止まった世界
夢を見ていた。夢の中の俺は幼く、満天の星空の下でただ茫然と空を見上げていた。もしかしたら流れ星でも探しているのだろうか。
そして、この夢は俺の過去の記憶なのか、それともただの夢なのか。正直どちらかわからない。
すると突然、星空の中に一際眩しい光が現れた。その光はだんだん大きくなり、同時にゴォォというすさまじい音が響いてきた。何かがこちらに近づいてきているようだ。
これは逃げないとまずい、それを悟ったのか、夢の中の俺は急いでその場から逃げようとした。しかし、時すでに遅し。夢の中の俺は、空から降ってきた大きな「何か」の地面との衝突に巻き込まれてしまった。そして、俺はそこで目を覚ました。
「んっ、朝か・・・。」
何かすごい夢を見た気がする。はっきりとは覚えていないが、未だに夢の余韻に浸るほどには衝撃を受けている。うーん、どんな夢だったかな?
そんなことを考えていたのも束の間、俺はある違和感に襲われた。妙に静かというか。そうだな、無理やり言葉で表そうとするなら、「世界の呼吸が止まっている」といった感じか。
うぅ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。ちなみに言っておくが、俺は断じて中二病などではない。本当だぞ?
でも、違和感を感じたのは本当だ。そんなことを気にしながら、俺は朝食を摂るために2階の自分の部屋から1階の居間へと向かった。
今日は平日。俺、如月楓は高校生なので、いつものように学校に向かわなければならない。この時間なら両親はもう居間にいるはずである。
ちなみに我が家は俺と両親の三人暮らしだ。俺は居間のドアを開けた。そして、目の前に広がる光景を見て目を疑った。
「なんだよ、これ・・・。」
俺は事態が呑み込めなかった。居間には両親が確かに存在している。だが、2人とも時が止まっているかのように全く動いていなかった。
母親は台所で料理を作りながら、父親はテーブルで新聞を読みながら。指一本すら動いていない。
「ちょっと!! 一体どうしたの!!」
俺は慌てて両親のもとへ駆け寄った。しかし返事はない。それどころか、呼吸すらしていなかった。俺は周りを見渡した。
視界に入ったテレビは、ビデオを一時停止しているかのように、ずっと同じ画面が表示されていた。台所の方に目をやると、ガスコンロの火、蛇口から流れる水さえも動作を停止していた。
「・・・時間が止まっているのか?」
俺はもう一度両親の姿を見てみた。すると、先程は確認できなかったが、両親のそれぞれの体を光る輪が囲んでいた。まるで土星の輪のようである。
この輪が原因なのだろうか? 現状では何もわからない。
当然の時間停止。とんでもない状況のはずなのに、不思議と俺は落ち着いていた。
うーん、考えられる可能性としては、これは夢でしたっていうオチだよね。よーし、ちょっとほっぺたをつねってみようか。痛い。どうやら夢じゃないみたい。
この現象は外でも起こっているのだろうか? そう思い、俺は家の外に出た。家の外を駆けずり回ってみたところ、近所の住人、通勤中の人々、それだけではない。目に映るすべての生物、そして無機物までもが完全に静止していた。
家の前まで戻ってきて、俺はただ茫然と立ちすくんでいた。一体何が起こっているのか。なぜ俺だけが動けるのか。他に無事な人間はいないのか。様々な思いが頭の中を駆け巡っていた。
すると、前方からゆっくりと誰かが近づいてきた。自分以外に動いてる人がいる! 俺は考える間もなくその人のもとへ駆け寄った。
その人物は珍しい恰好をしていた。白を基調し、ところどころ黒いラインが入った高級そうなスーツを着ており、背中には白いマント、髪は金髪で、黒いサングラスを着用、身長は180センチほどと思われる若い男だった。
そして、その男は俺を見据えてその口を開いた。
「やっと見つけた。」
「ふぇっ!?」
俺はその発言の意図が分からず、素っ頓狂な声を出してしまった。男の言葉は続く。
「君を探していたんだ。」
俺を探していた? どういうことだ? それにこの男の格好、とてもじゃないが普通の人間には見えない。雰囲気も異質だ。
この男は今起こっている現象について何か知っているのではないか、そんな気がした。
「あなたは何者なんですか!? 何か知ってるんですか!?」
「そうだね、話せば長くなるんだが・・・。」
荒い俺の言葉とは対照的に、男はとても落ち着いていた。
「まずは自己紹介から。私はヴァルキリア・ジェスター・ヴァイロン。惑 星保護機構の者だ。」
「惑星保護機構!?」
そんな組織聞いたこともなかった。
「数ある惑星の生態系を調査、管理、そして保護などを行っている組織の ことだよ。今回君たちの住む地球を調査することになってね、地球全体に惑星麻酔をかけたんだ。」
「ちょ、ちょっと待ってください! 惑星の生態系!? 惑星麻酔!? あなたは何を言っているんですか!?」
意味がわからなかった。ていうか話のスケール大きすぎでしょ。何? 宇宙規模の話なの? いきなりそんなこと言われてもわけがわからないよ。
「あぁ、すまない。その辺も説明しないとね。」
ヴァイロンはコホンと軽く咳払いをした。この人本当に何者なんだ?
「君たち地球人は知らないかもしれないけど、宇宙には様々な惑星があって、様々な生態系が存在している。君たちのような高い知能をもった生物、さらにはもっと優れた生物も、宇宙にはたくさんいるんだよ。」
「ええっ!? マジですかっ!?」
俺は驚いた。すごくすごく驚いた。それって宇宙人がいて、すごい文明を築いているってことだよね。
今、新事実が明らかになりました。世紀の大発見です。
「あぁ。そして、今言った通り宇宙は広いからね。定期的に生態系の調査をしないと、いつか大変なことが起きるかもしれない。そういった脅威を 未然に防ぐためには、それぞれの惑星の生態系を常に把握しておく必要がある。それが我々、惑星保護機構の役割の一つだ。」
「・・・なんか、すごいですね。今日一日で今までの世界観、いや、人 生観が一変しましたよ。」
新しい俺の誕生である。ハッピーバースデイトゥーミー。
「その割に落ち着いてるみたいだけど? もっと動揺するかと思っていた よ。」
「えぇ、僕も自分の適応力の高さにびっくりしてますよ。」
ヴァイロンは興味深いような表情で俺を見ていた。ヴァイロンの言葉は続く。
「それに君は、ついさっき会ったばかりの私のいうことを、何の疑いもなく信じるのかい?」
「そりゃあ普通は信じられないでしょうが、実際に時間が止まっている光 景を目の当たりにしてますしね。信じられない理由はどこにもないです よ。それに、あなたが嘘を言っているようには見えないんですよね。」
それを聞いたヴァイロンは「ふっ、おもしろい。」と言って微笑んだ。そして、ヴァイロンはまた説明を始めた。
「次にさっき言った惑星麻酔についてだけど、言葉通り惑星全体に麻酔を かける、わかりやすく言えば、地球そのものを眠らせて、時間を一時的に 止めたような状態にするといったような感じかな。」
「へぇ、もうなんでもありですね。じゃあ今は地球の調査をしているんですか?」
ヴァイロンの表情が少し陰った。
「本来ならそうだったんだ。早急に終わらせる予定だった。しかし、少々予定が狂ってしまったんだ。君の存在によって。如月楓君。」
意味がわからなかった。どうして俺の存在が影響を与えているのか。あと、俺名前教えてないよね? なんで知ってるの? こわっ!
「・・・それって、どういうことですか? あと、なんで僕の名前を・・・?」
「君の体の一部には、なぜか我々と同じ宇宙上で高位の生命体の細胞が含まれている。そのため、君に調査用に使用する惑星麻酔は通用しない。それどころか、地球用に調整した惑星麻酔が、君の持つその細胞の干渉を受けてエラーを起こしている。このままでは、地球の時間はずっと止まったままだ。」
「なっ、なんだって!?」
俺は驚愕した。なんで俺の体にそんな細胞が? 俺って一体何者なんだ?
「こんなこと、想定外だったからね。だが、我々としてもこのままにはしておけない。エラーを解除するには君の協力が不可欠だ。巻き込んでしまって申し訳ないが、協力してくれないか?」
こちらとしても、時間が止まったままでは困る。ここは協力するべきだろう。
「・・・わかりました。僕は一体何をすればいいんでしょうか?」
俺は恐る恐る尋ねた。だって宇宙規模の問題だぜ? 何をさせられるかわかったもんじゃない。まさか命まではとられないよね?
「簡単だよ。」
ヴァイロンは冷たい笑みを浮かべた。
「悪いけど、君には死んでもらう。地球を救うための犠牲になってくれ。」
何も音がしない世界で、ヴァイロンの冷たい言葉だけが重く響いた。