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悪役令嬢レティシア・バセットは死んでいる  作者: デスゲームお嬢様
1 悪役令嬢とガラスの温室
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変り者のエリ4

「ねえ、あの温室って誰のものか知らない?」


 教室で比較的おとなしそうな女子生徒に聞いてみた。

 相手の子はびっくりしたあとに、


「レティシア様の温室を知らないの?」


 更に驚いた顔をして聞いてくる。


「レティシア様……?」

「悪役令嬢レティシア・バセットをご存じないの? さすが……特待生は浮世離れしてるわね」


 その生徒はちょっと面白いものをみつけたとでもいうような顔をした。

 私はどう反応してよいか分からなかった。


「全く知らない……」


 人前で「知らない」なんていうのは久しぶりだった。

 この学園の特待生になるために学び始めてから私はめったなことでは知らないと言えなくなっていた。


「噂の特待生『変わり者のエリ』でもしらないこともあるのね」


 そして、その女子生徒はちょっとばかり得意げに教えてくれた。

 悪役令嬢レティシア・バセットについて。

 レティシア・バセットは王太子の婚約者である。

 以前は才女と名高かったのだが、成長するにつれ高飛車になり、学園に入学するころには手が付けられないくらいのわがままな令嬢に育っていたらしい。


 あの温室も彼女のわがままで建てられたらしい。

 寮も彼女専用のものが一棟ある。

 そして、彼女は授業にでたことは一度もない。


 あまりにも、物語にでてくるような高飛車な令嬢の物語に私はため息がでた。


 だけれど、なぜだか、あの日、ガラス張りの温室であった彼女のイメージとは結び付かない。

 お茶にさそいながら、侍女がいないという理由で私にお茶をいれさせられたのは腹がたったけれど、彼女はもっと……その。聡明な感じがした。


 私が首をかしげていると、目の前の大人しそうな女子生徒はどんどん饒舌になっていく。


 レティシア様と廊下ですれ違っただけで翌日、制服をずたずたに切り裂かれた生徒がいるとか。

 レティシアの怒りを買うとその学期のテストでは落第点をとるとか。

 悪役令嬢レティシア・バセットと目があうと石化するとか。


 とうとう、物語にでてくる魔女のような噂までいいだしたので私は思わずおなかを抱えて笑った。


「何かおかしなことを言ったかしら?」


 目の前の令嬢は少々不機嫌そうな顔をした。


「だって、全部嘘みたいなんだもの」


 私がそう返事をすると、目の前の令嬢はちょっと怒って言い返す。


「みんな言っているわ。レティシア・バセットは悪役令嬢だって」


 まるで子供みたいだ。

 私はその姿をみて、さらにケラケラとわらってしまう。

 すると、令嬢は馬鹿にされたと思ったのか「ふんっ!」と肩を怒らせて、その場を去ってしまった。


 どうやら私は会話をしてもお貴族様と仲良くなることができないらしい。


 先日の温室で、ほんの少しできた会話を思い出すと、あれがどれだけ心地いい状況だったかということが分かった。


 そして、中途半端に人と話してしまったせいで、なぜだか寂しい感じがした。人恋しさというのだろうか。

 私はまた、あの温室で話をした令嬢と話したいと願うようになった。



 ***


「また、道に迷ったの?」


 あきれたような声が聞こえたのは先日と同じく、空が魔女のマントのような濃い紫色に染まったころのことだった。


「いいえ、この間のお礼がいいたくて。あの……これ、良かったら」


 私はそういって、寮母が焼いたクッキーの包みを差し出した。


「あら……」


 レティシアはびっくりしたような顔をする。

 本当に彼女が噂に聞く悪役令嬢のレティシアだとは思えないけれど。

 だけれど、彼女はクッキーの包みを受け取らない。

 いや、一瞬受け取ろうと手を伸ばしかけたが、そのあとなんてことないようにその仕草をやめた。

 やはり庶民の食べ物など口にあわないということなのだろうか。

 受け取るにも値しないとかそういう感覚なのだろう。

 でも、レティシアは手をひっこめるときちょっとだけ切なそうな顔をしていた。


「うれしいわ。今日も砂糖が山ほど入ったお茶を飲みに来たの?」


 レティシアはいたずらっぽく笑った。

「自分で淹れるなら好きなだけ召し上がって」そう付け加えて、彼女は温室の中に私を招いた。


 その晩も彼女とささやかな会話をした。

 クッキーについては、紅茶などが入っている戸棚にいれておくように言われた。もちろん、彼女はお礼をいうことを忘れなかった。


 レティシアとの会話は楽しかった。

 他の誰と話すよりもくつろげるし、彼女はとても聡明で楽しい人だった。


 私はそれから幾度も彼女の温室を訪ねた。

 夜に尋ねれば彼女は必ずそこにいた。


 レティシアはなんだかんだ言って、驚きながらもいつも私をやさしく迎え入れてくれた。

 笑顔で話を聞いてくれる。私はいつの間にか彼女のことが大好きになっていた。

 でも、気がかりなことがある。

 彼女は時折寂しそうな顔をするときがあるのだ。


 私は彼女が授業にでないことや、彼女のその寂しそうな表情の理由を知りたくて、いろいろな人に話を聞くようになっていた。

 最初は周りも『変り者のエリ』から話しかけられてめんくらっていたが、いつの間にか挨拶をしたり、授業の内容を聞かれたり、そのうち世間話をするようになっていった。


 いつの間にか私はレティシアだけでなくいろいろな人と親しく話せるようになっていた。

 だけれど、私が一番好きなのはレティシアだけだった。


 ***


「おいっ、お前。そこで何をしているんだ?」


 ある晩、レティシアの温室に向かう途中、聞き覚えてのある声が私をしかりつけた。

 それはあの温室に迷い込んだ日、私を送り届けてくれた黒髪の男子生徒のものだった。


「なにって、友人のところにおしゃべりにいくの」


 私はきょとんとしていった。

 どうして、そんなに責められなければいけないのか理解できない。


「友人とは?」


 あまりにも失礼な質問に私はむかっとする。いくら『変り者のエリ』と呼ばれていても、友達がひとりもいるわけないと思われるのは心外だ。

 いろんな人としゃべれるようになったし、私はレティシアの友達なんだから。


「レティシア・バセット様よ」


 私は澄まして答えた。

 すると、黒髪の男子生徒は声を荒げた。


「ふざけるな! そんなはずはない。この嘘つきめ!」

「嘘つきって……さっきからこちらが大人しくしているからって……」


 もう目の前にいる男と口もききたくなかった。


「お前がレティシア・バセットと友人になれるわけない」


 あまりにもきっぱりとした口調に私は思わず、いいかえす。


「私はなんどもあの温室でレティシア様とお茶をしているし。彼女は悪役令嬢なんていわれているけれど、とっても優しくて素晴らしい令嬢だった。きれいな銀色の髪に気品ある素敵な方。それに、あなたとは違ってそんなひどいことは言わない」


 目の前の黒髪の男はショックをうけたようで何も言わない。


「失礼します」


 私はわざと慇懃に言ってレティシアの温室に向かった。


 だけれど、そこにはレティシアはいなかった。


「ねえ、レティシア。遊びにきたの。聞いて、さっきひどいことがあったの」


 いつもなら訪れればいつでも迎えてくれるレティシアがいない。

 私はなぜだか胸が苦しくなるような寂しさでいっぱいになる。

 もうレティシアに会えない。

 そんな気分になって、気が付くと涙を流していた。


「おい、お前。何をしている」


 ちょっと前に聞いた声が頭からふってきた。でも、さっきとは違い静かですこしだけ優しい響きをしていた。


「レティシア様がいないみたいなの」


 自分でも信じられないくらい声が震えていた。

 しばらくの沈黙の後、黒髪の男子生徒はこういった。


「さっき、レティシアは銀髪だっていったな。金髪ではなく。……なにかの言い間違えか?」


 真剣な目でこちらを見つめていた。

 私は首をふる。

 私があっていたレティシアはいつもきれいな銀色の髪をしていた。だけれど、確かに噂話ではブロンドの髪と聞いていた気がする……。


「姉上にあったのか……」


 黒髪の男子生徒はしずかに言った。


「えっ? レティシアの弟さん?」

「ああ、アーノルド・バセットだ」


 確かに目の前の男子生徒の顔をよく見てみると、上品で美形な顔立ちは似ていないこともない。

 だけれど、私がレティシアと友達になれないなんてきめつけたいやなやつでもある。


 だけれど、そのあとアーノルドは私にこういったのだ。


「姉上の話を聞かせてくれないか」


 どこか力ない感じのするその言葉をきいて、私はしずかにレティシアとの出会いからさまざまなことを話した。


 ひととおり話をしたあと、私は彼に投げかける。


「お姉さまの話なんて本人にきけばいいのに……私のことをまだ疑っているんですか?」


 きっと彼は私のことをコソ泥かなにかだと思っているのだろう。

 そうではないことを証明するために、レティシアについて話をさせた。

 その表情をみると、もう彼の疑いは晴れたようだった。

 だけれど、彼から返ってきた言葉はあまりにも意外な言葉だった。


「ああ、姉上……レティシア・バセットはとっくの昔に死んでいるんだよ」


 私の目の前はまっくらになった。







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