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魂の器  作者: 菅 承太郎
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三人目のおきなかみき

 向山は、管理官に捜査状況を報告した。中目黒での沖中美紀刺殺事件は、犯人の目撃情報が無く、容疑者を絞り込むにも沖中美紀がこれまでヘッドハントした対象者は、彼女の仕事がアンダーグラウンドであったため特定が出来なかった。ゆえに唯一の手がかりは『沖中美紀』と名乗る女を追うことだった。

 向山には、彼女をたどれば一人目の沖中美紀殺人の手がかりになるとの確信があった。

「はい。現在の沖中美紀の居場所を特定しました。帝大ホテルです。現在捜査員がホテルへ張込み、その存在の確認に向かっているところです。また進捗を報告します」

 向山は電話を切ると、畦地に言った。

「畦地。私はいったん本庁に戻るから、ここをお願い」

「何かあったんですか」

「念のためよ」

 向山は、濱崎綾子との対決を予感して、武器を調達しなければと考えていた。畦地がすぐに行動できるように覆面パトカーはテレビ局に置いて、自分はタクシーを使って警視庁に戻った。

 彼女は、通常、警察官に支給されるニューナンブ60Mの部屋はスルーして、SATの部隊部屋へ向かった。部屋に入ると多くの現場を互いに潜り抜けた盟友、河原がいた。

「河原さん。どうも暫くです」

 河原はパイプ椅子に座り、咥えタバコで向山を見たが無言のままだ。

「竹下通りのバス立て篭もりの事件以来、半年振りですね」

「警視庁のエース、向山警部がこんな部屋に来るとは…。何の用だ」

 そう言うと突然河原が椅子を蹴飛ばし、向山に挑みかかった。河原の格闘スタイルは中国拳法だ。向山の正面に来ると腰を落とし、左足を前、右足を後ろに引き、同時に左の掌底を繰り出した。向山が反射的に右の肘でこれを受ける。第二撃は右からの振り下ろしの手刀、狙いは鎖骨だ。

 向山が左腕を内から外に円の形に回して、手刀を外へ弾いた。空手の回し受けだ。間髪いれず河原の左腕があごを狙って下から振り上げられる。

河原の使う武術は、激しい動きで、一連の動きの反動をそのまま打撃に乗せて威力を増す、中国拳法の中でも恐れられる劈掛拳ひかけんだ。

 向山は紙一重で後ろに飛んだが、逃れたのではなく、着地した反動を利用して再び前に飛びだし正拳を河原の顔面に繰り出した。

 恐るべき速度の正拳を間一髪バック転でかわした河原は、向山と再び対峙した。その距離三メートル。無言の間で充分二秒睨み合った二人は、三秒目で同時に前に出て二つの疾風に変わった。

   バシッ!  お互いに一撃ずつ繰り出してすれ違った。

 にやりと不敵な笑みを浮かべた河原は、その右手に向山が右の耳に着けていたイヤリングをちらちらと見せて「向山、腕が落ちたな」と言い放った。

「冗談でしょ」向山は左手からボタンを三個、バラッと床に落とした。河原は自分のシャツを見て、胸元のボタンが無くなっていることを確かめた。位置は心臓だった。

「むう」

「欲しい火器があります。七.六二ミリ、ブルパップ型の突撃銃を一丁、マガジンは百二十発を四本」

 向山は人差し指を立てた。

「おいおい。相手は何人だ?」河原は、向山の相手は相当数の人数かと推察した。

「それからロケットランチャーを一本、これにはストラップを着けて」

 河原はさすがに目を丸くした。

「戦争でもおっ始める気か!」

「そんなところです。上の許可は取ってません。責任は自分で取ります」

「…俺たちSATでは役不足か?」

「おそらく前代未聞の珍事です」

「分かった。武器庫の鍵はそこだ。俺はマナーを守って喫煙所に行ってくる」

「感謝します」

 向山は河原が部屋を出て行くのを確かめて、鍵をすばやく手に取り武器庫のドアを開け、突撃銃を手に取った向山は、黒光りするフォルムを見つめた。

「役に立てばいいけどねぇ」向山は呟いて武器庫を後にした。


 向山は帝大ホテルに張り込む捜査員に電話をかけていた。

「そっちの動きはどう?」

「今のところ動きはありません。宿泊している部屋を確認しました。909号室です。それから同伴者に外国人がいます。ヨーロッパ系の男性で、別の部屋に泊まっているようですが、沖中美紀と何度か話をしているところを目撃しました」

「外国人男性…。了解、今から私も数名の応援を連れてそちらに向かいます。すぐに彼女に接触するつもりだから、そのつもりで」

「了解です」

 向山は警視庁から車を走らせ、二名の捜査員と伴に帝大ホテルへと向かった。

 ホテルに到着すると、駐車場に車を止めてロビーに上がり、捜査員と合流した。まずは外国人男性の部屋の前に捜査員一名を配置し、次に二名の捜査員と沖中美紀の部屋をノックした。

 二回目のノックでドアが開いた。

「すみません、警視庁の向山といいます。沖中美紀さん?」

「何かしら」

「ちょっとお話聞かせてもらってもいいでしょうか」

「忙しいんだけど」

「お手間は取らせません」向山はそういうと捜査員一名を連れて部屋に入った。部屋はゴージャスなスイートだ。

「中目黒で殺された女性のことご存知ですか?」

「…」美紀は無言だ。

「彼女はあなたの身内でしょう?」向山は、ポケットから写真を取り出して美紀に見せながら言った。

「確かに私そっくりね」

「…とぼけないで。これはどう見ても双子です。身内が殺されて平気なんですか」

 向山は更に続けた。

「更に、検死解剖後、彼女の遺体が何者かに持ち去られました。そしてこちらはイタリアにいる彼女の妹の写真です。名前は沖中直美、彼女も現地で交通事故で死亡しています。あなたたちは三つ子でしょう?そしてあなたは今、沖中美紀と名乗ってヘッドハンターをやっています。どういうことです?あなたの本当の名前は?」

「…私は沖中美紀。仕方ないわね」

 美紀はそう言うと、バッグから拳銃を取り出して向山の横にいる捜査員を射殺した。銃には消音器が着けられていた。

「何を!」

「動かないで」美紀がそう言うと、異変に気づいた部屋の外のもう一人の捜査員が飛び込んできたが、美紀は「ちっ」と舌打ちしてこれも撃った。更に銃口は向山に向けられている。

「最近の警察は優秀ね。でもこれも以前に経験したパターン。私の秘密にたどり着く者は排除する」

「どういうこと!」向山は二人の捜査員が心臓と眉間を打ちぬかれて絶命しているのを見て、美紀の恐るべき射撃の腕前を知った。二人の距離は三メートル、素手で対抗するには分が悪い。

「冥途の土産に教えてあげる。中目黒で私を殺したのは、日塔デジタルの山中直之という男よ。そしてイタリアで死んだのも私。あなたの予想ははずれ。沖中美紀は常に一人」

 向山は、美紀の説明を聞いて混乱した。

「殺しても死なないとでも言うの!?」向山は、自分が何を言っているのか分からなかった。

「ご名答…。殺せばいったん死ぬけど、甦る。何度でもね」

「ふざけないで!そんな人間がいる筈無い」

「話は終わり」美紀は引き金を引こうとした。次の瞬間、部屋のドアが開き三人目の捜査員が飛び込んできた。脇から拳銃を抜いて美紀に向けている。

 美紀が逡巡して、銃口が揺れた一瞬を見逃さなかった向山は、一気に横に飛びまわし蹴りを放った。

 間一髪、身を低くしてこれをかわした美紀は、向山に銃口を向けようとしたが、その手を向山に捕まれ揉み合いになった。銃口が天井に向けられ、拍子に一発発射される。そして後一歩で拳銃を奪い取れるというところで、銃が暴発した。

 胸から血を流して、美紀はその場に倒れた。

「警部…」後から入ってきた捜査員が向山に呟いた。

「何てこと…」向山は呆然としながらも次の瞬間は「救急車!」と叫んで、我に返った。

 美紀の胸からは鮮血が溢れている。弾丸が貫いたのは心臓だ。首の動脈に手を当てたがすぐにこと切れたのが分かった。

 何度でも甦る、という美紀の言葉は全く信じていなかったが、その目で見るまでは確信は持てない。向山はテレビ局で魔物の存在を肌で感じ、科学では証明することの出来ないことに対応する柔軟な感覚を持っていた。

 十分、二十分と待ったが、沖中美紀の言ったように甦る気配はない。三十分を過ぎた頃には管理官をはじめ、相当数の捜査員が警視庁から駆けつけるも、依然変化は無く、殉職した捜査員二名を含む三つの遺体が、検死官によって運ばれていった。

 向山および状況を目撃した捜査員は、管理官に事情を説明したが、不死身と称した沖中美紀の言葉は伏せた。どうせ報告したところで信じる者は居まい。

「その、日塔デジタルの山中直之なる男を指名手配だ」管理官は捜査員に指示した。

 向山は、ホテルの窓から遺体を載せて走り出すバンの車両を見送ったが、胸騒ぎだけが消えなかった。念のためお台場の畦地に電話をかけ、桜野翔への接触者がいないか確認したが杞憂に終わった。


 同じ頃、都内のある産婦人科で赤ん坊を出産した女性がいたが、結果が死産だったことを医師に告げられとうとう発狂した。沖中美紀がホテルで死亡して一時間後の出来事だった。


 捜査員が、沖中美紀が連れていた外国人の部屋に踏み込んだが、もぬけの殻だった。

向山の携帯が鳴ったのは、909号室の現場検証の最中だ。

「向山警部!遺体の搬送中、沖中美紀の遺体が忽然と消えました」

「!」向山は「嘘でしょう」と心の中で思いながらも、やっぱりとも思った。

「途中、落下した可能性は?」と訊いてみたが、当然道を遡行して探したが見つからないとの回答だ。

「本当に甦ったのか…」

 またしても死んだ状態から、甦った沖中美紀を自分の目で見るまでは半信半疑であったが、おそらく近くまた彼女に遭遇する予感がし、柄にも無く「神さま…」と泣きそうな顔で祈っていた。

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