへ来て居た。
外にワイバーンが1匹も居ない辺り、相変わらずワイバーン達はソラヒメにビビって竜舎の中に引きこもっているらしい。
ちなみに、今の俺の服装は制服のままだ。
ローナスに来る時来ていた服はお世辞にも良い物とは言えない。
あの格好で王都の町中に遊びに行くのは、流石にテーラの事を考えるとやめざるを得なかった。
『それとテーラ、貴方にお願いがあります』
「ハイ!
何でもお申し付けくださいませソラヒメ様!」
「なぁテーラ。
別にソラヒメに様なんて付ける必要無いんだぜ?
俺の相棒だし、彼女のお前がそんなに畏まってどうすんだ」
そう言えば学園長もソラヒメを見て畏まってたか。
ソラヒメを星竜とか言ってたのは結局、生徒代...アルス代表だけか。
「何言ってるのよシムル。
星竜ってこの国の建国神話に関わる重要な存在じゃない!
言ってみれば生きてる神様みたいなものなのよ?
寧ろ私が普通で、シムルみたいな人が珍しいのよ」
「ほーん、そうなのか」
田舎者なんでその辺の話はワカンネェです。
建国神話自体、王都に来てから初めて知ったし。
『...シムル、話を戻してよいですか?』
「おっとすまねぇ、脱線させちまったわ」
ここらでソラヒメを話し合いの輪に戻さないとスネちまう。
『テーラ、私の相棒のシムルは見ての通り落ち着きの無さに加え、言動が荒い事が特徴である暴力の化身です』
「はい、その通りです!」
「おいちょっと待てお前ら!!」
「何よ?」 『何ですか?』
おかしな事を何か言ったか?と、そんな顔をしてコッチを見てくる1人と1頭。
「...いや、何でもねぇ。
会話を進めてくれ」
やっぱ否定のしようがなかったんでそのまま会話をさせる事にした。
こいつら合わさると扱いづれぇな。
『補足です。
彼はこの通り自分の事を客観視できないと言う特徴もあり、非常にトラブルを起こしやすいです』
「わたしもそう思います!」
「......。」
無言。
これ以上何か言えば墓穴を掘るだろうし、こんな事で彼女や相棒に逆ギレしたらしたで情けない話だ。
黙っているのが正解だ。
クールダウンしろ、俺。
『なので、彼と一緒にいる時は細心の注意を払う様にお願いします。
くれぐれもトラブルに巻き込まれない様注意してください』
「承知しました!」
「...なぁ。
今の話ってただ俺がトラブらない様にって話だったのによ、あの前振りは必要だったのか?」
「勿論」 『当然です』
ダメだこりゃ。
「...さて、今度こそ俺らは行くぞ。
時間は有効活用すべきだしな」
『ごもっともな事を言って誤魔化すのはダメですよ』
「うるせぇ!
行くぞテーラ!」
ん?クールダウン?
無理だったわ。
「もう、簡単に怒らないでよ。
シムルのそう言うところをソラヒメ様は言ってるのよ」
テーラの手を引いてズンズン進む。
『ちょっと待ってくださいシムル。
そう言えば一つ、重要な事を聞き忘れていました』
「何だよ、歩きながら聞いてやんよ」
『貴方...お金は持っているのですか?』
ピタッ。
足を止める。
...ヤベェ、何かこの後の展開が読めちまった。
「大丈夫ですよ、ソラヒメ様。
最初から今日の分は私が全部払うつもりでしたから」
予想通りにこやかに笑うテーラ。
...やめろ、やめてくれ。
『ほう、それはありがたいですね。
それにしても』
嫌な汗が噴き出す。
おう、後ろのソラヒメから尋常じゃない程圧力を感じるぜ。
『シムル、私は貴方の心意気だけは買っていたのですが...。
まさか彼女のヒモになるとは思っていませんでし「悪かった!
俺が悪かったって!!!
すいませんでした!!
ソラヒメさぁんッ!!!!」
もう色々と捨てて平謝りだ。
...何でこんな大切な事を忘れていたのか。
どこに行って遊ぶにも大体金が必要だ、と。
田舎じゃ腹が減ったら山の獣を狩って食う生活してたし、金銭についてイマイチピンときてなかったのが災いしたか。
『...はぁ、全く貴方と言う人は。
大方、田舎の方ではお金を使う機会がほぼ無かったから今の今までお金の存在を忘れてたと言ったところですか」
はい、その通りでございやす。
『なら、これを持って行きなさい』
そう言うとソラヒメは両掌を胸の前でくっ付け、少し開いた。
『ハァッ!』
「うおっ、眩しッ!」
ソラヒメが魔力を解放、凄まじい光量が辺りを包み込む。
俺とテーラは揃って目を瞑った。
『...ふぅ。
こんな所でしょうか』
「オイオイ、いきなりなんだよ...って何だそれ」
光が消えた後、ソラヒメの手の上には10センチ位の結晶が乗っていた。
「...ソラヒメ様。
それってもしかして、星結晶ですか?」
横のテーラが恐る恐る聞く。
『えぇ。
よく知っていますね』
「星結晶?
何だそれ」
星竜が作った魔法石って事か?
まんまじゃねーか。
「シムルはこれも知らないのね...割と有名なんだけど」
田舎育ちなんでな、そんな専門用語知らねーよ。
「星結晶って言うのは、星の光が自然界の魔力と融合して固形になったものよ。
元々が光だからとても簡単に加工できる万能素材なの。
でも、星の海を渡って世界各地に降り注いだって言われてる魔力原石の最奥部からしか普通は取れないから、とても貴重なのよ。
王都に来て暫くするけど、私もこれを見るのは3回目よ」
深妙な顔をしてテーラが説明する。
まぁ、言いたいことは大体分かったが一応聞いておく。
「...要約すると?」
「物凄く高いわ。
このサイズならこれ1つで家を買えるくらいよ」
デートの軍資金が家を買えるだけの魔法石とか。
もう意味わからねーなコレ。
てかソラヒメ。
お前こんな凄いもの作れたのかよ。
『ふむ、ではシムル。
これを換金所へ持って行きなさい。
デートの良い資金になるでしょう』
コッチに星結晶を投げるソラヒメ。
バシッとキャッチすると横のテーラがアワアワし出す。
本当に貴重な物らしい。
「いや、気持ちは嬉しいんだけどよ。
ちょっと俺が使うには高過ぎるからもうちょっと小さくして欲しいんだが...」
『これでも極小サイズです』
あぁ、そもそも体の大きさが違うソラヒメからしたら10センチですら極小か。
......家1軒買えるサイズが極小か。
最大サイズはどうなるんだよ。
『それに、竜姫の相棒ならばこの程度持っていても何ら問題はありません。
良い機会です、これを機にお金と言うものについて勉強して来なさい』
流石はソラヒメ先生。
教材は家1軒買えるだけの金らしい。
ぶっ飛んでやがる。
『では、良いデートを』
そう言って池の方へ歩いて行くソラヒメ。
「...取り敢えず、換金所に行くか。
...場所、分かるか?」
「...えぇ、知ってるわ」
呆気にとられた俺たちは暫くぼんやりしていた。
ソラヒメが本気を出せば最初からシムルは億万長z(ry
ただし、シムルは田舎暮らし大好きなので王都で大金持ちになるなんて事はございません。
また、ソラヒメも田舎暮らしにお金は要らないと思ってたので星結晶精製を今まで使わなかっただけです()




