邪悪な影
なんとか警官を振り切り、俺は展望台にたどり着くことができた。目を閉じ、体の力を抜くと、まるで自分が世界と一体化したような感覚を感じた。そして、俺の抜脳内で失われていた記憶の映像が再生された。
今から、7年前。俺がまだ小学生の時だ。あの頃の俺はよく外で友達と遊んでいて、この展望台にも何度も来たことがあった。あの日もいつものように展望台で遊んでいたのだが、見たことのない女の子が木の陰からこちらを見ていることに気付いた。気になった俺はその子に声をかけたんだ。
「やぁ、俺は如月楓。君は?」
今となっては随分大胆なことをしたと思う。子どもの無邪気さって怖い。俺の問いに、その子は少し照れたような、小さな声で答えた。
「・・・ハルナ」
「へぇ、ハルナっていうんだ。ねぇ、よかったら一緒に遊ばない?」
ハルナは何かを迷っていたようで、すぐには答えずに迷っていた。しかし、
「・・・うん」
ハルナはそう笑顔で答え、俺はその笑顔にドキッとした。これが俺たち二人の出会いだった。その後何度か遊んだりして、だんだんと俺の中でハルナに対するある想いが大きくなっていった。
そして迎えた運命の日、日に日に寂しそうな表情を浮かべるハルナの様子から何かを悟った俺は展望台へ向かった。そこで俺は宇宙船の落下に巻き込まれた。
おーい。誰かが俺呼ぶ声が聞こえる。
ふと我に返り、後ろを振り向いた。すると、フェンスの向こうから2人の友達がこちらに向かって手を振っていた。そうか、脳内で再生される映像に集中していて忘れていたが、さっきまで警官に追われていたんだった。
警官の方に目をやると、さっきまでの荒々しい雰囲気はなくなっており、比較的落ち着いているように見えた。とりあえずみんなの元へ戻ろうと想い、俺は今度はできる限り慎重にフェンスを超え、最小限のダメージで反対側へ降り立った。
そして、立ち入り禁止区域に入ったということで警官に3人そろって怒られてしまった。当然である。しかし、今回は注意だけで済んだので、そこは本当に助かった。少しして、俺たちは警官から解放された。
「それで、思い出せたのか?」
和希の問いに俺は自信を持って答えた。
「あぁ、バッチリだ。」
それを聞いた二人は喜んでくれた。
「けが、大丈夫なの?」
昴の指摘通り、有刺鉄線によって俺は負傷していた。正直痛いが、別に死にそうなほど痛いわけでもないし、骨が折れているなどといったような重傷なわけでもない。
「まぁ大丈夫だ。」
「そっか。ならよかった。」
2人は安心した表情を浮かべた。
「しかし、久しぶりにわくわくしたな。」
「たまにはこういうのもいいかもね。」
警察に注意されたり、下手をすればどうなっていたかわからない今回の件に対して、2人は前向きに捉えてくれていたようだった。
「二人とも、本当にありがとな!」
それに応えるように2人は笑って頷いた。
和希の知り合いのおじさんに高枝切りばさみを返しに行く際に、消毒などといった、簡易的ではあるがけがの治療をさせてもらった。おじさん、本当にありがとうございました。
一方その頃、裏である動きが生じていた。
複数のモニターや多くの機材などがおいてある管制室、もしくは司令室思われるような怪しげな薄暗い部屋で、大きな椅子に一人の男が踏ん反り返っていた。ぎらついた目をし、スーツを纏ったガタイのいいその男は、その風格からかなりの権力者であることが容易に想像できた。
ウイーンと後方のドアが開き、その男の部下であろう男が入ってきた。
「失礼します。2日前の世界において、カエデ キサラギが記憶を取り戻しました。」
その言葉に男は椅子ごと体を向けた。
「やはりあの程度での妨害では防げなかったか…」
「また新たな妨害をしかけますか?」
「いや、あまり目立ちすぎると惑星保護機構に気付かれる可能性がある。時空観測装置が作動しているだろうからな。それに過去に干渉するのは最小限に留めたい。」
過去に干渉することは原則禁じられている。認められているのは、惑星保護機構の許可を受けた場合のみである。しかし、許可が下りることはほとんどない。
「では、どういたしましょう?」
心配そうな部下に対し、男は余裕を持って答えた。
「案ずるな。もう手は打ってある。」
そう言って男は邪悪な笑みを浮かべた。
「今の我々の力は衰えていて、かつ証拠を残さないという制限があるためあまり大きな手は使えないが、彼には死んでもらう。あくまで『事故』としてな。」
一段落ついた俺たちは、これからどうするかを話していた。
「なんか色々あってお腹も減ったし、なんか食べていこうぜ。」
「あっ、それいいね。」
どこかで小腹を満たしていくことになったので、俺たちは近くにあるファーストフード店に寄ることにした。すると、そこで思いがけない人物に遭遇してしまった。
「あれ? 楓くん?」
俺を見るなり、俺の好きな女の子である春日葵ことあおちゃんが声をかけてきた。
「やぁ、あおちゃん。」
いきなりで驚いたが、今までで一番といいっていいほど自然にあいさつすることができた。どうやら彼女は女友達と数人で来ていたようだった。和希と昴も軽くあいさつをすませた。
あおちゃんたちはちょうど帰るところだったようで、あまり話すことなく俺たちと入れ違いで帰っていった。
談笑しつつ、小腹の空きを満たせた俺たちは、そこで解散することにした。その帰り道、俺は先程あおちゃんと出会った時のことを考えていた。
今までだったら、あおちゃんに出会う、または話しかけられたりした場合、気持ちが高揚するような、何か熱いものを心の中で感じてした。しかし、さっきは…
また、アルメイダの妨害の件に関しても気になっていた。結局俺たち受けた妨害は、展望台までの道の進行妨害、フェンスの設置、そして、警官の態度の豹変から推測される警官に対する暗示だった。
アルメイダは俺に記憶を取り戻させたくないはずなのに、その割に妨害が大したことなかった。ハルナはアルメイダの力は衰えてきていると言っていたが、本気で俺の邪魔をするなら他にいくらでもやりようがあったのではないか。
このままでは終わらない。そんな予感がしていた。そしてその予感は的中することとなった。
車の通りが少ない道路の歩道を歩いていると、前から一台のトラックが猛スピードで走ってきた。明らかにスピード違反だろと思いながら見ていたら、そのトラックは俺とすれ違う直前で歩道を乗り上げ突っ込んできた。
「え?」
ほんの一瞬の出来事。当然反応なんでできなかった。俺はトラックにぶつかってはね飛ばされた。それからのことは覚えていない。
「カエデ キサラギがトラックと衝突しました。」
部下の報告に対し男はニヤリと笑みを浮かべた。
「ククク、やつは死んだ。これで7年前の真相が暴かれることもなくなった!」
高笑いしている男に対し、装置を眺めていた部下が驚いた声を上げた。
「た、大変です! まだ彼は死んでません!」
「な、なんだと!?」
先程までと態度が一変し、男が慌て始めた。
「そ、即死でなくとも、重体であることに変わりない。これから死ぬ可能性も十分考えられる。」
「確実性を上げるために、さらになんらかの妨害を与えますか?」
「いや、これ以上の妨害は不可能だ…」
男は悔しさに顔を歪めた。
「おのれカエデ キサラギ。しぶといヤツめ…」
何も感じず、何か夢を見ているわけでもなく、自分という個すら認識できなかった。そんな状態だったが、当然すっーっと体に何かが流れ込むような感覚を感じ、俺は目を覚ました。
視界には見慣れない真っ白な天井が広がっていた。
「目が覚めたかい?」
まだ朦朧とする意識の中で声のする方に目をやると、一人の男が立っていた。
「・・・ヴァイロン、さん」
こうして、俺は再び彼と出会った。




