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自炊

作者: 竹仲法順

     *

 昼になり、キッチンへと入っていって、お湯を沸かす。味噌を使ったスープを作るためだ。俺も慣れている。自炊というものに、だ。普段自宅で書き物の仕事をしていて、入ってくる金は多かった。だが、食事は自分で作るのだ。食材は週末まとめて買い込み、冷蔵庫に入れて仕舞い込んでいる。

 ご飯は大抵、朝方炊いていた。一々とがずに済む無洗米を炊飯ジャーに入れて、炊くのだ。基本的に朝は食べない。起きてすぐは食欲が湧かないのである。いつもカフェオレを作り、カップに二杯ほど飲んでいた。別にそれで済むのだ。野菜ジュースを飲むこともあった。いつも食材と一緒にその手の健康的な飲料も買い込むのだ。

 現役の小説家で、大学在学時にデビューを果たし、ずっと今まで筆一本で来ている。仕事といえば原稿を書くことだった。慣れている。小説やエッセーなどを書き始めてから、十年以上経っていて、文章を書くのが日常の一部になっていた。ただ、どうしてもお腹は空く。そういった時は自炊していた。

     *

 朝は午前五時過ぎか六時前には起き出し、窓を開け放って部屋の掃除をしてから、キッチンへと向かう。そして気付けのコーヒーを一杯淹れて飲んでから洗面し、ヘアワックスを付けて整髪する。必要な時以外、家からはほとんど出ないのだが、それでもいいと思う。その分、屋内で出来る運動などをやっていたのだし……。

「赤松さんもしっかり書いてくださいね。我々出版社もちゃんと見張ってますよ」

 電話でいつも都内に自社ビルを構える大手出版社C社の担当編集者が言ってくる。さすがに書かないわけにはいかなかったので、適当に答えておいた。C社とはずっとデビュー時から世話になっていて、商業出版している。大抵、初版は一万部ぐらい刷り、三版とか四版ぐらいはされていた。派手に増刷が掛かるわけじゃなかったのだが、比較的順当に売れている。赤松(あかまつ)芳樹(よしき)と言えば、ああ、あのミステリー作家だなと有名になっていた。

 稀に東京に行くことがある。もちろん仕事で、だ。だが、基本的に全てが電話やネットなどで済んでいる。別に一々編集者と会う必要はないのだし、ずっと付き合いはあっても年間一、二度会えばそれでいいからだ。俺のように地方都市の郊外に住んでいれば、街に行くだけでも車が必要なのだし……。

     *

 ちょうど昼を食べ終わり、歯を磨いた後、食後のコーヒーを一杯飲む。この季節だと、ホットだ。熱々のコーヒーを啜る。自宅は山荘で一戸建てだ。職業作家になってから、貯めていたお金を叩いて買い、住み続けている。建てるのに多少金は掛かったのだが、別に気にしてなかった。単に自分の家が持てたというだけで。

 昼間パソコンのキーを叩きながら原稿を作る。ミステリーやサスペンスはトリックだけじゃなくて、登場する人間の人間模様も描かないといけない。そう思い、作品を作り続けていた。原稿料が相当入ってくる。年収は四千万ほどあり、ほとんどが執筆した原稿に対し、支払われる対価だ。潤沢に金が入ってきていて、管理に困るぐらいだった。

 考えてみれば、学生時代、作家になるか学者になるか、迷ったことがあった。別に芸術学者でもよかったのである。だが四年間の修養を終えて、卒業制作に原稿用紙二百五十枚の作品を一作書いた後、はっきり決めたのだ。書き手の方を選ぶと。現に同級の人間で大学院まで出ていても、全然ものにならない人間がいる。実に気の毒なのだ。俺なんか在学時からずっと書き続けていて、執筆の方に適性があると思っていたのである。もちろん、ゆっくりする間はないと感じているのだった。職業作家は時間に追われると思い。

     *

 変わらずに執筆し続けていた。C社に送る原稿も、文芸雑誌に持っている連載の原稿もはかどっている。単行本も月に二冊ないし三冊ぐらいは出ていた。実に多作なのである。普通の作家よりも断然仕事をしていた。キーを叩きながら、作品を綴っていく。

 執筆の合間にコーヒーを淹れて飲んだりしていた。買っていたお菓子を付け合わせにすることがある。美食家なのだった。完全自炊していても、安い食材でどうやって美味しい料理を作ればいいか、考えたりしていたのである。もちろん、お菓子はあくまで付け合わせなので、別に関係なかったのだが……。

 パソコンは比較的新しいものを使っていた。作業するので、使いやすいマシーンを持っている。そういったところには金を出し惜しみしない。ただ、生活費に関してはかなりカットしていた。使わないで済む分には一銭も金を出さない。まあ、十万とか二十万ぐらいの金など、はした金だとは思っていたのだが……。

     *

 十二月上旬となると、各文芸雑誌の新年号に載せる作品を書かざるを得ない。気を張っていた。出版関係者も師走は何かと忙しい。書き手も慌しいのだが、原稿を取る方はもっと大変なのである。俺もミステリー関係の文芸雑誌や、その手の作品がよく掲載されている週刊誌などの連載原稿や読み切り作品などは書き綴っていた。

 合間に食事を取り、コーヒーを飲みながら、寛ぐこともある。そういった時間に決まって電話が掛かってくるのだった。編集者などからである。「今、執筆なさってますか?早くご入稿くださいね」といった類の電話だ。適当に答えておく。「執筆中ですから」などと。

 ブレイクした後、コーヒーの入っているカップを持ち、デスクへ戻った。そしてまたキーを叩き始める。原稿の依頼が来るだけでもよかった。やはり直木賞候補になった過去というのは実に強みだ。まだ獲っていないのだが、いずれ獲るだろうと噂されていた。今まで数えきれないぐらいの作品を書き続けてきたのだから……。

 毎日夕方頃、家の外に出て、新鮮な山の空気を吸う。この山荘は一年を通じて住みやすいか住みにくいかと言えば、住みにくい方だった。夏は暑く、冬は極度に冷え込む。その繰り返しだった。エアコンも春秋を除き、ずっと付けている。夏など扇風機だけじゃ凌げないぐらい暑くなるのだし、冬場はヒーターを付けていても冷える。

     *

 夜は眠る時間だ。ベッドに入ると、自然と眠気が差す。俺も三十代だったが、夜間は睡眠に充てている。午後十時にはパソコンの電源を切り、眠前にルイボスティーを一杯淹れて飲んでから休んでいた。日中は作品を作るため、ずっとキーを叩くのだが、それ以外の時は出版社から献本されてきた他作家の作品などを読んだり、ネットで調べ物などをしたりしていた。

 夜が明けると、また朝になる。日々熟睡できていた。朝は早めに起きて一日の支度を整えてから、パソコンに向かう。もちろん食事は自炊だ。朝は食べずにコーヒー一杯で済ませていても、昼や夕方はたくさん食べる。健康的かどうかは分からなかったのだが……。

 日々事件モノばかりを書くのだった。そんなものとはまるで無縁の山の中の自宅の書斎で。

                                   (了)



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