13話 さぁ、騒がしくなれ!
ストック含めて10万字が見えてきました。
今朝のローナスはいつもに増して活気に溢れていた。
ここは食堂。
生徒たちがガヤガヤと語り合いながら食事をしている。
「なぁ、今日のテルドロッテ代表と例の転入生の模擬戦ってどっちが勝つと思う?」
「そりゃテルドロッテ代表だろ。あの代表が負ける所なんて考えられないさ」
「でもでも、例の転入生って星竜を従えてるだけじゃなく、本人も竜を1人で相手どれるだけの実力者って噂じゃない」
そう、今日は学園代表アルス・テルドロッテと転入生シムルの模擬戦が行われる日である。
今日は全学年通して通常授業は午前までであり、午後は2人の模擬戦を生徒全員が見守る事が義務付けられている。
それにしても、何故学園中の生徒が2人の模擬戦に浮き足立っているのか。
理由は大きく分けて2つある。
1つ目の理由としては、模擬戦が行われる事自体がそもそも稀だからだ。
ここは学園である。
騎士団や自警団ではなく、親から子供を預かり国の行く末を大きく左右するドラゴンライダーを育成する場所なのだ。
訓練により大怪我を負う者、もしくは死人を出すなどご法度である。
しかしながら、学園長の方針として「ドラゴンライダー同士の戦いを知らずに育った生徒なぞ、使い物になるドラゴンライダーになる筈が無かろう」と言うものがある。
この方針については王宮も理解を示しており、学園長が認めた者のみを模擬戦に参加させるものとしている。
よって、貴重なドラゴンライダー同士の戦いを見る機会として学園の生徒は全員、今回の模擬戦を見る事を義務付けられている、と言うわけだ。
2つ目の理由としては、今回の模擬戦は特例中の特例だからだ。
前述した通り、模擬戦に参加できるのは「学園長が認めた者のみ」である。
ローナス生徒代表アルス・テルドロッテは当然の事ながら学園長も認める実力者である。
しかしながら、数日前にいきなりやってきた転入生に対して模擬戦の参加を認めるなど、ローナス始まって以来の前代未聞の事件である。
謎の転入生について、生徒達が大きく興味を惹かれるのも仕方ないと言える。
学園内は最早お祭り騒ぎであった。
では、その元凶はと言うと。
「マール先生が今日の午前中は午後に向けてコンディションを整えて、午後になったらアリーナへ来いとさ」
『そうですか。
それでは午前中はゆっくりとさせてもらいましょう』
そう言ってグラウンドの芝生の上で寝転がる1人と1匹。
些か緊張感に欠ける光景ではあるものの、彼らはどんな時でも大体この調子である。
寧ろ、彼らが焦る事自体が異常であると言える。
「そうだソラヒメ。
あの生徒代表について、どう思う?」
『質問を返すようで申し訳ありませんが、どう、とはどの様な意味ですか?』
「いやぁ、生徒代表の戦闘能力は如何程のものでしょーか?って意味」
するとソラヒメは暫く考え込む。
うーむと唸って暫くしてから。
『そうですね。
初日の件だけで考えれば勝つのは容易いと思いますが、油断せず行きましょう』
「あっそ」
等と話をしている内に、午前の時間はあっという間に過ぎ去っていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「で、アリーナに来た訳だが」
『...。』
「オイソラヒメ、目を背けんな。
お前がやった事だろ」
アリーナは初日にソラヒメが突っ込んでから壊れたままだった。
思えばあの日から全然日が経ってないのか。
なのに色々とあり過ぎて長い間 学園で過ごしたような気分になる。
「つっても、やっちまったもんは悔やんでも仕方ねーか。
今は目の前のことだ。
さて、そんじゃ選手入場と洒落込みますかね」
『そうですね、行きましょうシムル』
アリーナの選手用の入り口へと入る。
通路内は竜が無理なく通れる程の空間があり、思って居たより閉塞感は無い。
やがてアリーナ内部へ近づくと、広く開けた部屋に出た。
名前を呼ばれるまでここで待てって話だったか。
「はてさて、何にもねぇ空間、って訳じゃないか」
空間内をよく見ればアリーナ内部が覗ける小窓があった。
このまま居ても暇だし、一度アリーナ内部の広さと高さを確認する事にしますかね。
丸いアリーナ内部をぐるりと見回してみる。
アリーナ内部の壁沿いに、地面よりも数段高い位置に設置されている観戦席に全生徒が座っているのが見えた。
割とガヤガヤしている。
お祭り気分で高みの見物とはいいご身分の連中だ。
教師陣の方は竜と一緒にアリーナの隅に待機している。
いざという時の為だろう。
...と言うか、模擬戦とは言え竜同士を衝突させる現場にこんなにも多くの生徒が居ても良いのかと言う疑問が浮かび上がる。
また、アリーナ内部そのものも先日ソラヒメが暴れた所為でボロボロだ。
決して安全とは言えない。
あの学園長の事だ、考えなしに生徒を危険に晒すような真似はしないだろう。
何かしらの考えがある...筈なのだが。
『...成る程、結界魔石を客席全体に張り巡らせているのですね』
俺の横から小窓を通してアリーナを同じく見つめるソラヒメ。
どうやらソラヒメも俺と同じ事を考えていたらしく、俺の疑問に対する回答を呟いてくれた。
結界魔石。
確か竜舎の素材にも使われる魔法石の類いの頑丈な鉱物だ。
純度の高い物を敷き詰めればある程度の魔法、物理干渉を無効化する結界としての機能を持たせられるって話だ。
それを使って急造の防護壁としているらしい。
「さて、そろそろ始まってもいい頃だと思うんだが。
まだ始まらねーのかよ」
『シムル、そう慌てずに。
それとシムル、一応もう一度言っておきますが、くれぐれも油断はしない様に。
戦闘に絶対はありませんよ』
「分かってるっての。
俺だってそこまでアホじゃない」
あの生徒代表は見たまんま出来るタイプの人間だろう。
気を抜けば足元を掬われる事くらいは流石に分かる。
「おっ、学園長が出て来たな」
小窓から学園長がアリーナ中央に出て来たのが見えた。
「諸君、静粛に」
ガヤガヤしていた生徒達がスッと静かになる。
学園長様の貫禄ってやつかね。
「それでは、只今よりローナス生徒代表、首段アルス・テルドロッテとローナス生徒、尾段シムルとの模擬戦を始める。
双方、己が誇りの象徴たる竜と共に、前へ」
「さ、お呼びがかかったぞソラヒメ。
行くか」
『行きましょう』
そうしてアリーナ内部へ向かおうとした時、はっと思い出す。
「そうだソラヒメ、今日はまだ言ってなかったな」
一瞬頭の上にハテナを浮かべるソラヒメだったが、すぐにあぁと理解を示す。
「よし...行くぜ、相棒ッ!」
『えぇ、相棒!』
俺達は勢いよくアリーナ内へと躍り出た。
一足先に生徒代表の方がアリーナ内へと入っていたらしい。
ギロリとこちらを見据えている。
「オイ、マジかよ」
それと、生徒代表の脇に居る竜はどんなヤツかと思って見てみたが...違った。
何も竜は生徒代表の脇だけに居るんじゃない、正確には両脇に居る。
そう、まさかの双竜だ。
1人の女を2頭の竜が守る様に囲っている光景は中々レアだが、2頭それぞれの外観も異常と言えば異常だ。
竜舎には多くの竜が居たが、こんなのは見た事がない。
こちらから見て左に居るのは火竜。
飛膜前部のみにある筈の魔力結晶はその身体の至る所を覆っており、鎧を着込んで居る様だ。
次に右側に居る翼竜。
前脚と後脚以外にも背中から1対の飛膜が生え、その体は竜舎の翼竜よりひと回り大きい。
今までどこに居たのかは知らないが、間違いなく生徒代表の切り札だ。
「こいつぁ一体...」
『ふむ、真竜ですね』
「真竜?」
ソラヒメが聞きなれない単語を口にする。
いや、初日にちらっと婆さん...副学園長が言ってたっけか。
『えぇ。
真竜とは永い時を経たワイバーンが辿り着く姿。
身体の至る部分が発達している事が主な特徴です。
気をつけてくださいシムル、先日のワイバーンとは比べ物にならない程の力を持って居ます』
「へぇ...」
まさかソラヒメから気をつけろ、って言葉を改めて聞かされると思わなかったな。
確かに他の竜と違ってソラヒメにビビってない辺り、相当デキるらしい。
それに、よく考えれば初日にアリーナに入った時はソラヒメが倒した竜の中にあんな火竜も翼竜も居なかった。
そういやぁ生徒代表も「奇襲で遅れをとった」とか言ってたっけか。
ソラヒメに攻め入られた時はどうやら切り札を使う前に負けていたらしい。
「シムル君」
唐突に学園長から声をかけられる。
「何すか学園長」
「君の事だからアルス君の竜が2頭居ることについて異議申し立てがあると思ったのだが...問題ないかね?」
「問題ないっすよ学園長。
と言うか、生徒代表様がこの場に竜2頭を引き連れて来てる時点でアンタがそれを認めてるって事だろ?
郷に入れば郷に従えってやつだ。
模擬戦って形でここの連中の土俵で勝負してやろうってんだ、この後に及んで今更ウダウダ言わねーよ」
無言で頷く学園長。
こんな所でゴネれば男が廃る。
恐らくだが、学園長もそれが分かって今の会話をしてやがったな。
とんだ出来レースだ。
それに相手の竜が何頭居ようと関係ない。
ソラヒメと一緒にいつも通り暴れまわるだけだ。
ついでに言うと、これは後で分かった事なんだがドラゴンライダーが2頭以上の竜を同時に駆ることは時たまあるらしい。
尤も、戦闘中に2頭の竜に同時に魔力を送り込まなければならないので魔力の調整が難しく、暴走するリスクが非常に高いと言う理由で王宮勤務のドラゴンライダーですら中々やらないらしいが。
「それでは選手宣誓。
ローナス生徒代表、首段アルス・テルドロッテ」
学園長が生徒代表を呼ぶ。
一歩前に出て胸を手に当てる生徒代表。
「首段、アルス・テルドロッテがここに誓う。
我、王立ローナス学園の名に恥じぬ様、正々堂々戦い...必ずや勝利すると」
その宣言は選手宣誓と言うには少し短く、それでいて分かりやすく明確な意思を持っていた。
生徒代表のまさかの勝利宣言により会場中がどよめく。
全く、あの生徒代表はそんなに俺の事が気に食わねーか。
あの野郎......いや、良い機会だ。
ちょうど良い、ダシに使わせてもらう。
「学園長ォ!
俺も一言言わせて貰って良いっすかぁ!?」
学園長がこちらを一瞥、もの凄く嫌そうな顔をする。
オイオイそんな顔すんなって。
まぁ、我ながら今の俺の顔は良からぬことを考えている凶悪笑顔だろうけど。
「...シムル君、どうぞ」
生徒代表と同じ様に少し前に出てから仁王立ちする。
「はいどーもローナスの皆さんっ!
この度ローナスに転入してきたシムルですヨロシクゥ!」
今から模擬戦をするには相応しくない唐突なハイテンションに、先ほどまでどよめいていたアリーナ全体が黙り込む。
いやいや、これからだぜ?
「お前ら...模擬戦がァァァァ!見たいかァァァァ!?」
アリーナ天井に向かって吠え上がる。
俺の呼びかけの趣旨を感じ取った一部の生徒が観戦席から小さく「オォ...」と声をあげた。
よし、乗ってきた奴がいるな。
「ここにいる諸君!
竜は、好きかァァァァ!!??
俺は、大ッ好きだァァァァァァァァ!!!」
ワザと切れ切れと声を溜めつつも、その度に声を張り上げる。
それと同時に俺の声に乗じて観戦席から聞こえる声のボルテージが「「「オォォォォ!オォォォォォォ!!」」」と上がっていく。
「竜に跨り、空を飛ぶ姿に!!燃えるかァァァァ!!??
竜がブレスを吐く瞬間に、心、踊るかァァァァァァァァ!!!???」
「「「オォォォォォォォォォォォォ!!!」」」
アリーナ内の空気が生徒たちの歓声と熱気で震える。
「そしてなによりっ!
魔法のぶつかり合いは大ッ好きかァァァァァァァァァァァァ!!!!!!?????」
「「「オオオオオオオオ!!!!」」」
俺の呼びかけに声のボルテージが最高潮に近づく。
最早アリーナ中の生徒が俺の味方だ。
やっぱ学園の連中は普段勉強漬けでこう言う楽しみ方が新鮮なんだろうな。
目論見どおりだが...ここからが本番だ。
「さて、それでは最高の模擬戦をこの俺、概念干渉使いシムルとその相棒、ソラヒメがお送りするぜッ!」
「「「ウォォォォォォォォォォォォ!!!!」」」
これでハッキリした。
ノリにノっているこのアリーナ内部の連中は完全に俺の味方だ。
正体をバラした所でやはりこのテンションは簡単に落ちはしない。
いや、最早生徒達もなぜ自分達が叫んで居るか分からないくらいにはテンションが上がっている。
さぁ、模擬戦で俺が概念干渉を心置き無く使う為の布石は打った。
そろそろ締めるか。
今回のメインイベントをぶっ放してな!
「そして!
この俺に堂々と勝利宣言をかまして来たアルス代表へ、俺からも勝利宣言だ。
俺は」
一言分貯め、息を大きく吸い。
「この試合に、必ず勝ぁつ!
そして、勝った暁には必ずお前に告白してやんよ、テーーーラァァァァッ!!!!」
この会場のどこかに居るアイツに届く様に、高らかに宣言した。
「「「ワァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」」」
シムルの告白宣言に、アリーナ内部の興奮のボルテージが最大まで高まる。
おう、これぞ青春ってやつだな。
今日この場は既にお祭り騒ぎ、無礼講。
俺が何者であれ、この場を引き立てる役を買って出たならば咎めるものは誰もいない!
後は模擬戦で勝つのみだ。
『シムル、全く貴方と言う人は...』
後ろから色々と言いたそうなソラヒメの呆れた声が聞こえる。
「ま、いいじゃねーかよ。
偶にはこう言うのもよ」
我ながらガラにもない事をしたとは思ってる。
テーラの機嫌を直す方法、それは何か。
色々考えた結果、あっちが俺に惚れてるなら俺だってお前が一番好きだって伝えれば良い。
そんな結論に達した。
実際、俺だって今一番好きなのはお前だテーラ。
付き合うのもやぶさかじゃねーさ。
都会から田舎に会いに来てくれた時はホント、嬉しかったぜ。
まさか王都への連行が目的だとは思ってなかったが。
「さて、パーティー会場も盛り上がって来た事だし。
そんじゃそろそろやっちまっても良いっすか?
学園長」
さっきから視界の隅で頭を抱えている学園長に声を掛ける。
「全くシムル君、君ときたら...。
これから学園長の講話等もあったと言うのに...」
うるせぇ、この模擬戦は学園長にもその責任の一端があんだろ。
ザマァ見ろジジイ、流石にこれは予想外だったろ、好きにやらせてもらう。
...いや、今はそうじゃねぇか。
「俺よりもアッチだアッチ」
そう言って俺が指を指す先には憤怒の表情を浮かべた生徒代表様がいらっしゃった。
「シムル、貴様...!
今の行為は神聖なる決闘を汚し、ローナスの名に泥を塗る行為だと分かっているのか!
全く貴様と言う奴は転入初日から今日の今日までッ......!
何より私に対し勝利宣言とは大きく出たな、図に乗るな!!!」
オォ怖え怖え。
コケにしたつもりはなかったが、告白のダシしたら本気で怒らせちまったか。
坊ちゃんと言い都会の連中は煽りに対する耐性皆無なのかね、知った事じゃねーけど。
「...ふむ、それでは両者共に構えなさい」
講話を諦めて場の空気を読んだ学園長がアリーナの中心から、教師陣が待機している場所まで下がる。
俺はソラヒメに跨り拳を、生徒代表は翼竜に跨り剣を。
双方共に構え合う。
「ふん!
貴様が概念干渉使いだとは...笑える冗談だ。
道化師でも目指したらどうだ?
それに貴様、武器すら用意していないのか?」
「あぁ、吹っかけられた喧嘩で死人を出すほどアホじゃないんでな」
事実、今回の模擬戦は生徒代表が吹っかけて来たも同然の厄介ごとだ。
「武器も無しで私に勝とうとは、思い上がるのも良い加減にしろっ!
...もう良い、これは決闘ではなく私闘だ。
貴様の様な山猿に仕える愚かな星竜共々、完膚なきまでに叩き潰して誅罰を下してくれるわ!!」
...あぁん?
コイツ、今まで人が軽くあしらってやってたからって調子に乗りやがって。
今テメェは俺の逆鱗に触れやがったな?
「やれるモンならやってみやがれ、このパツキン野郎がぁ!
行くぞ、ソラヒメェ!!」
『グォォォォォォォォ!!!!』
俺の声に呼応して珍しく吠えるソラヒメ。
手前がその気なら俺らもテンション振り切ってやんよ。
かかって来やがれ。
「始め!」
見かねた学園長からゴーサイン。
ここから先は拳で語り合おうや。
ローナス生徒代表、首段アルス・テルドロッテ!!
シムル「デュエル開始の宣言をしろ、磯野!」
磯野「(次回、)デュエル開始ィィィィ!」
次回からちゃんと戦闘描写入れます。




