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レティシア・バセットの告白

「レティシア様によって暗殺されそうになったのです」


 自分の名前が呼ばれるなんて思ってもいなかったので、驚きました。

 とうの昔にわたくしの名前を呼ぶ人はいなくなったので。

 可愛い弟はわたくしが生きていることを偽装するために、ときどきわたくしのドレスや髪を窓際でゆらすなどはしてくれますが、わたくしのことは「姉上」と呼びます。

 婚約者であった王太子殿下は、人目を忍びお墓にきては近況報告をしてくれますが、わたくしが死んでいることは秘密にされているため、わたくしの名前を口にすることはありません。もちろん、墓石にもわたくしの名前は刻まれておりません。ときどき、「レティ」と幼いときのように心の声が漏れ出てしまっているときはハラハラとすると同時にとても愛しく感じます。


 死んだ人間の名前を出すなんて本当に愚かな女です。

 カオリ……っていいましたっけ?


 別にだれでもいいのです。王太子妃になるのは。

 それにふさわしいたちいふるまいさえできれば、わたくしでなくてもかまわないのです。


 生きているときは、王太子の婚約者、未来の王太子妃として必死でした。

 この国をより良いものにし、治めていくために。

 王太子はとても心の優しい人ですが、国民のためにはやさしさだけでは不十分です。

 周囲の国から攻め入られることのないように駆け引きや時には切り捨てることも必要になってきます。


 幼くしてその心理にたどり着いたわたくしは氷の令嬢などと呼ばれることもありましたが、すべては王太子殿下と国民のためでした。

 それに身分の高い目立つ女性が悪口を言われるのは有名税みたいなものです。仕方ありません。


 自分の死を前にしたときは無念でした。

 頼りない王太子殿下を一人にすること。

 弟に苦労を掛けることになること。

 それが分かっていましたから。

 ……いえ、それだけじゃありません。死を直前にしてわたくしは気づいてしまったのです。わたくしは王太子殿下を愛しているということを。


 もちろん、それまでだって婚約者としてお慕いしてきましたし、将来は子供をつくる関係になるということも学んでいました。


 だけれど、愛とは違うと思っていたのです。


 きっと、わたくしは愛など知らずに死んでいくのだろうと漠然と思っていました。


 王太子殿下ひいては国民の幸せのために私は存在しているのですから、それで十分だと思っていました。


 だけれど、死の直前、わたくしの手を必死で握りしめる殿下のことを見たとき、わたくしは確かに愛を感じたのです。


 でも、残念ながら時既に遅し。

 わたくしの命の灯は消えようとしていました。


 親の決めた婚約者に愛の告白なんてされても困るでしょう。

 わたくしは、万が一のときに備えて考えてあった計画――わたくしが死んだことを伏せて、生きているように偽装する――だけを伝えて息を引き取りました。


 だけれど、どういうことでしょう。

 愛を伝えなかったと未練を残したまま死んだためか。

 はたまた、死んだ人間を生きているように偽装しろなんて罰当たりな指示を出したせいか。

 わたくしはまだこの世にこうしてとどまっているのです。


 正直、カオリと殿下が良い仲になっていくのを側でみているのはつらかったです。

 あと、わたくしの死の偽装についてですが、弟のやり方は少々雑でした。しかたなく、温室の窓辺にたって影だけを他の生徒に目撃させたことがなんどもあります。だって、もうすこしで温室の鬘とドレスをつけた人形が目撃されるところだったのですもの。


 でも、今日でやっと一つ、わたくしの死に意味がありました。

 わたくしの存在、いえ不存在が、カオリの嘘を露わにして、王太子殿下を守ることができたのですから。

 きっと、これでわたくしのお役目も終わりとなるでしょう。


 王太子殿下の役に立つことができたのですから。

 もう、心残りはない……はずです。

 きっと、まばゆい光の向こうにいけば、わたくしにも安らかな世界がまっていることでしょう。


   (「愛してるよ)  (レティ」)

 わたくしが、光に向かって歩き始めたとき、かすかにそんな声が聞こえた気がしました。





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