とある悪役令嬢の暗躍
人間とは不思議なものです。
どうしてお互いに好感をもっているのに避けるなんてするのでしょう。
わたくしがお仕えする王太子様はとある令嬢の前にいくと、手に汗をびっしょりかき呼吸が荒く、鼓動も早くなるのです。
最初にこの現象にであったとき、彼はなにかよくない病気なのではないだろうかと思ったくらいでした。
ですが、その令嬢のもとから離れればその症状は落ち着くのです。
このような症状はなにかと、王宮付きの医師に確認したところ、「それは病気ではなく恋というものだ」ということを教えてくださいました。
どうやら、王太子様の症状もそのお相手についても、その医師は心当たりがあるようで苦笑いをしていました。
病気でなくても、あのような異常がしょっちゅうおきては体にいいはずがないのです。医師であるならばもっとなにか対策を立てるべきだと思いましたが、医師は首を振るばかりです。
職務放棄として王太子に訴えますよというとやっとのことで一つの知恵を授けてくれました。
それはわたくしが、悪役令嬢という存在を演じることでした。
「悪役って何か悪いことをするということですか? 残念ながらわたくしは他の方を害することが禁じられておりますのですが……」
慌てて聞くと、どうやら誰かにひどいことをするのが絶対というわけではないようでした。
ただ、この人ならば裏でひどい意地悪をしたりしていてもおかしくないと思われるような態度、だけれど人前では著しく礼に欠くことはせずに令嬢としての品位を保ち続ける。
そういう絶妙なバランスが必要なポジションだということでした。
なぜ、そんな立場の人間が必要なのかわかりませんが、わたくしは悪役令嬢であるような態度とりつづけました。
もとより、愛想をよくするのは得意ではありませんし、王太子の婚約者という立場上近寄りがたさもあったので案外うまくできていたと思われます。
それに、ほかの貴族の方々も狙っていた王太子とのつながりを縁もゆかりもない異国からやってきた婚約者に奪われたのは面白くないため、わたくしの根も葉もない悪評はあっという間に広まっていきました。
そうすると、不思議なことに王太子が出会う度に心臓をドキドキさせていた、たしか、メアリーとかいう女性の悪評は消えていきました。
彼女の悪評を囁いていたいくつもの口はいつの間にかわたくしの悪評を声高にさけぶようになっていたのです。
そしてとうとう、王太子はわたくしに言ったのです。
「あなたのことを愛するつもりはない。ただのお飾りの婚約者なのだから」
その言葉をきいて、通常の令嬢であればひどくうろたえるものでしょう。
だけれど、特にわたくしはなんとも思いませんでした。
だって、わたくしはオートマタですし、お飾りの婚約者になるという契約だったのですから。
いつかは婚約を破棄してもらわなければ、わたくしはいつまでも仕事を終えることができないのです。
「メアリー、君のことをずっと思っていた。全力で君を守るからそばにいてくれないか? 君のことを愛しているんだ」
すぐそばで、先ほどまで私の雇い主だったこの国の王太子があのメアリーという少女に囁いています。
二人の間には少し前までのような緊張感はなく、その代わりにとてもやわらかな空気が流れていました。
恐らくこれはいつものハッピーエンドというやつでしょう。
これで今回のわたくしの仕事も完了です。
私の大きな仕事はただ二つ。
機械人形として様々にもとめられれば派遣されそこで依頼をこなすこと。
そしてもう一つは、人が誰かを愛する瞬間に立ち会い愛を学ぶこと。
「愛している」
そんなセリフを今回も聞くことができたので、わたくしの仕事は間違っていなかったはずです。
いつも依頼者たちは誰かに愛を伝えます。
それは今回のように恋慕の情であったり、家族への愛、愛玩動物への愛、国への愛などさまざまな愛を今までみてきました。
ですが、わたくしは愛が何かということをいまだに理解できません。
だからきっと、わたくしはまた別な国に機械人形として誰かの愛に立ち会うことになるのでしょう。




