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 あれから、多くの改革が行われた。


 腐敗し尽くしたかのような貴族達は一掃され、王を王とも思わぬ彼らには多かれ少なかれの沙汰(さた)が下った。王城を、法を、国を手玉に取ったと高笑いしていた者達は、スレラト侯爵家の摘発と共に芋蔓式に悪行が晒された。

 今回の事件は、そんなたくさんの悪事が積み重ねられた、ガラクタの山の中に隠されていたものだった。最後に積まれたそれらを見ることは出来ても、1番最初に置かれたものが何かは分からない。一つ一つ上から片付けなければ、奥深くに仕舞(しま)われた悪の根元になど到達出来ないのだ。



 そうやって、彼らの罪は隠れ(みの)にされた。



 利用しやすかっただろう。動かしやすかっただろう。女、金、権力。それらに取り憑かれた者はいとも簡単に理性を失い、頭脳を回すこともなく操り人形と成り果てるのが世の常だ。そうやって膨大な罪で一つの罪を隠した。木の葉を隠すなら森の中とでも言うかのように、一つの計画を、積み上げた悪事の1番最初に置いて隠した。

 その原初の罪が目指したのは、愛した煌めきをその手に収める、ただそれだけのもの。ただそれだけの為に多くの人生が狂わされ、国の在り方は崩れ落ち、民と国は多くの苦難を余儀なくされた。



 そうして今日も、その苦難を少しでも早く払拭する為に、若き次期国王は多くを学ぶ。

「兄上、この争いはどうして起こったんですか?」

「…イーテル様、私のことは授業中だけでも先生と呼ぶように」

「はーい。でも兄上に様付けで呼ばれるのもむず痒いですよ」

「…慣れてくれ、そろそろ1年なんだから」

 窓の外に映る景色は、あの婚約解消騒動時と似たようなものとなっている。季節が一巡し、また新たな季節がやって来たのだ。

 あの後、第一王位継承権は無事にフィルマの弟、イーテルに受け渡された。そしてイーテルの教育係として、フィルマが抜擢(ばってき)された。隠居に近い形で郊外に移り住んだフィルマは、あのパーティで命じられた通り自身の責と民への贖罪を、次期国王への奉仕という形で償っている。自身が培ってきた様々なスキルや経験則を弟に余すことなく授受し、あの出来事が残した爪痕から少しでもより良い方へと導くための手助けを行っている。イーテルはその教えから意図したもの以上のものを吸収し、次期国王となるべく努めていた。更に下の弟であるトリンも、時間が空けばイーテルの隣で授業を聞き、万が一の為、そしていつか臣下に下った時役立てる為、日々学んでいる。

 イーテルの質問に答え、また続きを説明し、と繰り返していたら昼を告げる王城の鐘が鳴った。基本的に王城に居るのは昼までなので、これにて本日の登城は終わることになる。

「それでは本日の授業は以上になります。午後も復習と他の公務に励み、また明日続きを頑張りましょう」

「はい、()()()()様。本日もありがとうございました」

 イーテルはにやりと口角を上げて、注意された通りに俺を教師として扱う。

 フィルマ・エペロア。セクルグ王家からエペロアの公爵位を与えられ、一代限りの貴族となった俺の新しい名前だ。領地はなく、あるのは貴族の責務と仕事だけ。一応王家の血筋として王都に屋敷を与えられたが、そこには住んでいない。これから2時間、馬車で時間を掛けて帰る先が俺の家だ。つまり往復4時間。毎日通うには遠い距離だが、そちらが本来の仕事であり、償わなければならない(とが)なのだから仕方ない。


 長い馬車の中で酔わないからと2()()()の公爵の仕事を終えて、ついでに街並みを見ながら新たな政策や手を付けなければならない公共事業について考える。一時期貴族の不祥事で荒れた街も、今ではほとんど元通り、むしろ更に活気付いた程だ。新たな統治の仕方は民に合っているらしい。その結果をこうして目にする度、ほっと安堵する。

 やがて緩やかに馬車が止まり、自然豊かな土地にぽつんと建った屋敷に降り立つ。ばたばたと洗濯(かご)を持って走り回るメイドや、それを注意する赤髪のメイド長、そして俺の帰宅に気付いて腰を折る従者の姿が見えた。

「ただいま」

「お帰りなさいませ、フィルマ様」

「お帰りなさいませ、フィルマ様。お見苦しいところを失礼します」

「あっ、お帰りなさいませー!ちゃちゃっと洗濯やっちゃいますね~!」

「こら、主人に仕事姿を見せない!」

 洗濯籠を持つメイドは、こちらに引っ越して来て新たに雇った者だ。身辺調査はしっかりと行われ、良くも悪くも裏表のない人物として他の使用人達から可愛がられている。そんなメイドに手を焼かされているメイド長は、唯一カービネナ家でリザベルに危害を加えなかったメイド、ベスだ。彼女は引っ越しの際に俺に頼み込んで来て、ここで働くことになった。不器用で要領が悪いと自身を卑下(ひげ)していたが、それは人一倍丁寧にやろうとするから故で、効率を覚えた彼女は誰よりも飛躍的に能力を伸ばした。お陰でこちらも大助かりとなり、彼女はすぐにメイド長に就任した。先程出迎えてくれた従者や馬車の御者、執事などは俺に付いて来てくれた側近や影などであり、人に恵まれていたことを改めて喜ばしく思った。

「主人というか居候(いそうろう)みたいなものだけどな」

「何を仰いますか!屋敷を取り仕切り、仕事も(こな)している…それを主人と言わず何と言うのです!」

 確かにこの()()()()()がやるべき仕事はほとんど肩代わりしているが、それは俺の意思だ。それに本来住まうべきは別にあるのに、意思と希望に沿ってここに住むことを決めたのは俺自身である。苦笑いをベスの言葉への返事とすれば、洗濯籠を持ったメイドとの追いかけっこは中断し、コートを預かってお茶を淹れてくれることになった。礼を言って、大きめに(あつら)えたサロンに向かえば、ドアを開くと同時に飛び込んで来る影が一つ。

「わっ!?」


「お帰りなさい、フィル!」


 胸元に突進して来たのは、リザベル・()()()()。俺と同様に新たな公爵位を(たまわ)り、この屋敷を与えられた屋敷本来の主人である。長かった銀の髪は肩に付く程度で切り揃えられ、生花を髪飾りとして頭に挿している。その顔はあどけない笑顔に輝き、若草の瞳は純然たる光に煌めいていた。

「ただいま、リザベル。今日は何を吹き込まれたんだ?」

「えっと、『疲れてるフィルマ様にはリザベル様のハグが1番です!』って聞いたから、帰って来てすぐが1番効くかなって」

「そうか。確かに効いたが、ドアにぶつかると危ないぞ」

「効いた?ふふっ、良かった。ドアは気を付けるね」

 サロンに用意されたふかふかのソファに、エスコートしながら2人で腰掛ける。同時にベスが入室し、芳醇(ほうじゅん)な香りの紅茶を淹れてくれた。白磁(はくじ)のカップに琥珀(こはく)色のとろりとした液体が満たされ、鼻腔(びこう)を甘さがくすぐる。ありがとう、と口に含めば、長旅で疲労した体が癒される感覚がした。

「美味いな。疲れに効きそうだ」

「リザベル様のハグには負けるでしょうけど」

「やはりあの入れ知恵はベスの仕業(しわざ)だったか」

 胡乱(うろん)な目で訴えれば、ベスはしれっと視線を交わして会釈した。そんなベスと俺を見比べながら、リザベルはきょとんと首を傾げている。花を崩さぬように頭を撫でながら、俺は苦笑いを浮かべた。

「全く。俺の理性を試すような提案は自重してほしいものだが」

「リザベル様の健気な御心を思ってのものでして。早く観念すれば良いと思っております」


 ベスの言葉に、深い息を吐く。


 俺とリザベルは現在同じ家に住んでいるが、婚約は1年前に白紙にしたきり。つまり婚約者ではない。リザベルに与えられた公爵位は子も存続可能で、婿入りされればそのままメドット公爵家として血を繋いでいくことになる。だから少しでも地位を上げたい貴族から時折見合いや婚約の打診が届くが、リザベルに課せられた多少の公務と共に俺が全て片付けている。リザベルに貴族らしさを求めるのは精神衛生上良くないと理解しているためで、勿論(もちろん)王城もそれを知っているためあまり多くは回されない。けれど流石に婚約の打診はどうすることも出来まいと、最初に届いた時はリザベルに確認したが、その時の返事がこれだ。



 "え?私はフィルと一緒に居るんじゃないの?"



 抑圧されていた分、解放されたことで随分と子供っぽい言動の多くなったリザベルだが、同様に男女の機微についても幼い感性に戻ってしまった。いやそもそも俺と恋人らしいやり取りもないまま育ってしまったため、元々成長していなかったのかもしれない。つまるところ幼子(おさなご)が親に求めるような愛情表現を俺に対して行うようになってしまった。それには先程のような身体接触も含まれており、正直リザベルに心を向けている俺からしたらかなり理性が揺さぶられる。ベスをはじめとした使用人に(そそのか)された、リザベルの元気で真っ直ぐなアプローチはかなり効く。そしてそれ故にリザベルの意思を尊重したい俺は、その情緒が年相応に育つまで行動が(はばか)られる。そんな俺の考えと、いいからさっさと婚約しろと言わんばかりの使用人達の間で時折食い違いという名の強制執行が起き、こうやって俺の葛藤ガン無視の試練がやって来るのだ。俺以外の人々は大体皆結託しているのだから、難儀なものである。

「フィル?…だめ、だった?」

 不安げに瞳を揺らすリザベルを、咄嗟(とっさ)に甘やかそうと口が動く。

「そんなことないよ。俺のために考えてくれてありがとう。凄く癒された」

「本当?良かった」

 嘘は言ってないが、ぱっと全幅の信頼を置いたような笑顔を向けられると罪悪感に駆られる。純粋な心からの気遣いが、理性に負担になるから控えてほしいなどと誰が言えるだろうか。自身の我慢強さに任せるしか道はない。

 リザベルは安心したのか、ベスが注いだ甘い紅茶の入ったカップを両手で持ち、嬉しそうに(すす)る。ホッと息を吐いた後で俺の肩に体を預け、至近距離で目を合わせて微笑んだ。



「フィル、大好き!」



 こうやって爆弾が飛んで来るのだから、やはり俺の理性は試されているようで。

 けれどその表情が、幸せを(かたど)ったかのような喜悦に満ちていたから。





 "幸せになりたいのなら、君を幸せにしたいと思っている人と一緒に居れば良いんだよ"



 "出来れば私が、その人になれたらいいな"





 幼いあの日に願った通り、「その人」になれているのだろうか。なんて、少しだけ心が温かくなったような気がした。


 そして少しでも俺の疲労を癒そうと、幸せを願ってくれているリザベルの努力に報いたい気持ちも湧いて来て。罪の意識を思考の外に追い出して、リザベルの銀の髪に触れる。随分短くなったその毛先に唇を落とし、本音を(こぼ)した。




「あぁ、俺もリザベルを愛してる」




 春は、すぐそこに。




これにて物語は結末となります。2ヶ月という短くも長い期間でしたが、お付き合いくださりありがとうございました!

リリィ側の話やどうしてタイムリープが起こったかなどのお話は、短編としていつかおまけ形式に投稿したいと考えています。その時はまたお付き合いくださると嬉しいです。

またふと思い出した時にでも立ち寄ってくださると僥倖です。

それではまた何処かで。ありがとうございました!

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