序章
山間の小さな村の外れ。
そこには主を失った、古い洋館がたっている。
草は好き放題に伸びて、温室だったのだろう建物は斜めに傾いていた。
まだここに人が住んでいた頃、ここには都会からやってきた裕福な夫婦と十三になる娘が住んでいたという。
後から人づてに聞いた話だが、娘は生まれつき病弱で、村に来た時にはあと半年生きられればいい方だと医者に宣告された後だったそうだ。
都会の汚れつつある空気では残り少ない死期を早めるだけだ。と、夫妻は考えての引っ越しだったと聞く。
娘は外を元気に走り回る子供たちを毎日窓から見ていた。
一緒に、遊びたい。
一緒に、語り合いたい。
しかし、弱ったその体では決して叶わぬ願いだった。
遊ぼうにも、外に出て行く体力は無い。
語り合おうにも、村の子供たちは屋敷の存在には気づいていても窓の向こうの彼女には気づかなかった。
それを見た夫婦は寂しさを少しでもまぎわらせないかと、その当時はまだ珍しいオルゴールを買い与えた。
部屋に一つ、また一つとオルゴールが増え、屋敷の窓からは毎日違うオルゴールの音色が聞こえるようになった。
そんなとき、音に気づいて窓を見上げた一人の少年が彼女に気づいた。
それから数日後、その少年が屋敷に訪れた。
少年は何も言わずに紙袋を夫妻に渡すと村のほうに走り去っていった。
夫妻が紙袋の中をのぞくと、色とりどりの飴玉と絵本、そして手作りの本のしおりが入っていた。
しおりにはまだ幼さの残る字で
「泣かないで。きみは一人じゃないから。」と、書かれていた。
それを見て、夫妻は驚くと紙袋を手に娘のもとに向かった。
「お父様、お母様・・・それは何?」
娘は両親の手にある紙袋を見ると首をかしげた。
「見てごらん、村の子が持ってきたんだ」
娘は中身を確認すると、その目からは大粒の涙がこぼれた。
悲しみなんかではない嬉しさから流れる涙。
その日から週に一度、少年は紙袋を届けにやってきた。
夫妻が話しかけても少年は紙袋を渡すと何も言わずに去ってしまう。
中身はやはり、飴玉と絵本、それに手作りのしおり。
いつしか彼女は名も知らぬ少年が屋敷を訪れるのを楽しみに待つようになった。
初めて紙袋の届けられたあの日から一年たったある日。
「次にあの子が来たら、今まで本当にありがとうと、すごく嬉しかったと伝えて」
そう呟いて彼女は眠るようにこの世を去った。
最後まで少年の名前を知ることは無かったけれど、
最後まで少年と語り合うことはなかったけれど、
それでも、彼女は幸せだったのだろう。
その顔は微笑んでいるかのようだった。