第二話『混沌の儀式・前編』
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「えぇ〜?なーんでそんなにやつれてる訳?その全身真っ黒のローブも相まってなんか葬式みたいだよ?せっかく綺麗な赤髪もなんかボッサボサだし!わら」
「...誰の所為だと思ってるんですか?絶対わかって言ってますよね?あと、「わら」って口に出して言うのやめてくれません?腑が煮えくり返りそうです」
「はは!面白い冗談ね。仮にでも魔王になったんでしょ私、そなたの行い褒めて遣わすぞ〜」
──ここまでくれば言わなくても分かるだろう。
演説をしていた16代目『カリスマ』魔王ルルイエ・フィリニアは、嘘っぱちの架空の存在である。
容姿こそ並んで立てば正に瓜二つ、その技術を可能にしているのは、エビーネがフィリニアの秘書をやっている所以である特殊能力、言う所の魔法と言うもの、『姿騙り』の効果だ。しかし本物の舐めた態度と怠惰な姿は『カリスマ』とは似ても似つかない。
この事実を知っているのは今のところ、世界でこの2人だけなのだ。
「何で私がこんな事まで...」
「いやさ、普通に考えればわかるでしょ!あたしがそんな魔王なんてめんどくさいの象徴みたいなことする訳ないじゃん。それに、スピーチ代わりにやるって決めた時に約束したじゃん!」
「しましたけど、あそこまで盛り上がるとは思ってなかったんです!これから先、本当にあんな魔王やっていけるんですか?」
エビーネがため息を漏らしながら項垂れていると、フィリニアがガサゴソと散らかったクローゼットの中から紙を取り出す。
「あった!ほらこれ!契約書〜。忘れたとは言わせんよ?」
約束、それは魔王生誕演説の前に二人の間に交わされた一種の契約である。
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①エビーネがスピーチを代わりにやる!
②代わりにあたしは部屋の片付けをする!服とかも片付けます。嘘じゃないよ、多分。
③スピーチの内容はあたしが考える!エビーネはその内容を一言一句違わず発言する事!
※※※
簡易契約書を見せられたエビーネが、諦めたように姿勢を正して話し始める。
「フィリニア様、私が間違っていました。スピーチの内容を自分から考えると言い出すなんて、遂にここまで成長したか、と。それに片付けをするなんて言い出して...騙されました」
エビーネはフィリニアの策略にまんまとハマったのである。あのスピーチをした以上、この姿の『堕落魔王』を絶対に公の場に出す訳にはいかないし、フィリニアがこれから先、真面目に振る舞う訳がない。
つまり──
「私がこの先も、魔王役をやらなきゃいけないと?ええ、ええ、お飾りの魔王と、下働きの影武者──立場逆じゃないですかこれ!」
「わら」
フィリニアが悪い子の顔で笑うのだった。
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数時間後、
魔王城地下3階『儀式の間』
二人は、ほのかに青白く光る薄暗い地下室に来ていた。地下室の2階は罪を犯した囚人が収容される監獄なのだが、その更に下に存在している部屋だ。
壁は所々苔むしていて、大声を出したとしても音の大半は吸収され無に還る。床にいかにもな魔法陣が彫られたその地下3階は、自然と恐怖という感情を際立たせる。
「へー?これが魔王最初の仕事かぁ、なんか地味だね」
「これは唯一、正真正銘魔王の血族のフィリニア様しか出来ないことなので、これだけはやって貰いますよ。──真面目にやらないと、今回ばかりは最悪死にます」
最後の一言、パッとしない表情を浮かべてエビーネ心配そうに俯く。
「?。へいへい、これが終わったら寝て良いんだよね?まあそんなめんどくないし、パパッと終わらせちゃお」
──混沌の儀式。
魔の国ルルイエにおいて、王族のみが許された代々伝わる由緒正しき儀式。二人はその存在自体は知っていたが、実際に行うのは初めてである。
アザナースが生前「恐ろしい儀式だ、アレを必ず年に一回...ここだけの話、この儀式だけで何度魔王になった事を後悔したか...」とぼやいていた事を思い出す。
「で、どうやんの?あたしなーんにも知らないけど」
「え、冗談ですよね...?私、フィリニア様の教育係としてしっかりやり方教えましたよ?」
「何年前の話よ」
「カリキュラム的には2年前ですかね」
「あたしが2年前の授業を覚えているとでも?」
「...」
エビーネは手をおでこにあて、苦虫をすり潰したような表情をする。そして、ローブの中から四つの小石を取り出した。
「とりあえず、フィリニア様はこの小石を魔法陣の4つ角に置いて良い感じに魔力をこめておいて下さい。私は上の階から囚人を連れてくるので」
「囚人!?なんでよ!?」
「本当に何も覚えてないんですね...いいですか?
混沌の儀式は魔の王と『深淵の者たち』が邂逅し、その意識を通じ合わせて国の平穏を守って貰う為に絶対に欠かせないんです!そこで必要になるのが、血に塗れた邪悪な魂です。それを深淵に献上するんですよ。国立図書館にも本あるので読んでください!」
「へいへい...わぁったわぁった。ところでさぁ、それ魔王不在の10年間どうしてたの?」
フィリニアの疑問はもっともだ。10年間、魔王代理として雑務や国との外交をしてきたのはエビーネの兄、トルフなのだ。しかしトルフは王の血族ではない。アザナースが崩御してから10年間、彼女が魔王になる今日まで一体どうやってきたのか。
「─です」
「なんて?」
誰にも聞こえない、耳打ちするような声量でエビーネが呟く。
「してないんです。儀式。10年間」
「え?────早く言ってよそれ!絶対やばいじゃん!」
フィリニアが現在どう言う状況か理解し、今からしなければならない事がかなり──否、とんでもなく重要だと気づき珍しく焦りの感情を見せる。
「いや、2年前に言いました!!」
そう叫んで、一歩一歩足音で怒りを表現しながらエビーネは上の階へ向かって行った。