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EX 現在と追憶

全国書店にてコミカライズ1〜3巻発売中です!


シリーズ累計10万部を突破し大好評です、ありがとうございます!

 とある日の晩、ローナスの学園長室にて。

 書類整理をこなす学園長アルバヌスの元に、窓からヒュウと風が吹き込んだ。

 その直後、アルバヌスは書類に視線を向けたまま目を細めた。


「……このような夜更けに、何者かね」


「久しいなアルバヌス。俺だよ、グライムだ。……音も立てなかった筈なんだが、お前相手じゃバレバレだな」


 学園長室に突如として忍び込んだ男、グライムはカツカツと靴音を立てながらアルバヌスへ迫る。

 部屋の明かりはアルバヌスの机に置かれているランプのみ。

 近くに連れて明らかになっていったグライムの出で立ちは、老いた隻眼の旅人といったものだった。

 背に巨剣を担ぎ、闇色の外套に身を包んでおり、残った片目には歳を感じさせないギラリとした輝きがある。


「何用だ、グライム。ここは未来を担う若人の学び舎。昔馴染みのお前と言えど、他所の武人が容易に近くなと言った筈」


 普段の柔和な雰囲気を消し、アルバヌスの声音に鋭い気配が混じる。

 それを野の獣のように敏感に察知したグライムは苦笑した。


「おうおう、落ち着けよ年甲斐もなく。お前だって今や学園長だろ、そうカッカするな。……とは言えお前も、俺がここに来た理由くらい分かってんだろ?」


「はて、何かな。老いたせいか、最近物忘れが酷くてな」


「とぼけんなよ、お前がそう簡単に耄碌するかよ。ボケたふりしたってお前も気づいているだろう? 最近バーリッシュが概念干渉ノーネーム使いを使って派手に暴れてる辺りから、例の計画の発動も近いって話をよ」


 グライムの言葉を受け、アルバヌスは低く唸った。

 それを見たグライムは「やっぱりな」と頷く。


「それでここにいるんだろ、風の噂に聞いたぜ? あいつの、シュンの息子がこの学園に入っているってよ。確かシムルって名前だったか。どうだ、シュンに似て賢い学者さんタイプか?」


 茶化した物言いのグライムに、アルバヌスは破顔した。


「いいや、一見すれば全く真逆じゃよ。シュンのような落ち着きも計画性もない。だが強い力を宿した瞳なのは同じなのと……」


「やっぱりシュンと同じく、俺たちの知らない知識も持ってるか? 特に数学系統、まだこの世界のどこを探しても発明も発見もされていない、未知の知識を」


「……ああ。お前のことだ、シュンが亡くなったのは知っていようがな。どうやらシュンは死ぬ前に、シムル君に全ての知識を授けたらしい」


「だろうな。じゃなきゃ概念干渉なんて力に目覚める訳がない。……だったら話は早い。俺はそのシムルをバーリッシュに連れて行く。そんで奴らの計画を潰す。バーリッシュの奴らも大分力のある概念干渉使いを蓄えている。多分もう、シュンの息子くらいじゃなきゃ対抗できないだろうからな」


 そう言って踵を返そうとしたグライムに、アルバヌスは待ったをかけた。


「待て。それは許さん」


「……何故だ? そのシムルって奴も自分が何をすべきか分かっているだろうよ。あのシュンの息子なら、バーリッシュに対して怒り心頭だろうし……」


「問題は、シムル君が事情を何一つ知らされていない点にある」


「……何?」


 グライムはアルバヌスの元まで戻り、声を低めた。


「おい、それ本当か。シュンの奴、力と知識だけくれてやって、肝心の部分を息子に何一つ話していないと? ……母親についても、まさか概念干渉についてもか?」


「それは間違いない。寧ろシュンが全て話していたなら、シムル君も私の名前を聞いて何か思うところがあっただろう。けれど何も反応がなく、知らなかったということは……」


「……シュンの奴、息子をバーリッシュの動きに巻き込みたくなかったんだな。シュンがバーリッシュから息子を連れて逃げた先、確かセプト村って言ったか。なるほど、息子にはあの片田舎で静かに何も知らずに生きて欲しかったと、そんなところか。……でなきゃシュンの唯一無二の親友であるお前のことを、息子に話さない理由もない」


 アルバヌスとグライムの間に沈黙が流れた。

 アルバヌスに話を通し、シムルを連れて行くつもりだったグライムもどうしたものかと悩んでいる雰囲気である。


「で、アルバヌスよ」


「何じゃ」


「お前、このままシュンの息子に全部黙っているつもりか? 話は戻るが、最近バーリッシュが概念干渉ノーネーム使いを使って派手に暴れてる辺りから、例の計画の発動も近いのは間違いない。奴らこの王国に侵攻して、ワイバーンどころか星竜の住処にまで押しかけるつもりだ。それも概念干渉使いの力技でだ」


「……」


「今この王国はバーリッシュとの戦時下で、その鍵を握るのは概念干渉使い。──そんでシュンの息子は、生まれる前から最強の概念干渉使いになると目されていた上、最近じゃ散々奴らの邪魔をしてるって噂じゃねーか。間違いなくバーリッシュの奴らは放っておかない。なのに肝心のシムル本人は何も知らない、知らされていない……それでいいのか?」


 畳み掛けてくるグライムに、アルバヌスは言った。


「……私も、悩んでいるのだ。彼に真実を打ち明けていいものかと。もし真実を知ろうものなら、もしやまだ若い彼は衝動に任せて何をしでかすか。シムル君も言動に反してそこまで短慮な性格ではないようだが……」


 アルバヌスは大きくため息をついた。


「シムル君の母親は件は当然ながら、さらなる問題はシュンの死因。その真相は、お前も既に突き止めているか、おおよそ察している筈だ」


「……バーリッシュだろ。俺も伊達に旅を続けている訳じゃないしな。尻尾も掴んでる」


 アルバヌスは深く頷いた。


「バーリッシュの刺客は、シュンを確実に消すため、セプト村の魔物除けを巧妙に解除して村内部に魔物を雪崩込ませた。当時はユグドラシル王国とバーリッシュの戦は、今ほど過激化していなかった。証拠を残さないという意味でも、辺境の村に住むシュンを魔物の力で消すのは容易だったであろうよ」


「ああ、そりゃな。ただ連中の誤算は、シュンの息子を仕留め損なっていたことだろうな。奴らも焦っただろうよ。最強の概念干渉使いが成長していた上、気がつけば王都の学園にいる。セプト村の時みたく、もう容易に手出しはできない」


 グライムは「お前もうまく匿ったもんだ」と肩をすくめた。


「……で、ここまでの話を踏まえてだ。そのシムルってやつにはそろそろ全部を話していい頃じゃないのか? ローナスの生徒になるだけの頭があるなら、冷静に受け止めて整理できるだろ」


「まあ、そうかもしれぬが、否かもしれぬ。まだ時期尚早とは思わぬか? シムル君もこの学園の生徒。まだ若い身空で、国を超えたいざこざに巻き込むのはいかがなものか」


「国を超えた話でも、シムルにとっては身内の話だろう。酷な話でも知らんよりはマシだと思うが……。近くにいるお前がそう言うなら、時期尚早なのは本当かもだが」


 グライムは顎のヒゲをボリボリとかいた。


「ともかくできることなら、お前から全部伝えてやれ。それにお前、シュンがバーリッシュから出る前に頼まれたこと、覚えているよな?」


「いつか自分に何かあれば、息子を頼む、か?」


「息子を頼むと言われた以上、真実を打ち明けてやるのも責務だろう?」


「話す内容とタイミングを選ぶのも大人の責務だと思うがな。教育者ならば特に」


 アルバヌスの言葉に、グライムはケッと吐き捨てた。

 それから窓際まで向かうと、大きく跳躍し、夜の闇へと消え去った。


「全く、急かしおって。……せめてシムル君が卒業し、自分の身の振り方を考えられるようになるまで、待ってやれぬかと思っていたが……」


 ──グライムの危惧通り、バーリッシュは待ってくれまい。


 しかもシムルは、数人の概念干渉使いを真正面から打倒した上、内通者だったメルニウスすら倒しきっている。

 ユグドラシル王国最強のドラゴンライダーを下すほどの概念干渉使いが敵対しているとなれば、バーリッシュも黙ってはいまい。

 ましてやバーリッシュがシュンを消した理由も、シムルのようなバーリッシュの支配下にない概念干渉使いを、増やさないようにするためだ。

 いずれにせよ、シムルに対して刺客が放たれる可能性すらある。


「時の流れには逆らえぬ、か」


 アルバヌスは椅子に深く腰掛け、懐かしい過去に想いを馳せた。

 まだアルバヌスがグライムと冒険者として旅をし、シュンと出会い、三人でパーティーを組んでいた頃のことを。


 ***


 アルバヌス・ハルクベルグは、バーリッシュ帝国における辺境貴族の四男坊であった。

 幼い頃から利かん坊で、暇さえあれば棒切れを剣に見立てては鋭く振るい、魔法も合わせた鍛錬を繰り返していた。

 家督とは無縁の四男坊である立場上、アルバヌスは自由に振る舞うことが許されていた。

 兄たちのように学問に打ち込む必要もなく、己の好きなように剣技を磨く日々。

 そんな彼が、狭い領地を出て、己の手で武勲を上げたいと考えるのは自然な流れだった。

 さらに父の言葉が、彼の出奔を後押しすることとなった。


「お前は兄のように頭が冴えているわけでもない。さりとて勉学に励むわけでもなく、野山を駆け回る日々。いい加減分を弁え、貴族としての自覚を持て」


 要は頭の回りが悪く元気の有り余る四男坊を憂いた父の言葉だったが、若く血気盛んなアルバヌスを外界に駆り立てるのはその言葉だけで十分だった。


「確かに俺は、兄さんたちのように賢くはない。だが、この腕っぷしがある! 己の身一つで名を上げ、ハルクベルグ家の名に恥じない男であると証明して参ります」


 そう言い捨てるや否や、アルバヌスは家を出てバーリッシュ帝国の各地を回っていった。

 そうして彼は冒険者……今でこそバーリッシュ帝国内では「職業」として認められているが、当時は旅人の通称だった……となり、優れた魔術と剣技でモンスターを倒し、次々に名を上げていった。

 さらにそんな彼の噂を聞きつけ、一人の冒険者が現れる。


「おう、お前が常勝不敗のアルバヌスか。俺はグライムってんだ。いい腕なんだろ? いっちょ俺と……喧嘩してくれやっ!」


 竜種を含めたモンスターとの死闘に幾度となく勝利してきたアルバヌスは、人間との力比べに負けるはずもなしとし、結果として三日三晩グライムと打ち合った。

 その幕引きは共倒れ。

 目覚めた二人は互いを対等と認め、同じパーティーを組むに至った。


 ここまでならば、単に凄腕の冒険者同士でパーティーを組み、バーリッシュ帝国内で長きに渡り語り継がれる伝説となるだけの話である。

 ……だが、運命はこの頃から動き出していた。


「……依頼? 名指しとは、俺らもえらく名が知れるようになったもんだ」


「ああ。酒場にいたらな。帝国のお偉方の遣いが儀式の護衛をしてくれってさ。場所はガルス山、一週間後だ」


 ふむ、とアルバヌスは頷く。

 ガルス山といえば、この国を統べる帝王の血族が守る聖地だ。

 さらにバーリッシュ帝国中の自然魔力が大量に流れる地脈でもあり、大規模儀式にはもってこいだろう。


「だが、どうして俺たちに? 俺は辺境貴族の出とはいえ、騎士でもないゴロツキ紛いの冒険者を、何故」


「ハハッ、そりゃ俺も気になったんで聞いたんだが。どうやらモンスターがうようよ寄ってくる可能性があるっぽいんで、それを片っぱしから切り捨てろとよ。手練れは少しでも多い方がいいって判断なんだとさ」


 モンスターは己を強化するため、生命力の源である強い魔力に惹かれ、それを食らう性質を持つ。

 ユグドラシル王国に住まうワイバーンはその性質を逆手に取って、己の魔力を大気中に放ち、餌となるモンスターをおびき寄せるとも聞く。

 もし地脈を使うほどの大儀式を行うなら、確かにモンスターが大量に寄ってくる可能性もある。


「金払いもいい、受けようぜアルバヌス」


「お前が乗り気なら行くさ、グライム」


 それから、一週間後。

 アルバヌスとグライムは、寄せ来るモンスターを斬り捨てる傍、信じられぬといった面持ちで儀式を遠目から眺めていた。


「おい、おいおいおいおい……魔法陣から人間が出てきたぞ」


「バーリッシュ帝国中の地脈内魔力をこの山に集めて、一体何をするかと思えば。まさか人間の召喚とは……って、奴ら変な服を着てないか? 言語も聞きなれない。どこの国の奴らだ」


「しかも黒髪黒目の男もいるぞ。なんとなく茶髪っぽさもあるけど……それでも基本黒一色って奴、見たことないな」


 軽口を叩きつつ、慣れた手つきでモンスターを葬っては、炎の魔法で燃やしていくアルバヌスとグライム。

 そんな彼らの前に、先ほどグライムが話題に出した黒髪黒目の若い男がはしゃぐように駆けてきた。

 周囲にいる魔法使いたちの制止の声は、言語が違うためか届いていないが、幸いモンスターは討伐されきった後だ。


『すごいぞ! 幾何学模様の光を発したかと思えば、虚空から炎が! 君たち、今のは立体映像か? エネルギーは? 制御はどんなふうに行なっている? ああ……会話ができないのが惜しい! 言語も英語じゃなさそうだし、一体ここはどこなんだ!』


 瞳を輝かせて語る、黒髪黒目の若い男。

 もちろんアルバヌスもグライムも「こいつ何言ってんだ」と言葉が通じないため呆然としている。


「なあ、アルバヌス。お前って言語理解の魔法知らない?」


「さて、そんなもんあるのかすら分からないな。……必要があれば作るが?」


 そう言いつつ魔法陣を展開、改変していくアルバヌスと、それを眺めて『素晴らしい! まるでプログラミングのようだが、やはり未知の技術だ。魔法だとでも言うのか!』と歓声をあげる男。


「アルバヌス。お前たまにどうして冒険者やってんのかなーって思うほどの魔法の才能見せるよな。貴族家出身だし、引退したら魔法学園の先生でもやったらどうだ?」


「ははっ、俺が先生とか冗談うまいなグライム。……って黒目のお前、頼むからそんなに覗き込むな。魔法陣の改変がしにくい」


 しかし男は止まる様子もなく、ぐいぐいアルバヌスに寄っている。

 興味のある方にはとことん向かう、知識欲の権化のような気配すらある。

 しばらくして折れたアルバヌスは、ひとまず自己紹介でもと考えた。

 というのも、他の魔法陣から召喚された変な出で立ちの奴らは、向こうで自己紹介らしきものを始めているようだったからだ。


「俺はアルバヌス。こっちはグライムだ」


 自分とグライムに指を差しながら、そう言ったアルバヌス。

 彼は黒髪黒目の男を指して「お前は?」と言った。

 すると男は自己紹介だと理解したようで、一言。


『シュンだ』


「へぇ、シュンって言うのか。よろしくな!」


 ひとまず握手をして、互いに敵意はないと示したアルバヌスとシュン。

 ……と、この時アルバヌスもグライムもシュンの正体など、これっぽっちも知らなかったのだが。

 ひとまずはこれが、アルバヌス、グライムの……バーリッシュ帝国に呼ばれた異郷人の一人こと、シュンとの出会いだった。


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