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現国王と現王太子として意見を述べた後、リザベルの保護について話し合いを行った。現状、婚約解消については世間に公表せず、カービネナ侯爵家にある嫌疑が掛かっており拘束したことだけを述べる。その中にリザベルも含まれてしまうが、これはリザベルの傷の具合などが調査中であることもあり、現状説明出来る精一杯だということになってしまった。またリザベルのみ除くことを発表すれば、勘繰って来る者がいないとも限らない。全ての詳細が明らかになった時、改めてリザベルへの謂れのない噂を否定するという結論になった。世間の中のリザベルに肩身の狭い思いをさせてしまうことが申し訳ない。
そのリザベル本人の扱いについては、安全上俺以外は近付かないことが約束された。俺は性格上色々と王宮の面々に関わりがあるので勘付かれにくいが、流石に国王や王妃が訪れたら何かあると疑われてしまう恐れがあるからだ。王宮の侍女や従者に害意がある者は多くないと思いたいが、それでも最善を尽くす為にリザベルの存在を知る者は最低限で抑えたい。そういった細かな事柄を確認し合ってやっと、本日の謁見は終了した。
コンコン、とノックをして声を掛ける。侍女に通され、リザベルの居る客間の中へと足を踏み入れた。リザベルはいつの間にか用意されていた柔らかな布地のネグリジェに着替え、ソファでぼーっとしている。俺の姿を見て慌てて立ち上がったが、それを手で制して座るように促した。本来寝巻きでいるような場所に入るような真似は婚約者であってもはしたないことに分類されるが、今は刻一刻を争う事態なので大目に見てほしい。
「リザベル」
「はい」
「…すまなかった」
俺はリザベルに頭を下げた。公の場ではないにしても、王太子が誰かに頭を下げるというのはそれだけで大変な事態である。現に側に控えている侍女も医者も驚いた顔をしていた。リザベルもその事態の深刻さを理解しているので、すぐに「顔を上げてください」と告げた。しかしそれは教育の成果である。俺は顔を上げず、そのまま気が済むまで頭を下げ続けることにした。リザベルが本心からそれを言えるようになるには、きっとまだ時間が足りないから。リザベルの言葉を元に俺の行動は決められない。床以外の視界が必要になるまで、ずっと頭を下げ続ける。
「リザベルの怪我や家庭事情に勝手に踏み込んだこと、改めて謝罪申し上げる。今まで気付かなかったのは私の責任だ。君にばかり嫌な役を押し付け、辛い思いをさせて来た。本当に申し訳ない」
リザベルが言葉に詰まる。見限った相手に今更こんなことを言われても困惑するだけだろう。俺はそれだけのことをして来たのだ。許されないし、許して欲しいとも思わない。だから代わりに、今すべきことをする。
「…リザベルと呼ぶことは、もうしばらくだけ許可してほしい」
表向き、婚約解消の公表は避けられた。だから俺は、あと1週間はリザベルを婚約者として扱い続ける。せめて公の発表があるまでは、リザベルを貶める要素はなかったのだと俺が態度で示さなければならない。どんなに悪評に晒されていても、振り返れば悪評に晒すべき存在ではなかったのだと、態度で伝え続けなければならない。
それに、カービネナ侯爵家は今回の件でお取り潰しになるだろうが、リザベルもカービネナ家の者であることには違いないのだ。新たな爵位が授けられるのか親類に預けられるのかはわからない。けれどリザベルをカービネナの奴らの一緒にすることは避けたかった。リザベルはリザベルであると、少しでも伝えたかった。
そんな身勝手な願いも込められた懇願だったが、リザベルは困惑しながらも「はい」と頷いた。
「私が庇うべきだった。リザベルはあんな誹りを受けるべき人じゃない。あんな出鱈目に振り回されて、心身共に傷付けられるべきじゃなかった。俺の無責任で愚鈍な言動のせいで君を傷付けたこと、君の心中を慮れなかったこと、今までの全てに謝罪申し上げる」
「…顔を、上げて、ください」
先程と違い、声が震えていた。思わず顔を上げると、リザベルはいつも通りの笑顔を浮かべていた。教育によって作られた笑顔を。
けれどどこか困惑したようにも見える。どうしてこの人は自分に謝るのだろう、とでも言いたげな目だ。麻痺した心はそう簡単には解せない。
リザベルが受けて来た傷の深さに、絶望しそうになった。
謝罪の理由すら分からないのに、謝罪を受け取れる筈がない。
それだけ壊されて来たのだ。リザベルという個は。
「…1週間後の卒業パーティまで、リザベルはここで保護することになった。その間ゆっくりと療養して欲しい。訪ねてくるのも俺くらいだし、俺も1日に数回来られれば良い方だから気楽にしてくれ。あ、だが外に出たい時は遠慮なく俺を呼んでくれ。気分転換の為の庭園散策くらいなら出来ると思う。これ以上君の行動を縛りたくはないが、これが終わったら必ず自由にする。信用しなくていい。けれど俺は約束する。一方的で申し訳ないが、約束をさせてくれ。必ず果たす。だからあと少しだけ、俺に責務を果たさせてくれ」
懇願するような説明になってしまった。連れて来た理由も、家族や使用人を捕らえた理由も述べていない。まだ判明していないから述べられない。それなのにリザベルは、ただ黙って頷いてくれた。それが本心なのかは分からない。元々我慢の得意な女の子だから、きっと本当は嫌だったとしても受け入れてくれるのだろう。そう思うと胸が締め付けられ、早く済ませなければという気分になった。こんな軟禁じみたことはしたくない。けれど、王宮にもリザベルの悪評は轟いているのだ。カービネナ侯爵家の使用人のように、リザベルを軽んじる発言をする者がいないとは限らない。簡単に信用は出来ない。だからリザベルへの評価が覆されるまで、王太子の庇護下に置いていなければ安心出来ない。俺の庇護下ではない。そんな肩書きは役に立たない。王太子に守られている婚約者だと、表向きには周知出来るようにしておかなくてはならない。例え婚約したこと自体を白紙に戻した関係であっても。
それでも、リザベルを守りたい。
ひたむきに努力を積み重ね、酷い仕打ちにも耐え、それらを許すという強い心を持った君を、少しでも守らせてほしい。切にそう、願うのだ。




