隣国の王子はかく語りき
「貴方のことを愛するつもりはない。ただのお飾りの婚約者なのだから」
そう宣言すると、周囲からどよめきが起きた。
「さすが、王太子様。悪女を凝らしめた」
「婚約者にそのような無礼な言葉をぶつけるなんて」
「前から思っていたんですよね。あの悪女よりもずっとお側にいる可愛らしい女性の方が王太子様にはぴったりだって」
様々な声がよせては引いてを繰り返すように、私の耳の中を反芻した。
そのどよめきは、驚いている者、面白いものをみたと喜んでいる者と様々であった。
そして、私の腕の中にいる愛する女性は小鳥のように震えていた。
皆がそれぞれの感情を表しているなか、私のお飾りの婚約者はただその紫色の瞳をまっすぐこちらに向けているだけだった。
少し前のことだ。お飾りの婚約者を迎えることになった。
その土地の果物さえも口にしたことがないくらい遠い国からやってきた。
「名はなんという?」
「シェリーとお呼びください」
そう答えると、シェリーはドレスをふわりとさせてお辞儀した。
それは子供のころにどこかの少女が持っていたオルゴールの上で優雅に踊る人形よりも美しかった。
シェリーは文字通りのお飾りの婚約者。
なんせ、彼女は機械人形、オートマタなのだ。
機械人形のシェリーが生まれた国は遠く、その国の言葉さえも私は話すことはできない。
だけれど、その国は昔はただ砂漠に囲まれた貧しい国だったのが近年の技術の発展により非常に豊かな国になったときいている。
未知の国からやってきた婚約者は、お飾りという言葉に相応しく美しかった。
アメジストのような紫色の瞳に、月の光を紡いだような銀色の髪、なめらかな肌は太陽どころか星の光にしかあたったことがないのかと思うくらい真っ白だった。
極上の宝石のような輝きの婚約者をみて、我が娘をなんとしてでも王太子、つまり私のもとに嫁がせようとしていた貴族たちは皆ため息をついた。
機械人形はそれくらい美しかった。
お飾りの婚約者をもつことによって、私の生活は変わった。
今まで何をするにも、半人前のように扱われていたのが婚約者を持つことによって一人前として扱われるようになった。
ことあるごとに、「まだ、王太子様には分からないでしょうが」といっていた大臣もこちらの言葉に注意を向けてくれるようになった。
娘をだしに取り入ろうとしてきた貴族たちも、以前のように騒がしく群がらなくなった。
すべてはお飾りの婚約者のおかげだった。
静かに勉学や剣術に打ち込むことができるようになったおかげで、以前よりも私は確実に成長した。
最初はお飾りの婚約者のおかげで下駄をはかせてもらえていた分も、今では十分、実力を伴うものになっていた。
でも、私が一人前として活躍できるようになるにつれ、お飾りの婚約者についてよくない噂が流れ始めた。
そう、私の婚約者は「とんでもない悪女であり、嫉妬に狂っている」という噂だった。
機械人形に感情などあるはずもないのに。
しかも、機械人形は初めから私に本物の婚約者ができるまでの仮の婚約者だということまで説明はしてあった。
時を同じくして、私には親しく接する女性ができた。
名前はメアリーという少女だ。
身分はそれほど高くはないが、子供の頃はともに遊ぶなかだった。
メアリーの母親は私の乳母だった。
だから、子供の頃――身分や男女のしがらみがないころ――は、メアリーと私は中の良い兄と妹であると同時に弟と姉であるような関係を築いていた。子供時代の私とメアリーは最高の親友であり、これ以上ないお互いの理解者だった。
だけれど、残酷なものだ。
私もメアリーも成長するうちに、それぞれが求められる立場を徐々に理解するようになると以前のように親しくすることができなくなった。
それでも、子供だった私はメアリーとの関係を保ちたいと思い理由をつけて彼女に話しかけていた。
だけれど、その様子をみた人々はよい顔をしなかった。
人々はメアリーを悪く言った。
男に媚をうっているだの、王太子に色目を使っているなどとありもしない言いがかりをつけた。
私が見ていないところでも嫌な思いをしたのだろう。
メアリーの母親である私の乳母からは、そっとしておいてやってほしいといわれるまでになった。
私は仕方なく、メアリーを遠くから見守るだけになっていた。
そして、気づいた。
私はメアリーに恋をしていた。
姉弟のように育ち、最高の親友のような関係だと思っていたけれど、それらにもまして私が感じている感情……それは恋だった。




