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 月日が経ち、17歳になった。最高学年になり、来年には卒業パーティが控えている年だ。

 俺は確かその進級の少し前に、リリィ・チャルファンという少女に出会った。本来の出会いはリザベルの危うさに不安を駆られ忘れていただけだけれど。

 男爵家の令嬢であるが、彼女の意見は興味深く面白かった。平民と貴族の身分差や、当たり前につけられる優劣への疑問点。それらを解消したいという切なる願いと、潤んだ可愛らしい瞳。私も苦労したの、と俺にだけ教えてくれる秘密に、俺はいつしか溺れていた。次期国王としてそういった話を聞くのも必要だろうと理由を付けて、天真爛漫で優しい彼女の元に通った。思えば既に惹かれていたのだと思う。そう思い出していた頃、リザベルの耳にこんな噂が入って来た。


 "フィルマ王太子殿下は、婚約者を振って男爵令嬢に乗り換えようとしている"


 リザベルは初めてその噂を聞いた時、一瞬目を見開いた。だが、それだけだった。それ以上のことは何もしなかった。驚くことも怒ることも、泣くことだってしなかった。諦観した様子で、いつも通り振る舞うだけ。フィルマに何も期待していない。それはそうだろう、フィルマはリザベルの悪い噂に対して否定するどころか、本人に問いただしたのだ。それによってフィルマはリザベルから何の感情も向けられなくなった。そんな状態のリザベルに婚約解消を申し出たところで、「わかりました」以外に何が返ってくるというのだろうか。

 そこまでリザベルを追い詰めたのは自分だというのに、当時の俺は女々しくも傷付いていた。散々傷付けていたのはこちらなのにも関わらず、である。婚約解消を申し出る1年前から俺は、別の令嬢と噂になる程仲睦まじく過ごしていたくせに、婚約者であるリザベルとは会話すらまともにしないのに、リザベルは当然引き止めてくれるものだと思っていた。

 勘違いも甚だしい。自分で失った信頼だ。あの馬鹿には傷付く権利もない。とっくに覚悟させ、諦めさせたのは俺なのだから。

 リザベルは今までの王妃教育が全て無駄になることも承知した上で、婚約解消を了承したのだ。

…今までの王妃教育が無駄になるということは、その間に受けていた虐めも暴力も、耐えて来た意味がなくなるということ。婚約者という唯一の生きる義務がなくなった彼女は、一体どうするのだろうか。



 "…死にたい"



 憑依してから唯一聞いた、リザベルの望みはたったそれだけだった。リザベルの振る舞いは常に"婚約者"であることを意識したものだった。それ以外の自分なんて何処かにでも忘れて来たと言わんばかりの態度。ならば今、俺が憑依する前にいた、婚約解消を正式に受理したリザベルは何を考えている?


 リザベルは何を望んでいる?


 嫌な予感が背筋を襲った。怖くて息苦しい。早く戻らなければ。戻って、それで今更何を言えばいいのだろう。信じてもらえないことはわかっている。救いたいと願うことも烏滸がましいと理解している。けれどプライドも立場も、自分が積み上げて来た何もかもを投げ捨ててでも、リザベルをこの地獄から掬い上げたい。死なないで欲しい。自分勝手な願いだと分かっているけど、それでも、あんな酷い状況のまま死んで欲しくない。人生に悪いことと良いことの帳尻合わせがあるのなら、リザベルはもう一生分の不幸を経験している。リザベルに起こるべき不運も理不尽も、全て起こり切った。

 リザベルは幸せになるべきなのだ。

 その為なら俺は何だってしたい。少しでも償いたい。罪人だと投獄されたって構わない。死後に地獄行きだと宣告されても喜んで向かう。だから、少しでもリザベルの現状を変える手伝いがしたい。僅かでも力になりたい。この思いが罪悪感から来るものなのか、一応でも幼馴染と言えるほどに長い関係だから移った情なのかも分からない。

 分からない、けれど。


 リザベルが心から笑える世界に、リザベルを連れて行きたい。


 この想いだけは、本物だ。

 もがいていると、ふと明るい声が耳に落ちて来た。それは俺が間違える筈のない、大好きな声だった。

 リリィ・チャルファン男爵令嬢。

 彼女が、リザベルの前に立っていた。

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