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だめだ。全然分からない。
唸りながら、ペリドットだけが嵌まった「8.8」に見える角ばった凹みを眺める。どのくらいそうしていたのか分からないが、ふっと息を吐くと天井からコンコンコンとノック音が3回聞こえて来た。
「"ルビーとサファイアが望むのは"」
「"若草の心に高鳴りを"」
返って来た返事に安心して迎え入れれば、様変わりした部屋に影がぎょっと目を見開いた。
「何ですか、これ」
「いや、実はな…」
手短かにあったことを伝えると、影も部屋を見渡して頷く。白い家具は人為的な傷が付き、一目で「壊れている」と分かるような有様だ。執務机の中に置かれていた大量の証拠品を渡せば、目を丸くしてその内容を確かめ、あまりの酷さにドン引きした声を出す。
「これは…持ち帰りますか?」
「あぁ」
影はとりあえず、と数枚抜き取ると懐にしまい込み、残りはまた先程と同じように積み上げた。それを横目で見ながら謎解きに再び取り掛かろうとしたが、もう疲労が限界なのか何も思い浮かばない。ずっと見つめていると視界がぼやけて来て、2重3重に重なっているようにさえ見える。眉間を押さえて目を休ませていると、部屋を見回していた影がぱちぱちと目を瞬いた。
「…にしても、白地に銀細工ってカービネナ様みたいですね」
「え?」
ポツリと呟いた影に怪訝な顔を向けると、「あ、いや」と体の前で両手を振る。考えを述べるよう促すと、ポリポリと頭を掻いた後で話し出した。
「カービネナ様は銀髪で肌も白いじゃないですか。だから、つい」
「あぁ、なるほど」
確かにリザベルの特徴とよく似ている。外出を許されなかった為に肌は日焼け知らずの白さに染まり、長い髪は夜空に瞬く星々のような銀。あと特徴的であると言えば、春の訪れを知らせるような黄緑色の美しい瞳であるが───。
───黄緑色?
バッと振り向いて、先程嵌め込んだ宝石を見る。そこには紛うことなき黄緑色を讃えた、美しいペリドットが鎮座していた。
嫌な汗が、背筋を垂れる。
机に両手を突いて凹みを見下ろす。ペリドットの両隣にある8のような凹みは一体何なのか。動揺に彷徨った視線がある一点を見つけ、釘で打たれたかのようにそちらに目を奪われた。
何処かの貴族が記した、筆記体で書かれたサイン。ファーストネームだけは省略するように頭文字だけが書かれ、次にピリオドが打たれ、最後にラストネームが端折ることなく全て綴られている。
「…数字、じゃ、ない?」
ラストネームの頭文字も大文字だ。その書類の最初の2文字、ピリオドを含めた3文字を抜き出せば、ちょうど凹みと同じ形になる。本来全てを省略するには最後にもピリオドを打たなければならないが、それは数字に見せるための誘導だったのだ。
震える手で、とある人物のイニシャルを入れる。
嵌め終わったと同時に、ガタンと後ろで音が響いた。振り向くと壁には、先程まで無かった長方形の切れ込みが、丁度人1人がしゃがんで入れる大きさで入っていた。
影と顔を見合わせて、恐る恐る壁に触れる。キィ、と音を立てて後ろに沈んだ。真ん中に軸があるようで、回転式になっている。
「…嫌な予感がする」
ポツリと呟いた俺を、影は真っ直ぐ見つめて来る。
白い家具も、その全てが銀細工であることも、わざと壊され詰め込まれていたことも、全てがおかしかった。それ以上に、どうして居住区からも使用人棟からも離れているここに物置部屋があるのだろうと、不思議だった。滅多に人が訪れないなら掃除も杜撰になり得るものなのに、物置小屋とは思えない程に綺麗だった。
埃一つ、落ちていなかった。
「天井裏で、待っててくれ」
逸る心臓を抑えながら、俺は影に告げる。きっと本来は影に調べさせるべきだ。スレラト侯爵家で、侯爵の私室から愛人の部屋に繋がっていた時のように、先に安全を確認させるべきだ。
けれど。
この先に待ち受けているであろう事実を、誰よりも俺が受け止めなければならないと。そう、感じていた。
目を獣のように眇めて影に告げれば、彼は何も言わずに頷いた。しゃがんで壁の紋様を確認する。裏返しになっても全く同じになるよう作られているその奥からは、決して漏れる光は存在しない。暗闇に慣れた瞳がカーペットを捉え、小さく息を呑んだ。
「行って来る」
「ご武運を」
そうして俺は、キィィ…と不気味に鳴る膝丈の回転扉を潜った。不気味に感じる気配に顔を上げれば、何の感情によるものかも分からない溜め息が漏れる。
そうか。
そうだったのか。
お前の目的は、それか、ネーガルー公爵。
覆い隠した目の奥で、俺はぐしゃりと顔を歪めた。




