第三話『混沌の儀式・中編』
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立ち去ったエビーネの後ろ姿を見届け、真四角の石にまん丸の石、それに星型の石に三角の石、おおよそ自然が生み出したとは思えないそれらを並べ始める。
「えっとぉ?これはこっちに、これはあっちに...次にこれに魔力をこめるのね」
独り言を呟きながら淡々と作業をこなしていくフィリニア。振る舞いについては置いておくとして、これだけ見ればしっかり仕事をこなしている魔王様だ。しかし、やけに素直なのにはもちろん理由がある。
『これ頑張ったらフワトローンのショートケーキ好きなだけ食べて良いですから、ね?頑張りましょうよ!』
必死で説得してきたエビーネの姿が鮮明に記憶に残っている。「フワトローン」というのは城下町の有名なケーキ屋のことなのだが、半年に一回ほどお忍びでエビーネにお使いさせているのだ。
「にっひっひ。今回はフワトローンの絶品ふわとろクリームメガいちご盛りのホールケーキかなぁ」
そんな想像を膨らませていると、部屋の外からかつかつと二人分の足跡が聞こえ、一泊おいて扉が開き始めた。
「──フィリニア様、只今連れて参りました。この囚人が此度の儀式の生贄でございます」
誇り高き魔王に仕える聡明な秘書モードのエビーネが連れてきたのは、一目で不穏な雰囲気を感じさせる囚人らしいボロ布を纏い、目隠しされ、さらには自身が犯した罰として頭部のツノを切断された跡がよく目立つ大男だった。
「げぇー見るからに極悪人じゃん!怖いんですけど!」
明らかに雰囲気に合わない言葉をでかでかと発言し、エビーネの鋭い眼光がフィリニアを睨む。
フィリニアは囚人の体や目の隠れた顔をまじまじと覗き込むが、全く表情が読めない。何にも考えてない、心の中が空っぽなんじゃないかと思わせる。
「この方の犯した罪は反乱の煽動に、それに伴う数々の殺人未遂です。要するに内乱罪ですね。
名前は『ドルレラ』です。それ以外のことはあんまりわかってないみたいですね。
...あと、私以外の他人がいる時は絶対お淑やかにするって言いましたよね?幸い、この方は内乱の際の戦いによって耳が聞こえないみたいですから今の発言は聞かれてませんけど...今後気をつけてください!」
「──」
エビーネの言うとおり、フィリニアの魔王らしからぬ発言はこの囚人──ドルレラには聞こえて居ないらしい。何も喋らず、ただ指示を待っているのだろう。
「えー聞こえてないんなら別にいいじゃん。ほら、よくわからん小石は準備オッケーだよ!早く終わらせよー」
「はぁ...それじゃあ始めますよ。──ほんとに気をつけてくださいね」
エビーネがドルレラに繋がれた鎖をちょんちょん、と引っ張ると、その指示に気付いたのかとぼとぼと歩き出し、まるで見えているかの様に魔法陣の真ん中に真っ直ぐ向かっていった。
「それじゃあ、儀式を始めてください」
「はーい」
その言葉を受け、フィリニアが得体の知れない、文字に起こすにはあまりにも難しい奇妙な言語を唱え始める。
「◾️◾️◾️◾️──◾️◾️◾️
◾️◾️◾️◾️◾️」
魔王の一族に伝わるらしい混沌を呼び出す言語。
なぜこの言語を操れるのか、歴代の魔王は口を揃えてこう述べた。「生まれた時から何故か知ってる」と。
「▲▲▲▲▲──▲▲▲▲▲▲▲────よし」
詠唱が終わると同時に、地下室全体が揺れる。
部屋全体の雰囲気が重く、暗くなり、精神が削られる独特の瘴気が漂い始める。
エビーネは恐怖で足がすくみ、目を瞑った。しかしその行為は恐怖を和らげるどころか悪化させる。
──瞼の裏が映す世界すら、混沌に侵されていた。
暗闇から目玉が、腕が、髪の毛が、時間が、空間が、精神が貪られる。
「────ッ」
魂が掻き乱され、絵も言えぬ浮遊感に包まれる。
エビーネが声にならない声を上げる。それと同時だった。物体とも概念とも言えない、怪物と呼ぶのも的を得ないような、
──名状し難い混沌が顕現した。