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 薄暗い裏路地を抜けると、世界が変わったかのように明るくなる。常にガヤガヤと騒がしく、露店からは客引きの声が響く。活気に溢れ、人がひっきりなしに行き来している。昔からよく来ていたとはいえ、久しぶりかつ普段は静かな王城暮らしである俺でさえ圧倒される景色だ。リザベルが怖がっていないかと視線を向ければ、そのライムグリーンの瞳が麦わら帽の下でキラキラと輝いているのが見えた。

「ベル、歩いてみようか」

「え、あ、はいっ」

 リザベルはこくこくと頷き、俺に手を引かれるまま裏路地から1歩を踏み出す。無骨な石と土で出来た道から、タイルで整備された大通りへと進む。その感触の違いさえ目新しい。リザベルは俺の手を掴みながら、きょろきょろと辺りを見回していた。

「朝食は?」

「軽く、だけ」

「なら適当に食べようか。ちょうど串焼き屋も目の前にある」

 繋いだ手と逆の手で向かいにある店を指すと、風に乗って美味しそうな香りが鼻腔をくすぐった。舌の上を風味が転がり、(よだれ)が出てくる。まだ早い時間で列も出来ていない。昼頃にはとても人気で、常に人だかりが出来ているから運が良い。

「親父、モモ肉2本!」

「あいよ!160クロンね」

 肩にタオルを掛けた汗だくの親父さんは、手際良く焼けたモモ肉の串を壺に入ったタレに付け、懐紙(かいし)に包む。鈍い銀色の硬貨1枚と銅色の硬貨を6枚差し出すと、「毎度あり!」という元気な声と共に串焼きが差し出された。笑顔で受け取ると、店の前からズレてリザベルに懐紙ごと1本手渡す。両手で受け取ったリザベルは、忙しなく視線を動かしてこちらを伺っていた。

「あぁ。こうやって食べるんだよ」

「座らなくて、良いのですか?」

「ここでは食べ歩きが基本だ。大丈夫、懐紙で串の下を覆いながら、そう」

 実際に食べ方を見せながらリザベルに食べ方を指南すると、「いただきます」と小さく呟いて恐る恐る口に含んだ。瞬間目を見開き、じゅわっと熱々の肉汁が溢れて来る串焼きに感嘆の溜め息を漏らす。甘塩っぱいタレが旨味たっぷりの肉と口の中で絡み合い、香ばしい香りが鼻に抜ける。一口サイズに細かく切られたモモ肉は食べやすく、更に懐紙も付いているのだから丁寧に食べれば汚れることもない。たっぷり付けられたタレは縦に持てば手を汚してしまうが、横に持てばちょうど懐紙や地面に落ち、服を汚すこともない。そもそも染み入るように肉を覆っているから落ちることも少ないが、初めてなら難しいだろう。リザベルは苦戦しながらも、丁寧な所作でパクパクと食べていく。美味しさに夢中になっているようで、周りを気にすることなく一生懸命食べ進める。途中で串が邪魔になったようで、どうすべきかとコチラに視線を向けた。

「横にして、噛んで引っ張り出すんだ。こう」

 慣れた手付きで半分に減った串焼きを食べ進めると、信じられないものを見たというリアクションを貰った。貴族として18年生きて来て、城下に出たことがないのならそういう反応になるのも無理はない。けれどリザベルは嫌悪を示すでもなく、頑張って真似するのだから可愛らしい。郷に入れば郷に従えに倣うことの出来る、柔軟な考えの持ち主なのだ。従わなければ殴られる環境下で染み付いたものなので、それが良いとは一概には言えないけれど。

 何とか引っ張り出して続きを食べ始めたリザベルは、こちらを伺いながらも肉に夢中になっている。

美味(うま)いか?」

 問い掛ければリザベルはふと顔を上げた。首を傾げて、俺と串焼きに視線を忙しなく動かしている。やがて納得したように、小さく口を開いた。

「これが、美味(おい)しい」

 独り言のように呟いた後で、俺の方を見て頷く。聞こえなかったふりをして微笑めば、リザベルはこくこくと頷いて、また目の前の串焼きを頬張った。まるで大好物を目の前にした小動物のようだ。頬に付いたタレを親指で拭ってやれば、申し訳なさそうに目を伏せた。

「これはそういう食べ物だから気にしなくて良い」

「なんだい姉ちゃん、こういうところに来るのは初めてかい?」

 串に刺した肉を手際よく焼きながら、店の親父さんが楽しそうに声を掛けて来る。リザベルはビクッと肩を跳ねさせ驚いてしまったので、苦笑いを浮かべながらフォローする。

「あぁ、いつもはもっと田舎の方で暮らしてるんだが、今日は俺に会いに来てくれてね。せっかくだから、あっちじゃ出来ないことを経験させてやろうと思って」

「おぉ、そうかいそうかい!俺の串焼きは国1番の美味さだからな!そりゃあ田舎じゃ味わえないだろうよ。どうだい、もう1本?」

 チラリとリザベルに視線を向けると、モモ肉はきっちり食べ終えて懐紙を畳んでいた。俺を伺うような視線はちらちらと串焼きに移り、他のメニューが気になっている様子である。

「商売上手め。なら皮を1本貰おうか」

「毎度!80クロンだ!」

 同じように懐紙に包んで渡されたので、そのままリザベルに渡す。今度は柔らかい鶏の皮肉だ。先程のモモ肉とは食感が大分違う。油っこさに戸惑うかと思えば、リザベルはこちらも美味しそうに食べ始めた。切り分けが上手くいっていない部分は噛み切れず苦戦していたようだが、それもご愛嬌である。初めての食べ物に夢中になっているようで、周りを気にせず一生懸命食べている。苦しくなったり脂身がキツかったりしたら残りを食べようと思っていたが、そんな心配はいらなかったようだ。綺麗に平らげて、串を懐紙に包んで畳んでいた。放っておくとそのまま持ち歩き続けそうだったので、それをひょいと摘み上げ店の横に用意されたゴミ箱に放る。リザベルは気付いていなかったようで、感心したようにゴミ箱を見つめていた。そんなリザベルの手に指先を絡め、段々と人が集まって来て対応に追われる親父さんに「ご馳走様!」と挨拶をする。目を丸く見開くリザベルに悪戯(いたずら)っぽく笑い返し、まだまだある店とそれらが並ぶ通りを指差した。

「歩きながら店を見よう」

 まだまだ露店はたくさんある。そのどれもがリザベルにとっては未知のもので、初めての経験だ。ゆっくりと歩き出せば、リザベルは頭を忙しなく動かしていろんな店に視線を注いでいる。俺はそれの邪魔をしないよう歩幅を調節しながら、人混みにぶつからないよう気を付けて進んだ。たくさんの初めてに瞳を輝かせるリザベルの横顔に、思わず頬が緩む。俺も初めて来た時はどれもこれもが新鮮で、握り締めた小遣いをどう使おうか頭を悩ませたものである。そんな子供みたいな悩みと期待を、リザベルは今経験しているのだ。

 なんとなく、同行しているのが俺で良かった、と口の中で呟いた。

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