すれ違った子猫の話
「レティシア、もうこんな生活は終わりにしよう」
うららかな午後のはずでした。
私がお仕えするレティシア様とその婚約者の王太子様が二人きりのお茶の時間を楽しまれるはずでした。
レティシア様の家の中庭で行われる小さなお茶会は、将来結婚する二人が仲睦まじくなれるようにと婚約の際にレティシア様が提案した可愛らしいものでした。
お菓子とお茶のセッティングが済んだら、使用人たちは追い払われるくらい、本当に親密な時間でございます。
私だけが、レティシア様のおそばにいることを許されます。
レティシア様の弟様だって、追い払われるというその場にも関わらず。
お目付け役もつけずにという批難の声もあるかもしれませんが、レティシア様たっての希望でした。いくら、この国のために結婚
その結果もあってか、レティシア様と王太子様の関係は悪くないものであるとされております。
まあ、レティシア様の評判は少々問題がございますが。
レティシア様はちょっと変わったところがあるのです。
そのため、最近はその言動を誤解されて悪役令嬢なんて影でささやかれることもありますが……レティシア様ほど素晴らしい令嬢はおりません。
あと、レティシア様のドレスが最近少々華美なのも問題かもしれません。
レティシア様は美人ですが、ほんの少し、きつめな美人といいますか……。
強い殿方であればレティシア様の美しさを受け入れられますが、万人受けはしない美人でした。
せめてドレスや髪飾りなどを控えめにするなどの、少しは他のご令嬢からの目線を意識した服装をすればよいのですが、レティシア様が「これはどうかしら?」とキラキラと揺れるダイヤモンドのイヤリングや房が印象的なサテンのリボンなどをみると、ついつい私は『とてもお似合いです!』と返事をしてしまうのです。
でも、レティシア様はとても素晴らしい令嬢です。
だから、お二人の関係は今後も変わらないままだと思っておりました。
「どういうことですの?」
レティシア様は一度優雅にティーカップを傾けたあと、王太子様に尋ねました。冷静を装っていますが、その指先が震えているのが私にはわかります。
王太子様は「参ったな、とっくに気づいているかと思ったのに」と一人ごちったあと、私に呼びかけます。
「レディー・キティ。こちらに」
私の方に手を差し伸べました。
私の心臓はびくりと飛び跳ねます。
「どういうことなの? キティ?」
レティシア様の声には驚きと苛立ちが混ざり合っています。
私がおびえていると、王太子様は私のそばに来て、抱きかかえ自分の膝の上に座らせました。
一瞬、レティシア様はこちらに厳しい視線を向けました。
ただ、貴族の令嬢として完璧なレティシア様は声を荒げることは致しません。
ですが、私は恐ろしくて何も申し上げることができませんでした。
「お願いだ。レディー・キティを責めないでやてくれ……」
王太子様は膝に乗せた私の耳をにそっとくすぐりながら、レティシア様に懇願しました。
「責めるもなにも、わたくしは事情を聴いているのです」
「見ての通りだ。それともはっきりと口にしないとわからないのかい?」
王太子様はレティシア様をまっすぐ見つめていいました。
こういうときは目を反らしたほうが負けです。
ですが、レティシア様は目を反らし、扇で口元を覆いました。
エドモンド様はその様子をみてため息をつきます。
「じゃあ、言葉にしよう。俺はレディー・キティと暮らしたいと思っている」
「キティはわたくしのものです。幼いころからずっとそばにいてくれたのに。キティと私を引き離す気ですか……」
レティシア様の声はか細く、今にも消えてしまいそうでした。
レティシア様にお仕えしてからの日々が思い出されます。
孤児だった私を拾い、栄養のある食事とあたたかい寝床を与え、仕事をくれた。
私はレティシア様のおかげでここまでやってくることができたのです。
後悔と絶望で震えていると、王太子様は私の髪をそっと撫で、そっと水を飲ませてくれました。「おちついて、大丈夫だから」私ことを心配そうにのぞき込んだあと、そっとウインクします。ああ、こんなヒーローが以前レティシア様がお話してくださったロマンス小説にでてきたような気がします。意外なことにレティシア様はロマンス小説まで読むのです。読書家なためだけれではなく結構好んでいると思われます。そういうところは少女らしくてほほえましいと思ってしまいます。やっぱり、王太子様はレティシア様にとって理想のお相手……。
「なにが、いいたいのかさっぱりわかりませんわ……」
「だから、そろそろ僕たちは一緒に暮らしてもいいのではないかと思うんだ。もう、学園の入学も近い。王族用の寮を使ってほしい。その方が護衛もいて安全だ」
レティシア様はぽかんとした顔で見つめます。
「でも、私は……王太子様に相応しくないかもしれません」
「君といや、レディー・キティと暮らせるのは僕ぐらいだと思うよ」
そういって、王太子様は小さな指輪を取り出し、跪きました。
「これは、我が家にだいだい伝わる指輪だ。受け取ってくれるかい?」
「はい……」
レティシア様が涙を浮かべて手を差し出すと、エドモンド様はその指に指輪をはめました。
私は分かっておりました。親に決められた政略結婚でありながら、ふたりがひかれあっているということを。
「おめでとうございます! レティシア様」
私がそういうと、レティシア様は
「あら、キティもおめでとうっていってくれてるわ」
その午後は私の記憶に残る中でもっともレティシア様が穏やかに過ごされた日になりました。
そんなレティシア様があのような最後を遂げたのは私はいまだに信じられません……。
透明になったレティシア様は王太子様と同じ王族用の寮にはいることとなく、王太子様とすれ違うような日常をおくっています。
あの暖かな手や膝の上を恋しく思いながら、私は人が空虚といっていばしょに今日も「ニャア!」と話しかけ続けます。