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「ようこそいらっしゃいました」

「あぁ、忙しい時期に悪いな」

 豪奢(ごうしゃ)に飾り立てられた客間で、座り心地の良いふんわりとしたソファに腰掛けていると、聞き覚えのある声と共に大きな影が小さな影を伴って現れた。中年も終わる頃という年齢にしては引き締まった筋肉質な男と、枯れ枝のように細く華奢(きゃしゃ)な女が連れ立って部屋に入って来る。ブランフェル侯爵と侯爵夫人だ。リリィ・チャルファンを養子に迎えたいと申し出た、中より高く上位より低い出世欲のある貴族。

 客観的に見れば、男爵令嬢を妃に迎えたいという王子の願いを叶えるために協力してくれる、優しい人物である。困った人を(たしな)めるかのような厳しくも優しい目つきは、まるで物語に出てくる主人公の味方のおじさんのようだ。その腹の中は強欲に渦巻いていて、暴くことすら億劫(おっくう)なのだけれど。

「卒業パーティの件について、話があるのですが」

 本来、このブランフェル侯爵家には卒業パーティに出席するような年齢の子供はいない。だから王太子殿下がこの話を振るのは不適当だ。しかし今回において、それは適当に変わる。俺の意図を察したのか、ブランフェル侯爵は隠そうともせずに下卑た笑みを浮かべた。俺はそれに気付かないふりをしながら流して、にこりと笑みを返す。


 そうやって腹の内で企んでいると簡単に見せてしまうから、出世にあと1歩届かないのだ。


 そうアドバイスしてやる慈悲も義務もない為、心の中で悪態をつく。

「えぇ、えぇ、理解しております。きっとその話でしょうと」

 目がギラギラと輝いている。それはまるで肉食獣が獲物を見つけたかのようで、わかりやすいのは相手としてやりやすいが引いてしまう。もう少し隠してほしい。そんなことを考えながら笑顔で応対する。俺は、対外的にはリリィと婚約を結ぶためにここに来ているのだ。

「チャルファン男爵令嬢はとても素晴らしい人柄であると聞いております」

 少しこちらに視線を向け、伺いながら話す。俺がその話で合っていると頷けば、わかりやすくホッとした顔をしてあからさまに持ち上げ始めた。

「美しく聡明で、きっと殿下を支えるに相応しい淑女でいらっしゃる」

「そうですね。けれど、身分差が問題なのです。男爵家では、王妃となることは難しい」

「えぇ、えぇ。しかしご安心ください、殿下。我がブランフェル侯爵家が後継人に付きましょう」

「侯爵家が?しかし、それでは侯爵家に何の利益もないのでは…」

 無知な子供を演じて、馬鹿みたいなことを返してみる。王妃を輩出した家が全く利益を受けないわけがない。場合によっては地位も上がるし、社交界では注目の的になるはずだ。そこで上手く手を打てば、将来に不安など塵一つ残らないだろう。しかしそんなことを馬鹿正直に言えば、利益重視の軽い奴だと思われてしまう。だからこそ、彼らはここでこう言うはずだ。

「そんな、利益など。我々は真に愛を育む恋人同士のお手伝いをしたいだけですよ」

 思った通りの言葉が返ってきて、思わず口角が上がってしまった。笑わせてくれる。そう思うが口には出さない。納得したふりをして、感謝を述べる。

「それに、既にこちらで手筈は整えております。殿下が真に愛する方と結ばれるために、わたくし共の力が必要となればすぐに力になれるように。実はチャルファン男爵とは既に話を通してあり、すぐにでもリリィ男爵令嬢を我が家に迎え入れる準備を整え終えております」

 知っている。だから来たのだ。けれどそんなことを馬鹿正直に述べれば、次期最高権力保持者に恩を売れると考えている目の前の阿保(アホ)に、機嫌を損ねられてしまう。そうすると色々面倒なことになりそうなので、俺は驚いたふりをして「なんと!」と声を上げた。

「私の考えは侯爵にはお見通しだったということですか。いやはや、その御慧眼、流石としか言いようがありませんね」

 仰々しく驚いて、姿勢も直す。褒め称えれば勝手に調子に乗って勝手にボロを出してくれそうなので、乗せるだけ乗せておく。

「ありがとうございます。そんな真摯な気持ちで私と向き合ってくださる方など、そうそう居ませんから」

「いえ、殿下の幸せも含めてこの国を想うのが臣下の役目ですから」

 国じゃなくて権力欲だろうが。

 そういった人物こそ、語彙は豊富で羨ましい。内容は紙よりも薄くペラペラだが。

 しかしリリィの後見人になるという話はクリアした。それならば次の段階に移行しよう。俺はわざとらしく溜め息を吐いて、眉尻を下げた。

「…それにしても、リザベル嬢には困ったものです。リリィはあんなに愛らしいというのに」

 心の底から苦悩しているかのように呟けば、目の前に座る2人の瞳が輝いた。

 実際に考えているのは目の前の分かりやすすぎる2人の態度についてである。リザベルに困らされたことは今のところない。俺の誤解と、リザベルの環境ぐらいである。リザベルは何も悪くない。

「そうですね。男と見れば見境ないようで。そんな方と一緒になるなんて、こんな中年の私でも嫌ですよ」

 厳かに笑って見せる侯爵と、細い首をぶんぶんと縦に振って怒り顔を見せる侯爵夫人。あまり激しく振ると折れてしまいそうで心配になる。

「そうですわ。そんな方、殿下のお相手に相応しくありません。国母となる覚悟が足りないとしか言えませんわ。そんな振る舞いが許されると思っているのなら、きっと頭に綿でも詰まっているのね」

 息も吐かずに話しきったということは、普段からそう考えているということだろう。リザベルのことなど知らないくせに、と思わず手に力が入るが、なんとかもう片方の手で覆い隠して、肩を(すく)めて見せた。

「えぇ。しかも私の前ではそんな本性を見せたことがないのです」

 見せたことがないというか、見たことがないというか。事実無根で各家から流された噂は、本当に不愉快で不可解だ。調べれば簡単に分かることなのだが、ブランフェル侯爵と侯爵夫人は心の底からリザベルの悪い噂を事実として信じているらしい。

「それはそうでしょう。殿下に知られれば王妃という栄誉を失うことになるのですから。狡賢い女ほど、そういった振る舞いは巧妙なのですよ」

 その狡賢い女は一体どちらのことなのやら。客観的に考えるとそう問い掛けたくなる。駄目だ。あまりにも目の前の茶番がお粗末過ぎて、頭が冷静になってしまう。客観的かつ冷静に返してしまう。態度に出たらこの作戦が一瞬で水の泡だというのに。

 誤魔化すように咳払いをして、目を細める。男癖の悪い婚約者と生涯を共にしかけた哀れな男を演じ、同情を誘う。

「やはりリザベル嬢は…」

「嬢という敬称すら踏み躙るような行いばかりですよ。けれどその呼び方をするとは、流石(さすが)、慈悲深い我らの王」

「よしてください。私が王になるとはまだ、決まってませんから」

「何を!王位の第一継承者でありながら、慈悲深く(まつりごと)にも通ずる殿下以外に、誰に国の未来を任せると言うのですか!」

 大袈裟にこちらを持ち上げて来る。その隣で頷いていた侯爵夫人が、同意するように頷いた。俺は1人ずつ視線を合わせて、ふっと表情を緩める。

「貴方達の言はカービネナ侯爵令息に似ていますね。彼もとても優しくて、私のことをいつも想ってくれていました」

 話を切り出せば、ぱっと顔色を変える2人。覚えているのかと目を丸くすると同時に、証言を取れる喜びに唇を綻ばせた。

「もしかして、何か…?」

「えぇ、えぇ!昔、彼と2人で話をさせてもらったことが何度かありまして。その時に影響を及ぼしてしまったのかもしれません」

「やはり、そうなのですね。お二人に言動が似ていたので、何処(どこ)か共通点があるのかと探ってしまいましたよ」

 表情の変化を肯定的に取ったふりをして、彼らの取り繕いを具に観察する。冷や汗はかいているし目も泳いでいる。やはりそうなのだろう。2人が、リザベルの兄を変えたのだ。

 それがなければ、と見えないように拳を握っていると、夫人の方が「あぁ!」と大きな声を上げる。

「あれは確か、ネーガルー公爵家のご子息…現ネーガルー公爵様に言われて、それから話し掛けたんですわ!」

「…ネーガルー公爵に?」

 唐突に降って湧いた話に、俺は眉を一瞬だけ(しか)める。それに気付いているのかいないのか、侯爵は「おぉそうだ」と肯定したものの、何か後ろめたいことでもあるのか急にペラペラと話し出した。

「最初にパーティでお見かけした時に、現ネーガルー公爵が仰ったんですよ。『カービネナ次期当主は、それはそれは優秀な方だとお聞きしました。ご令嬢は王太子殿下の婚約者。この先の地位も安泰ですね』って。そういえば、カービネナ次期当主様は拘束されたとお聞きしましたが…?」

 わくわくした様子を隠し切れない状態で、侯爵夫人は問い掛けて来る。

 あれだけ大々的に動いたのだ。翌日には貴族社会に広まっているものと思っていたが、やはりそうらしい。首肯すれば、ブランフェル侯爵と侯爵夫人の2人はぱっと目を輝かせた。

「あらあらあらまぁまぁまぁ!ネーガルー公爵様も見る目がないんですねぇ」

 一気に興奮した様子の2人は、恐らく現ネーガルー公爵に褒め称えられ出世を確実としたカービネナ侯爵令息を妬み、彼に嫌味や皮肉を言い、そして妹への不信感を植え付けたのだろう。そうして内側から瓦解させた自らの行いの方が、将来王家を振り回す"悪"の侯爵家を見通したものだったと言いたいのだ。その行いが引き起こしたのはリザベルへの虐待だけなのだが、きっとリザベルもカービネナ侯爵家の一員として捕らえられていると思っているのだろう。貴族の中を回っている噂は、"カービネナ侯爵家で大々的な捕物騒ぎがあった"、ただそれだけなのだ。

 そう考えたところで、ふとネーガルー公爵の顔が過ぎる。そういえばリザベルへの憑依中の記憶で、彼女はネーガルー現公爵から視界を切るような動きをした。あの時フィルマとして接した時は言い訳をそのまま信じたが、憑依中は視界をきっちり切るように端に捉えていた。

 そもそも今回のカービネナ侯爵令息、つまりリザベルの兄の話をブランフェル侯爵に振るという行為は、明らかに誹謗を意図したものだった。出世確実で安泰した地位を持つカービネナ家は、それを望むブランフェル家にとってかなり妬ましい存在だ。それに対する褒め言葉を聞いたブランフェル侯爵達がどう動くかなど、目に見えている。その思惑通り、彼らは兄に近付き妹への嫉妬心を高め、現にカービネナ侯爵家は捕物騒ぎとなった。

 もしかして、と嫌な予感が背筋を伝う。

 これらの茶番は、ネーガルー公爵家が関わっているのだろうか。

 そんな風に考えてるとは露も知らず、ブランフェル侯爵と侯爵夫人はカービネナ家への悪口に花を咲かせていた。それはいつの間にか個人に移り変わり、今はリザベルの話になっている。

「あんな恐ろしい乞食(こじき)のような女、見限って正解ですわ。きっと国ごと食い破られて、おしまいですもの」

「そうだな。あぁ、やはりあの女は国母に相応しくない。今まで王妃教育を施して来たから見限るのは難しかったでしょうが、御立派な判断です」

「リリィ様、いえリリィを選んだご慧眼、必ず正しかったと言わせましょう」

 すっかり未来の義両親気取りの2人は、俺に激励を飛ばして話を終えた。帰り際には卒業パーティへの出席とリリィについて任されたという旨の話をし、屋敷を後にした。

 きっと明日にはチャルファン男爵家と話し合いの場を設け、リリィをブランフェル侯爵家の養子として迎え入れるのだろう。卒業パーティは3日後、行動を躊躇(ためら)う暇などないのだから。

「それでは、また」と再会を念押しされながら挨拶を終えると、すぐに馬車へ乗り込む。もう既に外は日が傾き、辺りが燃えるような赤に染まっている。

「殿下」

 世間を欺くために、今回の訪問は大々的に行った。協力者達も、フィルマはリザベルを捨てリリィを妃に迎えると考えるだろう。それだけわかりやすいように行動した。俺は食えない王子でもなければ、わかりやすい単純な王子でもなかったから、きっとこの行動に疑問は持たれない。

 だから付き人や護衛として共にした者以外に、俺がブランフェル侯爵達を引きつけている間に家探しをした影がいるとは、決して疑わないだろう。影は俺に資料を手渡して来る。侯爵と男爵の直筆サインが入った養子縁組書類、上位貴族の事細かな情報が記されたメモ、領地経営に関する書類などだ。スペアを置いて来たそうなので、明日彼らが書類を用いて正式な養子縁組の手続きを行ったとしても、こちらが疑われることはあるまい。

 謝辞を述べながら受け取り、目を通すとすぐに嫌悪の声が漏れた。そこには使用人達の様子が(つぶさ)に記されていた。

「…実際に目撃したか?」

「はい。かなり酷い有様でした」

 権力に固執するということは、自分達より低い身分の者はそのまま下に見るという性質も秘めている。当たり前だが忘れがちなその事実が、事細かに書かれていた。リザベルの兄がそうだったのだから、よく考えればブランフェル侯爵らがそうでない筈がない。


 つまるところ、使用人達は常日頃から暴力を受けているらしい。


 足音がする度に怯えるコック、人気のないところで息を殺しながら泣くメイド、黄疸と青痣に彩られた腕を(まく)り上げる洗濯係、今年25を過ぎる息子に蹴飛ばされる執事。リザベルと同じような境遇の彼ら彼女らに、思わず下唇を噛んだ。

「話を聞きに来たと言えば、不安と期待がないまぜになった反応をされました。内容は記されている通りです。うら若き者は侯爵家の方に寝室に招かれることもあるようで、断ったら眠れなくなる程(むち)で打たれると」

「最低だな」

 俺は深く息を吐いて、読み終えた書類を隣に置いた。カービネナ家といいブランフェル家といい、気が滅入る。よくそこまで弑虐(しいぎゃく)の限りを尽くせるものだと、いっそ尊敬したいくらいだ。上に持ち上げたふりをして距離を取りたい。下に距離を取ったら喚き散らされそうである。

「当日、侯爵達がパーティ会場に向かうと同時に使用人たちを保護せよ。医者も用意しておけ。パーティ会場の別室で待機させ、裁判が始まれば証言に加わってもらう」

「御意」

 影は、右手を自らの左肩に添え、軽く頭を下げる。今回の件についてかなり仕事を押し付け無茶をさせている自覚があるため、申し訳なく感じた。卒業パーティ後に、今回の事件に関わったフィルマ陣営の者には、褒美や休暇を与えるべきかもしれない。それについてもいろいろ考えなくてはならないと思うと、考えることが多過ぎて頭が痛くなる。

 それと、あと疑念の公爵が。

「…すまん、少し寝る。お前らも楽にして構わない。寝てもいい」

「はっ」

 王都に帰る馬車の中で目を閉じる。まだ考えることが多いけれど、もう少し情報を集めてからにしたい。

 (まぶた)の裏には、雨の下ではしゃぐリザベルの姿が浮かんでいた。

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