第一章 白銀の髪を、怖がらない人
エリア・グレイウィングは、物心ついたときから「忌まれた子」だった。
理由は、髪の色だった。
白銀。そして紫水晶のような瞳。
このアルヴェリア王国では、白銀は死の色とされている。古い伝説では、死神は白銀の髪を持つ姿で現れて魂を刈り取るという。だから白銀の髪を持って生まれた子は、死の使いの子として扱われた。
エリアが生まれて一週間後に、両親が死んだ。流行り病だった、と聞いた。
村の人たちは、それを「白銀の子の祟り」と呼んだ。
両親の死後は、村の家を転々とした。長く置いてくれる家はなかった。六歳で孤児院に預けられ、十歳で追い出された。廃屋を見つけて、そこで暮らし始めた。
生きるために魔術を独学した。才能はあったらしいが、「あの子の魔術は死の力だ」と言われて、師につくことも、魔術師組合に登録することもできなかった。
そして今、エリアは二十二歳になっている。
森の奥の小屋にひとりで住み、薬草の調合と、簡単な魔術の依頼で細々と食べている。
前世の記憶は、ずっと持ったままだ。
白銀の髪も紫の瞳も、最初は戸惑った。前世は茶色い目の、ぼんやりした地味な顔だったから、鏡を見るたびに他人を見ている気分になる。
綺麗な顔だとは思う。ただ、この国では不吉の象徴なので、素直に喜べない。
「今日も、誰も来なかったな」
鍋をかき混ぜながら、エリアは呟いた。
三日、依頼がない。食料の備蓄はあと五日分。そろそろ王都に出なければならない。
王都は好きではない。視線がきつい。子どもが泣く。老婆が護符を握りしめる。
それでも生きていかなければならないので、行くしかない。前世で三十一年、理不尽に耐える技術だけは磨いた。それは今も役に立っている。
エリアは薬草のエキスを瓶に詰め、ぼろぼろの外套を羽織った。
外は曇っていた。
◇
王都の南門を潜ると、すぐに視線が刺さった。
露店の商人が目を逸らす。子どもが指を差して、親に手を引かれる。門番が半歩下がる。
慣れている。慣れているが、平気かと言えば平気ではない。
エリアはフードを目深に被って、依頼板のある広場へ向かった。収穫祭が近いせいで、人が多い。足音を立てずに歩くのが、いつのまにか癖になっていた。
掲示板には依頼が貼り出されている。魔物討伐、薬草採取、護符作成。
手を伸ばしかけたとき、横から肩をぶつけられた。
体が傾く。瓶が滑り落ちそうになって、慌てて抱え直そうとした。その拍子に、足がもつれた。
転んだ。
瓶が石畳に転がる。フードが外れる。
白銀の髪が流れ落ちて、曇り空の下にさらされた。
一瞬、広場が静まり返った。
「死の魔女だ」
「白銀の――」
「祟られる、逃げろ」
ざわめきが、波のように広がっていく。
人が離れていく。石を投げ込まれた池のように、エリアを中心にして空白が広がる。
慣れている。わかっている。
それでも、石畳の上にひとり取り残されると、胸の奥がじくりと痛む。
瓶を拾おうと手を伸ばした。
「怪我はないか」
低い声が、頭の上から降ってきた。
顔を上げると、黒ずくめの男が立っていた。
漆黒の軍服。左胸に金の紋章。黒曜石のような髪と、同じ色の瞳。
整った顔立ちだった。整いすぎていて、彫刻に近い。年は三十前後だろうか。表情がほとんどない。
「……大丈夫です」
「頭を打っていないか」
「打っていません」
男は無言でしゃがみ込むと、散らばった瓶を一本ずつ拾い始めた。
エリアは目を丸くした。
白銀の髪を見ている。見た上で、逃げない。護符も握らない。顔色ひとつ変えない。
「これで全部か」
差し出された手の中に、六本。全部揃っていた。
「……はい。ありがとうございます」
「ここは足元が悪い。気をつけろ」
それだけ言って、男は立ち上がった。踵を返しかける。
エリアは、気がつくと声をかけていた。
「あの」
男が振り返る。
「あなたは、怖くないんですか」
「何が」
「私の髪。白銀の――」
「色が不吉だと思ったことはない」
短く、断言するように言った。
それから、また歩き出した。黒い背中が、人混みに溶けていく。
エリアは、その背中が消えた方向をしばらく見ていた。
名前を、聞きそびれた。
聞いてどうするわけでもない。それでも、聞きそびれたと思った。
前世から数えて、五十三年。
誰かに助けられたのは、たぶん初めてだった。




