変り者のエリ3
「甘い……」
砂糖を馬鹿みたいに入れた紅茶は甘かった。
だけれど、その甘さとあたたかさは体の中に血がめぐり感覚が戻ってくる。
緊張で固まっていた筋肉が緩むのがわかった。
「甘いものがずいぶんお好きなようね」
紅茶を飲み終わって、ため息をつくと銀色の髪の少女はいたずらっぽくわらった。
「ええ、貴族の方々と違って庶民には甘いものはごちそうですから」
「あら、お菓子もなくてちゃんとしたおもてなしが出来なかったのにごちそうと言っていただけて何よりだわ」
こちらのイヤミっぽい口調にもまけず、彼女は令嬢らしい振る舞いで切り返す。見事だ。
それに別に彼女は悪くないのだ。
突然、現れた人間を自らの温室に誘ってくれている。こちらの方こそ不作法かもれないのに。彼女は十分なもてなしをできなかったことを謝罪してくれたのだ。
そして、自分で淹れたとはいえ、私は彼女から紅茶と高価な砂糖をごちそうになっている。
ちょっとつんけんした態度をとりすぎたかもしれない。
だけれど、こういうときどんな風に謝れば良いのだろう。
「あら、どうやら定刻通りに見回りが来たみたいね。ほら、今外に出ればちょうど人が通りかかるから。道に迷ったと言って、自分の寮を伝えればきっと連れてってくれるわ。ちょっと面倒くそうな顔をするかもしれないけれど……気にしないで。元からそういう性格なの。あと、ここで私とあったことは内緒ね」
そう言って、彼女は温室の花々の間にすうっと消えていってしまった。もしかしたら、彼女もここに居てはいけない人間なのかもしれない。
自分も門限もやぶっておいて、随分えらそうだったなと思うとやはりお貴族様の考えることは分からない。
外にでると、黒髪の男子生徒がいた。
出で立ちからするときっと貴族だろう。
いや、この学園にいるのだから出で立ちなんて気にしなくてもほとんど貴族だ。
とても背が高く堂々としている。そして、ものすごく美形だった。女性ともとれるくらいきれいな顔をしていた。ただ、その立ち姿と身のこなしから彼が剣術なども扱えることがうかがえる。
とてつもなく美形の男子生徒はこちらに気づいて声を荒げた。
「お前、ここで何をしている?」
こちらがとんでもない罪を犯したかのようにものすごく鋭い眼差しがこちらに向けられた。
学園の敷地内で迷って帰れなくなったのがそんなに罪なことなのだろうか。
「道に迷ってしまって……」
私がおずおずというと、その男子生徒は頭のてっぺんからつま先までこちらを観察するのがわかった。
「名前は?」
「エリ……」
名前を聞いて目の前の生徒は「ああ」といって、表情を緩めた。
「どうやら、悪戯ではないようだな。確認なんだが、ここで何か変なものを見たりしていないか?」
「変なもの?」
「いや……見てないのならいいのだ」
一瞬、さっきまで一緒にいた銀髪の美少女を思い出したが彼女の「内緒ね」という言葉を思い出して私はとくに肯定も否定もしなかった。
例の男子生徒は私のすたすたと歩き始める。
置いて行かれまいと慌てて付いていく。
なんというか、温室の美少女もそうだが貴族というのは本当に勝手な生き物だ。
だけれど、彼に付いていくとすぐに見覚えのある自分の寮にたどりついた。
そういえば、寮の名前もいってないはずなのだが……。
「あの、ありがとうございました」
私はとりあえずお礼をいった。
態度が軟化した理由とかどうして私の寮が分かったのか聞きたいことはいろいろあったけれど、先にお礼を言う。
貴族というのはちょっとした好きに勝手に話を進めてしまう。
ここ数十分の間に私が学んだことだった。
「門限破りについての釈明は必要かな?」
黒髪の男子生徒はこちらに礼儀正しく尋ねる。
だけれど、こんな美形の男子生徒に送ってもらうほうがずっと問題になりそうだった。
私はぶんぶんと首を振る。
単に私が寮の門限をやぶったとしたら、図書館でうっかり寝てしまったというのが多くの人が想像する回答でそんな理由なら罰せられる心配も無い。
精々、寮の台所の手伝いを命じられる程度だろう。
「じゃあね。変わり者のエリ」
私の意図を察したのか、美少年はさっと去って行った。
『変わり者のエリ』……随分ひどいあだ名をつけるものだと思う反面、ちょっとだけ心あたりがあった。
この学校で友人を作らない私は相当変わっているだろう。みんなコネクションを作るために来ているのだから。
だけれど、私が変わりものなのはそれより前からだった。
なぜかは分からない。
私はひととずれている。
それを隠すために誰よりも努力してきた。
でも、結局どこにいっても私は『変わり者のエリ』のままなのかもしれない。