光
普段は仕事に忙殺されているサラリーマン、田中修一。
都内の中堅企業に勤め、気がつけば三十代も半ばを過ぎていた。平日は満員電車に揺られ、書類と数字に追われ、帰宅はいつも日付が変わる頃。休日と呼べるものは、ただ体を休めるために存在しているようなものだった。
今日は久しぶりの完全な休日。目覚ましをかけることもなく、気づけば昼過ぎまで眠っていた。
起きてからも特にやることはなく、テレビをつけっぱなしにしてソファでごろごろする。いつの間にか空はオレンジ色に染まり、部屋の中も薄暗くなってきていた。
「……そろそろ何か買いに行くか」
そう思って窓に近づきカーテンを少しだけ開く。外はもう夕暮れで、向かいのマンションの影が長く伸びていた。
ふと視線を部屋に戻したときだった。
タンスの横、日が当たるはずのない壁の一角に丸い光が浮かんでいる。
「……ん?」
どこかのガラスか金属が反射しているのだろう。
特に気にも留めず、そのまま財布を持って外へ出た。
――翌朝。
仕事に行く準備をしながらふとその場所に目がいく。
昨日と同じ位置に同じように丸い光がある。
「……まだある?」
しかも、よく見ると少し大きくなっているように見えた。部屋をぐるりと見回すが反射しそうなものは見当たらない。そもそも、この部屋は朝日が直接入らない向きだ。
「……?」
違和感はあったが時間は待ってくれない。
修一はスーツに袖を通し、そのまま家を出た。
その日はやけに仕事が長引いた。終電近くで帰宅し、玄関で靴を脱いだ瞬間どっと疲れが押し寄せる。上着だけ脱ぎベッドに倒れ込んだ。
「……疲れた」
このまま寝てしまうのはまずいと思い体を起こしたときだった。タンスの横がやけに明るい。
見た瞬間、息が止まった。
光はもはや単なる光ではなかった。バスケットボールほどの大きさに拡がりはっきりと存在感を放っている。
「……え?」
反射ではない。
そう直感的に理解した。
恐る恐る近づき手を伸ばす。
光の中に指を入れてみるが感覚はない。
影もできず光は揺らぎもしない。
「……意味わかんねぇ……」
理解はできないが、その夜はそのまま眠りについた。
翌朝。
目を開けた瞬間、部屋が明るすぎることに気づく。
光は直径一メートルほどにまで成長していた。その端はすでにベッドに触れている。
「……どんどんデカくなってるじゃん……」
逃げるべきかと思う一方なぜか恐怖はなかった。むしろ、妙な安心感があった。
修一は光の中に足を踏み入れた。
柔らかく、ぬるい。
まるで春の日差しに包まれているような感覚。
見上げると、光の奥に羽衣のような薄い布がゆらゆらと揺れている。
「……何だ、これ……」
手を伸ばして指先がそれに触れた瞬間、世界が白く弾けた。
一週間後。
家族から修一の捜索願が出された。
終




