与えられた使命
「・・・えっ!?」
突如言い放たれた言葉に、俺は戦慄した。開いた口が塞がらなかった。
数秒の後、真剣だったヴァイロンの表情が緩んだ。
「まぁ冗談なんだけどね。」
笑いながらそんなこと言うヴァイロン。え? 冗談? ということは俺は死ななくていいの?
「ちょ、ちょっと! そういう冗談はやめてくださいよ! 本当に焦りましたよ!」
さすがに俺は抗議した。冗談にしては性質が悪すぎる。
「いやぁ、すまない。こうしておくともう大抵のことには驚かなくなるかなと 思って。」
「そりゃあさっきほど衝撃的なことってなかなかないと思いますけど・・・」
本気で驚かされて、はい冗談でしたと。向こうとしては遊びの類だったのだろうが、こちらとしては盛大にからかわれてしまったようで少々気分が悪い。
「それにね」
ヴァイロンの表情がまたキリッっとしたものになった。
「仮に君が死んだり、地球から一時的離れたとしても、残念ながら発生したエラーは消えないんだ。」
「・・・そうなんですか。」
これはどうやら一筋縄ではいかなそうだ。
「あと、君の名前は本部のデータベースにアクセスして知ったんだ。データベースにはあらゆる情報がインプットされているからね。」
「なんていうか、本当になんでもありですよね。」
俺は飽きれるしかなかった。宇宙クオリティマジぱねぇっす。
「まぁデータベース使用にはたくさんの制限があるんだけどね。それで話は変わるけど、君は今好きな人はいるかい?」
「えっ、ちょ!? いきなりなに言ってるんですか!?」
予想外の問いかけに俺は取り乱してしまった。本当に話変わりすぎだろ・・・。
「これは大切な質問なんだ。すまないが正直に答えて欲しい。」
ヴァイロンは真剣な表情をしていた。ならば俺もそれに応えるしかあるまい。
「・・・いますよ。」
「やはりそうか! 正直に答えてくれてありがとう。」
ヴァイロンはそう言って微笑んだ。ん? やはり? それもデータベース情報なの?
「あっ、データベースの情報量がいくら膨大だからっていっても、さすがにそんなことまではわからないよ。」
「・・・人の心を勝手に読まないでくださいよ。」
ははっと笑うヴァイロン。何? この人エスパーか何かなの? おっかないわー。
「じゃあどうしてわかったんですか?」
俺は素直に思ったことをヴァイロンにぶつけた。
「あくまで予想だったんだけどね。でも、おかげで解決方法がわかったよ。」
「本当ですか!? 教えてください!」
よくわからないうちに事態は進展したようだ。俺は次の言葉を待った。
「そうだね。順番に話していくよ。」
「・・・お願いします。」
これは大事な話だ。しっかり聞いておかないと。
「まず惑星麻酔でエラーが起きた原因なんだけど、これはさっきも話した通り君の体に我々を同じ細胞が含まれていたからなんだ。」
「はい、それは分かります。」
「でもね、それだけじゃない。それだけではエラーは起きない。他にも原因があったんだ。」
「・・・一体どんな原因が・・・。」
ただでさえ十分すぎる原因だってのに、他に何があるっていうんだよ。
ヴァイロンは一度コホンと咳払いをした。そして、
「『愛』だよ」
「・・・はい?」
そう真顔で言い放ったヴァイロン。いきなり何言ってんのこの人。
いや待て、俺が聞き間違えただけかもしれない。
「あの、今なんて?」
「だから『愛』だよ。英語でいうと『LOVE』だよ。」
聞き間違えじゃなかったー! っていうか宇宙人なのに英語とか詳しいですねあなた!
「ちょ!? いきなりなんですか!? 今大事な話の真っ最中でしょ!」
俺はかなり動揺していた。ヴァイロンは相変わらず真顔。その顔やめてくれ。
「いや、別にふざけているんじゃないよ。我々には地球人にはないある特性があってね。」
「特性? どんな特性なんですか。」
さすが宇宙人。でももう何を言われても驚かないよ?
「実は我々は『愛』に敏感な種族でね、強い恋愛感情は細胞を活性化させるんだよ。」
「・・・。は?」
ちょっと何言ってるかわかんないです。さすがにこれは予想の斜め上ですわ。
「信じられないかもしれないけど、本当だよ。我々は『愛』との結び付きがより一層強いんだ。」
「そ、そうなんですか・・・。」
さすがに嘘はついてないだろう。つまりロマンチスト集団ってことか。
「そして今回、君の中に眠る異細胞は、君の恋愛感情によって活性化していた。 それがエラーを起こしたもう一つの原因だよ。」
「・・・なるほど。そうだったんですか。」
色々ぶっ飛んでる気がするけど、俺の中の異細胞が活性化していたせいで、惑星麻酔に影響を与えちゃったわけね。
「原因はまぁ、分かった、というか受け入れますが、どう対処するんですか?」
「そうだね・・・。」
ヴァイロンは腕を組んで考える仕草をとった。
「その話の前に、君には一度精密検査を受けてもらいたいんだ。」
「え? どうしてですか?」
いきなり精密検査って。何それ怖い。
「なぜ君の体に異細胞が含まれているか。もしかしたらそれが分かるかもしれない。」
真剣な表情なヴァイロン。それに、俺もそのことについてはずっと気になっていた。でも宇宙式の精密検査って何されるの?恐ろしい。
「大丈夫だよ。精密検査といってもそんな大したことじゃないし、すぐに終わるから。」
またしても人の心を読んだかのような発言をするヴァイロン。この人本当にエスパーじゃなかろうか。
「わかりました。僕も気になってたんで。よろしくお願いします。」
ヴァイロンは「わかった」と言って携帯端末?のようなものを使って誰かと話し始めた。そしてすぐに白衣をまとった若い女性が現れた。医者だろうか? とりあえずすごく美人だったと言っておこう。
「では精密検査を行いますのでこちらへどうぞ。」
「あ、はい。」
俺はお姉さんに促され歩いていくと、少し歩いたところでお姉さんが足を止めた。
そこには謎の物体があった。そんなに大きくなく、球体の建物、いや乗り物だろうか。
とにかくこんなものは見たことがない。
「では中へどうぞ。」
「あっ、はい。」
俺はお姉さんに促されるまま中に入った。
そして肝心の精密検査はというと、一瞬で終わってしまった。ベッド横に寝かされ、スキャナーのようなものが体の上を通過していくだけだった。精密検査? どこが?
しかしなんといっても宇宙クオリティ。ばっちりと検査できていたようだった。
検査結果に目を通したヴァイロンは驚いた顔で検査結果を見ていた。何? そんなにやばいの?
深刻な表情でヴァイロンはこちらに近づいてきた。
「・・・検査結果についてなんだけど」
ヴァイロンの表情は少し暗かった。
「あ、あの・・・、何かまずかったんでしょうか・・・。」
一体何が分かったのか。何かがおかしかったのだろうか。
ヴァイロンはこちらをしっかり見た。
「まず、君はもともと普通の人間だったようだ。だがある時、外部から我々と同種の細胞を植え付けらている。」
「・・・えっ!? どういうですか!?」
そんなこと言われてもまったく見に覚えがない。
「詳しいことは分からない。ただ、君はこの異細胞によって生かされているということが分かった。もしこれを除去してしまうと、君の生命活動は停止、つまり、君は死ぬだろう。」
「そ、そんなことって・・・」
淡々と明らかになる衝撃の事実。俺は動揺していた。
「君にこの異細胞が植え付けられているということは、過去に我々の同種に接触したことがあるということになるんだが、何か身に覚えはないかい?」
必死に記憶の中を探ってみる。けれど、全く思い出せない。
「・・・いえ、分からないです。」
「そうか。」とヴァイロンは少し考える素振りを見せた。
「あ、あのっ! 僕の体のことなんですが・・・」
「ん?」
俺の言葉にヴァイロンはこちらを見た。一つ、どうしても聞きたいことがあった。
「何か、普通の人間と違ったりするんでしょうか?」
ヴァイロンは質問の意図を察してくれたようだった。
「大丈夫だよ。君には異細胞が含まれているってだけで、他の地球人となんら変 わりはない。別に特殊能力に目覚めたり、身体能力が向上したりしているわけで はないから。今まで通り生きていけばいいさ。」
ヴァイロンの返答は、俺が欲しい回答そのものだった。考えてみれば、今まで生活していて、特におかしいことはなかったように思える。少し安心したが、どうしても後味の悪さは残った。
「は、はぁ・・・」
溜息混じりの声が出た。よく溜息を吐くを幸せが逃げるというが、すでに逃げてしまっているのではないか。
俺は普通の人間じゃなかったのか。けっこうショックだな・・・。
しかし、いつまでも落ち込んではいられない。今は目の前の問題に集中しないと。
俺は自分の両頬をパチンと叩いた。けっこうな音が響き渡る。
俺の行動に目を丸くするヴァイロン。
「それで・・・」
「ん?」
「それで、どうやったら地球は元通りになるんですか?」
ヴァイロンは「ほう」と感心したようにつぶやいた。
「君は強いな。」
「ただの空元気ですよ。そりゃ色々思うことはありますけど、今はエラーの解除 が最優先事項ですからね。」
そうだこんなところで立ち止まってるわけにはいかない。
そして、ヴァイロンは説明を再開した。
「さっきも言ったけど、恋愛感情に君の異細胞の活性化によってエラーが起きている。だったらその恋愛を成就、もしくは失恋して活性化を抑えればいい。もちろん前者に越したことはないが。」
「ちょ、ちょっと待ってください! 失恋ならわかりますけど、成就したら恋愛感情は活性化したままでは? それに恋を成就させるといったって、一体どうやって? 時間が止まってるのに・・・。」
俺は疑問をそのまま口にした。
「片想いの相手を思う気持ちはとても強く、そして不安定なんだ。両想いになってしまえば細胞の活性化もある程度鎮静化するし、安定するんだ。」
「・・・なるほど。」
片思いの力ってすごいのね。ヴァイロンはすごく熱く語ってるし。
「そして恋を成就させる方法だが・・・。」
少し得意げなヴァイロン。何か秘策があるのだろうか。
「地球の時間をこれ以上進めることはできないけど、戻すことはできる。3日間が限界だけどね。」
なんだその技術!? いや、つっこむのはもうやめよう。
「正確には地球の時間を戻すというより、君に今の記憶を持ったまま3日前にタイムスリップしてもらうことになるね。」
安定の宇宙クオリティ。もう驚かないよ? 本当だよ?
でもここで疑問が一つ。
「あれ、だったら、そもそも地球に惑星麻酔をかけなければいいのでは?」
当然の疑問である。惑星麻酔をかけるのを中止、もしくは俺を一時的に隔離するなりすれば、エラーは起きないはずだ。自分で言ってて怖いけど。
「この時間移動はね、原則的に我々には使用できないんだ。」
「あれ? そうなんですか?」
何か使用制限があるってことかな?
「元々こういった技術は、あくまで惑星保護機構として職務を遂行するためのも のだからね。悪質な使用を防ぐために、原則的には我々以外にしか使用できない 決まりになっているんだ。」
へぇ。なんでもありかと思っていたけど、そういうところはしっかりしてるんだな。それもそうか。
「君の使命は与えられた3日以内に好きな人に告白することだ。」
「・・・ハードル高いな。」
何を隠そう、俺はいままで告白したこともされたこともない。
「私は君ならいけると思うんだけどな。」
「・・・買い被りすぎですよ。」
なぜか俺はヴァイロンに評価されていた。
「でもまぁ、頑張ります!」
「そうか! ありがとう!」
うれしそうなヴァイロン。しかし、すぐに表情は暗くなった。
「元々は我々の責任なのに、君ばかりに押し付けてしまって本当に申し訳ない。」
どうやら俺に責任を丸投げしていることを気にしているようだ。実際俺にしかどうすることもできないから仕方ないと思うんだけど。
「いえ、ですが一つお願いしてもいいですか?」
俺はニヤッっと笑った。
「何だい?」
「今回の件が無事成功したら、一つこちらの要求を聞いてもらってもいいですか?」
こうすれば俺にも得があるし、ヴァイロンの罪悪感も少し消えるだろう。俺って天才?
その意図を汲んでか、ヴァイロンはふっと笑った。
「わかった。できる限りは応えよう。」
「ありがとうございます。」
これはなおのこと頑張らないと。
「早速で申し訳ないんだが、君の準備ができ次第出発してもらいたい。あまり時 間を止めっぱなしにするのは良くないからね。」
「もう大丈夫ですよ。いつでも行けます!」
俺の返事に安心した表情を浮かべるヴァイロン。
ヴァイロンは何やら機械の操作を始めた。そして準備は整った。
「では、検討を祈る。」
「はい! 行ってきます!」
これが強くてニューゲームってやつか。燃えるぜ。
再びヴァイロンが機械を操作すると、だんだん意識が遠のいていった。
「いいかい。地球の命運は君にかかっている。頼んだよ。」
薄れゆく意識の中で、ヴァイロンの言葉が頭の中を何度もこだました。
そうして俺は深い眠りへと誘われていった。