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新たな門出にお祝いを【3/14追記】




 長い、長い夜だった。






 1週間前。フィルマ・セクルグは、当時婚約者であったリザベル・カービネナに婚約解消を申し出た日に、不思議な時空の(さかのぼ)りを経験した。過去のリザベルに憑依し、彼女の半生を垣間(かいま)見ることとなったのだ。

 ようやく知った過去は、想像を絶するほど苦痛に塗れていた。繰り返される凄惨(せいさん)な日々は、リザベルにある覚悟を決めさせてしまうほどに、彼女から自由と気力を奪い続けていたのである。

 そんな彼女に自由を返すため、フィルマは1週間を断罪準備に費やし、そして先程ようやくそれを成し終えた。リザベルの自由を奪い、縛り付け、その為に世間の裏で行われ続けた法への抵触行為を、次々と断じてみせたのである。その舞台の場となった卒業パーティの場は、そのほとんどの時間を貴族の断罪劇に費やすことになってしまったけれど。

 裏で計画を画策していた者も、私欲の為に他者を喰い物にした者も、リザベルに危害を加えた者は全て、今宵の内に捕えられた。これでようやくリザベルは、本当の"自由"を手に入れたのだ。



 ようやく解放された彼女に、フィルマは望みを問い掛けた。



 今までのように王妃教育に追われることも、貴族らしくあれと望まれることもない。リザベルがしたいことを選べる日々になると告げた(のち)、フィルマは彼女に何がしたいかと彼女の本心に耳を傾ける。



 きっとこれが最後の会話となる───そう決意して。



 フィルマの中で、彼女に傾ける心があることは否定しない。けれど、自身の存在は辛い日々に張り付いた苦痛の象徴のようなものだ。決して側にいることは望めないだろう。

 それでも、今後の人生は彼女への償いに捧げたい。それで許されようなんて思っていない。自らがもっと早く気付けていれば、起こる前に止められた不幸もあっただろう。それらのサインを見逃し続け、奇跡の力を借りなければ気付くことさえ難しかった自分では、彼女を傷付けないように裏で行動するのが精々だろう。





 それなのに、返って来たの願いは意外なもので。






 リザベルは初めての自由に、"フィルマが側にいること"を望んだのだった。







 驚いた。戸惑った。そして、自身の何かしらの行動が彼女に無意識のうちに悪影響を与えてしまったのではないかと、混乱した。

 けれど、そんなものは自惚(うぬぼ)れで。

 彼女は既に、自分の"したいこと"を見つけられるくらい、自分の足で歩けるようになっていたのだ。


 自分がリザベルに悪影響を与えるなんて、烏滸(おこ)がましい。


 リザベルは最初から、誰かを悪人にしないよう自分のために振る舞える、強くてとても優しい人だった。


 だから、リザベルが伝えてくれた言葉は、彼女が心から願った想いだ。そう気付いた時、フィルマは考える間もなくリザベルの手を取っていた。

 そして、リザベルの"願い"を、"現実"のものへと変える。

 


「一緒に行こう。一緒に、海へ行こう」



 "願い"は"予定"に、近々訪れる未来へと変わる。

 自由に結ぶ約束は、もしかしたら過去18年の彼女の人生で、初めてに近い体験だったのかもしれない。長い長い王妃教育の日々では、「明日遊ぼう」の約束すら自分の意思で結べなかったのだから。

 けれど、かつて出来なかったことは、今からすれば良い。行きたいところには行けば良いし、連れて行ってやれば良い。やりたいことは挑戦してみれば良いし、複数人必要ならフィルマが手伝える。ここ数日リザベルに付いていた侍女達だって、喜んで手を貸してくれるだろう。

 そうして、彼女の真っ白になった未来に、一つずつ"楽しみ"を作り出していく。誰に咎められることのない素敵な未来を、好きなように描き出していく。自分の意思で、自分で望んだ未来を、誰かと一緒に紡ぎ出して行く。

 それを繰り返していっぱいになった予定表は、きっと誰が見ても羨むほどに"楽しみ"で埋め尽くされているのだ。


 笑い合う彼女の瞳から、ぽたりと涙が落ちる。それはきっと、かつて望む自由を知らず苦しんでいた、幼い彼女の分だろう。

 ようやく呼吸が出来たかのように震え溢れる涙を、フィルマは黙って受け止め続けた。その涙が枯れるまで、押し殺し続けた声が全部吐き出せるまで。ずっと、側で受け止め続けた。

 暗闇を照らすシャンデリアの優しい光が、彼女を包み込むように淡く滲み続けていた。









 リザベルが泣き始めてから、どのくらい経ったのだろう。泣き疲れたのか荒れた呼吸は、段々とか細い咳に変わり、ようやく先程穏やかな呼吸音へと落ち着いきを見せていた。ずっと背中を撫で続けたフィルマの手は、ドレスの生地に擦れたのか僅かに痺れを訴えている。

 肩の震えが治まり、リザベルの体から力が抜けたように感じたので、フィルマはゆっくりと彼女から腕を離した。シャンデリアの下で覗いたリザベルの顔に、フィルマはくすりと柔らかな微笑みを浮かべる。

 銀の睫毛は朝露が溜まった葉のように濡れていて、目の下は薄明かりでも分かるほどに真っ赤だ。頬には涙の跡がしっかりと張り付いており、同じように赤色に染まった(まぶた)は泣き疲れたのか、今にも閉じてしまいそうなくらい眠そうな様子である。完璧な令嬢と称されていた時の姿とはあまりにかけ離れた子供らしい姿に、思わず愛おしさが込み上げて来た。


「……ぃ、る?」


 泣き過ぎて声が枯れかけているのか、フィル、と呼ぼうとした声は上手く音になっていなかった。自身の喉を押さえて驚くリザベルに、フィルマは安心させるように微笑みを返す。

「喉が渇いただろう。紅茶でも飲むか?」

 銀の髪を撫でながらそう問い掛ければ、リザベルはこくりと頷いた。側に控えていた侍女にフィルマが視線を送れば、彼女はいつの間に用意したのかすぐに紅茶の乗ったワゴンを運んで来てくれた。

 そこに乗っていた茶器に、フィルマはおや、と目を瞬かせる。

 そこにあったのは、貴族が嗜むための美しい白磁のティーセットではなく、庶民が使うような利便性に重きを置いた簡易な茶器だったからだ。

 なるほど。これが医者と侍女達が考えた、リザベルが少しでも味を感じられるように用意した「工夫」なのだろう。そう気が付いて、フィルマは彼らに心の中で感謝を述べた。

 すぐ飲めるようミルクで温度を調整されたものを受け取り、リザベルはゆっくりと口元へ運ぶ。

美味(うま)いか?」

 急がせないようゆったりとした声音で問い掛ければ、リザベルはこくりと頷きを返した。その頬は紅茶の熱のせいかじんわりと赤く染まっており、向かいに立っている侍女も満足そうに微笑んでいる。

 リザベルが落ち着いた頃合いを見計らって、フィルマも小さく手を上げた。

「俺も貰っていいか? 結構喉が渇いてるみたいなんだ」

 割と長時間、飲まず食わずで叫んだり語ったりを繰り返していたせいで、フィルマの喉も渇きを訴えていた。侍女は茶器の種類に一瞬怯んだが、すぐに表情を整え予備のカップに紅茶を注いでくれた。特に茶器の種類など気にしていなかったが、それで不安を抱かせたのなら申し訳ない。先程の感謝と共に、後でこっそり謝っておこう。

「ん、美味いな」

 ホッとするような温かさと、優しい味。じんわりと喉の奥に染み渡るような仄かな甘さが、すっきりとした茶葉の柔らかな香りと相()って、とても心を落ち着かせてくれる味だ。飲みやすく調節された温度もありがたい。

 味わいながら、この緩やかな空気が途切れないよう、合間に相槌のような他愛ない話を振る。中身のない会話は、特に返されなくても支障がない。そうやって穏やかな時間を、のんびりと過ごしていた。

 薫る湯気が、じんわりと指先を温める。

 ほ、っと息を吐いたリザベルのカップが空になったのは、そろそろ日付も変わるのではないかという頃だった。既にリザベルの目は、とろりと眠気に蕩けている。今にも寝てしまいそうなリザベルに、その眠気を途切れさせないようこっそりと、帰り支度を始める。

「今日はお疲れ様、リザベル。たくさん頑張ってくれてありがとう」

 カップをワゴンに戻しながら、締めの挨拶をする。リザベルは既に半分眠気にやられているのか、ぽやぽやとした様子で話半分に頷いていた。この様子では寝支度が出来るか心配なので、小声で侍女に任せることにする。

「夜も遅いし、このまま客間を使ってくれ。どうせ他に使う予定もない」

 他の必需品は後で手配するとして、既にリザベルの様子が限界そうだ。すぐにでも寝かせてあげた方が良いかもしれない。

 フィルマはリザベルの前に再度腰を下ろし、眠気を邪魔しないよう小さな声で挨拶をした。

「おやすみ、リザベル」

 親が子を慈しむように、穏やかな声音で優しく頭を撫でる。そのまま後は侍女に任せて立ち去ろうとしたところで、ハッとしたリザベルが慌ててフィルマの服の裾を掴んだ。


 ぎゅっと、後ろに引き留められるようにフィルマの足が止まる。



「ま、待って!」



 慌てたような、けれど眠気に負けかけているような、そんな小さな声が上がった。どうしたのかと振り向けば、リザベルが何かを言おうとして唇の開閉を繰り返している。急がせないよう、フィルマは再度リザベルの目の前にしゃがみ、小さく微笑んで首を傾げてみせた。

 その仕草に落ち着いたらしいリザベルは、一度深呼吸を挟んでから、覚悟を決めたように目を開く。淡い光の中、リザベルの若草色の瞳が真っ直ぐにフィルマの青い目を射抜くように捉えた。

 すぅ、と息を吸う音が耳に届く。










「 た、誕生日…! おめでっ、とう! 」












 そして次に耳朶(じだ)を打ち鳴らしたのは、そんな祝福の言葉だった。



 驚きに目を見開くフィルマの耳に、続いてりん、ごんと大きな鐘の音が鳴り響く。それは年に一度、卒業パーティの後にだけ音を奏でる、日付変更の合図だった。毎年卒業パーティの日は城下でも成人の日とされるため、新たに大人の仲間入りをした者達が羽目を外しすぎないよう、日付が変わる瞬間に特別に打ち鳴らされるのだ。

 つまりは、鐘の音と共に日付が翌日に跨いだということで。

 それは同時に、フィルマの誕生日の終了を示すものだった。



 そういえば、卒業パーティの日は己の誕生日であった。



 遅かったと、表情(かお)強張(こわば)らせるリザベルを見ながら、フィルマはようやくその事実を思い出す。

 毎年、第一王子であることも手伝って、生誕パーティは盛大に開いてもらっていた。しかし今年は暦の関係上、卒業パーティの日と被っており、生誕パーティの方を取りやめる方針にしたのだ。

 勿論(もちろん)、どちらかをズラすことや1日に2回パーティを行うことなども提案されたが、フィルマがそれを断ったのである。生誕パーティで祝えるのは1人だが、卒業パーティで祝えるのは数え切れないくらいたくさんの人だ。城下で成人の儀を行うことも含めれば、どちらを取るかなんて考えるまでもないだろう。個人の祝い事よりも、多くの門出の方が大事である。

 そう判断して、卒業パーティの日付を決めたのが1年前。蓋を開けてみれば断罪の準備と実行で忙しく、仲間内や身内などでこっそり祝う予定だった誕生日のことは、すっかり頭から抜けてしまっていた。

 恐らく自室には、身内や仲の良い友人達から個人的に貰った贈り物が届いているのだろうが、まだ確認も出来ていない。毎年1番にお祝いしてくれる従者達も、気を張るフィルマを気遣ってか言い出せなかったようで、今年はお祝いらしいお祝いの言葉も聞いていなかった。

 だから今のリザベルの言葉が、今年の誕生日当日に貰った、最初で最後のお祝いということになる。





「……っふは!」

 







 あぁ、多分。


 幸せってこういうことを言うのだな。






 唐突に吹き出したフィルマにおろおろとしていたリザベルだったが、先程のフィルマの対応を思い出したのか恐る恐る彼の背中に手を伸ばす。笑いに震える背中を撫でられ始めたことでフィルマはまた吹き出し、再度笑いの海に沈んでしまった。

 戸惑うリザベルに、何とか笑いを落ち着かせたフィルマが目の端を拭いながら顔を上げた。

「ありがとう、リザベル。すごく、……すごく嬉しかったよ」


 覚えていてくれたことが。


 ……ちゃんと君の中に居られたことが、何よりも。





 きっとこの涙は笑いすぎたせいで。


 嬉しくて幸せだから、溢れた涙なのだ。



 月明かりが薄らと差し込む部屋の中で、フィルマはゆったりと彼女の前に(ひざまず)いた。背から離れた手を捕まえて、フィルマは捧げるように自身の額へと持ち上げる。その姿はまるで、彼女を守る騎士のようだった。

「リザベルに祝ってもらえて、凄く嬉しかった。覚えていてくれてありがとう。俺は凄く幸せ者だな」

 喜びと高揚感に任せて、感じたことをきちんと言葉にする。当たり前を伝える大切さは、ここ1週間で散々思い知った。

 はっきりと返された喜びの言葉に、リザベルはきょとんとした顔を浮かべる。けれどすぐに穏やかに表情を緩め、柔らかな笑みを咲かせた。

「おめでとう、フィル」

 再び紡がれた寿(ことほ)ぎに、胸の中がふわりと温かな喜びで満ちた。

「最高の誕生日になったよ。ありがとう」

 改めて礼を言えば、リザベルは安心したように囁いた。

「次は、当日にもっとちゃんと、お祝いするね」



 ───次。

 当たり前のようにリザベルが紡いだ「次」に、フィルマは一瞬大きく目を見開く。そして、涙を堪えるように心の底から笑顔を浮かべた。






「───うん、楽しみにしてる」







 月明かりが微笑む夜空の下。2人の間で交わされたた約束は、楽しげな未来を予言する。

 もう遅いから、と。就寝の挨拶を交わし侍女にリザベルを頼んだ後で、フィルマは自室に戻ることにした。

 とっくに卒業パーティも終わり、ほとんどの人が寝静まった夜更け。フィルマは彼らを起こさぬよう、気を付けながら軽い足取りで帰路を歩む。途中の窓から覗く星空は、いつにも増して綺麗に見えた。





 "私、フィルと一緒に海に行きたい"




 "次は、当日にもっとちゃんと、お祝いするね"





 交わした約束が、報われる未来はもう、すぐそこに。

 そんな"いつか"が訪れるのが待ち遠しくて、フィルマはまるで時間を早く進めるかのように、自室への帰り道を急ぐのであった。

【とってもハッピーなお知らせ】

 この度、この作品「婚約解消を考えていたら、婚約者の過去にタイムリープしてしまったみたいなんだが。」の、電子書籍化が決定いたしました!!


 「ミーティアノベルス」様にて、発売予定です!!すごい!!びっくり!!!


 現在色々と準備中でございますが、情報はまた追って出させていただきますので、まったりとお待ちいただければ幸いです。



 改めまして、読んでくださった皆様に感謝を……!

 皆様の応援のおかげで、こんなに素敵なお知らせをすることが出来ました。私にこの発表を行わせていただいたこと、心より感謝申し上げます。

 これからも精進して参りますので、時折思い出した時にでもふらっと立ち寄ってくださると幸いです(*´꒳`*)


 改めまして、応援ありがとうございました…!!



【3.14追記】

 活動報告書の方にもございますが、改めて電子書籍化の詳細が出ました!

挿絵(By みてみん)

 この部分にはリンクが貼れませんので、活動報告書の方を確認していただけると幸いです

 宜しくお願いいたします(*´꒳`*)

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